245 / 841
第十二話 家族
6
しおりを挟む
それから十日後。
「エステラン国の動き。これは間違いなく、南ローミリアへの侵攻と見ていい」
帝国軍専用会議室。
ここに集まっているのは、参謀長配下の主だった面々である。
軍師エミリオ・メンフィスがいつも通り、現在の状況について説明を始める。説明を聞かなければならない、この場の面々は皆一様に溜息。理由は簡単で、彼の説明は長いのである。
「現在帝国国内は、リリカ宰相の活躍もあり安定している。しかし、国外は別だ」
「ふふ、説明を頼むよ」
「また居眠りしないで下さいね。周辺諸国の動きについては、この前話した通りだよ。その中で最も怪しい動きを見せているのが、例のエステラン国さ」
ヴァスティナ帝国の周辺国家。帝国の周辺にはチャルコ、ネルス、へスカル、ハーロン、ケルディウス、ビオーレと言う、六つの友好国が存在する。
友好国とはこれまで通り、安定した関係を継続させている。問題は南ローミリアを狙う、チャルコ国の隣国エステラン国だ。
先の大戦で戦ったジエーデル国も、エステラン国と同様に危険な存在である。だが、旧オーデル王国を占領している、ジエーデル国侵攻軍は現在、エステラン軍相手に防衛線を展開して、両軍何度も激突している。
ジエーデル軍の指揮官は名将ドレビン。彼の指揮によって、エステラン軍は防衛線の突破ができず、戦線は膠着状態に陥っているのだ。
そのエステラン国に、ジエーデル軍攻撃以外の別の動きがあると、エミリオ旗下の諜報部隊の活躍でわかった。
チャルコ国との国境線付近に、密かにエステラン国軍が集結しているという。軍団の規模は約三千。この軍団が侵攻すれば、少なくとも軍事力の少ないチャルコ国は、簡単に蹂躙されてしまう事だろう。
友好国が攻撃を受けた場合、帝国はすぐさま援軍を出さなければならない。まして、敵軍が国境線に展開しているというのであれば、チャルコ国防衛線強化のためにも、帝国の戦力を向かわせなければならないのである。
でなければ、小規模の騎士団が戦力の中心であるチャルコは、エステラン軍三千とまともな戦いもできない。
「この時期にエステラン国が動くのは妙だ。まだあの国はジエーデルとの戦いを続けている。こちらへ侵略してくるだけの戦力的余裕は、全くないはずなんだ」
「でも実際は、侵攻を企てる動きがあるわけだね」
「その通りです。宰相はどう見ますか?」
「形振り構わず自棄になっているわけではなさそうだね。何かしらの策が在るのかも知れないと、私は見るよ」
説明を聞く者の一人、宰相リリカは自身の考えを口にする。
エミリオもそう考えており、彼女の言葉に頷いた。
「何かしらの策ですか・・・・・・」
「おい、脳筋じゃあいくら考えてもわかるわけねぇだろ。馬鹿かお前?」
「・・・・・・剣を振りまわすだけしかできない、破廉恥馬鹿には言われたくない」
「てめぇ、一回死んでみるか?」
「死ぬのは貴様だ」
犬猿の仲であり、どうしようもなく仲が悪い二人。
槍士レイナ・ミカズキと剣士クリスティアーノ・レッドフォードは、お互い火花を散らして睨み合っている。この二人がいると必ず喧嘩が発生し、いつも切りがないため、最早誰も喧嘩を止めない。
喧嘩し始めた二人を無視し、説明は続いていく。
「反女王勢力の貴族たちの動きも気になる。女王陛下が療養中のこの状況は、エステランにも貴族たちにも都合がいい」
「両勢力の存在は帝国を脅かしかねない。ふふふ、この二つの勢力は裏で繋がっていそうだね」
リリカの感に間違いはなかった。
エミリオが掴んだ情報によると、反女王勢力の貴族たちは、裏でエステラン国と通じ、密かに同盟関係の様なものを築いているという。
これは確実な情報ではないが、もし事実であれば、今回のエステラン国の動きには、何らかの策があるという事になるのだ。
