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第四十三話 プレイン・バーン作戦 中編
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ゼロリアス帝国、ジエーデル国、ヴァスティナ帝国の戦力は、各前線でボーゼアス教の戦力を圧倒し、人海戦術を武器に戦う彼らの突破を一切許さなかった。
蟻の這い出る隙間もない、非常に頑丈な防衛線が展開されているために、ボーゼアス義勇軍の前衛は大きな損害を出し続けている。それでも彼らが突撃を止めないのは、これを突破できれば勝利を得られると知っているからだ。
投入している戦力の半分を潰す事になろうとも、勝てればいい。この決戦の勝敗が、自分達の生死を分けてしまうからこそ、彼らは勝つ事に拘っている。もし負ければ、その瞬間がボーゼアス教の滅亡となるだろう。
彼らにとって負けられない戦いに、グラーフ同盟軍は最強の戦力を前線に投入したと言える。だが裏を返せば、最強たる三国の戦力を倒す事が出来れば、ボーゼアス教の勝利は約束されたも同じである。
そこで、ボーゼアス教の教祖オズワルド・ベレスフォードは、隠し玉と呼べる戦力を前線に投入し始めた。その隠し玉というのは、高い戦闘能力を持つ者や特殊魔法の使い手、更には人造魔人によって構成された、所謂特殊部隊である。
オズワルドはこの戦力も全投入して、防衛線の突破を図ろうとしていた。例えこの特殊部隊すらも使い潰す事になろうと、防衛線に綻びさえ生み出せるなら十分だと考えている。勝つために、オズワルドはどんな犠牲すら厭わない、非情に徹する覚悟であった。
第一戦闘団が交戦した特殊魔法使いも、アリステリア戦闘旅団の前に現れた人造魔人も、投入された特殊部隊の先陣である。彼らの後に続き、ボーゼアス義勇軍が誇る強力な戦士達が、各前線にその姿を現わし始めた。
ヴァスティナ帝国国防軍の主力たる第一戦闘団は、弾薬と砲弾を補給するため一度後退し、前線を第二戦闘団と交代した。
銃火器と機甲部隊で構成されている第二戦闘団もまた、弾幕を形成する事で敵を寄せ付けないよう戦うが、第一戦闘団と比べると少し戦闘能力が落ちてしまう。兵力数の違いもあるが、何より銃や車輌を駆使して戦う練度が、第一に比べて低いのである。
その差を埋めるべく第二戦闘団と共に戦うのが、今の帝国国防軍を創り上げた英雄達であった。
「遅い!遅い!遅い!」
第二戦闘団とボーゼアス義勇軍が戦闘を繰り広げる最前線に、その少年の姿はあった。
ご機嫌そうに口を開けて笑みを浮かべ、特徴的な八重歯を見せながら戦場を駆ける、金茶色の髪をした一人の少年。彼は左手に剣を握り、驚くべき速さで戦場を駆け抜けていきながら、第二戦闘団の兵を次々と斬りつけていく。
「遅いって言ってるだろ!!」
電光石火の如し彼の素早さは、第二戦闘団の兵が銃を構えるより早く懐に飛び込み、他の兵に銃撃されても、左右に素早く駆けて弾丸を躱していく。
まるで彼の動きは、戦場を駆ける一筋の稲妻であった。誰も彼の動きを捉え切れず、気が付けば接近されて斬られている。落ちたと思えば一瞬で消えてなくなる落雷のように、この少年の動きは相手に瞬きする暇さえ与えない。
「銃っていうのも大した事ないな!そら、こいつも喰らって見なよ!」
少年は左手に稲妻を出現させ、左手を前に突き出して稲妻を放出した。稲妻が放たれた先には、少年を狙う第二戦闘団の将兵の姿がある。稲妻は一瞬で兵達に直撃し、全身に電撃を与えて感電させた。
少年が放った稲妻による攻撃は、雷属性魔法に間違いなかった。電撃を受けて感電した兵の多くは動けなくなり、運の悪い者は感電死している。最前線で戦う第二戦闘団は、たった一人の少年に翻弄されてしまっていた。
「はんっ!中々やるじゃねぇか」
「!?」
一人の少年に翻弄され続け、損害を出し続ける帝国国防軍。しかし、それを許し続けるほど帝国国防軍は甘くない。雷を操る少年剣士の前に、ヴァスティナ帝国最強の剣士が現れたのである。
整った顔立ちをした金髪の青年。白を基調とした装飾の施された軍服を身に纏い、右手には鞘から抜き放った剣を持つ。剣の扱いに長けた精鋭剣士部隊「光龍騎士団」を率い、興奮を隠し切れない愉し気な様子である。
彼の名は、クリスティアーノ・レッドフォード。親しい者は彼をクリスと呼ぶ。
「雷剣」の二つ名を持ち、これまで数々の猛者をその剣で屠ってきた、神速の剣士である。
「お前が噂の、異教徒に与した伝説の六剣の末裔だろ?」
「へぇ~、それ知ってるって事は中々やりそうだね。あんた名前は?」
「知りたきゃお前から名乗りな。それが礼儀ってもんだろうが」
先に名乗れと言うクリスの言葉が癪に障ったのか、少年は表情をむっとさせ、次の瞬間には剣を片手に駆け出していた。左右に高速移動し、クリスとの距離を一気に詰め、正面から斬りかかる。
並みの兵士であれば、反応できずに忽ち斬り殺されてしまっただろう。だがクリスは、少年の振った斬撃を自身の剣で受け止め、逆に押し返して見せた。
「⋯⋯⋯ふーん、やるじゃん」
斬撃を受け止められ、剣ごと身体を押し返された少年は後ろへ跳躍し、一気に詰めたクリスとの距離を戻っていく。彼が並みの兵士ではないと知り、油断せず一旦後ろへ下がったのだ。
むっとしていた表情が一変し、今度は口笛を吹いて感心した様子の少年が、クリスを気に入って満足気に口を開いた。
「初撃を防いだご褒美に教えてやろうかな。察しの通り、俺が雷の剣士ビル・ライトニングの末裔さ。名前はグレイ・ライトニング、そっちは?」
「俺の名はクリスティアーノ・レッドフォード。今からお前を倒す男の名だ、よく覚えときな」
