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第四十話 破壊の神
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彼らは見た。夜の闇の中、突然その姿を現した、赤黒く巨大な影を⋯⋯⋯⋯。
二人の勇者が捕らわれていた天幕。その天幕に突如、一筋の雷が落ちた。あまりの眩しさに、周りにいた誰もが目を閉じた。次の瞬間には天幕が内側から吹き飛び、天幕内の道具類ごと、中にいた男達をも吹き飛ばしてしまう。
雷が落ち、吹き飛んだ天幕の中心には、大きな光が出現していた。光の中には、少女と思しき二人の人影。少女の一人は、片手に本のようなものを持っている。
一体何が起こったのか、何が始まろうとしているのか、この時それは誰にも分らなかった。唯一つ言えるのは、分かった時には既に手遅れであるという事だけだ。
天気が良かったはずの夜空から、再び現れた雷が光へと落ちていく。今度は一本ではなく、二本、三本と次々に雷が落ちていった。雷はまるで光に吸い込まれるように落ちていき、光はまるで力を得たかのように大きくなっていく。やがて、大きさを増した光の中に、少女達以外の別の影が見え始めた。
それは人ではない。少女達を超える大きさ。獣のような口と手足。そして巨大な翼と長い尾。周りで見ている事しかできないボーゼアス義勇軍の者達は、光の中で生み出されようとしているその存在に、言葉にし難い恐ろしさを覚えた。
やがて、巨大化した光が解き放たれ、周囲を一層眩く照らし出す。皆が眼を開けられぬ眩しさで視界を奪われ、反射的に瞼を閉じ、手や腕で光を遮る。ほんの数秒だけ光がこの場所を支配したが、眩しかった光はすぐに治まっていった。
周りにいた全ての者達が、何が起きたのかを確かめるべく恐る恐る瞼を開く。
彼らの瞳が見たものは、先程まで光が集まっていた空間に出現した、巨大な生物の姿だった。
「かっ、火龍⋯⋯⋯⋯⋯!?」
一人の兵士が、その生物を見てそう叫んだ。口には出していないが、他の兵士達も同様の名を思い浮かべていた。彼らの前に現れた存在が、ローミリア大陸最強の魔物種に似ていたからだ。
確かにその生物は、龍の様に翼を生やし、長い尾を持ち、手足に鋭い爪を生やし、火龍の様に表皮が赤い。だがこの生物は、龍と呼ぶにはあまりにも禍々しい姿をしていた。
現れた生物は、低く、しかし大きな声で咆哮した。大地と空気を震わす大きな咆哮は、ボーゼアス義勇軍の陣地全体にまで響き渡り、近くにいた者達は堪え切れず慌てて耳を塞ぐ。
咆哮した生物は、周りに集まっている兵士達に巨大な眼を向けた。頭に鋭く尖った長い角を持つ、悪魔を思わせる姿をした龍に似た生物。禍々しいその生物が、暗黒の彼方から現れた魔の化身であると説明すれば、誰もが信じてしまうだろう。
「想像した通り⋯⋯⋯⋯」
生物の背には二人の少女が乗っている。一人は華夜、もう一人は真夜だった。
想像した生き物が現実に出現した。華夜は魔導書の力に感心しつつ、見下ろした先である男達を発見する。華夜に従う様に、この生物もまた彼女が見据える男達に視線を移す。
華夜が見つけたのは真夜を襲った男達であった。吹き飛ばされた衝撃で負傷した者もいたが、彼らはまだ生きていたのである。
自分達が狙われていると直感した男達は、眼前の巨大な生物に揃って戦慄した。闇の中に輝く二つの橙色の瞳が、男達の姿を捉えて離さない。
