贖罪の救世主

水野アヤト

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第四十一話 代価

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「くっそおおおおおおおおおっ!!放せよちくしょおおおおおおおおおっ!!」

 グラーフ同盟軍に備える形で造られた、ボーゼアス義勇軍陣地の外れ。そこでは今、一人の勇者が兵士に取り押さえられ、大声を上げて藻掻いていた。
 陣地の外れで、二人の兵士に取り押さえられた勇者。彼の名は有馬櫂斗《ありまかいと》。伝説の秘宝に選ばれし、聖剣の勇者である。
 敵に捕まってしまった二人の勇者、九条真夜《くじょうまや》と九条華夜《くじょうかや》を救出するため、単身敵の陣地へ潜入しようとした櫂斗だったが、彼の潜入任務《スニーキングミッション》は呆気なく失敗した。陣地に構築されていた、防御用の柵を乗り越えようとしていたところを、見張りの兵士に見つかってしまい、抵抗する暇もなく捕まってしまったのである。

 陣地内に潜入する前に発見され、何もできずに捕まった櫂斗は、敵である兵士達の大笑いを受けながら連行されようとしていた。何とか逃げ出そうと暴れているが、二人の兵士に両腕を完全に拘束されているため、振り解く事が出来ずにいる。
 このままでは真夜と華夜を助けるどころではないと、どうやってこの状況を切り抜けるか考えていたが、それは何の前触れもなく起きたのである。

「空が赤い⋯⋯⋯⋯!陣地の中心が燃えてるのか!?」
「なにが起きたのか急いで確認しろ!あの明るさじゃ同盟軍にも気付かれるぞ!」

 ボーゼアス義勇軍陣地の中心部。そこから火の手が上がり、激しい火災が起きている。陣地の外れからでも、炎によって照らされた赤い夜空が目にできた。雲一つなかった夜空からの突然の落雷と、生き物の鳴き声のような大きな声。その後に聞こえた爆発音。それら全てが、この場所からでも見聞きできたのである。
 捕まえた勇者を後方へ連行するどころではない。慌しく動き始めた兵士達が、何が起こったのかを確認するため行動する。

(ひょっとして、二人が秘宝の力を使ったんじゃ?火事ってことは先輩がやったのかも)

 状況が全く分からないのは櫂斗も同じだったが、騒ぎの原因に心当たりはあった。
 もしこの騒ぎが、捕らわれた二人によるものだったとすれば、今が助け出す絶好の機会となる。これを逃す手はないと、ここを突破して二人を助けに行こうと考える櫂斗だったが、突破は必要なくなった。
 何故なら、彼が救出しようとしていた二人は、向こうからやって来たからである。

「なっ、なんだあれ!?」

 何かの気配を感じ、夜空を見上げた櫂斗は、星々の光を隠す巨大な影を見た。櫂斗だけでなく周りにいた兵士達も、この場所に接近してくる影を発見し、驚愕して立ち尽くす。
 そう、接近してきているのだ。巨大な生き物の影が、まるで墜落するように⋯⋯⋯⋯⋯。

「にっ、逃げろおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 そう叫んだの櫂斗だった。彼の叫びで我に返った兵士達が、地面に激突しようとしている巨大な影から逃げる為、全速力で駆け出した。櫂斗を拘束していた兵士も、命惜しさに彼の腕を離して逃げ出してしまった。
 
「うわああああああっ!!」

 夜空を飛んでいたはずの巨大な生き物は、突然力を失って墜落を始め、櫂斗のいる場所に落下した。地上に激突し、天幕や柵を薙ぎ倒しながら地面を滑る巨大生物。まるで胴体着陸の様に、数十メートルも地面を滑ってようやく止まったその生物は、そこから動き出す事はなかった。