「レッドフォードってどっかで聞いたような⋯⋯⋯⋯。まあいっか、どうせここで倒しちゃうんだし、関係ないよね」
少年の名はグレイ。クリスが予想した通り、この少年はローミリア大陸の伝説となった六剣士の末裔である。
雷の剣士の血を受け継いでいるためか、グレイは雷属性魔法を操る剣士だ。速さを武器とした剣を使っての戦闘技術や、使える魔法の種類など、クリスと共通点は多い。異なっているところは、彼よりも少し若く、利き手が左手であるという点。そして、彼以上の雷属性魔法を操れる事だ。
「行くよ、荒れろ稲妻!」
またも仕掛けたのはグレイだった。雷属性魔法を発動させた彼は、自分の身体から電気を放出させ、剣を片手に再び駆け出した。
電気を奔らせながら高速移動した彼は、右へ左へと、まるで稲妻のように動いてクリスに迫る。高速で行なうこの動きこそ、相手に自分の動きを読ませないグレイの技であった。更に、身に纏う電気は相手に恐怖心を与える効果を持ち、触れた者を感電させる雷の鎧でもある。
電光石火の如く迫ったグレイが、正面から襲い掛かると見せかけてクリスの背後に回る。背を向けているクリス目掛け、グレイが操る剣の刃が振り下ろされた。
「甘いんだよ」
「!」
グレイの動きに反応していたクリスが、一瞬で振り返り、相手の刃を自身の剣で弾き返す。剣を弾かれて体勢を崩したグレイに向けて、今度はクリスの放つ神速の突きが放たれた。
並みの兵には絶対躱せない必殺の一撃。それにぎりぎり反応できたグレイは、弾かれた剣を操り、間一髪のところでその一撃を刃でいなして見せた。
何とか反撃を防いだグレイだったが、これが彼の心に怒りの闘志を燃やさせる。負けず嫌いな性格である彼は、得意戦術である縦横無尽の高速移動でクリスを撹乱させ、四方八方から連続攻撃を仕掛け始めた。しかし彼の撹乱は全く効果がなく、斬撃による全ての攻撃が、クリスの剣に尽く防がれてしまったのである。
「すばしっこいだけだな、お前」
「ぐっ!?」
クリスにはグレイの動きが見えていた。見えているからこそ、簡単に反応出来てしまうのだ。その事にグレイが気付いた時には、クリスの足技が彼の腹部に叩き込まれていた。
苦痛に呻き、強烈な一撃を受けて、グレイの身体が蹴り飛ばされる。無様に地面に叩き付けられ、痛みに腹を抱えながら激しく咳き込む彼の姿を、クリスは冷ややかな目で見ているだけだった。
初撃が防がれたのはまぐれだったと、そう思っていたグレイは自分の考えを改めた。最初に仕掛けたあの瞬間、クリスは彼の動きを見切っていた。つまり、彼が行なった電光石火の高速移動は、撹乱など全くできていなかった事を意味する。
今までグレイが戦ってきた相手は、皆彼の動きに付いてくる事ができず、彼の剣と電撃の前に倒れた。こんな事は、彼にとって初めての経験だった。
「ちっ、ちくしょう⋯⋯⋯!何なんだコイツ!?」
「ほら、早く立てよ」
「⋯⋯⋯!」
「伝説の六剣の血を引いてんだろ?こんなもんで終わりだって言わねぇよな」
どうにか息を整え、クリスの挑発を受けて立ち上がるグレイ。
グレイの眼前に映る男は、紛れもなく初めての強者だった。六剣の血を引いている故に、剣と魔法の才能に恵まれ、伝説の雷の剣士と同じく、地上に現れた一筋の稲妻の如く戦ってきた。今までこの血と才能で勝利を得てきた力が、全くと言っていいほど通用しない相手。その初めての相手がクリスなのである。
遊んでいては絶対に勝てないと悟り、本気を出して倒すと決めたグレイの瞳には、さっきまでの余裕は消え失せ、真剣そのものであった。
気持ちを切り替え、やる気十分となったグレイとは対照的に、クリスの闘志は冷めていた。それが気に入らず、舌打ちしたグレイがクリスを睨み付け、剣の切っ先を向けて理由を問おうとする。
「おい!そっちがやる気にさせたくせに、なんでやる気失くしてんだよ」
「⋯⋯⋯お前、六剣の末裔のくせに、なんで異教徒共に手を貸してやがる」
「はあ?そんなこと聞く前に俺の質問に答えろよ」
「ちっ⋯⋯⋯、なら先に答えたら教えてやる。さっさといいな」
グレイから見ればクリスは、自分を苛立たせる生意気な男である。普段ならばそんな男など、直ぐに剣の錆へと変えるところだが、相手が相手なだけに、今回は彼の要求を受け入れた。
「⋯⋯⋯同盟軍なんかに付くよりさ、こっちの方が自由に戦えるじゃん?俺ってさ、誰かに指図されるの好きじゃないから、同盟軍みたいなガチガチの軍隊みたいなの無理なんだよね」
「⋯⋯⋯⋯」
「それにさ、こっちの方がお金いっぱい貰えるから稼げるんだよ。しかも、この戦場の強い奴ら討てたら追加報酬が貰えるらしいからさ、俺の強さも証明出来て一石二鳥なんだよね」
「強さの証明、だと⋯⋯⋯?」
答えを聞いたクリスは、グレイを鼻で笑って見せた。その態度に苛立つグレイに構わず、完全に機嫌を損ねたクリスが口を開く。
「笑えねぇんだよ、雷小僧」
「!?」
瞬間、クリスの言葉に驚いて瞬きしたグレイは、クリスの姿を見失った。眼前に立っていたクリスの姿はそこになく、慌てて彼の姿を探したグレイは、自分の足下から迫る、強烈な殺気を感じ取る。
反射的に頭と身体を後ろへ反らした瞬間、グレイの目の前を煌めく一閃が流れた。足下から真上へと、グレイを狙った神速の斬撃。身体を反らして躱し、間一髪回避に成功した彼の眼前には、彼の懐に入り込んだクリスの姿があった。
「一瞬も気を抜くんじゃねぇよ」
「!!」
斬撃を躱したグレイの顔面目掛け、クリスは左手の拳で彼を殴り飛ばした。殴られた衝撃で後ろに倒れそうになったが、次の攻撃が来ると警戒したグレイは、倒れるのを何とか堪え、剣を構えて戦闘態勢を取る。
だが、追撃はやって来なかった。クリスは彼を殴った場所から動かず、さっきまでと同じように、冷たい目でグレイを見ているだけだった。