「消して」
それが彼女の最初の命令だった。
命令に従い、再び咆哮した巨大生物が、無数の牙が並ぶ口を大きく開く。次の瞬間、開かれた口から紫に発光する稲妻のような光線が吐き出され、瞬く間に光線が男達の姿を飲み込んでしまった。
光線は男達ごと地面を焼き払い、激しい爆発を巻き起こした。爆発によって吹き飛ぶ陣地と兵士。次々と命を奪われていく人間達の悲鳴。男も女も関係なく、続けて放たれた光線が陣地内を薙ぎ払う。
巻き起こる爆発。勢いよく燃え広がる炎。一瞬で奪われる人間の命。現れた巨大な化け物は、この地で地獄絵図を創り上げた。
「まだいる⋯⋯⋯⋯」
光線を吐き続け、化け物は周りを火の海と変えた。燃えて尽きて炭と化す人間の死体と、燃え盛る天幕や物資の数々。化け物の背で華夜が見ている光景は、業火に焼かれた敵の陣地だった。
大きく燃え盛る炎で夜空は赤く照らされ、星々の輝きは失われる。赤く燃える空の下、火の海と化した陣地内を、兵士達が悲鳴を上げて逃げ惑う。
この緊急事態に、火災を止めようと消火活動を行なう兵士や、化け物に立ち向かおうとする兵士も現れた。まだ生きている人間がいると知り、魔導書を持つ彼女の手に力が入る。
「華夜とお姉ちゃん以外はいらない。みんな消して」
化け物は彼女に従い、己の瞳に映った人間全てを光線で焼き払った。止まらない爆発。燃え広がって収拾がつかない大火災。化け物を支配する華夜を中心にして、周りは本物の地獄と化した。
この地獄で一体何人の命が失われたのか、正確に数える事は困難だろう。何故なら、化け物の攻撃で多くの兵士が灰と化してしまったからだ。
全てを爆発と炎で飲み込み、化け物は夜空に向かって咆哮する。周囲で生き残った僅かな人間達には、化け物が自分で生み出した地獄を愉しんでいる様に見えた。満足しているから、愉しいから、声を上げずにはいられない。彼らの目にはそう映った。
「悪魔⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
炎に包まれた地獄の中で、立ち尽くした一人の女兵士が呟いた。
彼女の言う通り、それは悪魔と呼んで間違いない存在だった。全てを蹂躙し、破壊と殺戮の限りを尽くす化け物。しかも、自らの残虐な行為を愉しんでいる。これを悪魔と呼ばずして、何と呼べばいいのか。
想像を絶する恐怖に脚が震え、その場から一歩も動けない。恐ろしさのあまり悪魔から目が背けられず、無意識に失禁してしまっている。
心が完全に恐怖に支配される中、彼女は理解していた。「自分は今日、ここで死ぬ」のだと⋯⋯⋯⋯。
死を覚悟した彼女の姿を、悪魔の瞳が捉えた。
「いや―――――――」
死にたくない。そう思った時には、彼女の視界は眩い光に呑み込まれていた。
伝説の秘宝が持つ、その真の力をようやく解放できた華夜。選ばれし勇者の武器たる魔導書の力を使い、自分と大切な姉を守るため、この地を地獄へと変えていく。
彼女は魔導書の闇属性魔法を最大解放し、自身が想像した通りの化け物を召喚した。創り上げた化け物の背に乗る二人は、全長三十メートル以上はあるこの巨大な生物に守られ、業火に焼かれる地獄の中をゆっくりと進んでいく。
燃え盛る炎の海の中を、化け物は術者である華夜を乗せて進む。眼前の地獄で多くの命が奪われていく中、恐怖を全く感じていない自身の妹の姿を、驚愕した瞳で見つめる真夜。
「華夜⋯⋯⋯⋯?」
