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第十二話 家族
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「・・・・話は終わりじゃ・・・・・・誰にも知られるでないぞ」
三十分程マストールが語り続け、リックは全てを黙って聞いていた。
「安心して下さい。この秘密は誰にも話しません。いや、話す事なんてできません」
「もし・・・万が一話す時が訪れれば・・・・・」
「わかっています。その時が来た時は、必ず俺が何とかします」
マストールから託された、想いと真実。
この老人は、今でさえ苦しみ続けるリックに、これ以上責任を押し付けるような事はしたくない。このままではいずれ、彼はユリーシアと同じになってしまう。
己の立場と責任の重圧に苦しみ、生きていかなければならない。そんな生き方を、未来ある若い者たちにさせたくはないのだ。
だが、己の命は長くない。誰かにこれを託さなければ、大切なあの少女は・・・・・・。
「託したぞ・・・・・参謀長」
「はい・・・!」
託された思いと真実を背負い、彼は答えて見せる。
それに安心したマストールは目を伏せ、穏やかな表情を浮かべた。
普段のこの老人ならば、絶対他人には見せない表情。帝国一の説教者と呼ばれ、常にむっとした表情の彼が、リックに対して初めて見せる、穏やかな表情だった。
「儂は・・・・あの子を・・・孫のように思っていた」
「・・・・・・」
「妻を持たなかった儂は・・・・・孫の顔など見る日はないと・・・・ずっと思っておった」
マストールは目を伏せ、瞼の裏側に己の過去を振り返っていく。
結婚もせず、帝国一筋で生きてきた人生。毎日を忙しく過ごし、満足に休める事のなかった日々。
その中での良き思い出は、ユリーシアが生まれ、彼女に仕えた日々であった。
「あの子は儂を・・・・・儂の人生に、生き甲斐を与えてくれたのじゃ。・・・・・お主も儂と同じじゃろう」
「・・・・・はい」
王族に仕え、仕事に生きる以外の生き方を知らなかったマストール。周りからは仕事の虫と笑われた。
そして彼は仕事に厳しく、周りの者たちにも、自分同様に厳しかったのである。当時の彼の厳しさは、今とは比べられないものだった。おかげで敵も多く、優秀だが周りからは嫌われていたのである。
そんな彼の前に生まれ出た、一人の少女。
少女ユリーシアの誕生に立ち会い、生まれたばかりの赤ん坊だった彼女を抱いた事がある。腕の中に収まった小さな命が、彼の目を見つめていた。
成長していったユリーシアは、マストールによく懐いていた。周りの者たちは、彼の睨みつけたような顔つきを恐れていたが、彼女は全く恐れる事なく、彼をよく頼っていたのである。
絵本を読んで欲しい。街へ一緒に出掛けて欲しい。勉強を教えて欲しい。ユリーシアが彼を頼らない時はなかった。彼女はマストールだけが、自分を嘘偽らずさらけ出せる、唯一の存在であった。
そんな彼女に頼られ続けた彼は、孫を可愛がる老人の気持ちというものを知る。
同時に彼は、ユリーシアの存在が人生の生き甲斐となった。赤ん坊だった時から彼女を見守って、彼女の傍に仕え続け、人の優しさを知ったのである。
仕事に生きる以外の生き方を知らず、気が付けば五十年以上生きていた。彼女の微笑みと優しさは、彼の人生に欠けていたものを教え、光を差す。
マストールも、そしてリックも同じだ。二人は彼女に光を見た。
だが、それは同時に彼女という光に依存し、それ以外の生き方を捨てたという意味でもある。
「お互い・・・・愚かな生き方を選んだものだな・・・・・」
「・・・・この生き方を後悔しません。だから宰相は、俺に全てを託した」
「そうだ。貴様も、儂と同じで馬鹿じゃな・・・・・・」
マストールが笑い、リックもまた笑う。
二人がこうして笑うのは、これが初めてだ。恐らく、最初で最後の・・・・・・。
「リックよ」
「・・・・・・!」
「あの子を頼むぞ・・・・・」
「・・・・・死亡フラグ立てる元気があるんなら、早く病気治して下さいよ。話が終わったなら俺は軍務に戻りますからね、まったく・・・・・・」
呆れた様子を見せ、リックは宰相に背を向け、寝室を後にしようと扉に手をかける。
マストールには呆れた様子を見せたが、背を向けた彼の表情は、別れの悲しさを堪えていた。
「リック・・・・・。もし、その生き方を後悔する時が来たら・・・・自分でも陛下でもなく、儂を恨め」
「俺は、そこまで屑じゃありませんよ・・・・・・」
これが二人の最後の会話となった。
二日後、ヴァスティナ帝国宰相マストールは、穏やかな表情を浮かべ、寝室で静かに息を引き取った。
彼が用意していた遺書に従い、葬儀は城の中で静かに執り行なわれた。
