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第四十話 破壊の神
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この世界でたった二人の、血の繋がった姉妹。唯一無二の妹にだけ優しく、変わらぬ深い愛情を注ぐ彼女の姉は、今彼女の目の前で男達に強姦されようとしていた。
華夜はその目で見ているだけだった。拘束されていた縄を解かれ、両手両足を男達に捕まれ、身動きできずに怒り叫ぶ真夜の姿。華夜はその様を、何もできずにただ見ている。
「いい加減諦めろ。お前は俺達の玩具になる運命だ」
「うるさい!!殺す⋯⋯⋯、殺してやる⋯⋯⋯⋯!」
「おおー、恐い恐い。妹ちゃんの方はあんなに大人しいのにな」
「華夜!!早くここから逃げて⋯⋯⋯⋯!」
体を暴れさせて必死に抵抗しながら、大切な妹の身を優先し、華夜に逃げろと叫び続ける真夜。だが華夜は、目の前で行なわれている光景に衝撃を受け、あまりの恐怖に身が竦み、体が全く動かない。逃げられない彼女はそのままに、真夜への強姦は続けられる。
「へへっ、こいつは中々お目にかかれない上玉だな」
「俺としちゃ、あっちの妹の方が好みだがな。ああいう女は壊し甲斐があるんだ」
「どっちも下衆だなおい。こちとら溜まってんだから、女とやれるならどっちでもいいぜ」
「ならさっさと服脱がせよ。こっちは押さえつけるので両手塞がってんだ」
男達は己の欲望に従い、暴れる真夜の身体に手を伸ばす。欲望の赴くまま伸びる、いくつもの男達の魔の手。瞬間、得体の知れない恐怖を感じた真夜の心は、怒りを忘れ、恐怖と絶望に支配されていく。
「やめろ⋯⋯⋯⋯!私に触るなああああああああっ!!」
それは真夜が初めて上げた悲鳴だった。今この瞬間、彼女は完全に男達を恐れ、堪え切れずに悲鳴を上げたのである。
悲鳴を上げたところで、誰も助けには現れない。彼女の悲鳴は、女に飢えた男達の興奮を誘うだけ。そう誰もが思った瞬間、信じられない事が起きた。
悲鳴を上げた真夜のもとに現れた、小さな光る物体。放たれた弾丸のような速さで、外から天幕内に飛び込み、眩い赤い光を放って彼女の左手に収まる。男達は光の眩しさに視界を奪われ、思わず真夜の拘束を解いてしまう。
光が収まった瞬間には、物体は彼女の左手の中で形を変え、勇者の武器たる聖弓へと変貌していた。天幕内に飛び込んできた光る物体の正体は、真夜が所持する勇者の秘宝だったのだ。
「近寄らないで!!来ないでええええええええっ!!」
「おい嘘だろ!?秘宝が飛び込んできやがった!」
まるで、使い手である真夜の窮地に駆け付けたかのようであった。赤く輝く真夜の秘宝は、聖弓に姿を変えて彼女の左手に収まっている。恐怖に駆られている真夜は、男達を払い除けようと、握る弓を乱暴に振り回し、悲鳴を上げ続けていた。
別の場所で厳重に保管されていたはずの秘宝は、保管場所を飛び出して突然現れた。突然の信じられない事態に男達は驚愕し、真夜と彼女が握る聖弓を警戒する。
今ならば聖弓の力を使って、この場から逃げ出す事ができるかもしれない。しかし今の彼女は、男達に抱いてしまった恐怖に心を支配され、普段の冷静さを完全に欠いていた。助けに現れた聖弓の力を振るおうとはせず、ただ弓を棍棒のように振り回すばかりである。
「ふんっ!!」
「うっ⋯⋯⋯!?かはっ!!」
暴れる彼女を止めたのは、容赦なく振り下ろされた男の拳だった。拳が真夜の腹部に振り下ろされ、一瞬呼吸が出来なくなった彼女が、激しく咳き込みながら殴られた腹を手で押さえる。