しかしだからと言って、帝国の貴族たちを国家反逆の疑いがあるとして、全員を捕まえるというわけにもいかない。まず証拠が必要であるし、何より反女王勢力と言っても、彼らは帝国各地の領土を治めている貴族である以上、下手に捕まえれば国民が動揺する恐れがある。
例え貴族であろうとも、女王に逆らう者は捕らえられる。女王に逆らう事も意見する事も許されず、この国に自由はない、等と言う話が広まれば、帝国女王の信頼を失う危険性があるのだ。
下手に権力のある者に手は出せない。それはエミリオ自身もわかっている。
せめて証拠でもあれば、彼らを一斉に捕縛する事もできる。今まではこちらから手を出さずにいたが、このまま野放しにしては、近い将来必ず帝国の害となる。
それを理解しているエミリオもリリカも、貴族たちを排除したい気持ちは同じであった。
貴族たち反女王勢力は、女王に絶対の忠誠を誓うリックの敵なのである。それはつまり、二人の敵という事でもある。エミリオからすれば、リックは親友と呼べる存在であり、自身を唯一認めてくれる主人であるのだから、主人の敵は排除したいという気持ちが強い。
「貴族たちの動きには目を光らせます。特に、マルクル・ビル・ヌーヴェルには注意が必要です」
反女王勢力の筆頭である貴族の名前。ヴァスティナ連合軍戦勝の宴が思い出される。
帝国貴族マルクルに動きがあれば、それは女王に害が及ぶ計画がある事を意味する。彼を一番に警戒しているエミリオは、その行動などを部下に調べさせ、不穏な動きがないか常に目を光らせている。
今のところ変わった報告は彼に届かず、マルクルは他の貴族たちと偶に会う程度で、不穏な動きはないと報告されていた。
「それでエミリオ、俺たちは何をすればいい?」
会議室でエミリオとリリカの会話を聞いていた、二人の男がようやく会話に参加する。
帝国軍の精鋭であり、元傭兵部隊の隊長ヘルベルトとロベルトが、自分たちの仕事を教えろと、痺れを切らしてヘルベルトが口を開いたのだ。
「では説明しようか。ヘルベルト旗下の部隊は帝国の守備を、ロベルト旗下の部隊には偵察を任せようと思う」
貴族たちとエステラン国の動きを考え、万一のための防衛戦力として、精鋭のヘルベルトの部隊を帝国の守備に置く。
偵察や工作が得意なロベルト旗下の部隊には、チャルコ国国境線に集結している、エステラン軍の戦力と行動目的を探る、偵察任務を任せようと彼は考えていた。
それだけではない。ロベルトの部隊には可能であれば、陣地を構築しているであろうエステラン軍の、敵陣地内調査を行なわせようとしていた。
簡単に言えば、夜間にエステラン軍陣地に侵入して貰い、情報収集を行なわせるのだ。勿論危険な任務であり、ヴァスティナ帝国軍の痕跡を残してはいけない任務である。だが成功すれば、敵軍の目的を知る事が出来るのだから、得られるものは大きい。
痕跡を残してはならない理由は、エステラン軍に侵攻の大義名分を与えてしまうからである。
具体的には、帝国軍装備などを現地に放棄して、この襲撃がヴァスティナの仕業だと知られれば問題なのだ。
そのためロベルト旗下の部隊には、帝国軍で採用されている装備ではなく、先の戦いでいくつか回収された、ジエーデル軍装備を使用して貰おうと考えている。
剣や槍、盾や甲冑などは、国によって見た目や性能が違う。国によって運用目的や戦術が違うのだから、これは仕方のない事である。それはつまり、ジエーデル国の装備を使用すれば、陣地に侵入を果たしたのが、帝国ではなくジエーデルと思わせる事もでき、もし気付かれて抗議されても、帝国は無関係だと白を切れる。
「ロベルトさんには前もって話してある。準備は万全ですか?」
「問題ない」
「敵陣地への偵察。危険な任務ではありますが、どうかお願いしたい」