誰よりも妹である華夜の事を理解していたはずだった。それなのに、今の真夜の瞳に映っているのは、彼女の知らない妹の姿だったのである。
華夜が突然秘宝の力を解放し、聖書と呼ばれている魔導書を起動した瞬間、彼女達が捕らわれていた天幕は光に包まれた。光と共に現れた風圧によって、天幕ごと男達は吹き飛ばされたが、魔導書が放つ光に包まれた真夜は、あの瞬間吹き飛ばされる事なく無事だった。
そして気が付けば、華夜が召喚した化け物の背に乗っていたのである。それだけでなく、聖弓は元の秘宝の形に戻り、いつの間にか彼女の手の中に収まっていた。
驚愕を隠せない真夜は、男達に破られた衣服で前を隠しながら、変わってしまった自身の妹の名を呟く。自分の瞳に映っている少女の姿が、どうしても愛する妹の姿であると信じられなかったのだ。
「ふふっ⋯⋯⋯、ふふふふっ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯!?」
華夜は笑っていた。化け物の背に乗りながら、目の前で広がる地獄を見つめ、楽しそうに笑っていたのだ。笑みを浮かべる彼女の姿に、真夜の背筋が凍り付く。
「華夜⋯⋯⋯?どうしちゃったの⋯⋯⋯⋯?」
「あっ⋯⋯⋯⋯、お姉ちゃん」
真夜の声に気付き、彼女の方へと振り返る華夜。振り返った華夜の顔には、人殺しを愉しむ冷たい笑みが浮かんでいる。真夜は今の彼女が怖ろしくて堪らなくなり、体が震え、怯えが顔に表れた。
「大丈夫。もう恐くないよ」
「えっ⋯⋯⋯?」
「お姉ちゃんを襲った奴らは全員殺したよ。だから安心して」
真夜の怯えの原因が先ほどの男達にあると思い、安心させようと華夜は微笑んだ。しかしその微笑みもまた、冷たく怖ろしいものだった。
全くの別人になってしまった愛すべき妹の姿。彼女がこんな風に変わってしまったのは、全て自分のせいだと思った真夜は、両の瞳に涙を浮べて泣き謝る事しかできない。
「私のせいで⋯⋯⋯⋯、こんな⋯⋯⋯⋯⋯!華夜がこんな化け物で⋯⋯⋯⋯、人殺しなんて⋯⋯⋯⋯⋯⋯!」
「違うよお姉ちゃん。この子は化け物なんかじゃなくて、怪獣」
「⋯⋯⋯⋯⋯!」
「華夜とお姉ちゃんを守る怪獣。それが、完全暗黒破壊神《デストロイア》」
怪獣という言葉で真夜は思い出す。
内気で引きこもりがちな華夜は、家ではよく本を読むかテレビを見ていた。ただ彼女は、好きなジャンルが年相応の女の子のものではなく、いつも変わったものばかりを好んでいたのである。
中でも華夜が好きだったのは、怪獣が出てくる映画だった。画面の中で怪獣が街で暴れ、人々が怪獣に恐怖しているシーンが、華夜の一番楽しそうにしている瞬間だった。
華夜は自分達を守るために、映画で見たのと同じような怪獣を創造し、映画と同じように暴れさせている。今の華夜は、元の世界で怪獣映画を観ていた時の姿と、よく似ていた。
「いけない、お姉ちゃんの服がぼろぼろだったの忘れてた。こんなところにいたら風邪引いちゃうよね」
「華夜⋯⋯⋯⋯、もうやめて⋯⋯⋯⋯⋯⋯!」
「そろそろお家に帰らなくちゃ。お姉ちゃん、もう少しだけ我慢してて」
華夜の言葉に応え、怪獣は巨大な翼を広げて見せた。
赤く禍々しい巨大な両翼。炎の海の中心で巨大な翼を広げ、悍ましい鳴き声を上げるその姿は、まさに破壊の神と呼ぶに相応しい。
「帰ろう、お姉ちゃん。お父さんとお母さんが待ってる、華夜たちの家に」
心が壊れた妹の瞳。それを見た真夜は、彼女にかける言葉が出ず、ただ泣いている事しかできなかった。