「すっ、すげえ⋯⋯⋯⋯⋯」

 墜落間際にどうにか回避できた櫂斗は、目の前で起こった信じられない出来事に、驚愕と興奮を覚えていた。一体何事かと、墜落した巨大生物を見ていた櫂斗は、生物の傍に倒れる二人の人影を目にした。
 夜の闇で何も見えないはずなのだが、人影が持つ発光する本のおかげで、人の存在を確認できた櫂斗は、まさかと思い二人のもとへと駆け出した。彼の予想通り、発光していたのは勇者の魔導書だったのである。

「先輩!!華夜ちゃん!!」

 赤黒い体表の巨大な怪物の傍に、墜落した衝撃で放り出された真夜と華夜がいる。櫂斗は急いで二人のもとに駆け寄り、彼女達の無事を確かめようとした。

「うっ⋯⋯⋯、こんな⋯⋯⋯ところで⋯⋯⋯!」

 投げ出されたために地面で身体を打ち、痛む我が身を起こしながら、華夜は墜落した怪物の傍に近付こうとする。名を呼んだ櫂斗の存在に気付かず、彼女は自分の召還した怪物だけに意識を集中させていた。
 怪物に向かってふらつきながら歩く華夜。そんな彼女に、痛む身体を押して立ち上がった真夜が駆け寄った。

「華夜!!もういいの!もう十分だから!」
「だめ⋯⋯⋯。華夜は⋯⋯⋯、お姉ちゃんと一緒に家に帰るの⋯⋯⋯」

 華夜の背中に抱き付いて、必死に彼女を止めようとしている真夜。今の華夜には、泣き叫ぶ姉の言葉は全く届かない。今の彼女を駆り立てているのは、幸せだった日々に帰ろうとする願いだけだった。
 自身が召喚した怪獣、完全暗黒破壊神《デストロイア》。華夜にとってこの怪獣は、自分を苦しみから解放してくれる最後の希望である。希望にすがりつこうとする彼女は、ふらつく足取りで怪獣へと歩みを進め、手を伸ばした。
 だが、魔導書の力で召喚した怪獣は、墜落後再び立ち上がる事はなく、力なく両翼を地面につけて動かない。やがて怪獣は、自身の身体の至るところから蒸気を噴出させた。噴出する蒸気と同時に、怪獣の身体が小さくなっていく。どんな原理なのかは不明だが、怪獣の身体は蒸気と共に消滅していき、一分も経たない内に影も形も失われた。

「そっ⋯⋯⋯⋯、そんな⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯!」

 ボーゼアス義勇軍の陣地で猛威を振るった巨大な怪獣は、完全にその姿を消滅させた。唯一の希望が失われた事で、力を失くした華夜がその場に膝を付く。
 絶望した華夜は俯き、地面を見つめたまま動かない。すると彼女は、突然の嘔吐感に襲われてしまい、口から赤い液を吐き出した。吐き出されたのは彼女の血であり、それと同時に、先程まで発光していた彼女の魔導書が、力を失くしたように光を弱めていく。

「ごほっ⋯⋯⋯!ごほっごほっ⋯⋯⋯⋯!?」
『出力低下、形状維持機能損傷。これ以上の戦闘運用は困難です。戦闘機能を緊急停止します』
「そんな⋯⋯⋯⋯、だめ⋯⋯⋯⋯!」
『所有者の身体限界及び、出力不足です。緊急防衛機能を強制停止しました』

 彼女の頭にだけ響く声。声の主は、彼女が持つ魔導書である。
 魔導書の発した言葉通り、華夜と真夜を守るため現れた怪獣は消滅した。しかも魔導書は、これ以上の使用はできないと言っている。つまり華夜は、未だ敵地にも関わらず戦う力を失ったのだ。

「うっ⋯⋯⋯!」
「華夜!?」

 強大な力を使った反動なのか、身体が重くなり、酷い頭痛と吐き気に襲われた華夜は、その場から一歩も動けなくなった。立ち上がる事さえ出来ず、気が遠くなった彼女は真夜のもとに倒れてしまう。倒れる華夜を慌てて抱いた真夜は、泣きながら彼女を抱きしめた。