「任せておけ。こう言う危険な戦いは血が滾る。我らの力の見せ所だ」
ヘルベルトたち鉄血部隊と同じく、ロベルトの部隊の者たちもまた、戦いに飢えた獣だ。
戦場こそが自分たちの帰るべき場所であり、戦いこそが生き甲斐である。危険な任務であれば、戦いのスリルは大きくなり、彼らの欲求を満たす事が出来るのだ。
ロベルトはエミリオに任務を頼まれてからずっと、傭兵の血が騒いで仕方がない。
そんな彼を羨ましそうに見ているのは、勿論ヘルベルトである。
「ちっ、俺は留守番かよ」
「我が戦友よ。女王を守るのも立派な任務だろう」
「そりゃあそうだが・・・・・、俺は護衛とか苦手だ。敵に突っ込んでって荒らしまわる方が性に合ってる」
とは言いつつも、女王を守るため帝国の守備に就く事に、彼は文句はない。護衛が苦手というのは本当だが、彼もまた他の者たちと同じように、女王の身を案じているのだ。
自分たちを毛嫌いせず、人として扱い、優しさを与えてくれた。そんな彼女を守り抜きたいという思いは、戦いに生きる戦争中毒者の彼らにもある。
「エミリオ、私は何をすればいい?」
「俺の仕事は何だよ。まさか留守番じゃねぇだろうな?」
「二人には待機していて貰いたい。ただ、いつでも出撃できるよう準備をして欲しい」
現在の状況は、いつ何が起こってもおかしくはない。
その時緊急展開し、事態を収拾出来る戦力は、今現在レイナとクリスだけである。レイナとクリス以外の、帝国参謀長配下の主だった他の面々は、それぞれ別の任に就いているからだ。
帝国軍の鉄壁ゴリオンは、ネルス国周辺に現れた野盗軍団相手に戦うため、部隊を率いて同地域に向かっている。
ネルス国は以前から、野盗や盗賊の被害が多く、これらの対処に手を焼いていた。
そして、季節は今や秋であり、冬は順調に迫ってきている。野盗や盗賊たちは今年も冬を越すため、互いに手を組んで、ネルス国周辺の村々を組織的に襲いだしたのだ。
事態を重く見たネルス王は、友好国盟主ヴァスティナ帝国に救援を依頼し、これに志願したのはゴリオンであった。
彼は身勝手な者たちのせいで、罪のない人々が苦しめられている事に我慢できず、救援部隊に名乗りを上げたのである。そんな彼の強い意志を汲み取り、リックは救援部隊を編成し、指揮官をゴリオンと定めた。
さらにこの部隊には、先の戦いで友好国の味方部隊を救い、敵軍精鋭部隊の一人を討ち取った、帝国軍第四隊所属のセリーヌ・アングハルトも加えられた。精鋭二人を向かわせ、迅速に事態を収拾させようとしたのである。
今頃、ゴリオン旗下の部隊はネルス国に到着し、事態の収拾に務めている事だろう。
帝国軍天才狙撃手のイヴ・ベルトーチカは、帝国のさらに南の大森林に発生した、魔物の討伐にあたっている。ケルディウス国とビオーレ国との合同で、大森林に大量発生した魔物を討伐し、周辺の村や町への脅威を取り除こうとしているのだ。
イヴが向かった理由は、単に現地が人手不足であったからと、銃を使用する新たな兵士の育成のためでもあった。
イヴを隊長として編成された、銃火器使用の特別部隊。彼らはヘルベルトたちと同じように、今後の帝国軍主力兵器となるであろう銃火器を、イヴの教えのもとに、運用できるようになる事を目的とした部隊である。
銃の一通りの運用方法は習っていたが、彼らは実戦での運用がまだであった。そのため、実戦経験を積ませる事を目的に、イヴを隊長としたその部隊は、友好国支援を名目に、現地へ派遣されたのである。
大量発生した魔物の種類は、小型種が多数と中型種が少数であり、実戦経験を積むには比較的危険が少なく、絶好の機会であると考えられた。将来の戦力増強を考え、この機会を利用するため、リックがイヴに命令を下し、現在大森林の方では、魔物との戦闘が行なわれている。