やがて、破壊の限りを尽くした破壊神は、巨大な翼を大きく羽ばたかせ、炎で赤く照らされた夜空へと飛び立っていくのだった。
二人の勇者が捕らわれていた天幕。その天幕に突如、一筋の雷が落ちた。あまりの眩しさに、周りにいた誰もが目を閉じた。次の瞬間には天幕が内側から吹き飛び、天幕内の道具類ごと、中にいた男達をも吹き飛ばしてしまう。
雷が落ち、吹き飛んだ天幕の中心には、大きな光が出現していた。光の中には、少女と思しき二人の人影。少女の一人は、片手に本のようなものを持っている。
一体何が起こったのか、何が始まろうとしているのか、この時それは誰にも分らなかった。唯一つ言えるのは、分かった時には既に手遅れであるという事だけだ。
天気が良かったはずの夜空から、再び現れた雷が光へと落ちていく。今度は一本ではなく、二本、三本と次々に雷が落ちていった。雷はまるで光に吸い込まれるように落ちていき、光はまるで力を得たかのように大きくなっていく。やがて、大きさを増した光の中に、少女達以外の別の影が見え始めた。
それは人ではない。少女達を超える大きさ。獣のような口と手足。そして巨大な翼と長い尾。周りで見ている事しかできないボーゼアス義勇軍の者達は、光の中で生み出されようとしているその存在に、言葉にし難い恐ろしさを覚えた。
やがて、巨大化した光が解き放たれ、周囲を一層眩く照らし出す。皆が眼を開けられぬ眩しさで視界を奪われ、反射的に瞼を閉じ、手や腕で光を遮る。ほんの数秒だけ光がこの場所を支配したが、眩しかった光はすぐに治まっていった。
周りにいた全ての者達が、何が起きたのかを確かめるべく恐る恐る瞼を開く。
彼らの瞳が見たものは、先程まで光が集まっていた空間に出現した、巨大な生物の姿だった。
「かっ、火龍⋯⋯⋯⋯⋯!?」
一人の兵士が、その生物を見てそう叫んだ。口には出していないが、他の兵士達も同様の名を思い浮かべていた。彼らの前に現れた存在が、ローミリア大陸最強の魔物種に似ていたからだ。
確かにその生物は、龍の様に翼を生やし、長い尾を持ち、手足に鋭い爪を生やし、火龍の様に表皮が赤い。だがこの生物は、龍と呼ぶにはあまりにも禍々しい姿をしていた。
現れた生物は、低く、しかし大きな声で咆哮した。大地と空気を震わす大きな咆哮は、ボーゼアス義勇軍の陣地全体にまで響き渡り、近くにいた者達は堪え切れず慌てて耳を塞ぐ。
咆哮した生物は、周りに集まっている兵士達に巨大な眼を向けた。頭に鋭く尖った長い角を持つ、悪魔を思わせる姿をした龍に似た生物。禍々しいその生物が、暗黒の彼方から現れた魔の化身であると説明すれば、誰もが信じてしまうだろう。
「想像した通り⋯⋯⋯⋯」
生物の背には二人の少女が乗っている。一人は華夜、もう一人は真夜だった。
想像した生き物が現実に出現した。華夜は魔導書の力に感心しつつ、見下ろした先である男達を発見する。華夜に従う様に、この生物もまた彼女が見据える男達に視線を移す。
華夜が見つけたのは真夜を襲った男達であった。吹き飛ばされた衝撃で負傷した者もいたが、彼らはまだ生きていたのである。
自分達が狙われていると直感した男達は、眼前の巨大な生物に揃って戦慄した。闇の中に輝く二つの橙色の瞳が、男達の姿を捉えて離さない。
「消して」
それが彼女の最初の命令だった。
命令に従い、再び咆哮した巨大生物が、無数の牙が並ぶ口を大きく開く。次の瞬間、開かれた口から紫に発光する稲妻のような光線が吐き出され、瞬く間に光線が男達の姿を飲み込んでしまった。
