贖罪の救世主

水野アヤト

文字の大きさ
上 下
641 / 841
第四十話 破壊の神

しおりを挟む
 華夜とお姉ちゃんは、物心付いた時からいつも一緒だった。
 遊ぶ時も、ご飯を食べる時も、夜眠る時も、優しかったお母さんと別れる事になった時さえも、傍にはいつもお姉ちゃんがいてくれた。
 華夜の家は由緒正しい名家。家は大きな御屋敷で、部屋には高そうな壺や掛け軸が飾られていて、使用人が数人いる。お金持ちなのだと、誰が見てもそう思うだろう。実際華夜もお姉ちゃんも、何不自由なく暮らしていた。
 ただ、この家に私達の居場所はなかった。華夜達のお母さんは、この家で一番末の子だったお父さんが、家の反対を押し切って結婚した人。兄弟の中で一番力がなかったお父さんは、家の人達に疎まれ続けたお母さんを守れなかった。だからお母さんは、華夜達を残して去ってしまった。
 華夜もお姉ちゃんも、疎まれていたお母さんの娘。そんな華夜達もまた、お母さんと同じように疎まれ続けている。お母さんがいなくなって絶望したお父さんは、華夜達を守ってはくれない。華夜もお姉ちゃんも、どこにも居場所なんてない。

 悲しくて、寂しくて、辛くて、苦しくて⋯⋯⋯。部屋の隅で膝を抱え、自分を塵のように見下す人間達に怯えていた華夜を、お姉ちゃんだけが救ってくれた。
 「ずっと守ってあげる」って言って、華夜の傍にいてくれた。お姉ちゃんが傍にいる時だけが、悲しさも寂しさも忘れられる。
 だからある日、華夜は思った。この世界には、華夜とお姉ちゃんだけがいればいいって⋯⋯⋯⋯。









「これが聖弓と聖書の勇者か。まだ若いな⋯⋯⋯⋯」

 ボーゼアス義勇軍に捕らわれた華夜と真夜。二人が捕らわれている天幕に、その男は現れた。
 男が現れた瞬間、二人を見張っていた兵士達は直立し、顔に表れるほど緊張していた。何故なら現れた男が、ボーゼアス教の教祖オズワルド・ベレスフォードだったからだ。
 教祖オズワルドこそ、ボーゼアス教の最高指導者であり、この戦争を始めた張本人である。敵の総大将というべき男が、二人の前に姿を現わしたのだ。

「⋯⋯⋯⋯私達をどうするつもり?」
「君達には多くの使い道がある。だがまずは、勇者の力について聞きたいと思う」

 気を失っていた華夜が目を覚ました後、暫くして真夜も目を覚ました。目覚めた彼女は状況を直ぐに察し、拘束されていながらも華夜を守ろうと、兵士相手に必死に抵抗しようとしたのである。そんな時に、オズワルドはここへ足を運んだ。
 捕らえた勇者がどんな人間なのか、一目見たいと思ったのも理由の一つだが、オズワルドは勇者の力について探っている。戦場に於いて、勇者が操る秘宝の力がどれだけ脅威なのか、それを理解しているからこそ知りたいのだ。グラーフ同盟軍に勝利するため、勇者の力の能力と弱点を⋯⋯⋯⋯。

「君は聖弓の勇者だそうだな。伝説の秘宝はどうすれば力を解き放つか、私に教えて貰いたい」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「やはり口を閉ざすか。その勇気は買うが、大人しく教えた方が身のためだ」

 無表情のオズワルドの言葉には、甘さのない鋭さと冷たさが込められていた。口にしなければ、どんな非情な事でも平気で行なうと、彼の言葉が二人に告げる。
 それでも、真夜は口を割ろうとはしなかった。自分達を捕らえ、大切な妹まで危険に晒そうとする彼らに屈しまいと、一人抵抗しているのだ。
 真夜からは簡単に聞き出せない。そう悟ったオズワルドは、次の狙いを華夜に定める。

「では君はどうかな?聖書の勇者のようだが、我々に協力する気はあるかね?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