「さっきから何なんだ!この金髪、俺を揶揄ってんのか!?」
「揶揄ってねぇよ。ただ気に入らねぇだけだ」
「気に入らないってなんだよ!?別に怒らせるような事してないじゃんか!」
「お前が弱過ぎてつまらねぇんだ。さっさと本気を出せよ」
弱いという言葉は、負けず嫌いなグレイを怒らせるのに十分な台詞だった。完全に頭に血が上ったグレイが、本気を見せようと少しクリスから距離を取り、雷属性魔法を全力で発動する。
魔法の発動と同時に、グレイの足下に出現した魔法陣。現れた魔法陣からはいくつもの稲妻が出現し、彼が左手に持つ剣の刃に、まるで吸い寄せられるように集まっていく。集まった稲妻は、眩く光り輝きながら刃に一体化していった。
グレイの剣は雷魔法の稲妻を纏い、刃に電気を集める雷の剣へと姿を変えた。この刃に触れれば、剣で受け止めても、少し斬られただけでも、刃に纏った電気が相手に襲い掛かり、敵に電撃を与えて感電させてしまう。
「俺を本気で怒らせたのはあんたが初めてだ!絶対殺す!」
「⋯⋯⋯やってみな」
グレイが本気状態になっても、クリスの態度は変わらない。寧ろ、さっきより元気を失くしていた。
「あんたさ、さっき俺を蹴り飛ばしただろ?雷纏ってた俺を蹴飛ばせるってことは、あんたも雷魔法使えるんだよな?」
「だったらどうした」
「雷魔法に耐性があるのはもう分かってる。だけどさ、この剣に集めた雷は、いくらあんたでも無事じゃ済まないと思うよ?」
言われた通り、クリスもまた雷属性魔法を操れる。そのお陰で彼には、雷魔法の攻撃に対する耐性があるのだ。並みの雷魔法など、クリスの身体にはあまり効果がないのである。
しかし今度の技は、耐性がない人間など、たった一撃で黒焦げになるまで感電死させる電撃だ。流石のクリスも、グレイほどの魔法の力がない以上、身体が絶えられるはずがない。
「今度こそ一発で逝かせてあげるよ!あの世にね!!」
纏う電気で発光している剣を片手に、グレイが仕掛けた。得意の戦術である、電光石火の高速移動。しかも今度の動きは、最初に見せた動きよりも速くなっている。
常人には捉え切れない素早い動き。躱すのも防ぐのも困難な必殺の攻撃。おまけに防御したとしても、刃から伝わる電撃は避けられない。
派手で単純な攻撃だが、これにグレイの素早さが加わるだけで、非常に有効な攻撃手段へと変わる。厄介なこの攻撃に対して、クリスはその場から一切動く事はなく、彼の攻撃を待ち受けていた。
「死んじゃえよ!!」
動かないクリスの左手側に迫ったグレイが、刃を発光させ続ける自身の得物を振った。躱そうとすらしない彼に向けて、雷を纏う刃が襲い掛かる。
「読めてんだよ!!」
「!?」
さっきより動きが早くなろうと、一切関係なかった。クリスはグレイの動きを完全に見切っていたのである。
襲い掛かる斬撃に対して、クリスは自身の得物を神速の速さで操り、グレイによる雷の剣を受け止めたのだ。そして、攻撃を防いだ事で互いの刃が交錯する中、二人の目が合った。
動きが読まれてしまっていた事に驚愕したグレイだが、彼は勝利を確信していた。何故なら、自身の剣に纏う雷がクリスの剣に流れ、確実に感電させると思っていたからである。
「あれ⋯⋯⋯!?こいつなんで⋯⋯⋯⋯!」
結果は、グレイの思った通りにならなかった。電撃は確かにクリスの剣に流れたが、どういう訳か電撃が彼の刃に吸収されてしまい、何も起こらなかったのである。
「まっ、まさかその剣⋯⋯⋯!俺と同じ龍の素材で―――――――」
「気付くのが遅いんだよ!!」
斬撃は防がれ、電撃も通用しなかった。驚愕するグレイの剣を押し返し、体勢を崩した彼の急所目掛け、クリス必殺の神速の剣突きが放たれた。グレイが放つ技など比べ物にならない。神速と呼ばれているクリスの剣技は、彼の速さを超えていた。
防がなければ、心臓を刺し貫かれて死ぬ。背筋から奔る死の恐怖に襲われたグレイは、体勢を崩しながらも無我夢中で自身の剣を操り、クリスの放つ切っ先を防ごうとした。
目にも止まらぬ速さで繰り広げられる、一瞬の攻防。グレイの剣がクリスの剣に触れ、放たれた切っ先が金属音を響かせる。間一髪のところで己の身を守ったグレイだったが、彼が想像していた以上に、クリスの放った技は重く強烈一撃だった。あまりの力に耐え切れず、剣は甲高い音と共に勢いよく弾かれ、グレイは握っていた得物を手放してしまう。
「馬鹿野郎が!」
得物を弾かれ手放して、グレイの剣が宙を舞っていく。その光景に激しく怒ったクリスが、またもグレイを殴りつけ、腹部に膝蹴りを打ち込み、止めと言わんばかりの回し蹴りを喰らわせて、彼の身体を蹴り飛ばした。
蹴り飛ばされたグレイの身体が地面に叩き付けられ、宙を舞っていた剣が彼の傍に突き刺さる。受けた痛みと衝撃で、悶え苦しみ無様な姿を晒している。クリスはそんな彼へ怒りを露わにし、親の仇でも見るかのような目をして怒鳴り始めた。
「剣士が簡単に剣を手放すんじゃねぇ!!嘗めてんじゃねぞ雷小僧!!」
「うっ⋯⋯⋯、ぐっ⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「俺の剣は光龍の牙で作られてんだ!この意味、分からないとは言わせねぇぞ!!」
「はあっ⋯⋯⋯はあっ⋯⋯⋯⋯。こっ、光龍の魔法耐性⋯⋯⋯⋯」
グレイの得物も、そしてクリスの得物も、ローミリア大陸最強の魔物種である龍を素材として作られている。グレイの剣は雷龍の爪、クリスの剣は光龍の牙を元に作り出された業物で、どんな剣よりも頑丈で美しい至高の一振りなのだ。
雷龍を素材とするグレイの剣は、雷属性の魔法と相性が良く、一度剣に雷が纏えばその力は増幅され、非常に強力な一撃を放つ事も出来る。雷を纏った彼の剣の前には、並みの剣では太刀打ちできない。