報告によれば、魔物は想定よりも数が多いため、時間はかかっているものの、討伐は順調であるという。イヴの部隊の損害は皆無で、持たされた弾薬の続く限り、銃火器運用の実戦経験を着実に積んでいるそうだ。
ちなみに魔物の種類だが、小型種は昆虫型の魔物で占められ、中型種は爬虫類の様な姿をした生物である。どちらもそれほど強くはなく、訓練された兵士ならば問題はない。
かつてリックたちが戦った暴食竜などと比べれば、赤子の様なものだろう。
「ゴリオンやイヴは帝国を離れているし、シャランドラは工場で開発に忙しい。騎士団長旗下の帝国騎士団と、ヘルベルト旗下の部隊を帝国の守備に当てるから、レイナとクリスには敵の侵攻があった場合の迎撃戦力として、今は待機していて欲しいんだ」
「それはリック様の命令でもあるのだな?」
「無論そうだよ」
「なら仕方ねぇぜ。今は大人しく待機しといてやる」
参謀長の両腕であり、帝国軍最強の戦力。それがレイナとクリスだ。
万が一、エステラン軍三千の戦力が侵攻を開始しても、この二人を筆頭にした千人の戦力を向かわせれば、敵軍を打ち破る事は難しくないと、二人を正しく分析しているエミリオは、そう考えて待機を命じた。
当然二人の反発を考えて、二人が忠誠を誓うリックに許可を取ってである。その辺に抜かりはない。
「そう言えばリック様はどこに居られるのだ?朝から御姿を見ていないのだが・・・・・・」
会議室にリックの姿はない。このような場に居なくてはならない存在が、今日は姿を見せていないのである。
「どうせ、眼鏡軍師の説明から逃げたんだろ。説明長過ぎるからなこいつ」
「そうかい?でもリックは私の説明を、いつも喜んで聞いてくれるよ。勉強になってありがたいと言ってね」
「うげ、マジかよ・・・・・・」
リックの居場所を知る者はいない。
だが、リリカだけは、彼が今どこにいるのか予測できていた。
マストールが死に、ユリーシアが倒れた今、苦しんでいる彼の心が向かう先は、一つしかないのだ。
(さて、彼女は上手くやってくれるかな)
妖艶な笑みを浮かべたリリカは、自分の脳裏に浮かぶ銀髪の女性に問いかける。
リックへと抱く思いの正体は見つけられたのかと・・・・・・。
「エステラン国の動き。これは間違いなく、南ローミリアへの侵攻と見ていい」
帝国軍専用会議室。
ここに集まっているのは、参謀長配下の主だった面々である。
軍師エミリオ・メンフィスがいつも通り、現在の状況について説明を始める。説明を聞かなければならない、この場の面々は皆一様に溜息。理由は簡単で、彼の説明は長いのである。
「現在帝国国内は、リリカ宰相の活躍もあり安定している。しかし、国外は別だ」
「ふふ、説明を頼むよ」
「また居眠りしないで下さいね。周辺諸国の動きについては、この前話した通りだよ。その中で最も怪しい動きを見せているのが、例のエステラン国さ」
ヴァスティナ帝国の周辺国家。帝国の周辺にはチャルコ、ネルス、へスカル、ハーロン、ケルディウス、ビオーレと言う、六つの友好国が存在する。
友好国とはこれまで通り、安定した関係を継続させている。問題は南ローミリアを狙う、チャルコ国の隣国エステラン国だ。
先の大戦で戦ったジエーデル国も、エステラン国と同様に危険な存在である。だが、旧オーデル王国を占領している、ジエーデル国侵攻軍は現在、エステラン軍相手に防衛線を展開して、両軍何度も激突している。
ジエーデル軍の指揮官は名将ドレビン。彼の指揮によって、エステラン軍は防衛線の突破ができず、戦線は膠着状態に陥っているのだ。
そのエステラン国に、ジエーデル軍攻撃以外の別の動きがあると、エミリオ旗下の諜報部隊の活躍でわかった。
チャルコ国との国境線付近に、密かにエステラン国軍が集結しているという。軍団の規模は約三千。この軍団が侵攻すれば、少なくとも軍事力の少ないチャルコ国は、簡単に蹂躙されてしまう事だろう。