「ごほっごほっ!!うっ、おえっ⋯⋯⋯⋯⋯!」
「ったく、びびらせやがって。まさか秘宝が勝手に飛んでくるとはな」
「ああ、びっくりだ。後で教祖様に報告しねえと」
あまりの苦痛に弓を手放し、腹を抱えて苦しそうに呻く真夜。冷酷な男達は、容赦なく再び彼女を押さえ付け、男の一人が彼女の両足を掴み、無理やり股を開かせる。
辛抱堪らず、真夜の腕を押さえた別の男が、彼女の顔に覆い被さるように自分の顔を近付けて、唾液塗れの舌を出し、彼女の首や頬をいやらしく嘗め回す。力尽くで男達に犯されそうになる恐怖感と、無理やり自分の身体を嘗め回される不快感が、一度に真夜を襲う。恐怖と不快感に顔を歪め、男の行為から逃れようとするが、拘束された彼女に逃げる術はない。
嫌がる真夜に益々興奮した男は、今度は彼女の唇に無理やり自分の唇を押し付けた。男は真夜の唇を奪い、彼女の口内に自分の舌を捻じ込もうとする。舌を絡ませまいと、もがきながら口を固く閉じ続ける真夜だったが、男に鼻をつままれてしまい呼吸ができず、息が続かなくなってしまい口を開けてしまった。
待ってましたと言わんばかりに、次の瞬間には男の舌が彼女の舌を捕まえる。口の中に捻じ込まれた男の舌が、彼女の口内で生き物のように動き回る。互いの舌が絡み合う中、あまりの気持ち悪さに嘔吐しそうになり、男の舌から逃れようと彼女は歯を立てた。
「⋯⋯⋯っ!このアマっ!!」
「ぐっ⋯⋯⋯!」
舌を噛まれて傷をつくり、口から少し血を流した男が、怒りを露にして真夜の頬を力任せにぶった。赤く腫れ上がる彼女の頬。痛々しいその顔を見ても、男達の行為は全く止まらない。
「顔は止めろよ、顔は。萎えちまうだろうが」
「仕方ねえだろ!こいつ俺の舌を噛みやがった」
「調子に乗るからそうなるんだよ。そういうのは大人しくさせてからの楽しみだろ」
男達は彼女の服に手をかけると、上も下も関係なく乱暴に服を引き裂き始めた。着ている服を破かれ、男達の目の前で彼女の下着が露わになる。彼女にとって最後の砦とも言うべき下着に、欲望に満ちた男達の魔手が迫った。
「きゃあああああああああああああっ!!!」
「やっと女らしい悲鳴を上げたか!無茶苦茶暴れやがって、大人しくしやがれ!」
普段の彼女からは想像もできない、甲高い乙女の悲鳴。恐怖に耐えきれず悲鳴を上げ、手足をばたつかせて暴れるが、男達の腕力を振りほどく事は出来ない。
暴れる彼女を大人しくさせようと、男の一人がまた彼女の頬を殴る。恐怖と痛みに遂に涙まで流した彼女の悲鳴が、外まで聞こえるほど天幕の中で響き続けた。
「誰か!!誰か助けて!!いやあああああああああああああああああっ!!!」
その穢れなき体を男達の前に晒され、今まさに慰み者にされようとしている真夜。
泣き叫ぶ彼女の姿を前にして、言葉を発しようとする華夜の口が静かに開いた。
お姉ちゃんは優しい。でもそれは、華夜のためじゃなくて、結局自分のためだ。
学校だと文武両道で成績優秀、弓道部のエースで皆の人気者。美人で強くてかっこいい、それが私のお姉ちゃん。皆がそうやって勘違いしてる。
本当のお姉ちゃんは、臆病で弱い女の子。華夜達のお母さんがいなくなって、一番悲しんだのお姉ちゃんの方だった。
悲し過ぎて、寂し過ぎて、辛過ぎて、苦し過ぎて⋯⋯⋯⋯。いなくなったお母さんにも、自分達を守ってくれないお父さんにも、自分達を疎み続ける家にも、何もかもに絶望していたお姉ちゃん。本当は華夜以上に、自分の周りの世界全てに怯えていた。