対して、クリスの操る光龍を素材とした剣は、彼が光属性魔法を操る事が出来るならば、真の力を発揮する事が可能となる。そして彼の剣には、素材が光龍であるために備わった、グレイの剣にはない能力が存在していた。
「魔法耐性の事を知ってるなら、お前がどんだけ馬鹿やったか分かるだろ。俺の剣に魔法は通用しねぇ」
「くっそ⋯⋯⋯⋯!六剣でもないくせに、よりにもよって光龍の剣を持ってるなんて⋯⋯⋯⋯!」
「言っとくが、最強の龍で作られたこいつがなくても、お前には余裕で勝てる」
「⋯⋯⋯!」
光龍は魔を滅する光魔法を操り、どんな魔法攻撃に対しても強力な魔法耐性を持つ。故に光龍は、全ての龍種の中で最強の存在であり、龍の頂点に位置しているのだ。グレイの雷魔法が通用しなかったのは、光龍の持つ特性のお陰だったのである。
だが、例えこの剣がなかったとしても、クリスの勝利揺るがなかっただろう。何故ならば、グレイの動きを完全に見切り、相手の動きが止まっている様に見えていたからだ。
「お前の実力の何もかもがベルナに負けてやがる。ベルナどころかあの銀髪女にも劣るぜ」
「だっ、誰だよそれ⋯⋯⋯!?六剣の血を引く俺が負けるはず―――――」
「才能に胡坐かいてるだけのへぼ剣士が調子乗ってんじゃねぇぞ!!お前の技はな、どれもこれもが半端なお遊びなんだよ!」
「!!」
激昂したクリスが怒鳴り散らし、彼の怒りに恐怖を覚えたグレイの体を竦ませる。
六剣の血を引き、剣士としての才能に溢れたグレイは確かに強い。しかし、この程度でクリスに勝てるはずがない。何故なら彼は、自身と同等の実力持つ宿敵と日夜技を高め合い、これまで数々の強敵や、伝説の六剣の一人との戦いで経験を積み上げてきた。技を磨くのに費やした時間、戦いを経て得た経験値の量が、そもそもグレイとは比べ物にならない。
今の戦いでクリスが悟った通り、グレイは才能頼りの剣士だった。血の滲むような鍛錬などした事がなく、使う技を更に磨き上げた事もない。平凡な剣士相手には無双できる力だが、伝説の六剣にすら勝利するクリスの実力の前には、弱く脆い剣でしかなかった。
しかも、今のクリスを日々鍛え上げているのは、彼の宿敵たる炎槍との戦いだけではない。まだ敵同士であった頃、二人がかりでも全く歯が立たなかった、親衛隊隊長ヴィヴィアンヌ・アイゼンリーゼが彼の修行に付き合っているのだ。
これだけの実力を持つクリスですら、未だ彼女には一勝も出来た事がない。そんな相手と戦い続けている彼が、日々の修行で得る経験値は今までの比ではないだろう。グレイの持つ才能頼りの実力に、昔の彼ならば苦戦したかも知れないが、今のクリスは昔の自分を完全に凌駕しているのだ。
「お前の負けだ、雷小僧。さっさと消えな」
「なっ、なに⋯⋯⋯!」
「雑魚に用はねぇんだよ!死にたくなけりゃあ、俺の前からさっさと失せやがれ!!」
怒りが爆発するクリスの言葉が、恐怖で竦み上がったグレイの胸に突き刺さる。すると彼の身体が震え始め、両目に涙が浮かび始めた。
泣き顔になったグレイの頬を、溢れた涙が零れ落ちていく。奥歯を噛み締めた彼は、右腕で自分の両目を乱暴に擦り、涙を拭いて立ち上がる。クリスの前で立ち上がり、傍に刺さっていた剣を引き抜いて、悔し顔を見せながら彼を睨み付けた。
「こっ、これで勝ったと思うなよな!」
「ああん?」
「俺が負けるなんてあり得ないんだ!見てろ、次はお前なんかコテンパンにして、二度と雷小僧だなんて言わせなくしてやる!」
子供の様に喚き散らしたグレイは、これまでの人生で初めて屈辱を味わった。怒るクリスへの恐怖よりも、自身の負けず嫌いな性格を強く刺激する、今味合わされた屈辱の方が勝った。その悔しさが、突然泣き出してしまったグレイの涙の正体である。
「覚えてろよクリスティアーノ!!お前の名前、絶対に忘れないからな!!」
最後に宣戦布告と呼べる言葉を残し、グレイは自身の得物を片手に駆け出し、クリスのもとから去っていった。彼の姿が見えなくなり、気配が消えたのを確認したクリスは、遣り切れない表情を浮かべて空を見上げた。
「くっそおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
悔しかったのはグレイだけではない。クリスもまた、己の望みが叶わなかった故に、悔しさのあまり空に向かって叫んでしまった。
待ち望んでいた伝説の六剣との戦い。敵に六剣の末裔の一人がいると聞き、磨いた剣技を全力で試す事が出来ると思い、興奮して戦場へとやって来た。六剣の末裔の一人、水の剣士ベルナデット・リリーとの戦いの時の様な、互いの剣を全力でぶつけ合った激闘を望んでいた彼は、グレイの力不足に落胆したのである。
グレイを含めれば、これまで三人の末裔に出会った。ベルナデットとの戦いは彼の望むところであったが、次に出会った風の剣士の末裔ユン・シャオは、そもそも剣士ですらなかったのである。
六剣の末裔であろうと、今の時代も剣士であるとは限らない。ユンはその一例であった。剣を交えての決着が付けられなかったクリスは、次の戦いに期待していた。次に出会う六剣の末裔との戦いは、ベルナデットの時の様な戦いができると、期待し続けてきたのだ。
結果、グレイはクリスの望んでいた実力を満たしていなかった。六剣との戦いには勝利を収めたが、こんな呆気ない結果など、彼が期待し続けていたものではない。不完全燃焼状態のクリスは、掴み取った勝利に興奮と達成感を得る事が出来ず、ただ空に向かって八つ当たりの如く叫んだ。
「ふざけんな!!あんな野郎に勝って、最強の剣士になれるわけないだろうが!!」
空は何も答えない。聞こえてくるのは、周りで展開されている戦闘の喧騒だけ。