友好国が攻撃を受けた場合、帝国はすぐさま援軍を出さなければならない。まして、敵軍が国境線に展開しているというのであれば、チャルコ国防衛線強化のためにも、帝国の戦力を向かわせなければならないのである。
でなければ、小規模の騎士団が戦力の中心であるチャルコは、エステラン軍三千とまともな戦いもできない。
「この時期にエステラン国が動くのは妙だ。まだあの国はジエーデルとの戦いを続けている。こちらへ侵略してくるだけの戦力的余裕は、全くないはずなんだ」
「でも実際は、侵攻を企てる動きがあるわけだね」
「その通りです。宰相はどう見ますか?」
「形振り構わず自棄になっているわけではなさそうだね。何かしらの策が在るのかも知れないと、私は見るよ」
説明を聞く者の一人、宰相リリカは自身の考えを口にする。
エミリオもそう考えており、彼女の言葉に頷いた。
「何かしらの策ですか・・・・・・」
「おい、脳筋じゃあいくら考えてもわかるわけねぇだろ。馬鹿かお前?」
「・・・・・・剣を振りまわすだけしかできない、破廉恥馬鹿には言われたくない」
「てめぇ、一回死んでみるか?」
「死ぬのは貴様だ」
犬猿の仲であり、どうしようもなく仲が悪い二人。
槍士レイナ・ミカズキと剣士クリスティアーノ・レッドフォードは、お互い火花を散らして睨み合っている。この二人がいると必ず喧嘩が発生し、いつも切りがないため、最早誰も喧嘩を止めない。
喧嘩し始めた二人を無視し、説明は続いていく。
「反女王勢力の貴族たちの動きも気になる。女王陛下が療養中のこの状況は、エステランにも貴族たちにも都合がいい」
「両勢力の存在は帝国を脅かしかねない。ふふふ、この二つの勢力は裏で繋がっていそうだね」
リリカの感に間違いはなかった。
エミリオが掴んだ情報によると、反女王勢力の貴族たちは、裏でエステラン国と通じ、密かに同盟関係の様なものを築いているという。
これは確実な情報ではないが、もし事実であれば、今回のエステラン国の動きには、何らかの策があるという事になるのだ。
しかしだからと言って、帝国の貴族たちを国家反逆の疑いがあるとして、全員を捕まえるというわけにもいかない。まず証拠が必要であるし、何より反女王勢力と言っても、彼らは帝国各地の領土を治めている貴族である以上、下手に捕まえれば国民が動揺する恐れがある。
例え貴族であろうとも、女王に逆らう者は捕らえられる。女王に逆らう事も意見する事も許されず、この国に自由はない、等と言う話が広まれば、帝国女王の信頼を失う危険性があるのだ。
下手に権力のある者に手は出せない。それはエミリオ自身もわかっている。
せめて証拠でもあれば、彼らを一斉に捕縛する事もできる。今まではこちらから手を出さずにいたが、このまま野放しにしては、近い将来必ず帝国の害となる。
それを理解しているエミリオもリリカも、貴族たちを排除したい気持ちは同じであった。
貴族たち反女王勢力は、女王に絶対の忠誠を誓うリックの敵なのである。それはつまり、二人の敵という事でもある。エミリオからすれば、リックは親友と呼べる存在であり、自身を唯一認めてくれる主人であるのだから、主人の敵は排除したいという気持ちが強い。
「貴族たちの動きには目を光らせます。特に、マルクル・ビル・ヌーヴェルには注意が必要です」
反女王勢力の筆頭である貴族の名前。ヴァスティナ連合軍戦勝の宴が思い出される。
帝国貴族マルクルに動きがあれば、それは女王に害が及ぶ計画がある事を意味する。彼を一番に警戒しているエミリオは、その行動などを部下に調べさせ、不穏な動きがないか常に目を光らせている。
今のところ変わった報告は彼に届かず、マルクルは他の貴族たちと偶に会う程度で、不穏な動きはないと報告されていた。
