贖罪の救世主

水野アヤト

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第七話 侵略者

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 帝国軍最高責任者が、己のやるべき仕事を思い出した頃。
 外は日が沈み始めようとしていた。そんな中、帝国軍専用会議室では、ようやく軍師エミリオの説明が終わったところである。

「-----というように、作戦と編成はこれでいく。皆、準備に取り掛かって欲しい」

 返事がない。ただの屍の様だ。・・・・・・という事は勿論なく、長い説明で皆がぐったりしているだけである。
 メシアとリリカを除く全員が、今にも気を失ってしまいそうな位、眠気に負けそうな表情をしていた。説明中、居眠りをしようとしていた者を、軍師エミリオ先生が許す事はなく、正確かつ無慈悲なチョーク投げを行なったのである。
 そのため、説明に疲れて眠ろうとしたのを、額へのチョークの直撃によって、毎度無理やり覚醒させられ、今彼らは非常に眠い。エミリオ先生は、居眠りを許さないのだ。
 だがしかし、元々忍耐力も異常に高いメシアは、この長い説明を、居眠り一つせずに全部聞いていた。そんなメシアよりも凄いのは、会議が作戦と編成の話となり、開始一時間も経たない内に、堂々と腕を組んで居眠りを始めたリリカである。
 これには、流石のエミリオ先生も手が出せない。相手はあのリリカであるし、何よりも、あまりに堂々としているため、チョークを投げる気も失せたのである。
 ちなみに、メイファの姿は今ここにない。疲れている皆のために、紅茶を淹れに行ったのである。

「ふん、だらしない者たちじゃのう」
「マストール宰相。いらしたのですか?」
「会議をしていると聞いてな。少し様子を見に来たのじゃ」

 長きに渡り帝国に仕える、歳が七十を超えた老官。政治の全てを任された、帝国の大黒柱、宰相のマストール。
 会議室の扉を開き、中の様子を確認したマストール。ぐったりとする者たちを見て、だらしないと言い、溜息までついた。
 老体でありながらも、政務を執り行ない、苦労が絶えないこの宰相。特にここ最近は、リックを中心とした帝国軍軍備拡張のせいで、忙しい毎日を送っている。

「どうじゃエミリオ。例のジエーデル国との事は」
「残念ながら戦いは避けられません。戦う以外に道はないでしょう」
「勝てるのか?」
「勝つために私が軍師を務めるのです。こんな日がいつ来てもいいように、今日まで働いてきたのですから」

 宰相も不安なのだ。
 女王に仕え、彼女を大切に思う彼からすると、再び迫り来る、帝国滅亡の危機が恐ろしい。相手が圧倒的な兵力で迫るであろう事は、軍事に明るくないマストールでも、簡単に予想出来る。
 帝国が周辺諸国と連合を組んだとしても、戦力差が違い過ぎるのだ。普通は、誰も勝てるなどと考えない。故に不安であるのだ。

「お主には期待しておる。じゃが、他の者たちはだらしないのう」
「だってー、説明長いんだもん」
「オラ、全然わからなかったんだな」
「まったく、こんな者たちに国の存亡が懸かっているとはのう・・・・・・。何故陛下は、この者たちを信用なさっているのやら」

 女王ユリーシアは、リックの事を信頼している。
 これは誰もが理解している事なのだが、彼女がリック以外の多くの者たちも同様に、深く信頼している事を、知る者は少ない。レイナもクリスも、ヘルベルトやロベルトの元傭兵部隊も、シャランドラやゴリオン、軍師のエミリオに、かつては他国の諜報員だったイヴまで、多くの者たちを信頼している。
 どんな人間にも優しく接し、平等で差別する事はない。彼女はその人間性で、決して嫌われる事なく、周りの者たちを愛していった。
 例えば、ヘルベルトは女王に対して好感を持っている。ヘルベルトだけではなく、彼の率いる元傭兵部隊の面々もまた、女王へ好感を持つ。
 ヘルベルトたち戦闘狂の人間たちは、どんな国でも忌み嫌われた。
 当然だ。彼らは戦争を求めて各地を渡り歩く、人殺しを生業とした集団である。彼らを雇った国は、その力によって勝利を手にしてきた。だが、雇った国の人間たちは、必ず彼らを恐れる。人殺しの戦闘狂の集団であるのだから、恐れ嫌うのは当然としか言えない。
 しかし、彼女だけは違った。女王ユリーシアだけは、そんな彼らを恐れる事も嫌う事もない。他の者たちと差別する事なく、変わらない優しさを向けるのだ。そんな彼女の優しさは、彼らには嬉しいものであった。
 自分たちは嫌われて当然の存在。人殺しを楽しむ最低の人間だと、自覚していたのに、盲目のあの少女は、そんな自分たちを平等に扱う。人の優しさを忘れてしまっていた彼らは、彼女のおかげで、それを思い出せた。
 だからこそ、ヘルベルトたちは彼女に好感を持ち、リックだけでなく、女王である彼女の言う事も聞く。彼女は、リックを守って欲しいと彼らに頼んだ。だから彼らは、その願いを叶えようという気持ちが強い。

「安心してくれ宰相の旦那。俺たち鉄血部隊がいるんだ、ジエーデルだかなんだか知らねぇが、負けねぇさ」
「ヘルベルト、俺も忘れてもらっては困るぞ」
「貴様らには給料を払っているのだ。しっかりと働いてもらう」

 やる気、と言うよりも殺る気と呼ぶべきか。
 彼らにとっては、久々の大きな戦いである。ここのところ、帝国周辺の治安維持や討伐任務ばかりであった彼らにとって、待ちに待った時だ。宰相に言われなくとも、存分に働くつもりである。

「ねぇ宰相、前から気になってたんだけど・・・・・・」
「何じゃ?」

 給料の話が出たため、ふと思い出した疑問を述べようとしたのは、イヴである。

「僕たちの給料も、軍の予算もそうなんだけど、帝国の財政って大丈夫なの?」
「私も気になっておりました。リック様とこの国に来て以来、我々は急速に軍備増強を進めていますが、帝国の財政に余裕はあるのですか?」
「あるわけないぜ。どっかの槍女様が、食堂でたらふく食らうからな。毎日食費で大変だろうぜ」
「貴様もよく食べるではないか!わっ、私だけのせいではない!」
「てめぇとは食う量が違うんだよ。一緒にすんな!」
「やめんか!!喧嘩なら外でやれ」

 宰相の雷が二人に対して直撃する。
 ご近所の雷親父レベルの雷を落とす、帝国一恐ろしい説教老人。彼の説教に捕まる事は、誰もが恐れる。あのリリカですら、宰相の説教は恐れるのだ。宰相マストールの説教が一度始まると、正座で最低三時間の説教は確実だ。
 びくっと肩を震わせ、両者とも喧嘩を一時中断する。あくまで一時的だ。宰相がいなくなれば、再び再開する事であろう。帝国軍最強の二人でも、宰相マストールは、リリカ並みに恐ろしいのである。

「エミリオには話したが、貴様たちは知らんだろう。少し話をしてやろうかのう」

 人生を帝国に懸け、この国の歴史を見て生きてきた、この老人は語る。
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