怯え続けたお姉ちゃんは、不安や絶望から逃れる術を求めた。見つけたその術が、華夜を守る事だった。
自分と同じように怯える妹。お互いの心を許し会える、血の繋がった唯一の家族。大切な妹の傍に寄り添い、悲しみも寂しさも忘れさせるほどに愛し、優しく守り続ける。それが、お姉ちゃんが不安と絶望を忘れるための術となった。
姉として、華夜の事を守りたいと想う心もあった。でもそれ以上に、自分自身を守りたかったんだ。
お姉ちゃんにとって華夜は、嫌な事を忘れるための慰み者。だからお姉ちゃんは、必死に華夜を守ろうとしてくれている。だって華夜がいなくなったら、自分自身が今度こそ壊れてしまうから⋯⋯⋯⋯。
華夜は知ってる。お姉ちゃんの本当の気持ちは、最初から全部わかってる。わかってたけど、華夜はそれを受け入れた。だって華夜も、お姉ちゃんがいなきゃ生きていけなかったから⋯⋯⋯⋯。
華夜とお姉ちゃんは、世界で二人だけの大切な存在。それ以外は、もう何も必要ない。華夜とお姉ちゃんは、お互いに慰み会ってこれからも生きていく。周りから間違っていると言われても構わない。華夜にとって世界の全ては、もうお姉ちゃんだけだから⋯⋯⋯⋯。
そんなお姉ちゃんが、今華夜の目の前で男達の襲われてる。
あんな風に泣き叫ぶお姉ちゃんの姿は、今まで見た事ない。お母さんがいなくなった時でさえ、皆の前では涙一つ見せずに気丈に振舞ってた。泣く時だって、人前では決して泣かなかった。
それなのに今は、華夜の目も、男達の目も気にせず、子供のように泣き叫び続けている。泣くだけじゃなくて、他人に助けも求めるなんて、いつものお姉ちゃんなら絶対にあり得ない。今華夜が見ているのは、初めて見るお姉ちゃんの姿だった。
さっきの男は華夜が、本物の恐怖を知らないと言った。きっとそれは、お姉ちゃんも同じだった。
お姉ちゃんは今、男という生き物の本当の恐ろしさをその身で感じている。強姦されているお姉ちゃんは、華夜の目の前で男達の慰み者となってしまった。
大切でかけがえのない存在が、自分の目の前で犯されていく。今まで感じた事のない恐怖が、華夜の心を締め付ける。心臓の鼓動が早くなって、息が苦しい。とても気持ち悪くて、吐きそうで堪らない。これがあの男の言っていた、本物の恐怖なのかもしれない。
でもおかしいの。華夜の目は、強姦されるお姉ちゃんから目が離せない。
気持ち悪くて、苦しい。見ていると吐き気が止まらない。それなのに華夜は、襲われるお姉ちゃんの姿をずっと見ている。見ていると不快感以上に、ある別の感情が込み上げてきたからだ。
その感情の名は、「怒り」。失くしてしまった、忘れてしまったはずの感情が、華夜の心を支配する。
華夜にとって大切でかけがえのない存在は、真夜お姉ちゃんだけだ。お姉ちゃんを慰み者として扱っていいのは、世界でただ一人、華夜だけ。それなのにあの獣みたいな連中は、華夜のお姉ちゃんに手を出した。
あんな塵みたいな奴らは、映画に出てくる怪獣にでも踏み潰されて仕舞えばいい。
許せない⋯⋯⋯⋯。許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない絶対に許せない。
「死ね⋯⋯⋯⋯」
口を開き、静かに発せられた華夜の一言は、真夜の悲鳴に掻き消され、誰の耳にも届く事はなかった。
暴れる真夜と、彼女を犯すのに夢中な男達は、先程までと雰囲気を一変させた華夜に気付いていない。纏う空気を怒りと殺意に変え、男達の姿を見据えた華夜。冷酷な彼女の瞳は、男達を人と見ていなかった。
「応えて⋯⋯⋯、起動《スタート》」