「もっと強い奴を連れて来い!!そいつらを三枚におろして、槍女も眼帯女も必ず倒してやる!!」
やはり空は何も答えない。悔しさに苦しむ彼の叫びは、無情の空にむなしく響くだけだった。
蟻の這い出る隙間もない、非常に頑丈な防衛線が展開されているために、ボーゼアス義勇軍の前衛は大きな損害を出し続けている。それでも彼らが突撃を止めないのは、これを突破できれば勝利を得られると知っているからだ。
投入している戦力の半分を潰す事になろうとも、勝てればいい。この決戦の勝敗が、自分達の生死を分けてしまうからこそ、彼らは勝つ事に拘っている。もし負ければ、その瞬間がボーゼアス教の滅亡となるだろう。
彼らにとって負けられない戦いに、グラーフ同盟軍は最強の戦力を前線に投入したと言える。だが裏を返せば、最強たる三国の戦力を倒す事が出来れば、ボーゼアス教の勝利は約束されたも同じである。
そこで、ボーゼアス教の教祖オズワルド・ベレスフォードは、隠し玉と呼べる戦力を前線に投入し始めた。その隠し玉というのは、高い戦闘能力を持つ者や特殊魔法の使い手、更には人造魔人によって構成された、所謂特殊部隊である。
オズワルドはこの戦力も全投入して、防衛線の突破を図ろうとしていた。例えこの特殊部隊すらも使い潰す事になろうと、防衛線に綻びさえ生み出せるなら十分だと考えている。勝つために、オズワルドはどんな犠牲すら厭わない、非情に徹する覚悟であった。
第一戦闘団が交戦した特殊魔法使いも、アリステリア戦闘旅団の前に現れた人造魔人も、投入された特殊部隊の先陣である。彼らの後に続き、ボーゼアス義勇軍が誇る強力な戦士達が、各前線にその姿を現わし始めた。
ヴァスティナ帝国国防軍の主力たる第一戦闘団は、弾薬と砲弾を補給するため一度後退し、前線を第二戦闘団と交代した。
銃火器と機甲部隊で構成されている第二戦闘団もまた、弾幕を形成する事で敵を寄せ付けないよう戦うが、第一戦闘団と比べると少し戦闘能力が落ちてしまう。兵力数の違いもあるが、何より銃や車輌を駆使して戦う練度が、第一に比べて低いのである。
その差を埋めるべく第二戦闘団と共に戦うのが、今の帝国国防軍を創り上げた英雄達であった。
「遅い!遅い!遅い!」
第二戦闘団とボーゼアス義勇軍が戦闘を繰り広げる最前線に、その少年の姿はあった。
ご機嫌そうに口を開けて笑みを浮かべ、特徴的な八重歯を見せながら戦場を駆ける、金茶色の髪をした一人の少年。彼は左手に剣を握り、驚くべき速さで戦場を駆け抜けていきながら、第二戦闘団の兵を次々と斬りつけていく。
「遅いって言ってるだろ!!」
電光石火の如し彼の素早さは、第二戦闘団の兵が銃を構えるより早く懐に飛び込み、他の兵に銃撃されても、左右に素早く駆けて弾丸を躱していく。
まるで彼の動きは、戦場を駆ける一筋の稲妻であった。誰も彼の動きを捉え切れず、気が付けば接近されて斬られている。落ちたと思えば一瞬で消えてなくなる落雷のように、この少年の動きは相手に瞬きする暇さえ与えない。
「銃っていうのも大した事ないな!そら、こいつも喰らって見なよ!」
少年は左手に稲妻を出現させ、左手を前に突き出して稲妻を放出した。稲妻が放たれた先には、少年を狙う第二戦闘団の将兵の姿がある。稲妻は一瞬で兵達に直撃し、全身に電撃を与えて感電させた。
少年が放った稲妻による攻撃は、雷属性魔法に間違いなかった。電撃を受けて感電した兵の多くは動けなくなり、運の悪い者は感電死している。最前線で戦う第二戦闘団は、たった一人の少年に翻弄されてしまっていた。
「はんっ!中々やるじゃねぇか」
「!?」
一人の少年に翻弄され続け、損害を出し続ける帝国国防軍。しかし、それを許し続けるほど帝国国防軍は甘くない。雷を操る少年剣士の前に、ヴァスティナ帝国最強の剣士が現れたのである。
整った顔立ちをした金髪の青年。白を基調とした装飾の施された軍服を身に纏い、右手には鞘から抜き放った剣を持つ。剣の扱いに長けた精鋭剣士部隊「光龍騎士団」を率い、興奮を隠し切れない愉し気な様子である。
彼の名は、クリスティアーノ・レッドフォード。親しい者は彼をクリスと呼ぶ。
「雷剣」の二つ名を持ち、これまで数々の猛者をその剣で屠ってきた、神速の剣士である。
「お前が噂の、異教徒に与した伝説の六剣の末裔だろ?」
「へぇ~、それ知ってるって事は中々やりそうだね。あんた名前は?」
「知りたきゃお前から名乗りな。それが礼儀ってもんだろうが」
先に名乗れと言うクリスの言葉が癪に障ったのか、少年は表情をむっとさせ、次の瞬間には剣を片手に駆け出していた。左右に高速移動し、クリスとの距離を一気に詰め、正面から斬りかかる。
並みの兵士であれば、反応できずに忽ち斬り殺されてしまっただろう。だがクリスは、少年の振った斬撃を自身の剣で受け止め、逆に押し返して見せた。
「⋯⋯⋯ふーん、やるじゃん」
斬撃を受け止められ、剣ごと身体を押し返された少年は後ろへ跳躍し、一気に詰めたクリスとの距離を戻っていく。彼が並みの兵士ではないと知り、油断せず一旦後ろへ下がったのだ。
むっとしていた表情が一変し、今度は口笛を吹いて感心した様子の少年が、クリスを気に入って満足気に口を開いた。
「初撃を防いだご褒美に教えてやろうかな。察しの通り、俺が雷の剣士ビル・ライトニングの末裔さ。名前はグレイ・ライトニング、そっちは?」
「俺の名はクリスティアーノ・レッドフォード。今からお前を倒す男の名だ、よく覚えときな」
「レッドフォードってどっかで聞いたような⋯⋯⋯⋯。まあいっか、どうせここで倒しちゃうんだし、関係ないよね」
少年の名はグレイ。クリスが予想した通り、この少年はローミリア大陸の伝説となった六剣士の末裔である。