 怯えて俯いた華夜は、真夜とは違った心境で、一言も発する事はなかった。恐怖で口を閉ざす彼女の性格相手では、情報を聞き出すのは難しい。そもそも彼女は、姉の真夜以外とはほとんど会話もしないのだ。
 尋問程度では何も答えそうにない。それは誰の目から見ても明らかだった。しかしオズワルドは、怯える華夜の様子を見て、何をしてでもここから逃げ出したいと願う、彼女の恐怖心を感じ取る。

「なるほど、君はこの世界の全てに怯えているのか」
「⋯⋯⋯⋯!」
「何もかもが恐くて堪らないのだろう。だが、君はまだ本物の恐怖というものを知らなさそうだ」

 華夜から視線を外し、再び真夜を見るオズワルドの眼。
 憎き仇でも見る様に、彼の眼を睨む真夜。しかし彼女は拘束されているため、オズワルドには手出しできずにいる。
 異世界からやって来た勇者と言えど、秘宝無しでは普通の人間。己の目でそれを確認したオズワルドは、情報を話さなかった二人から離れ、見張りの兵士の一人に耳打ちを始めた。彼の話を聞き終えた兵士は、怪しい笑みを浮かべて真夜を見る。その笑みが、必死に絶望と戦う真夜を恐怖で震えさせる。
 
「後は君達に任せる。期待しているよ」
「はっ!お任せください!」

 話を終えたオズワルドは、二人のいる天幕を後にする。オズワルドがいなくなった後、耳打ちをされていた一人の兵士が、怪しく下品な笑みを浮かべ、真夜の目の前に立った。

「喜べ聖弓の勇者。我らが教祖様の寛大なお心により、貴様の大事な妹に手は出さない事になった」
「!?」
「貴様の扱いに関しても、自白させるための拷問は禁じられた。痛い思いをせずに済んだな」

 兵士の話が本当ならば、華夜の身に危険が及ぶ事はなくなり、真夜の身の安全も保障された。二人共驚愕し、内心一瞬喜びかけたが、すぐに喜びが恐ろしさに変わる。オズワルドというあの男が、女相手に甘くなる人間ではない事を、既に彼女達は感じ取っている。何よりこの兵士の笑みが、安心しそうになった彼女達を冷静にさせたのだ。

「ところで俺達はな、前はエステランで兵士をやっててよ。メロースっていう王子の命令で罪人の拷問を担当してたんだ」
「⋯⋯⋯⋯国の兵士だったくせに、今は異教徒に与しているのね」
「なんせ俺達は、あのやりたい放題な王子のもとで散々旨い汁を啜ってきた。お陰で国じゃ罪人扱い。捕まる前に早いとこ逃げ出して、今はここが新しい働き口なのさ」

 彼らは元拷問官だった。その過去があるからこそ、捕虜である二人の見張りを担当している。オズワルドが来なければ、今頃二人がどんな酷い扱いを受けていたのか想像もできない。
 得意の拷問を禁じられた彼らは、別の方法で二人から情報を聞き出す必要がある。得意手段が封じられたはずなのに、真夜の前に立つ兵士は寧ろ機嫌がいい。その理由は直ぐに分かった。

「ここじゃあ前ほど面白おかしくやれねえが、教祖様は話の分かる御方だ。無闇に殺したりせず、ちゃんと情報さえ聞き出せば、後は俺達の好きにしていいとさ」
「あなた達まさか⋯⋯⋯⋯!」
「男なら憂さ晴らしに痛ぶって殺すだけだが、女となりゃあ話は別だ。溜まってたもんたっぷり出させて貰うぜ」

 自分達が何をされるか悟った真夜が、華夜を守ろうと慌てて体を動かした。だが、兵士に自分の長い髪を乱暴に掴まれ、華夜から無理やり離され引き摺られていく。

「お姉ちゃん⋯⋯⋯!」
「華夜!!逃げて、早く⋯⋯⋯⋯!」

 華夜の悲鳴、そして真夜の必死な叫び。
 それを嘲笑う、下劣な男達の浮かべる笑み。ある者は舌なめずりし、またある者は堪らず唾を飲み込む。男達は二人を、自分達の欲望を満たす玩具としか見ていない。