それは、伝説の秘宝が真の姿を現わす起動の言葉。彼女の言葉に応え、先程の真夜の秘宝と同じように、保管されている場所から飛んできた華夜の秘宝が、彼女の右手に収まりその姿を変える。
黒い輝きを放つ漆黒の秘宝は、彼女の手の中で魔導書に姿を変えた。飛んできた秘宝と輝きによって、ようやく華夜の異変に気が付いた全員が、動きを止めて彼女に視線を集める。
「かっ⋯⋯⋯⋯、華夜⋯⋯⋯⋯⋯?」
姉の真夜が見たものは、今まで見た事のない雰囲気を纏う、大切な妹の姿。臆病で弱い自分がよく知る妹の姿はそこになく、彼女の瞳には、怒りと殺意を纏い武器を手に取る、冷たい瞳の少女の姿が映し出されていた。
「こっ、こいつも秘宝を⋯⋯⋯⋯!?」
「慌てる事はねえ。聞いた話じゃ、聖書の勇者は力を使えないらしい」
またも現れた秘宝に驚く男達だったが、男の一人が口にした通り、華夜が秘宝の真の力を解放できないのは事実だ。
グラーフ同盟軍が結成される以前、試しに彼女が力を解放する言葉を口にしても、魔導書がその力を発揮する事はなかった。故に彼女は、勇者という象徴の一人として従軍していたに過ぎない。言ってしまえば、同盟軍内では戦力外の存在だったのだ。
突然の彼女の変貌に驚いた男達だったが、慌てる事はないと冷静になり、二人が真夜の拘束を続け、残りの男達が彼女から、光が治まった魔導書を取り上げようとする。
華夜も魔導書も恐れず、ゆっくり彼女へ近付いていく男達。魔導書が現れようと彼女には何もできない。何もできぬまま、簡単に男達に取り押さえられるはずだった。
「解放《ブレイカー》」
華夜の発した言葉は、秘宝が持つ真の力を解放するための言葉。今まで一度も成功しなかった起動の言葉だった。
しかし、魔導書は彼女の言葉に応えるかの様に、再び黒く眩い光を放って輝き始めた。そして魔導書は、彼女の手も借りず勝手に頁を開き始めたのである。
『自動修復率六十パーセント。対象を正式所有者と認定。敵対生物による生命危機を感知。緊急防衛機能を作動します』
突然、華夜の頭の中だけに何者かの声が響き渡った。
秘宝の力を発動する事で、頭の中に声が響き渡る現象は、同じ勇者である櫂斗達から聞いている。これが話に聞いた秘宝の声であるのだと、彼女にはすぐに理解できた。
『最終安全装置解除。敵対生物に対する殲滅手段を選択して下さい』
櫂斗達同様に彼女の頭の中にも、この武器の使い方が一気に流れ込む。魔導書の使い方を理解した彼女は、現状選択できる最大規模の殲滅手段を選択した。
「一番強いやつ」
彼女が選んだのは、この魔導書が持つ最も強力な力だった。
だが魔導書は、ある理由から力の発動を拒もうとする。
『現在の修復率と充電量では百パーセントの運用は困難です。それでも実行しますか?』
「いいからやって」
強制的に起動を促した彼女に、魔導書は自ら頁を開き続ける事で応え、とある頁を開いて止まる。開かれた頁はやはり白紙だったが、次の瞬間には文字と絵が浮かび上がった。
浮かび上がった文字は彼女が読めるもの。浮かび上がった絵は彼女が求めていた存在の姿。白紙をだった頁に文字と絵を生み出した魔導書は、彼女にこの力の名と使い方を教えたのである。
「お姉ちゃんから離れて」
それは彼女が発した、男達への最終警告だった。しかし男達は、力を解放して光り輝く魔導書に驚愕したまま動かない。
いや、例え離れようと離れまいと、結果は同じだっただろう。男達がどんな行動を選択しようと、絶対に容赦はしないと決めていたのだから⋯⋯⋯⋯⋯。
