贖罪の救世主

水野アヤト

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第四十三話 プレイン・バーン作戦 中編

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第四十三話 プレイン・バーン作戦 中編






 戦闘は夜明けと共に始まった。
 陽が昇り、夜が明けたクレイセル大平原に広がる、大地を埋め尽くそうとするかの様な無数の人影。陽の光が夜の闇を明かし、グラーフ同盟軍陣地を照らし出した瞬間、十四万以上の兵力を有するボーゼアス義勇軍陣地より、数万規模の先陣が出撃した。
 
 夜明けを合図にして先に仕掛けたのは、ボーゼアス義勇軍の方であった。彼らは緒戦から攻撃の主導権を握るべく、奇襲攻撃を初撃に選んだのである。
 対してグラーフ同盟軍は、夜明け前の段階で敵軍の動きを察知し、早朝の奇襲に備えていた。しかし、察知するのが一足遅かった事もあり、奇襲への対応は不十分であった。敵の進軍が始まった瞬間、同盟軍は直ちに迎撃に打って出たが、不十分な備えのために迎撃戦力が不足してしまい、戦闘開始から僅かな時間で、同盟軍は敵奇襲攻撃に苦戦を強いられてしまった。

 それでも、迎撃に出撃したホーリスローネ王国軍を主力とした戦力は、ボーゼアス義勇軍の突破を許さず、前線を何とか持ち堪える事に成功していた。
 夜明けから数時間が経過し、前線は膠着するかに思われた。これに対してボーゼアス義勇軍は、前線への増援と、魔法兵部隊による苛烈な全力攻撃で、同盟軍の展開した前線の突破を図る。猛烈な勢いで攻める敵の攻撃に耐え切れず、迎撃に展開した同盟軍の戦力は、壊滅を恐れて後退を開始するのだった⋯⋯⋯。









 ヴァスティナ帝国国防軍には鉄壁の盾が存在する。未だ、その盾を砕く事が出来た者は誰一人としていない。ヴァスティナ帝国が誇る無敵の盾を、戦場に赴く兵士達は「鉄壁の巨人」と呼んだ。
 そう、盾は巨人なのだ。正確には、巨人の様に大きな男であるが、戦場で彼と肩を並べる兵も、相対する兵も、彼をローミリア大陸が生んだ最大最強の男とだと思う。そして、彼の敵となった者達は、彼を化け物と思いながら死んでいくのだ。
 
 鉄壁の盾は、ヴァスティナ帝国最強の殿部隊を率いている。その部隊の名は、「鋼鉄戦闘団」。兵数約千五百人を誇る、鋼鉄の戦士達の精鋭殿部隊だ。
 鉄壁の盾に率いられ、鋼鉄戦闘団は戦場と化したクレイセル大平原に足を踏み入れた。彼らが目にしたのは、敵軍の攻撃で後退を開始した友軍の姿である。敵はボーゼアス義勇軍、味方はグラーフ同盟軍のホーリスローネ王国軍だ。
 鋼鉄戦闘団の任務は勿論、後退する友軍の支援である。数万規模の敵軍の追撃を真正面から受け止めるために、彼らは後退中の友軍のもとに向かって行く。全身を分厚く頑丈な鉄の鎧で覆い、大きな鉄の盾と、得物である剣や槍で武装した、鋼鉄の戦士達。彼らは誰一人、目の前に迫ろうとしている数万の敵を恐れてはいない。
 目標地点まで到着した鋼鉄戦闘団は、辿り着いた地に迎撃陣形を展開した。部隊の先頭に立つのは、彼らを率いる鉄壁の盾。兵達と同様に全身を鎧で覆い、右手で鎖付きの巨大な大斧を軽々と担ぐ。だがこの男は、他の兵士達の様に盾を持っていなかった。
 盾を持たないのではなく、この男そのものが盾なのだ。大きく、そして逞しく頑丈な彼の肉体こそ、鋼鉄に匹敵する盾。この盾が鋼鉄の鎧を全身に身に纏えば、まさに鉄壁無敵の盾と化す。その盾が操る得物は、これまで数え切れないほど多くの敵を一撃で屠った、この男にしか操れない巨大な大斧である。