「それでエミリオ、俺たちは何をすればいい?」
会議室でエミリオとリリカの会話を聞いていた、二人の男がようやく会話に参加する。
帝国軍の精鋭であり、元傭兵部隊の隊長ヘルベルトとロベルトが、自分たちの仕事を教えろと、痺れを切らしてヘルベルトが口を開いたのだ。
「では説明しようか。ヘルベルト旗下の部隊は帝国の守備を、ロベルト旗下の部隊には偵察を任せようと思う」
貴族たちとエステラン国の動きを考え、万一のための防衛戦力として、精鋭のヘルベルトの部隊を帝国の守備に置く。
偵察や工作が得意なロベルト旗下の部隊には、チャルコ国国境線に集結している、エステラン軍の戦力と行動目的を探る、偵察任務を任せようと彼は考えていた。
それだけではない。ロベルトの部隊には可能であれば、陣地を構築しているであろうエステラン軍の、敵陣地内調査を行なわせようとしていた。
簡単に言えば、夜間にエステラン軍陣地に侵入して貰い、情報収集を行なわせるのだ。勿論危険な任務であり、ヴァスティナ帝国軍の痕跡を残してはいけない任務である。だが成功すれば、敵軍の目的を知る事が出来るのだから、得られるものは大きい。
痕跡を残してはならない理由は、エステラン軍に侵攻の大義名分を与えてしまうからである。
具体的には、帝国軍装備などを現地に放棄して、この襲撃がヴァスティナの仕業だと知られれば問題なのだ。
そのためロベルト旗下の部隊には、帝国軍で採用されている装備ではなく、先の戦いでいくつか回収された、ジエーデル軍装備を使用して貰おうと考えている。
剣や槍、盾や甲冑などは、国によって見た目や性能が違う。国によって運用目的や戦術が違うのだから、これは仕方のない事である。それはつまり、ジエーデル国の装備を使用すれば、陣地に侵入を果たしたのが、帝国ではなくジエーデルと思わせる事もでき、もし気付かれて抗議されても、帝国は無関係だと白を切れる。
「ロベルトさんには前もって話してある。準備は万全ですか?」
「問題ない」
「敵陣地への偵察。危険な任務ではありますが、どうかお願いしたい」
「任せておけ。こう言う危険な戦いは血が滾る。我らの力の見せ所だ」
ヘルベルトたち鉄血部隊と同じく、ロベルトの部隊の者たちもまた、戦いに飢えた獣だ。
戦場こそが自分たちの帰るべき場所であり、戦いこそが生き甲斐である。危険な任務であれば、戦いのスリルは大きくなり、彼らの欲求を満たす事が出来るのだ。
ロベルトはエミリオに任務を頼まれてからずっと、傭兵の血が騒いで仕方がない。
そんな彼を羨ましそうに見ているのは、勿論ヘルベルトである。
「ちっ、俺は留守番かよ」
「我が戦友よ。女王を守るのも立派な任務だろう」
「そりゃあそうだが・・・・・、俺は護衛とか苦手だ。敵に突っ込んでって荒らしまわる方が性に合ってる」
とは言いつつも、女王を守るため帝国の守備に就く事に、彼は文句はない。護衛が苦手というのは本当だが、彼もまた他の者たちと同じように、女王の身を案じているのだ。
自分たちを毛嫌いせず、人として扱い、優しさを与えてくれた。そんな彼女を守り抜きたいという思いは、戦いに生きる戦争中毒者の彼らにもある。
「エミリオ、私は何をすればいい?」
「俺の仕事は何だよ。まさか留守番じゃねぇだろうな?」
「二人には待機していて貰いたい。ただ、いつでも出撃できるよう準備をして欲しい」
現在の状況は、いつ何が起こってもおかしくはない。
その時緊急展開し、事態を収拾出来る戦力は、今現在レイナとクリスだけである。レイナとクリス以外の、帝国参謀長配下の主だった他の面々は、それぞれ別の任に就いているからだ。
帝国軍の鉄壁ゴリオンは、ネルス国周辺に現れた野盗軍団相手に戦うため、部隊を率いて同地域に向かっている。