光線は男達ごと地面を焼き払い、激しい爆発を巻き起こした。爆発によって吹き飛ぶ陣地と兵士。次々と命を奪われていく人間達の悲鳴。男も女も関係なく、続けて放たれた光線が陣地内を薙ぎ払う。
巻き起こる爆発。勢いよく燃え広がる炎。一瞬で奪われる人間の命。現れた巨大な化け物は、この地で地獄絵図を創り上げた。
「まだいる⋯⋯⋯⋯」
光線を吐き続け、化け物は周りを火の海と変えた。燃えて尽きて炭と化す人間の死体と、燃え盛る天幕や物資の数々。化け物の背で華夜が見ている光景は、業火に焼かれた敵の陣地だった。
大きく燃え盛る炎で夜空は赤く照らされ、星々の輝きは失われる。赤く燃える空の下、火の海と化した陣地内を、兵士達が悲鳴を上げて逃げ惑う。
この緊急事態に、火災を止めようと消火活動を行なう兵士や、化け物に立ち向かおうとする兵士も現れた。まだ生きている人間がいると知り、魔導書を持つ彼女の手に力が入る。
「華夜とお姉ちゃん以外はいらない。みんな消して」
化け物は彼女に従い、己の瞳に映った人間全てを光線で焼き払った。止まらない爆発。燃え広がって収拾がつかない大火災。化け物を支配する華夜を中心にして、周りは本物の地獄と化した。
この地獄で一体何人の命が失われたのか、正確に数える事は困難だろう。何故なら、化け物の攻撃で多くの兵士が灰と化してしまったからだ。
全てを爆発と炎で飲み込み、化け物は夜空に向かって咆哮する。周囲で生き残った僅かな人間達には、化け物が自分で生み出した地獄を愉しんでいる様に見えた。満足しているから、愉しいから、声を上げずにはいられない。彼らの目にはそう映った。
「悪魔⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
炎に包まれた地獄の中で、立ち尽くした一人の女兵士が呟いた。
彼女の言う通り、それは悪魔と呼んで間違いない存在だった。全てを蹂躙し、破壊と殺戮の限りを尽くす化け物。しかも、自らの残虐な行為を愉しんでいる。これを悪魔と呼ばずして、何と呼べばいいのか。
想像を絶する恐怖に脚が震え、その場から一歩も動けない。恐ろしさのあまり悪魔から目が背けられず、無意識に失禁してしまっている。
心が完全に恐怖に支配される中、彼女は理解していた。「自分は今日、ここで死ぬ」のだと⋯⋯⋯⋯。
死を覚悟した彼女の姿を、悪魔の瞳が捉えた。
「いや―――――――」
死にたくない。そう思った時には、彼女の視界は眩い光に呑み込まれていた。
伝説の秘宝が持つ、その真の力をようやく解放できた華夜。選ばれし勇者の武器たる魔導書の力を使い、自分と大切な姉を守るため、この地を地獄へと変えていく。
彼女は魔導書の闇属性魔法を最大解放し、自身が想像した通りの化け物を召喚した。創り上げた化け物の背に乗る二人は、全長三十メートル以上はあるこの巨大な生物に守られ、業火に焼かれる地獄の中をゆっくりと進んでいく。
燃え盛る炎の海の中を、化け物は術者である華夜を乗せて進む。眼前の地獄で多くの命が奪われていく中、恐怖を全く感じていない自身の妹の姿を、驚愕した瞳で見つめる真夜。
「華夜⋯⋯⋯⋯?」
誰よりも妹である華夜の事を理解していたはずだった。それなのに、今の真夜の瞳に映っているのは、彼女の知らない妹の姿だったのである。
華夜が突然秘宝の力を解放し、聖書と呼ばれている魔導書を起動した瞬間、彼女達が捕らわれていた天幕は光に包まれた。光と共に現れた風圧によって、天幕ごと男達は吹き飛ばされたが、魔導書が放つ光に包まれた真夜は、あの瞬間吹き飛ばされる事なく無事だった。
そして気が付けば、華夜が召喚した化け物の背に乗っていたのである。それだけでなく、聖弓は元の秘宝の形に戻り、いつの間にか彼女の手の中に収まっていた。
驚愕を隠せない真夜は、男達に破られた衣服で前を隠しながら、変わってしまった自身の妹の名を呟く。自分の瞳に映っている少女の姿が、どうしても愛する妹の姿であると信じられなかったのだ。
「ふふっ⋯⋯⋯、ふふふふっ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯!?」
華夜は笑っていた。化け物の背に乗りながら、目の前で広がる地獄を見つめ、楽しそうに笑っていたのだ。笑みを浮かべる彼女の姿に、真夜の背筋が凍り付く。
「華夜⋯⋯⋯?どうしちゃったの⋯⋯⋯⋯?」
「あっ⋯⋯⋯⋯、お姉ちゃん」
真夜の声に気付き、彼女の方へと振り返る華夜。振り返った華夜の顔には、人殺しを愉しむ冷たい笑みが浮かんでいる。真夜は今の彼女が怖ろしくて堪らなくなり、体が震え、怯えが顔に表れた。
「大丈夫。もう恐くないよ」
「えっ⋯⋯⋯?」
「お姉ちゃんを襲った奴らは全員殺したよ。だから安心して」
真夜の怯えの原因が先ほどの男達にあると思い、安心させようと華夜は微笑んだ。しかしその微笑みもまた、冷たく怖ろしいものだった。
全くの別人になってしまった愛すべき妹の姿。彼女がこんな風に変わってしまったのは、全て自分のせいだと思った真夜は、両の瞳に涙を浮べて泣き謝る事しかできない。
「私のせいで⋯⋯⋯⋯、こんな⋯⋯⋯⋯⋯!華夜がこんな化け物で⋯⋯⋯⋯、人殺しなんて⋯⋯⋯⋯⋯⋯!」
「違うよお姉ちゃん。この子は化け物なんかじゃなくて、怪獣」
「⋯⋯⋯⋯⋯!」
「華夜とお姉ちゃんを守る怪獣。それが、完全暗黒破壊神《デストロイア》」
怪獣という言葉で真夜は思い出す。
内気で引きこもりがちな華夜は、家ではよく本を読むかテレビを見ていた。ただ彼女は、好きなジャンルが年相応の女の子のものではなく、いつも変わったものばかりを好んでいたのである。
中でも華夜が好きだったのは、怪獣が出てくる映画だった。画面の中で怪獣が街で暴れ、人々が怪獣に恐怖しているシーンが、華夜の一番楽しそうにしている瞬間だった。
華夜は自分達を守るために、映画で見たのと同じような怪獣を創造し、映画と同じように暴れさせている。今の華夜は、元の世界で怪獣映画を観ていた時の姿と、よく似ていた。
「いけない、お姉ちゃんの服がぼろぼろだったの忘れてた。こんなところにいたら風邪引いちゃうよね」
「華夜⋯⋯⋯⋯、もうやめて⋯⋯⋯⋯⋯⋯!」
「そろそろお家に帰らなくちゃ。お姉ちゃん、もう少しだけ我慢してて」
華夜の言葉に応え、怪獣は巨大な翼を広げて見せた。
赤く禍々しい巨大な両翼。炎の海の中心で巨大な翼を広げ、悍ましい鳴き声を上げるその姿は、まさに破壊の神と呼ぶに相応しい。
「帰ろう、お姉ちゃん。お父さんとお母さんが待ってる、華夜たちの家に」
心が壊れた妹の瞳。それを見た真夜は、彼女にかける言葉が出ず、ただ泣いている事しかできなかった。
やがて、破壊の限りを尽くした破壊神は、巨大な翼を大きく羽ばたかせ、炎で赤く照らされた夜空へと飛び立っていくのだった。
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