魔導書の頁に記された、最強の力の名と能力、そしてその使い方。発動しようとしている力を理解した彼女は、男達を見据えてその名を呼んだ。
「華夜の敵を消し去って⋯⋯⋯⋯、完全暗黒破壊神《デストロイア》」
華夜はその目で見ているだけだった。拘束されていた縄を解かれ、両手両足を男達に捕まれ、身動きできずに怒り叫ぶ真夜の姿。華夜はその様を、何もできずにただ見ている。
「いい加減諦めろ。お前は俺達の玩具になる運命だ」
「うるさい!!殺す⋯⋯⋯、殺してやる⋯⋯⋯⋯!」
「おおー、恐い恐い。妹ちゃんの方はあんなに大人しいのにな」
「華夜!!早くここから逃げて⋯⋯⋯⋯!」
体を暴れさせて必死に抵抗しながら、大切な妹の身を優先し、華夜に逃げろと叫び続ける真夜。だが華夜は、目の前で行なわれている光景に衝撃を受け、あまりの恐怖に身が竦み、体が全く動かない。逃げられない彼女はそのままに、真夜への強姦は続けられる。
「へへっ、こいつは中々お目にかかれない上玉だな」
「俺としちゃ、あっちの妹の方が好みだがな。ああいう女は壊し甲斐があるんだ」
「どっちも下衆だなおい。こちとら溜まってんだから、女とやれるならどっちでもいいぜ」
「ならさっさと服脱がせよ。こっちは押さえつけるので両手塞がってんだ」
男達は己の欲望に従い、暴れる真夜の身体に手を伸ばす。欲望の赴くまま伸びる、いくつもの男達の魔の手。瞬間、得体の知れない恐怖を感じた真夜の心は、怒りを忘れ、恐怖と絶望に支配されていく。
「やめろ⋯⋯⋯⋯!私に触るなああああああああっ!!」
それは真夜が初めて上げた悲鳴だった。今この瞬間、彼女は完全に男達を恐れ、堪え切れずに悲鳴を上げたのである。
悲鳴を上げたところで、誰も助けには現れない。彼女の悲鳴は、女に飢えた男達の興奮を誘うだけ。そう誰もが思った瞬間、信じられない事が起きた。
悲鳴を上げた真夜のもとに現れた、小さな光る物体。放たれた弾丸のような速さで、外から天幕内に飛び込み、眩い赤い光を放って彼女の左手に収まる。男達は光の眩しさに視界を奪われ、思わず真夜の拘束を解いてしまう。
光が収まった瞬間には、物体は彼女の左手の中で形を変え、勇者の武器たる聖弓へと変貌していた。天幕内に飛び込んできた光る物体の正体は、真夜が所持する勇者の秘宝だったのだ。
「近寄らないで!!来ないでええええええええっ!!」
「おい嘘だろ!?秘宝が飛び込んできやがった!」
まるで、使い手である真夜の窮地に駆け付けたかのようであった。赤く輝く真夜の秘宝は、聖弓に姿を変えて彼女の左手に収まっている。恐怖に駆られている真夜は、男達を払い除けようと、握る弓を乱暴に振り回し、悲鳴を上げ続けていた。
別の場所で厳重に保管されていたはずの秘宝は、保管場所を飛び出して突然現れた。突然の信じられない事態に男達は驚愕し、真夜と彼女が握る聖弓を警戒する。
今ならば聖弓の力を使って、この場から逃げ出す事ができるかもしれない。しかし今の彼女は、男達に抱いてしまった恐怖に心を支配され、普段の冷静さを完全に欠いていた。助けに現れた聖弓の力を振るおうとはせず、ただ弓を棍棒のように振り回すばかりである。
「ふんっ!!」
「うっ⋯⋯⋯!?かはっ!!」
暴れる彼女を止めたのは、容赦なく振り下ろされた男の拳だった。拳が真夜の腹部に振り下ろされ、一瞬呼吸が出来なくなった彼女が、激しく咳き込みながら殴られた腹を手で押さえる。
「ごほっごほっ!!うっ、おえっ⋯⋯⋯⋯⋯!」
「ったく、びびらせやがって。まさか秘宝が勝手に飛んでくるとはな」
「ああ、びっくりだ。後で教祖様に報告しねえと」