雷の剣士の血を受け継いでいるためか、グレイは雷属性魔法を操る剣士だ。速さを武器とした剣を使っての戦闘技術や、使える魔法の種類など、クリスと共通点は多い。異なっているところは、彼よりも少し若く、利き手が左手であるという点。そして、彼以上の雷属性魔法を操れる事だ。
「行くよ、荒れろ稲妻!」
またも仕掛けたのはグレイだった。雷属性魔法を発動させた彼は、自分の身体から電気を放出させ、剣を片手に再び駆け出した。
電気を奔らせながら高速移動した彼は、右へ左へと、まるで稲妻のように動いてクリスに迫る。高速で行なうこの動きこそ、相手に自分の動きを読ませないグレイの技であった。更に、身に纏う電気は相手に恐怖心を与える効果を持ち、触れた者を感電させる雷の鎧でもある。
電光石火の如く迫ったグレイが、正面から襲い掛かると見せかけてクリスの背後に回る。背を向けているクリス目掛け、グレイが操る剣の刃が振り下ろされた。
「甘いんだよ」
「!」
グレイの動きに反応していたクリスが、一瞬で振り返り、相手の刃を自身の剣で弾き返す。剣を弾かれて体勢を崩したグレイに向けて、今度はクリスの放つ神速の突きが放たれた。
並みの兵には絶対躱せない必殺の一撃。それにぎりぎり反応できたグレイは、弾かれた剣を操り、間一髪のところでその一撃を刃でいなして見せた。
何とか反撃を防いだグレイだったが、これが彼の心に怒りの闘志を燃やさせる。負けず嫌いな性格である彼は、得意戦術である縦横無尽の高速移動でクリスを撹乱させ、四方八方から連続攻撃を仕掛け始めた。しかし彼の撹乱は全く効果がなく、斬撃による全ての攻撃が、クリスの剣に尽く防がれてしまったのである。
「すばしっこいだけだな、お前」
「ぐっ!?」
クリスにはグレイの動きが見えていた。見えているからこそ、簡単に反応出来てしまうのだ。その事にグレイが気付いた時には、クリスの足技が彼の腹部に叩き込まれていた。
苦痛に呻き、強烈な一撃を受けて、グレイの身体が蹴り飛ばされる。無様に地面に叩き付けられ、痛みに腹を抱えながら激しく咳き込む彼の姿を、クリスは冷ややかな目で見ているだけだった。
初撃が防がれたのはまぐれだったと、そう思っていたグレイは自分の考えを改めた。最初に仕掛けたあの瞬間、クリスは彼の動きを見切っていた。つまり、彼が行なった電光石火の高速移動は、撹乱など全くできていなかった事を意味する。
今までグレイが戦ってきた相手は、皆彼の動きに付いてくる事ができず、彼の剣と電撃の前に倒れた。こんな事は、彼にとって初めての経験だった。
「ちっ、ちくしょう⋯⋯⋯!何なんだコイツ!?」
「ほら、早く立てよ」
「⋯⋯⋯!」
「伝説の六剣の血を引いてんだろ?こんなもんで終わりだって言わねぇよな」
どうにか息を整え、クリスの挑発を受けて立ち上がるグレイ。
グレイの眼前に映る男は、紛れもなく初めての強者だった。六剣の血を引いている故に、剣と魔法の才能に恵まれ、伝説の雷の剣士と同じく、地上に現れた一筋の稲妻の如く戦ってきた。今までこの血と才能で勝利を得てきた力が、全くと言っていいほど通用しない相手。その初めての相手がクリスなのである。
遊んでいては絶対に勝てないと悟り、本気を出して倒すと決めたグレイの瞳には、さっきまでの余裕は消え失せ、真剣そのものであった。
気持ちを切り替え、やる気十分となったグレイとは対照的に、クリスの闘志は冷めていた。それが気に入らず、舌打ちしたグレイがクリスを睨み付け、剣の切っ先を向けて理由を問おうとする。
「おい!そっちがやる気にさせたくせに、なんでやる気失くしてんだよ」
「⋯⋯⋯お前、六剣の末裔のくせに、なんで異教徒共に手を貸してやがる」
「はあ?そんなこと聞く前に俺の質問に答えろよ」
「ちっ⋯⋯⋯、なら先に答えたら教えてやる。さっさといいな」
グレイから見ればクリスは、自分を苛立たせる生意気な男である。普段ならばそんな男など、直ぐに剣の錆へと変えるところだが、相手が相手なだけに、今回は彼の要求を受け入れた。
「⋯⋯⋯同盟軍なんかに付くよりさ、こっちの方が自由に戦えるじゃん?俺ってさ、誰かに指図されるの好きじゃないから、同盟軍みたいなガチガチの軍隊みたいなの無理なんだよね」
「⋯⋯⋯⋯」
「それにさ、こっちの方がお金いっぱい貰えるから稼げるんだよ。しかも、この戦場の強い奴ら討てたら追加報酬が貰えるらしいからさ、俺の強さも証明出来て一石二鳥なんだよね」
「強さの証明、だと⋯⋯⋯?」
答えを聞いたクリスは、グレイを鼻で笑って見せた。その態度に苛立つグレイに構わず、完全に機嫌を損ねたクリスが口を開く。
「笑えねぇんだよ、雷小僧」
「!?」
瞬間、クリスの言葉に驚いて瞬きしたグレイは、クリスの姿を見失った。眼前に立っていたクリスの姿はそこになく、慌てて彼の姿を探したグレイは、自分の足下から迫る、強烈な殺気を感じ取る。
反射的に頭と身体を後ろへ反らした瞬間、グレイの目の前を煌めく一閃が流れた。足下から真上へと、グレイを狙った神速の斬撃。身体を反らして躱し、間一髪回避に成功した彼の眼前には、彼の懐に入り込んだクリスの姿があった。
「一瞬も気を抜くんじゃねぇよ」
「!!」
斬撃を躱したグレイの顔面目掛け、クリスは左手の拳で彼を殴り飛ばした。殴られた衝撃で後ろに倒れそうになったが、次の攻撃が来ると警戒したグレイは、倒れるのを何とか堪え、剣を構えて戦闘態勢を取る。
だが、追撃はやって来なかった。クリスは彼を殴った場所から動かず、さっきまでと同じように、冷たい目でグレイを見ているだけだった。
「さっきから何なんだ!この金髪、俺を揶揄ってんのか!?」
「揶揄ってねぇよ。ただ気に入らねぇだけだ」
「気に入らないってなんだよ!?別に怒らせるような事してないじゃんか!」
「お前が弱過ぎてつまらねぇんだ。さっさと本気を出せよ」
弱いという言葉は、負けず嫌いなグレイを怒らせるのに十分な台詞だった。完全に頭に血が上ったグレイが、本気を見せようと少しクリスから距離を取り、雷属性魔法を全力で発動する。
魔法の発動と同時に、グレイの足下に出現した魔法陣。現れた魔法陣からはいくつもの稲妻が出現し、彼が左手に持つ剣の刃に、まるで吸い寄せられるように集まっていく。集まった稲妻は、眩く光り輝きながら刃に一体化していった。
グレイの剣は雷魔法の稲妻を纏い、刃に電気を集める雷の剣へと姿を変えた。この刃に触れれば、剣で受け止めても、少し斬られただけでも、刃に纏った電気が相手に襲い掛かり、敵に電撃を与えて感電させてしまう。
「俺を本気で怒らせたのはあんたが初めてだ!絶対殺す!」
「⋯⋯⋯やってみな」
グレイが本気状態になっても、クリスの態度は変わらない。寧ろ、さっきより元気を失くしていた。
「あんたさ、さっき俺を蹴り飛ばしただろ?雷纏ってた俺を蹴飛ばせるってことは、あんたも雷魔法使えるんだよな?」
「だったらどうした」
「雷魔法に耐性があるのはもう分かってる。だけどさ、この剣に集めた雷は、いくらあんたでも無事じゃ済まないと思うよ?」
言われた通り、クリスもまた雷属性魔法を操れる。そのお陰で彼には、雷魔法の攻撃に対する耐性があるのだ。並みの雷魔法など、クリスの身体にはあまり効果がないのである。
しかし今度の技は、耐性がない人間など、たった一撃で黒焦げになるまで感電死させる電撃だ。流石のクリスも、グレイほどの魔法の力がない以上、身体が絶えられるはずがない。
「今度こそ一発で逝かせてあげるよ!あの世にね!!」
纏う電気で発光している剣を片手に、グレイが仕掛けた。得意の戦術である、電光石火の高速移動。しかも今度の動きは、最初に見せた動きよりも速くなっている。
常人には捉え切れない素早い動き。躱すのも防ぐのも困難な必殺の攻撃。おまけに防御したとしても、刃から伝わる電撃は避けられない。
派手で単純な攻撃だが、これにグレイの素早さが加わるだけで、非常に有効な攻撃手段へと変わる。厄介なこの攻撃に対して、クリスはその場から一切動く事はなく、彼の攻撃を待ち受けていた。
「死んじゃえよ!!」
動かないクリスの左手側に迫ったグレイが、刃を発光させ続ける自身の得物を振った。躱そうとすらしない彼に向けて、雷を纏う刃が襲い掛かる。
「読めてんだよ!!」
「!?」
さっきより動きが早くなろうと、一切関係なかった。クリスはグレイの動きを完全に見切っていたのである。
襲い掛かる斬撃に対して、クリスは自身の得物を神速の速さで操り、グレイによる雷の剣を受け止めたのだ。そして、攻撃を防いだ事で互いの刃が交錯する中、二人の目が合った。
動きが読まれてしまっていた事に驚愕したグレイだが、彼は勝利を確信していた。何故なら、自身の剣に纏う雷がクリスの剣に流れ、確実に感電させると思っていたからである。
「あれ⋯⋯⋯!?こいつなんで⋯⋯⋯⋯!」
結果は、グレイの思った通りにならなかった。電撃は確かにクリスの剣に流れたが、どういう訳か電撃が彼の刃に吸収されてしまい、何も起こらなかったのである。
「まっ、まさかその剣⋯⋯⋯!俺と同じ龍の素材で―――――――」
「気付くのが遅いんだよ!!」
斬撃は防がれ、電撃も通用しなかった。驚愕するグレイの剣を押し返し、体勢を崩した彼の急所目掛け、クリス必殺の神速の剣突きが放たれた。グレイが放つ技など比べ物にならない。神速と呼ばれているクリスの剣技は、彼の速さを超えていた。
防がなければ、心臓を刺し貫かれて死ぬ。背筋から奔る死の恐怖に襲われたグレイは、体勢を崩しながらも無我夢中で自身の剣を操り、クリスの放つ切っ先を防ごうとした。
目にも止まらぬ速さで繰り広げられる、一瞬の攻防。グレイの剣がクリスの剣に触れ、放たれた切っ先が金属音を響かせる。間一髪のところで己の身を守ったグレイだったが、彼が想像していた以上に、クリスの放った技は重く強烈一撃だった。あまりの力に耐え切れず、剣は甲高い音と共に勢いよく弾かれ、グレイは握っていた得物を手放してしまう。
「馬鹿野郎が!」
得物を弾かれ手放して、グレイの剣が宙を舞っていく。その光景に激しく怒ったクリスが、またもグレイを殴りつけ、腹部に膝蹴りを打ち込み、止めと言わんばかりの回し蹴りを喰らわせて、彼の身体を蹴り飛ばした。
蹴り飛ばされたグレイの身体が地面に叩き付けられ、宙を舞っていた剣が彼の傍に突き刺さる。受けた痛みと衝撃で、悶え苦しみ無様な姿を晒している。クリスはそんな彼へ怒りを露わにし、親の仇でも見るかのような目をして怒鳴り始めた。
「剣士が簡単に剣を手放すんじゃねぇ!!嘗めてんじゃねぞ雷小僧!!」
「うっ⋯⋯⋯、ぐっ⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「俺の剣は光龍の牙で作られてんだ!この意味、分からないとは言わせねぇぞ!!」
「はあっ⋯⋯⋯はあっ⋯⋯⋯⋯。こっ、光龍の魔法耐性⋯⋯⋯⋯」
グレイの得物も、そしてクリスの得物も、ローミリア大陸最強の魔物種である龍を素材として作られている。グレイの剣は雷龍の爪、クリスの剣は光龍の牙を元に作り出された業物で、どんな剣よりも頑丈で美しい至高の一振りなのだ。
雷龍を素材とするグレイの剣は、雷属性の魔法と相性が良く、一度剣に雷が纏えばその力は増幅され、非常に強力な一撃を放つ事も出来る。雷を纏った彼の剣の前には、並みの剣では太刀打ちできない。
対して、クリスの操る光龍を素材とした剣は、彼が光属性魔法を操る事が出来るならば、真の力を発揮する事が可能となる。そして彼の剣には、素材が光龍であるために備わった、グレイの剣にはない能力が存在していた。
「魔法耐性の事を知ってるなら、お前がどんだけ馬鹿やったか分かるだろ。俺の剣に魔法は通用しねぇ」
「くっそ⋯⋯⋯⋯!六剣でもないくせに、よりにもよって光龍の剣を持ってるなんて⋯⋯⋯⋯!」
「言っとくが、最強の龍で作られたこいつがなくても、お前には余裕で勝てる」
「⋯⋯⋯!」
光龍は魔を滅する光魔法を操り、どんな魔法攻撃に対しても強力な魔法耐性を持つ。故に光龍は、全ての龍種の中で最強の存在であり、龍の頂点に位置しているのだ。グレイの雷魔法が通用しなかったのは、光龍の持つ特性のお陰だったのである。
だが、例えこの剣がなかったとしても、クリスの勝利揺るがなかっただろう。何故ならば、グレイの動きを完全に見切り、相手の動きが止まっている様に見えていたからだ。
「お前の実力の何もかもがベルナに負けてやがる。ベルナどころかあの銀髪女にも劣るぜ」
「だっ、誰だよそれ⋯⋯⋯!?六剣の血を引く俺が負けるはず―――――」
「才能に胡坐かいてるだけのへぼ剣士が調子乗ってんじゃねぇぞ!!お前の技はな、どれもこれもが半端なお遊びなんだよ!」
「!!」
激昂したクリスが怒鳴り散らし、彼の怒りに恐怖を覚えたグレイの体を竦ませる。
六剣の血を引き、剣士としての才能に溢れたグレイは確かに強い。しかし、この程度でクリスに勝てるはずがない。何故なら彼は、自身と同等の実力持つ宿敵と日夜技を高め合い、これまで数々の強敵や、伝説の六剣の一人との戦いで経験を積み上げてきた。技を磨くのに費やした時間、戦いを経て得た経験値の量が、そもそもグレイとは比べ物にならない。
今の戦いでクリスが悟った通り、グレイは才能頼りの剣士だった。血の滲むような鍛錬などした事がなく、使う技を更に磨き上げた事もない。平凡な剣士相手には無双できる力だが、伝説の六剣にすら勝利するクリスの実力の前には、弱く脆い剣でしかなかった。
しかも、今のクリスを日々鍛え上げているのは、彼の宿敵たる炎槍との戦いだけではない。まだ敵同士であった頃、二人がかりでも全く歯が立たなかった、親衛隊隊長ヴィヴィアンヌ・アイゼンリーゼが彼の修行に付き合っているのだ。
これだけの実力を持つクリスですら、未だ彼女には一勝も出来た事がない。そんな相手と戦い続けている彼が、日々の修行で得る経験値は今までの比ではないだろう。グレイの持つ才能頼りの実力に、昔の彼ならば苦戦したかも知れないが、今のクリスは昔の自分を完全に凌駕しているのだ。
「お前の負けだ、雷小僧。さっさと消えな」
「なっ、なに⋯⋯⋯!」
「雑魚に用はねぇんだよ!死にたくなけりゃあ、俺の前からさっさと失せやがれ!!」
怒りが爆発するクリスの言葉が、恐怖で竦み上がったグレイの胸に突き刺さる。すると彼の身体が震え始め、両目に涙が浮かび始めた。
泣き顔になったグレイの頬を、溢れた涙が零れ落ちていく。奥歯を噛み締めた彼は、右腕で自分の両目を乱暴に擦り、涙を拭いて立ち上がる。クリスの前で立ち上がり、傍に刺さっていた剣を引き抜いて、悔し顔を見せながら彼を睨み付けた。
「こっ、これで勝ったと思うなよな!」
「ああん?」
「俺が負けるなんてあり得ないんだ!見てろ、次はお前なんかコテンパンにして、二度と雷小僧だなんて言わせなくしてやる!」
子供の様に喚き散らしたグレイは、これまでの人生で初めて屈辱を味わった。怒るクリスへの恐怖よりも、自身の負けず嫌いな性格を強く刺激する、今味合わされた屈辱の方が勝った。その悔しさが、突然泣き出してしまったグレイの涙の正体である。
「覚えてろよクリスティアーノ!!お前の名前、絶対に忘れないからな!!」
最後に宣戦布告と呼べる言葉を残し、グレイは自身の得物を片手に駆け出し、クリスのもとから去っていった。彼の姿が見えなくなり、気配が消えたのを確認したクリスは、遣り切れない表情を浮かべて空を見上げた。
「くっそおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
悔しかったのはグレイだけではない。クリスもまた、己の望みが叶わなかった故に、悔しさのあまり空に向かって叫んでしまった。
待ち望んでいた伝説の六剣との戦い。敵に六剣の末裔の一人がいると聞き、磨いた剣技を全力で試す事が出来ると思い、興奮して戦場へとやって来た。六剣の末裔の一人、水の剣士ベルナデット・リリーとの戦いの時の様な、互いの剣を全力でぶつけ合った激闘を望んでいた彼は、グレイの力不足に落胆したのである。
グレイを含めれば、これまで三人の末裔に出会った。ベルナデットとの戦いは彼の望むところであったが、次に出会った風の剣士の末裔ユン・シャオは、そもそも剣士ですらなかったのである。
六剣の末裔であろうと、今の時代も剣士であるとは限らない。ユンはその一例であった。剣を交えての決着が付けられなかったクリスは、次の戦いに期待していた。次に出会う六剣の末裔との戦いは、ベルナデットの時の様な戦いができると、期待し続けてきたのだ。
結果、グレイはクリスの望んでいた実力を満たしていなかった。六剣との戦いには勝利を収めたが、こんな呆気ない結果など、彼が期待し続けていたものではない。不完全燃焼状態のクリスは、掴み取った勝利に興奮と達成感を得る事が出来ず、ただ空に向かって八つ当たりの如く叫んだ。
「ふざけんな!!あんな野郎に勝って、最強の剣士になれるわけないだろうが!!」
空は何も答えない。聞こえてくるのは、周りで展開されている戦闘の喧騒だけ。
「もっと強い奴を連れて来い!!そいつらを三枚におろして、槍女も眼帯女も必ず倒してやる!!」
やはり空は何も答えない。悔しさに苦しむ彼の叫びは、無情の空にむなしく響くだけだった。
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