「華夜に指一本でも触れたら殺す!!」
「安心しな姉ちゃん。俺達を満足させんのは、妹じゃなくてお前の方だ」

 我慢の限界だった男達は、一斉に真夜へと群がり、必死に暴れて抵抗する彼女を押さえ付けた。
 オズワルドから許しを得た彼らは、目の前の獲物に目を血走らせ、口の中に唾液を溢れさせている。その姿はまさに、獲物を襲う肉食動物であった。

「やめろ!!私に触るなケダモノ共!!」
「気の強い女ほどやりがいがあるってもんだ。強がってられんのも今の内だぞ」
「くっ⋯⋯⋯⋯!!お前達、絶対許さない!!」
「嫌がる女をやるのは堪んねえぜ。恨むんなら我らの教祖様を恨みな」

 襲われる姉の姿を、華夜は何もできず見ているだけだった。
 天幕内には、絶えず真夜の叫び声が響き続けた。
しおりを挟む
感想 72

あなたにおすすめの小説

神の盤上〜異世界漫遊〜

バン
ファンタジー
異世界へ飛ばされた主人公は、なぜこうなったのかも分からぬまま毎日を必死に生きていた。 同じく異世界へと飛ばされた同級生達が地球に帰る方法を模索している中で主人公は違う道を選択した。 この異世界で生きていくという道を。 なぜそのような選択を選んだのか、なぜ同級生達と一緒に歩まなかったのか。 そして何が彼を変えてしまったのか。 これは一人の人間が今を生きる意味を見出し、運命と戦いながら生きていく物語である。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

これがホントの第2の人生。

神谷 絵馬
ファンタジー
以前より読みやすいように、書き方を変えてみました。 少しずつ編集していきます! 天変地異?...否、幼なじみのハーレム達による嫉妬で、命を落とした?! 私が何をしたっていうのよ?!! 面白そうだから転生してみる??! 冗談じゃない!! 神様の気紛れにより輪廻から外され...。 神様の独断により異世界転生 第2の人生は、ほのぼの生きたい!! ―――――――――― 自分の執筆ペースにムラがありすぎるので、1日に1ページの投稿にして、沢山書けた時は予約投稿を使って、翌日に投稿します。

異世界金融 〜 働きたくないカス教師が異世界で金貸しを始めたら無双しそうな件

暮伊豆
ファンタジー
日々の生活に疲れ果てた若干カスな小学校教師が突然事故で死亡。 転生手続きを経て、生まれ変わった場所はローランド王国の辺境の街。剣と魔法を中心に発展しつつある異世界だった。 働きたくない一心で金貸し向きの魔法を手に入れた主人公。 「夢はのんびり利子生活」 だが、そんなものは当然許される筈はなく、楽をしようと思えば思う程、ありがちなトラブルに巻き込まれることも。 そんな中、今まで無縁と思っていた家族の愛情や友情に恵まれる日々。 そして努力、新しい人生設計。 これは、優秀な家系に生まれた凡人が成長することをテーマとした物語。 「成り上がり」「無双」そして「ハーレム」その日が来るまで。

不遇な死を迎えた召喚勇者、二度目の人生では魔王退治をスルーして、元の世界で気ままに生きる

六志麻あさ@10シリーズ書籍化
ファンタジー
異世界に召喚され、魔王を倒して世界を救った少年、夏瀬彼方(なつせ・かなた)。 強大な力を持つ彼方を恐れた異世界の人々は、彼を追い立てる。彼方は不遇のうちに数十年を過ごし、老人となって死のうとしていた。 死の直前、現れた女神によって、彼方は二度目の人生を与えられる。異世界で得たチートはそのままに、現実世界の高校生として人生をやり直す彼方。 再び魔王に襲われる異世界を見捨て、彼方は勇者としてのチート能力を存分に使い、快適な生活を始める──。 ※小説家になろうからの転載です。なろう版の方が先行しています。 ※HOTランキング最高4位まで上がりました。ありがとうございます!

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...