「重機関銃隊、前へ!!」

 鋼鉄戦闘団の小隊長の一人が、二人がかりで機関銃持った兵達を前進させる。重機関銃隊と呼ばれた彼らは、迎撃陣形を展開する味方の目の前に展開し、地面に三脚を立てて機関銃を設置する。彼らが設置した銃器は、大口径の弾丸を連射する重機関銃であった。大型で重量もあるため、持ち運びを含めて二人以上で運用を行なっているのだ。
 重機関銃隊は設置を終え、銃に弾丸を装填し、発射態勢を整える。眼前からやって来る後退中の味方の軍勢が、鋼鉄戦闘団を避けて後方を目指す中、彼らは射撃の号令を落ち着いてまっていた。
 やがて、味方の軍勢が目の前からいなくなると、数え切れない規模の敵の軍勢が、まるで大津波の如く押し寄せる。大平原を人間で埋め尽くさんとする敵は、立ち塞がる鋼鉄戦闘団をも呑み込もうとしていた。
 後退した友軍の中には、逃げ遅れた者も少なくなかった。後退するも追いつかれた王国軍の兵士が、鋼鉄戦闘団の目の前で、敵の波に悲鳴と共に飲み込まれていく。無論、呑まれた兵士が再び姿を現わす事はなかった。
 
「掃射用意!!」

 眼前から味方は消えた。これで存分に戦う事が出来る。
 重機関銃隊の指揮者が、機関銃を構える兵士達が待ちに待った号令を下す。

「掃射!!」

 号令と共に、展開した重機関銃隊の一斉射撃が始まった。
 突撃してくる敵の雄叫びを掻き消す程の、連続射撃による発砲音。空気と大地を震わせ、他の音を全て掻き消してしまう爆音が、一瞬で戦場の音を支配してしまう。
 重機関銃の一斉射撃は、味方を追撃しようと押し寄せた敵の先陣に直撃し、一瞬の内に薙ぎ倒していった。大口径の弾丸は、防具を身に着ける人間の肉体を意図も容易く貫き、容赦なく破壊する。連続射撃で蜂の巣にされる者、弾丸の破壊力によって手足が千切れ飛ぶ者、腹部が裂けて臓物が飛び出してしまった者もいる。
 追撃を仕掛けていた敵の先陣は、瞬く間に蹴散らされていき、戦場に屍の山を築いていった。死んでいった者達の多くは、何が起こったのか分からない顔をして、目を見開いたまま死んでいる。それ以外の者は、銃撃を受けて負傷し、焼けるような激痛に悶え苦しんだ顔のまま死んでいった。
 
「撃ち続けろ!!弾薬を惜しむ必要はない!!」

 重機関銃による一斉掃射は、敵の波を一時的に食い止める事に成功し、敵に傾いていた流れを崩して見せた。勢いを失った敵は、それでもまだ突撃を継続し、死んでいった者達の屍を踏み越えて突き進もうとする。それを機関銃の容赦ない掃射が阻むが、銃器による掃射は無限に行えるものではない。
 一斉掃射を行なった重機関銃全てが弾切れを起こし、爆音を上げていた掃射はなくなった。重機関銃隊が静かになった瞬間、敵は好機とばかりに雄叫びを上げて突撃する。射撃を再開するために、弾薬の再装填が行なわれるかに思われたが、隊は銃身が過熱した機関銃を回収し、直ちに後方へ下がっていく。
 弾薬備蓄が無くなったわけでも、銃身の過熱で機関銃が故障したわけでもない。まずは一撃を加え、敵の勢いを挫く。重機関銃隊は、鋼鉄戦闘団の戦術通りの役目を果たしたのである。役目を果たした以上無理はせず、彼らは次の者達に任せたのだ。

「無反動砲隊、攻撃用意!!」

 今度は機関銃ではなく、所謂バズーカ砲を担いだ兵士達が、先程の隊と同じように展開する。彼らは一斉に砲を構え、射撃体勢に入った。

「一斉射、撃て!!」

 展開した無反動砲隊は、全員同時に引き金を引いて発砲した。抱えた筒状の砲が、後ろから燃焼ガスを放出し、前方目掛けて弾頭を発射する。一斉に放たれた砲は、空気を切り裂きながら直進していき、次の瞬間には敵軍に直撃して大爆発を巻き起こした。
 多数の爆発が兵士達の身体を吹き飛ばす。胴体が二つに分かれてしまった者もいれば、爆発で両脚が吹き飛んでしまった者もいた。中には木っ端微塵となって、周囲に身体の肉片を撒き散らした者もいる。当然の事ながら、肉片と変わった者に息はない。
 
「三度発射後は後退!!後は重兵隊に任せろ!!」

 重機関銃の掃射だけでは不十分と考え、鋼鉄戦闘団は無反動砲による追加の火力投入を行なった。敵は想定以上の狂気な士気と勢いであり、掃射だけでは足りないと判断したためだ。
 無反動砲による攻撃は、各員三発ずつの発射で終わった。この攻撃によって、敵の突撃の足が鈍り、鋼鉄戦闘団への恐怖を植え付ける事に成功する。宗教を信じ込ませた狂気的な士気と勢いは、重機関銃と無反動砲によって揺らぎを見せた。
 今が好機である。役目を終えた無反動砲隊は下がり、重兵隊と呼ばれた鋼鉄の戦士達が前進する。

「ふんっ!!!」

 先頭に立つ鉄壁の巨人が、得物である大斧の鎖を掴んで勢いよく回し始め、自らの頭の上で大斧を回転させる。空気を切り裂く音と共に、巨大な大斧が頭上で円を描く。
 気合が込められた雄叫びと共に、回転していた大斧が敵目掛けて投げつけられる。大斧の末端に繋がれた長い鎖を握り締め、投擲した大斧を操り、向かって来る敵を薙ぎ倒していく。彼の剛腕によって操られた大斧は、敵を薙ぎ倒しながら弧を描いていった。
 薙ぎ倒された多くの者達は、大斧の刃に身体を斬り飛ばされ、上半身と下半身が二つに分かれてしまっていた。どんな防具も彼の大斧を止める事は出来ず、胴体を切断された屍が大平原を赤く染める。たった一撃で、先頭にいた二十人近くのボーゼアス義勇軍の兵士達が、彼の操る大斧に蹴散らされた。

「ばっ、化け物⋯⋯⋯!?」

 大斧が通った後、奇跡的に刃を躱せた一人の兵士が膝を付き、大斧を手元に戻した鉄壁の巨人の姿を目にし、恐怖に駆られた声を発した。
 その兵士は、周りに広がる凄惨な光景に言葉を失い、驚愕のあまり呼吸するのさえ忘れていた。ボーゼアス教を信じ、自分達が倒すべき敵への怒りと憎しみで忘れていた、命を懸けるという行為への恐怖が蘇る。生き残ったこの兵士は、完全に戦意を喪失してしまっていた。
 この恐怖心は、先頭の後に続こうとしていた後続にも波及する。重機関銃の一斉掃射、無反動砲による砲撃、そして巨大な大斧の刃が創り上げた絶望が、ボーゼアス義勇軍から戦意を奪い去っていく。

「聞け!!我らヴァスティナ帝国国防軍、鋼鉄戦闘団!!!」
「「「「おうっ!!!」」」」

 自分達を率いる鉄壁の巨人に代わり、鋼鉄戦闘団の兵が名乗りを上げる。彼らの名乗りと雄叫びは大地を大きく震わせただけでなく、眼前に広がる敵の軍勢にもはっきりと届く程だった。
 
「異教徒に与する者達よ、刮目せよ!!我らを率いるは、帝国最強の盾と知れ!!!」

 彼らは皆、鉄壁の巨人に命を預け、例え命を落とす事になっても、最後の瞬間まで彼と共に戦うと決意している。
 兵から絶大な信頼を集める、剛腕鉄壁なる巨漢。
 彼の名はゴリオン・シャオ。鋼鉄戦闘団を率いる隊長にして、ヴァスティナ帝国が誇る英雄の一人である。

「みんな!オラと共に戦ってほしいだよ!」
「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」」」」

 ボーゼアス義勇軍全体の士気は高い。だがしかし、鋼鉄戦闘団を敵を上回る士気を持って、この戦いに臨んでいる。
 ゴリオンを声に応え、重兵隊と呼ばれた鋼鉄の戦士達が一斉に盾を構えた。この地に盾を構えた彼らは、一兵たりとも敵を通すつもりはない。決して臆さない彼らは、敵が大軍であろうと精強であろうと関係なく、自分達を、味方を守る盾と化したのだ。

 対して戦意を奪われた敵は、味方の屍を踏み越え突き進むしかない。何故なら彼らには、下がるという選択肢がないからだ。突撃して自分達の敵を喰い破り、突破して勝利を得る以外、彼らには生きる道がないのである。
 故にボーゼアス義勇軍は突撃する。眼前に展開する鋼鉄戦闘団の盾目掛け、最前線の兵士達が得物を持って襲い掛かった。
 剣や槍、斧や棍棒、中には農具を武器にした者までいる。基本民兵で構成されている彼らには、正規軍の様な装備の統一性はない。多くの者は、武器の扱い方すら分かっていないのである。幾ら数が多かろうと、これまで数々の激戦を戦い抜いたゴリオン達にとって、そんな相手を押し返すのは容易な事だった。
 
「ふんぬうううううううううっ!!!」

 気合と共にゴリオンが大斧を横に一振りすると、彼に立ち向かった者達の身体が二つに分かれ、上半身が宙を舞う。重兵隊に向かっていた者達は、盾に向かって体当たりするもびくともせず、逆に盾に押し返され、盾の隙間から放たれた得物の刃に貫かれる。
 敵は突撃を続けるも、ゴリオンが振り回す大斧の刃に命を絶たれ、重兵隊の盾を崩せず逆に討たれ、被害を拡大させていった。数を武器に突撃を続ける彼らは、ゴリオンと共に戦う重兵隊を一ミリも後退させられず、ただ命を落としていく。
 ボーゼアス義勇軍の兵士は、目の前に現れた頑丈な鉄の壁に激突している。鉄の壁に人間が敵うはずもなく、壁を凹ませるどころか傷付ける事さえ叶わない。勝利を得るために鋼鉄戦闘団へと立ち向かう彼らの死は、全て無駄死にであった。

「ここを一歩も通しちゃだめなんだな!」
「分かっております!!重兵隊、ゴリオン隊長に後れるな!!」
「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」」」」

 押し寄せる敵の大軍を討ち取り続けながらも、鋼鉄戦闘団はゴリオンも彼らも一切の疲れを現わさず、寧ろこれからだと言わんばかりに、より一層士気を盛り上げる。彼らの勇猛な戦いぶりと戦意は、十万以上いる敵の大軍を、自分達だけで全滅させてしまいそうな勢いだった。

 鋼鉄戦闘団の圧倒的な力の前に、あの狂気的な戦意を奪われながらも、ボーゼアス義勇軍は一番の戦術である人海戦術を継続し、兵を突撃させ続ける。
 そうしてまた一人、ゴリオンが振り下ろした巨大な大斧によって、身体を叩き潰された兵が命を散らせるのだった。
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