「ごめんなさい華夜⋯⋯⋯⋯!私⋯⋯⋯、あなたを守れなかった⋯⋯⋯⋯!」
「お姉⋯⋯⋯ちゃん⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

 倒れた華夜を抱き、一人涙を流し続ける真夜。身体が動かない華夜は、遠退いていく意識の中で、泣いている姉の顔を見ているだけだった。
 悲しみに暮れた姉妹の姿。そこへ慎重に近付いていく、武装した兵士達の姿がある。
 未だここは敵地なのである。陣地の外れとは言え、兵の数は少なくない。最初は突然の事態に混乱し、恐る恐る見ているだけだった兵士達が、怪獣が消滅した事で二人に接近する。正確な事態が分からなくとも、陣地の中心から飛んでやって来た二人が、陣地内に火を放った犯人であろう事は彼らにも察しが付く。あの怪獣も、それに乗っていたこの二人も、自分達の敵であると判断したボーゼアス義勇軍の兵士達が、二人を捕らえようと取り囲む。

 華夜も真夜も、今の二人は全くの無防備な状態であり、敵である兵士達と戦う事は疎か、抵抗する事さえできない。味方がいるグラーフ同盟軍の陣地まで逃げる力も、今の彼女達には無かった。
 逃げ延びる最後の希望は失われ、再び敵に捕らえられるのを待つばかり。敵陣地を破壊し、多くの兵士を死に追いやった以上、再び捕まれば何をされるか想像もできない。今度はその場で殺される可能性もある。何れにせよ、二人が待つ未来には絶望と悲劇しかない。
 
「待てよ!」

 それは彼女達に残された、たった一人の僅かな希望だった。
 捕らわれた彼女達を助けるために、たった一人で敵地に乗り込んできた勇者。自分が助け出す予定だった二人を守るべく、取り囲む兵士達の前に立ちはだかり、彼女達の盾になろうとする。

「起動《スタート》!」

 ペンダントに嵌め込まれた伝説の秘宝。選ばれし勇者たる者の声に応え、黄金に光り輝いた秘宝がその真の姿を露わにする。姿形を一振りの剣に変え、勇者の両手に握られたそれは、金色の光を放って夜の闇を眩く照らす。

「お前ら、俺が誰だか知ってるか!?この俺こそ、あの火龍を倒した異世界の勇者、有馬櫂斗様だ!お前らなんかに先輩と華夜ちゃんは渡さない!」

 たった一人で彼女達を助けようとしているのは、先程まで敵に捕まっていた櫂斗である。高らかに名乗り上げてカッコつけた彼は、自らの聖剣を敵に向けて構える。
 
「あっ、有馬君⋯⋯⋯⋯!?」
「助けに来ましたよ先輩!俺が突破口を開くので、華夜ちゃんは任せます!」

 まさかな人物の登場で驚く真夜に、彼女に背を向けたまま櫂斗は言葉をかける。
 豹変して倒れた華夜と、まともな衣服を着れていない真夜。今の彼女達の姿を見た櫂斗は、二人に何があったのかを想像し、歯を食いしばっていた。もっと早く助けに来れていればと、後悔に苦しみ自分を責める。
 二度と彼女達を敵に渡したりはしない。ここで二人を助け出し、一緒に同盟軍の陣地へ帰る。陣地では二人の身を誰よりも案じている、彼にとって大切な幼馴染が帰りを待っているのだ。決意を込めた彼の光り輝く切っ先は、絶望の闇を照らす新たな希望の光に見えた。

「有馬⋯⋯⋯さん⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯?」

 薄れゆく意識の中で、真夜に抱かれている華夜は見た。
 自分達を救おうと戦う櫂斗の背中と、絶望を跳ね除けようとする、神々しい光を放つ聖剣を⋯⋯⋯⋯。

「綺麗⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

 美しいと感じた金色の光。それが彼女が見た最後の光景となった。
 やがて彼女は真夜に抱かれたまま、深い眠りの闇の中へと意識を失っていったのである。
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