ネルス国は以前から、野盗や盗賊の被害が多く、これらの対処に手を焼いていた。
そして、季節は今や秋であり、冬は順調に迫ってきている。野盗や盗賊たちは今年も冬を越すため、互いに手を組んで、ネルス国周辺の村々を組織的に襲いだしたのだ。
事態を重く見たネルス王は、友好国盟主ヴァスティナ帝国に救援を依頼し、これに志願したのはゴリオンであった。
彼は身勝手な者たちのせいで、罪のない人々が苦しめられている事に我慢できず、救援部隊に名乗りを上げたのである。そんな彼の強い意志を汲み取り、リックは救援部隊を編成し、指揮官をゴリオンと定めた。
さらにこの部隊には、先の戦いで友好国の味方部隊を救い、敵軍精鋭部隊の一人を討ち取った、帝国軍第四隊所属のセリーヌ・アングハルトも加えられた。精鋭二人を向かわせ、迅速に事態を収拾させようとしたのである。
今頃、ゴリオン旗下の部隊はネルス国に到着し、事態の収拾に務めている事だろう。
帝国軍天才狙撃手のイヴ・ベルトーチカは、帝国のさらに南の大森林に発生した、魔物の討伐にあたっている。ケルディウス国とビオーレ国との合同で、大森林に大量発生した魔物を討伐し、周辺の村や町への脅威を取り除こうとしているのだ。
イヴが向かった理由は、単に現地が人手不足であったからと、銃を使用する新たな兵士の育成のためでもあった。
イヴを隊長として編成された、銃火器使用の特別部隊。彼らはヘルベルトたちと同じように、今後の帝国軍主力兵器となるであろう銃火器を、イヴの教えのもとに、運用できるようになる事を目的とした部隊である。
銃の一通りの運用方法は習っていたが、彼らは実戦での運用がまだであった。そのため、実戦経験を積ませる事を目的に、イヴを隊長としたその部隊は、友好国支援を名目に、現地へ派遣されたのである。
大量発生した魔物の種類は、小型種が多数と中型種が少数であり、実戦経験を積むには比較的危険が少なく、絶好の機会であると考えられた。将来の戦力増強を考え、この機会を利用するため、リックがイヴに命令を下し、現在大森林の方では、魔物との戦闘が行なわれている。
報告によれば、魔物は想定よりも数が多いため、時間はかかっているものの、討伐は順調であるという。イヴの部隊の損害は皆無で、持たされた弾薬の続く限り、銃火器運用の実戦経験を着実に積んでいるそうだ。
ちなみに魔物の種類だが、小型種は昆虫型の魔物で占められ、中型種は爬虫類の様な姿をした生物である。どちらもそれほど強くはなく、訓練された兵士ならば問題はない。
かつてリックたちが戦った暴食竜などと比べれば、赤子の様なものだろう。
「ゴリオンやイヴは帝国を離れているし、シャランドラは工場で開発に忙しい。騎士団長旗下の帝国騎士団と、ヘルベルト旗下の部隊を帝国の守備に当てるから、レイナとクリスには敵の侵攻があった場合の迎撃戦力として、今は待機していて欲しいんだ」
「それはリック様の命令でもあるのだな?」
「無論そうだよ」
「なら仕方ねぇぜ。今は大人しく待機しといてやる」
参謀長の両腕であり、帝国軍最強の戦力。それがレイナとクリスだ。
万が一、エステラン軍三千の戦力が侵攻を開始しても、この二人を筆頭にした千人の戦力を向かわせれば、敵軍を打ち破る事は難しくないと、二人を正しく分析しているエミリオは、そう考えて待機を命じた。
当然二人の反発を考えて、二人が忠誠を誓うリックに許可を取ってである。その辺に抜かりはない。
「そう言えばリック様はどこに居られるのだ?朝から御姿を見ていないのだが・・・・・・」
会議室にリックの姿はない。このような場に居なくてはならない存在が、今日は姿を見せていないのである。
「どうせ、眼鏡軍師の説明から逃げたんだろ。説明長過ぎるからなこいつ」
「そうかい?でもリックは私の説明を、いつも喜んで聞いてくれるよ。勉強になってありがたいと言ってね」