人生のほとんどを帝国に捧げ、この国を支え続けた大きな柱は、長きその役目を終えたのである。
三十分程マストールが語り続け、リックは全てを黙って聞いていた。
「安心して下さい。この秘密は誰にも話しません。いや、話す事なんてできません」
「もし・・・万が一話す時が訪れれば・・・・・」
「わかっています。その時が来た時は、必ず俺が何とかします」
マストールから託された、想いと真実。
この老人は、今でさえ苦しみ続けるリックに、これ以上責任を押し付けるような事はしたくない。このままではいずれ、彼はユリーシアと同じになってしまう。
己の立場と責任の重圧に苦しみ、生きていかなければならない。そんな生き方を、未来ある若い者たちにさせたくはないのだ。
だが、己の命は長くない。誰かにこれを託さなければ、大切なあの少女は・・・・・・。
「託したぞ・・・・・参謀長」
「はい・・・!」
託された思いと真実を背負い、彼は答えて見せる。
それに安心したマストールは目を伏せ、穏やかな表情を浮かべた。
普段のこの老人ならば、絶対他人には見せない表情。帝国一の説教者と呼ばれ、常にむっとした表情の彼が、リックに対して初めて見せる、穏やかな表情だった。
「儂は・・・・あの子を・・・孫のように思っていた」
「・・・・・・」
「妻を持たなかった儂は・・・・・孫の顔など見る日はないと・・・・ずっと思っておった」
マストールは目を伏せ、瞼の裏側に己の過去を振り返っていく。
結婚もせず、帝国一筋で生きてきた人生。毎日を忙しく過ごし、満足に休める事のなかった日々。
その中での良き思い出は、ユリーシアが生まれ、彼女に仕えた日々であった。
「あの子は儂を・・・・・儂の人生に、生き甲斐を与えてくれたのじゃ。・・・・・お主も儂と同じじゃろう」
「・・・・・はい」
王族に仕え、仕事に生きる以外の生き方を知らなかったマストール。周りからは仕事の虫と笑われた。
そして彼は仕事に厳しく、周りの者たちにも、自分同様に厳しかったのである。当時の彼の厳しさは、今とは比べられないものだった。おかげで敵も多く、優秀だが周りからは嫌われていたのである。
そんな彼の前に生まれ出た、一人の少女。
少女ユリーシアの誕生に立ち会い、生まれたばかりの赤ん坊だった彼女を抱いた事がある。腕の中に収まった小さな命が、彼の目を見つめていた。
成長していったユリーシアは、マストールによく懐いていた。周りの者たちは、彼の睨みつけたような顔つきを恐れていたが、彼女は全く恐れる事なく、彼をよく頼っていたのである。
絵本を読んで欲しい。街へ一緒に出掛けて欲しい。勉強を教えて欲しい。ユリーシアが彼を頼らない時はなかった。彼女はマストールだけが、自分を嘘偽らずさらけ出せる、唯一の存在であった。
そんな彼女に頼られ続けた彼は、孫を可愛がる老人の気持ちというものを知る。
同時に彼は、ユリーシアの存在が人生の生き甲斐となった。赤ん坊だった時から彼女を見守って、彼女の傍に仕え続け、人の優しさを知ったのである。
仕事に生きる以外の生き方を知らず、気が付けば五十年以上生きていた。彼女の微笑みと優しさは、彼の人生に欠けていたものを教え、光を差す。
マストールも、そしてリックも同じだ。二人は彼女に光を見た。
だが、それは同時に彼女という光に依存し、それ以外の生き方を捨てたという意味でもある。
「お互い・・・・愚かな生き方を選んだものだな・・・・・」
「・・・・この生き方を後悔しません。だから宰相は、俺に全てを託した」
「そうだ。貴様も、儂と同じで馬鹿じゃな・・・・・・」
マストールが笑い、リックもまた笑う。
二人がこうして笑うのは、これが初めてだ。恐らく、最初で最後の・・・・・・。
「リックよ」
「・・・・・・!」
「あの子を頼むぞ・・・・・」
「・・・・・死亡フラグ立てる元気があるんなら、早く病気治して下さいよ。話が終わったなら俺は軍務に戻りますからね、まったく・・・・・・」
呆れた様子を見せ、リックは宰相に背を向け、寝室を後にしようと扉に手をかける。
マストールには呆れた様子を見せたが、背を向けた彼の表情は、別れの悲しさを堪えていた。
「リック・・・・・。もし、その生き方を後悔する時が来たら・・・・自分でも陛下でもなく、儂を恨め」
「俺は、そこまで屑じゃありませんよ・・・・・・」
これが二人の最後の会話となった。
二日後、ヴァスティナ帝国宰相マストールは、穏やかな表情を浮かべ、寝室で静かに息を引き取った。
彼が用意していた遺書に従い、葬儀は城の中で静かに執り行なわれた。
人生のほとんどを帝国に捧げ、この国を支え続けた大きな柱は、長きその役目を終えたのである。
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