あまりの苦痛に弓を手放し、腹を抱えて苦しそうに呻く真夜。冷酷な男達は、容赦なく再び彼女を押さえ付け、男の一人が彼女の両足を掴み、無理やり股を開かせる。
辛抱堪らず、真夜の腕を押さえた別の男が、彼女の顔に覆い被さるように自分の顔を近付けて、唾液塗れの舌を出し、彼女の首や頬をいやらしく嘗め回す。力尽くで男達に犯されそうになる恐怖感と、無理やり自分の身体を嘗め回される不快感が、一度に真夜を襲う。恐怖と不快感に顔を歪め、男の行為から逃れようとするが、拘束された彼女に逃げる術はない。
嫌がる真夜に益々興奮した男は、今度は彼女の唇に無理やり自分の唇を押し付けた。男は真夜の唇を奪い、彼女の口内に自分の舌を捻じ込もうとする。舌を絡ませまいと、もがきながら口を固く閉じ続ける真夜だったが、男に鼻をつままれてしまい呼吸ができず、息が続かなくなってしまい口を開けてしまった。
待ってましたと言わんばかりに、次の瞬間には男の舌が彼女の舌を捕まえる。口の中に捻じ込まれた男の舌が、彼女の口内で生き物のように動き回る。互いの舌が絡み合う中、あまりの気持ち悪さに嘔吐しそうになり、男の舌から逃れようと彼女は歯を立てた。
「⋯⋯⋯っ!このアマっ!!」
「ぐっ⋯⋯⋯!」
舌を噛まれて傷をつくり、口から少し血を流した男が、怒りを露にして真夜の頬を力任せにぶった。赤く腫れ上がる彼女の頬。痛々しいその顔を見ても、男達の行為は全く止まらない。
「顔は止めろよ、顔は。萎えちまうだろうが」
「仕方ねえだろ!こいつ俺の舌を噛みやがった」
「調子に乗るからそうなるんだよ。そういうのは大人しくさせてからの楽しみだろ」
男達は彼女の服に手をかけると、上も下も関係なく乱暴に服を引き裂き始めた。着ている服を破かれ、男達の目の前で彼女の下着が露わになる。彼女にとって最後の砦とも言うべき下着に、欲望に満ちた男達の魔手が迫った。
「きゃあああああああああああああっ!!!」
「やっと女らしい悲鳴を上げたか!無茶苦茶暴れやがって、大人しくしやがれ!」
普段の彼女からは想像もできない、甲高い乙女の悲鳴。恐怖に耐えきれず悲鳴を上げ、手足をばたつかせて暴れるが、男達の腕力を振りほどく事は出来ない。
暴れる彼女を大人しくさせようと、男の一人がまた彼女の頬を殴る。恐怖と痛みに遂に涙まで流した彼女の悲鳴が、外まで聞こえるほど天幕の中で響き続けた。
「誰か!!誰か助けて!!いやあああああああああああああああああっ!!!」
その穢れなき体を男達の前に晒され、今まさに慰み者にされようとしている真夜。
泣き叫ぶ彼女の姿を前にして、言葉を発しようとする華夜の口が静かに開いた。
お姉ちゃんは優しい。でもそれは、華夜のためじゃなくて、結局自分のためだ。
学校だと文武両道で成績優秀、弓道部のエースで皆の人気者。美人で強くてかっこいい、それが私のお姉ちゃん。皆がそうやって勘違いしてる。
本当のお姉ちゃんは、臆病で弱い女の子。華夜達のお母さんがいなくなって、一番悲しんだのお姉ちゃんの方だった。
悲し過ぎて、寂し過ぎて、辛過ぎて、苦し過ぎて⋯⋯⋯⋯。いなくなったお母さんにも、自分達を守ってくれないお父さんにも、自分達を疎み続ける家にも、何もかもに絶望していたお姉ちゃん。本当は華夜以上に、自分の周りの世界全てに怯えていた。
怯え続けたお姉ちゃんは、不安や絶望から逃れる術を求めた。見つけたその術が、華夜を守る事だった。
自分と同じように怯える妹。お互いの心を許し会える、血の繋がった唯一の家族。大切な妹の傍に寄り添い、悲しみも寂しさも忘れさせるほどに愛し、優しく守り続ける。それが、お姉ちゃんが不安と絶望を忘れるための術となった。