「うげ、マジかよ・・・・・・」
リックの居場所を知る者はいない。
だが、リリカだけは、彼が今どこにいるのか予測できていた。
マストールが死に、ユリーシアが倒れた今、苦しんでいる彼の心が向かう先は、一つしかないのだ。
(さて、彼女は上手くやってくれるかな)
妖艶な笑みを浮かべたリリカは、自分の脳裏に浮かぶ銀髪の女性に問いかける。
リックへと抱く思いの正体は見つけられたのかと・・・・・・。
0
お気に入りに追加
277
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話
島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。
俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
会うたびに、貴方が嫌いになる【R15版】
猫子猫
恋愛
長身の王女レオーネは、侯爵家令息のアリエスに会うたびに惹かれた。だが、守り役に徹している彼が応えてくれたことはない。彼女が聖獣の力を持つために発情期を迎えた時も、身体を差し出して鎮めてくれこそしたが、その後も変わらず塩対応だ。悩むレオーネは、彼が自分とは正反対の可愛らしい令嬢と親しくしているのを目撃してしまう。優しく笑いかけ、「小さい方が良い」と褒めているのも聞いた。失恋という現実を受け入れるしかなかったレオーネは、二人の妨げになるまいと決意した。
アリエスは嫌そうに自分を遠ざけ始めたレオーネに、動揺を隠せなくなった。彼女が演技などではなく、本気でそう思っていると分かったからだ。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます
ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう
どんどん更新していきます。
ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。
二度目の結婚は、白いままでは
有沢真尋
恋愛
望まぬ結婚を強いられ、はるか年上の男性に嫁いだシルヴィアナ。
未亡人になってからは、これ幸いとばかりに隠遁生活を送っていたが、思いがけない縁談が舞い込む。
どうせ碌でもない相手に違いないと諦めて向かった先で待っていたのは、十歳も年下の青年で「ずっとあなたが好きだった」と熱烈に告白をしてきた。
「十年の結婚生活を送っていても、子どもができなかった私でも?」
それが実は白い結婚だったと告げられぬまま、シルヴィアナは青年を試すようなことを言ってしまう。
※妊娠・出産に関わる表現があります。
※表紙はかんたん表紙メーカーさま
【他サイトにも公開あり】
この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。
天織 みお
恋愛
「おめでとうございます。奥様はご懐妊されています」
目が覚めたらいきなり知らない老人に言われた私。どうやら私、妊娠していたらしい。
「だが!彼女と子供が出来るような心当たりは一度しかないんだぞ!!」
そして、子供を作ったイケメン王太子様との仲はあまり良くないようで――?
そこに私の元婚約者らしい隣国の王太子様とそのお妃様まで新婚旅行でやって来た!
っていうか、私ただの女子高生なんですけど、いつの間に結婚していたの?!ファーストキスすらまだなんだけど!!
っていうか、ここどこ?!
※完結まで毎日2話更新予定でしたが、3話に変更しました
※他サイトにも掲載中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる