贖罪の救世主

水野アヤト

文字の大きさ
上 下
222 / 841
第10.5話 みんな大好き?ヴァスティナ帝国 

13

しおりを挟む
 それから一時間後。

「じっとしていろ」
「はい・・・・・、いてて・・・・・」

 あの軍馬は並の馬ではない。その能力は帝国随一であり、大陸中でも五本の指に入る事だろう。
 戦闘力は通常の馬を超えており、並の人間では太刀打ちできない。そんな馬相手に、リックは格闘戦で互角の戦いを演じた。
 結果は引き分けで終わり、両者ぼろぼろになってしまう。メシアはまず馬の手当をした後、リックを医療室に連れて行った。現在彼女とリックは、馬小屋近くにあった医療室にいて、彼女がリックを手当てしている。

「私の馬相手に互角とはな。あいつは武装した騎士すら軽く殺してしまえるのだぞ」
「あんだけ強ければ可能ですよね・・・・・・。後半は死ぬかと思いましたよ」

 切り傷擦り傷だらけの身体に、彼女は丁寧に包帯を巻いていく。勿論、とっても沁みる消毒液も忘れずにである。
 何度も実戦を経験した、騎士団長である彼女は、当然のように手当も手馴れている。

「んっ、左手を見せろ」
「えっ?はっ、はい・・・・・」

 一通りの手当を済ませた彼女だったが、リックに左手を見せろと言う。彼女に従って手を出すリック。
 見ると、彼の左手の人差し指に、小さな切り傷ができていた。

「このぐらい舐めてれば治ります。だから消毒は勘弁してください、滅茶苦茶沁みるので」
「そうだな」

 そう言うとメシアは次の瞬間、リックにとっては信じられない驚くべき素晴らしい行動に出る。
 何と彼女は、リックの人差し指を自身の口元に運び、躊躇なく咥えたのである。

「めっめっめっ、メシア団長!?」

 声が裏返ってしまったリックを気にせず、咥えた指の傷口を舐め続ける。
 若干上目遣いで彼を見つめながら、念入りに丁寧に優しく舐めていた。リックはこの時、心の中で大いに歓喜し、「今まで生きてて本当に良かった・・・・・」と感動してしまっていた。

「んっ・・・・、もういいぞ」
(えっ・・・・エロかった・・・・・・・・)
「消毒液が勿体ないからな。私の唾液で我慢しろ」
「我慢なんてとんでもない!!もうこの手一生洗いません!!!」
「傷が悪化するから洗え」

 舐められた指を愛おしそうに見つめ、目をキラキラと輝かせているリック。目の前に未だかつてない御馳走を出され、感動してしまっている子供のようだ。「咥えたい、メシア団長の唾液を・・・・・・。でも、それをやったらいよいよ人間として終わりな気がする・・・・・・」と、リックは内心考えているのだが、この心の中の声は、彼女お得意の読心術で筒抜けであった。

(そんなに嬉しいのか。私の唾液が)

 もうお分かりかも知れないが、メシアは天然が入っているのだ。
 この時のリックの感動の意味など、わかるはずもない。

「まあいい。リック、お前に一つ言いたい事がある」
「はい?何ですか、改まって」
「お前は傷つき過ぎる。もっと自分の身体を大切にしろ」

 彼女は今、心から心配している。冗談ではなく、本気だった。
 彼が戦いに赴くと、必ず傷だらけで帰って来る。その手に勝利を勝ち取ってだ。業火戦争も、南ローミリア決戦も、リックはその身体を傷つけた。守るべきものを命懸けで守った結果だ。
 だが、それが彼女は許せない。

「もしかして、・・・・・怒ってますか?」
「お前の命は一つだ。幾ら陛下を守るためでも、無茶が過ぎる。陛下だけでなく、仲間を救おうとする時もそうだ。私がお前を守れるのにも限界があるのだぞ」
「それは・・・・・」
「言い訳は許さない。私はお前が心配だ」

 真剣な表情を浮かべ、鋭い眼差しでリックを見つめる。その眼は、彼が初めて彼女に会い、取り調べを受けた時と同じであった。この鋭い眼差しは、彼女が本気の証だ。

「視線で殺されそうです・・・・・・」
「お前は多くを守っているが、それは同時に、多くに守られている事を意味する。私はお前を守る者の一人だ。お前ならばわかっているはずだ」
「・・・・・以後、気をつけます」

 しゅんとして、一気に落ち込むリック。尊敬する彼女に、真剣に怒られては敵わないのだ。
 場に流れる沈黙。真面目な雰囲気の、暗い空気。だがしかし・・・・・・。

 ぐうううううぐぎゅるるるぅぅぅーーーーー・・・・・・。

 沈黙を破ったのは、リックの腹の音であった。

「どうした?」
「結構暴れたので・・・・・・お腹が空きました」
「待っていろ。何か持ってきてやる」
「いいですよ、自分で行き・・・・・・あいたたたっ」
「ここで大人しくしていろ」

 怪我のせいでしばらく動けないリックに代わり、彼女が動く。
 医療室から出て、食べ物を探しに行くメシア。食堂ならば何かあるだろうと、そこへ向かう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話

島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。 俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

会うたびに、貴方が嫌いになる【R15版】

猫子猫
恋愛
長身の王女レオーネは、侯爵家令息のアリエスに会うたびに惹かれた。だが、守り役に徹している彼が応えてくれたことはない。彼女が聖獣の力を持つために発情期を迎えた時も、身体を差し出して鎮めてくれこそしたが、その後も変わらず塩対応だ。悩むレオーネは、彼が自分とは正反対の可愛らしい令嬢と親しくしているのを目撃してしまう。優しく笑いかけ、「小さい方が良い」と褒めているのも聞いた。失恋という現実を受け入れるしかなかったレオーネは、二人の妨げになるまいと決意した。 アリエスは嫌そうに自分を遠ざけ始めたレオーネに、動揺を隠せなくなった。彼女が演技などではなく、本気でそう思っていると分かったからだ。

魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます

ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう どんどん更新していきます。 ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。

二度目の結婚は、白いままでは

有沢真尋
恋愛
 望まぬ結婚を強いられ、はるか年上の男性に嫁いだシルヴィアナ。  未亡人になってからは、これ幸いとばかりに隠遁生活を送っていたが、思いがけない縁談が舞い込む。  どうせ碌でもない相手に違いないと諦めて向かった先で待っていたのは、十歳も年下の青年で「ずっとあなたが好きだった」と熱烈に告白をしてきた。 「十年の結婚生活を送っていても、子どもができなかった私でも?」  それが実は白い結婚だったと告げられぬまま、シルヴィアナは青年を試すようなことを言ってしまう。 ※妊娠・出産に関わる表現があります。 ※表紙はかんたん表紙メーカーさま 【他サイトにも公開あり】

この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。

天織 みお
恋愛
「おめでとうございます。奥様はご懐妊されています」 目が覚めたらいきなり知らない老人に言われた私。どうやら私、妊娠していたらしい。 「だが!彼女と子供が出来るような心当たりは一度しかないんだぞ!!」 そして、子供を作ったイケメン王太子様との仲はあまり良くないようで――? そこに私の元婚約者らしい隣国の王太子様とそのお妃様まで新婚旅行でやって来た! っていうか、私ただの女子高生なんですけど、いつの間に結婚していたの?!ファーストキスすらまだなんだけど!! っていうか、ここどこ?! ※完結まで毎日2話更新予定でしたが、3話に変更しました ※他サイトにも掲載中

うちの娘が悪役令嬢って、どういうことですか?

プラネットプラント
ファンタジー
全寮制の高等教育機関で行われている卒業式で、ある令嬢が糾弾されていた。そこに令嬢の父親が割り込んできて・・・。乙女ゲームの強制力に抗う令嬢の父親(前世、彼女いない歴=年齢のフリーター)と従者(身内には優しい鬼畜)と異母兄(当て馬/噛ませ犬な攻略対象)。2016.09.08 07:00に完結します。 小説家になろうでも公開している短編集です。

処理中です...