姉として、華夜の事を守りたいと想う心もあった。でもそれ以上に、自分自身を守りたかったんだ。
お姉ちゃんにとって華夜は、嫌な事を忘れるための慰み者。だからお姉ちゃんは、必死に華夜を守ろうとしてくれている。だって華夜がいなくなったら、自分自身が今度こそ壊れてしまうから⋯⋯⋯⋯。
華夜は知ってる。お姉ちゃんの本当の気持ちは、最初から全部わかってる。わかってたけど、華夜はそれを受け入れた。だって華夜も、お姉ちゃんがいなきゃ生きていけなかったから⋯⋯⋯⋯。
華夜とお姉ちゃんは、世界で二人だけの大切な存在。それ以外は、もう何も必要ない。華夜とお姉ちゃんは、お互いに慰み会ってこれからも生きていく。周りから間違っていると言われても構わない。華夜にとって世界の全ては、もうお姉ちゃんだけだから⋯⋯⋯⋯。
そんなお姉ちゃんが、今華夜の目の前で男達の襲われてる。
あんな風に泣き叫ぶお姉ちゃんの姿は、今まで見た事ない。お母さんがいなくなった時でさえ、皆の前では涙一つ見せずに気丈に振舞ってた。泣く時だって、人前では決して泣かなかった。
それなのに今は、華夜の目も、男達の目も気にせず、子供のように泣き叫び続けている。泣くだけじゃなくて、他人に助けも求めるなんて、いつものお姉ちゃんなら絶対にあり得ない。今華夜が見ているのは、初めて見るお姉ちゃんの姿だった。
さっきの男は華夜が、本物の恐怖を知らないと言った。きっとそれは、お姉ちゃんも同じだった。
お姉ちゃんは今、男という生き物の本当の恐ろしさをその身で感じている。強姦されているお姉ちゃんは、華夜の目の前で男達の慰み者となってしまった。
大切でかけがえのない存在が、自分の目の前で犯されていく。今まで感じた事のない恐怖が、華夜の心を締め付ける。心臓の鼓動が早くなって、息が苦しい。とても気持ち悪くて、吐きそうで堪らない。これがあの男の言っていた、本物の恐怖なのかもしれない。
でもおかしいの。華夜の目は、強姦されるお姉ちゃんから目が離せない。
気持ち悪くて、苦しい。見ていると吐き気が止まらない。それなのに華夜は、襲われるお姉ちゃんの姿をずっと見ている。見ていると不快感以上に、ある別の感情が込み上げてきたからだ。
その感情の名は、「怒り」。失くしてしまった、忘れてしまったはずの感情が、華夜の心を支配する。
華夜にとって大切でかけがえのない存在は、真夜お姉ちゃんだけだ。お姉ちゃんを慰み者として扱っていいのは、世界でただ一人、華夜だけ。それなのにあの獣みたいな連中は、華夜のお姉ちゃんに手を出した。
あんな塵みたいな奴らは、映画に出てくる怪獣にでも踏み潰されて仕舞えばいい。
許せない⋯⋯⋯⋯。許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない絶対に許せない。
「死ね⋯⋯⋯⋯」
口を開き、静かに発せられた華夜の一言は、真夜の悲鳴に掻き消され、誰の耳にも届く事はなかった。
暴れる真夜と、彼女を犯すのに夢中な男達は、先程までと雰囲気を一変させた華夜に気付いていない。纏う空気を怒りと殺意に変え、男達の姿を見据えた華夜。冷酷な彼女の瞳は、男達を人と見ていなかった。
「応えて⋯⋯⋯、起動《スタート》」
それは、伝説の秘宝が真の姿を現わす起動の言葉。彼女の言葉に応え、先程の真夜の秘宝と同じように、保管されている場所から飛んできた華夜の秘宝が、彼女の右手に収まりその姿を変える。
黒い輝きを放つ漆黒の秘宝は、彼女の手の中で魔導書に姿を変えた。飛んできた秘宝と輝きによって、ようやく華夜の異変に気が付いた全員が、動きを止めて彼女に視線を集める。
「かっ⋯⋯⋯⋯、華夜⋯⋯⋯⋯⋯?」
姉の真夜が見たものは、今まで見た事のない雰囲気を纏う、大切な妹の姿。臆病で弱い自分がよく知る妹の姿はそこになく、彼女の瞳には、怒りと殺意を纏い武器を手に取る、冷たい瞳の少女の姿が映し出されていた。
「こっ、こいつも秘宝を⋯⋯⋯⋯!?」
「慌てる事はねえ。聞いた話じゃ、聖書の勇者は力を使えないらしい」
またも現れた秘宝に驚く男達だったが、男の一人が口にした通り、華夜が秘宝の真の力を解放できないのは事実だ。
グラーフ同盟軍が結成される以前、試しに彼女が力を解放する言葉を口にしても、魔導書がその力を発揮する事はなかった。故に彼女は、勇者という象徴の一人として従軍していたに過ぎない。言ってしまえば、同盟軍内では戦力外の存在だったのだ。
突然の彼女の変貌に驚いた男達だったが、慌てる事はないと冷静になり、二人が真夜の拘束を続け、残りの男達が彼女から、光が治まった魔導書を取り上げようとする。
華夜も魔導書も恐れず、ゆっくり彼女へ近付いていく男達。魔導書が現れようと彼女には何もできない。何もできぬまま、簡単に男達に取り押さえられるはずだった。
「解放《ブレイカー》」
華夜の発した言葉は、秘宝が持つ真の力を解放するための言葉。今まで一度も成功しなかった起動の言葉だった。
しかし、魔導書は彼女の言葉に応えるかの様に、再び黒く眩い光を放って輝き始めた。そして魔導書は、彼女の手も借りず勝手に頁を開き始めたのである。
『自動修復率六十パーセント。対象を正式所有者と認定。敵対生物による生命危機を感知。緊急防衛機能を作動します』
突然、華夜の頭の中だけに何者かの声が響き渡った。
秘宝の力を発動する事で、頭の中に声が響き渡る現象は、同じ勇者である櫂斗達から聞いている。これが話に聞いた秘宝の声であるのだと、彼女にはすぐに理解できた。
『最終安全装置解除。敵対生物に対する殲滅手段を選択して下さい』
櫂斗達同様に彼女の頭の中にも、この武器の使い方が一気に流れ込む。魔導書の使い方を理解した彼女は、現状選択できる最大規模の殲滅手段を選択した。
「一番強いやつ」
彼女が選んだのは、この魔導書が持つ最も強力な力だった。
だが魔導書は、ある理由から力の発動を拒もうとする。
『現在の修復率と充電量では百パーセントの運用は困難です。それでも実行しますか?』
「いいからやって」
強制的に起動を促した彼女に、魔導書は自ら頁を開き続ける事で応え、とある頁を開いて止まる。開かれた頁はやはり白紙だったが、次の瞬間には文字と絵が浮かび上がった。
浮かび上がった文字は彼女が読めるもの。浮かび上がった絵は彼女が求めていた存在の姿。白紙をだった頁に文字と絵を生み出した魔導書は、彼女にこの力の名と使い方を教えたのである。
「お姉ちゃんから離れて」
それは彼女が発した、男達への最終警告だった。しかし男達は、力を解放して光り輝く魔導書に驚愕したまま動かない。
いや、例え離れようと離れまいと、結果は同じだっただろう。男達がどんな行動を選択しようと、絶対に容赦はしないと決めていたのだから⋯⋯⋯⋯⋯。
魔導書の頁に記された、最強の力の名と能力、そしてその使い方。発動しようとしている力を理解した彼女は、男達を見据えてその名を呼んだ。
「華夜の敵を消し去って⋯⋯⋯⋯、完全暗黒破壊神《デストロイア》」
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