贖罪の救世主

水野アヤト

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第三十八話 帝国の狂犬

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 グラーフ同盟軍の先陣は三つに分かれている。三つに分かれた軍団は、正面と両翼に別れて攻撃を開始しており、ジェラルドが率いているのは正面の軍団であった。
 オルドリッジ隊と呼べる正面の軍団は、敵前衛を突破して、敵軍団深くへと進撃を続けている。戦局は同盟軍側が優勢と思われたが、両翼の前線は膠着状態に陥っていた。どちらもボーゼアス兵の肉壁に突破を阻まれ、勢いを殺されてしまったのだ。
 弓兵や魔法兵部隊が支援攻撃を行なうも、両翼に展開する敵の抵抗は凄まじく、弓や魔法の支援攻撃程度ではびくともしない。この状況に対してアリオンは、すぐさま両翼の前線に遊撃部隊を送り込んだ。その遊撃部隊とは、勇者連合の勇者達が率いる部隊である。
 
「よーし、味方のために突破口を開きに行くぞ!俺に続けええええええええっ!!」

 大剣の勇者ルークが率いる兵力三百の部隊が、右翼に展開する味方への加勢のために突撃を開始した。部隊の先頭には、大剣を片手に戦場を駆けるルークの姿がある。突撃を行なったルークの部隊のために、味方の軍団は彼らのための道を開く。開かれた道の先には、ボーゼアス義勇軍の前衛が展開していた。

「皆まとめて吹っ飛ばしてやるぜ!」

 そう言った瞬間から、ルークは自分の大剣に魔力を集中させていく。勇者である彼もまた、魔法を操る戦士なのである。そして彼の魔法は、基本の六属性魔法と違う特殊な魔法なのだ。

「受けて見ろ、大地《ガイア》咆哮《クエイク》!!」

 魔力を帯びた大剣が光を放ち、ルークは雄叫びと共に、その刃を地面に向けて振り下ろした。大剣の刃が地面を叩き割った瞬間、割られた地面から岩山が突き上がり、大きな地割れを発生させる。その地割れは、地面の中から次々と突き上がっていく岩山と共に、敵前衛部隊へと真っ直ぐ伸びていった。
 避ける暇も与えず、激しい地割れは敵前衛に直撃し、突き出た沢山の岩山が敵兵を弾き飛ばす。魔法の力による一撃で、ルークの前に並んでいた敵兵は蹴散らされ、突破口が開かれる。その突破口目掛け、ルーク達は突撃を行なった。

「はあっ!!」

 先陣を切るルークは敵前衛のもとに辿り着き、目に付いた兵を目掛け、自身の大剣を横一閃に振るった。彼の大剣の刃はボーゼアス兵の体を叩き斬り、戦場に大量の鮮血が飛び散る。それだけでは終わらず、二人、三人と、自身の得物で敵兵を薙ぎ倒していく。
 軽々と、そして豪快に大剣を振るう彼に後れを取るまいと、ルークの部隊の兵士達も敵前衛に雪崩れ込む。ボーゼアス兵が立て直す暇も与えず、彼らは容赦なく、徹底的に敵を討ち取っていった。

「死にたくなければ退け!勇者ルーク様のお通りだ!!」

 武器は大剣。操る魔法は特殊魔法の一種、大地を武器とする地属性魔法。それが、大剣の勇者ルークの力である。
 特殊魔法とは、火水風雷光闇の六つの属性とは違う、特別な属性の魔法の事を指す。彼が操る地属性魔法は、地面を割ったり砕いたり、岩山を出現させたりなど、大地の力を借りて戦う魔法なのだ。

「まだまだ暴れ足りないぜ!全員まとめってかかって来な!」

 ジェラルドと同じように、ルークもまた敵兵を容易く蹴散らして、敵軍深くに進撃を続けていく。彼らの目の前に現れるボーゼアス兵達は、全員倒され屍と変えられていくが、彼らの目の前にもまた、無尽蔵の人の波が押し寄せていた。
 
「全員って言ったけどよ、こいつはちょっと多過ぎだろ⋯⋯⋯⋯⋯」

 斬っても斬っても、兵士の屍を乗り越えて、次の敵が向かってくる。全く切りがない状況下の中、途方に暮れたような言葉を吐いたルークだったが、彼の瞳は恐怖や絶望などに染まってなどいない。その瞳には、勇者として戦う意志と、大きな闘志が宿っていた。

「まあいいか、勇者の力ってやつを思い知らせてやる!」

 眼前に広がる大きな人の波。苦しい戦いを予感させるこの状況の中、ルークは戦意を盛り上げ笑っていた。その姿に彼の部隊の兵士達も、彼らの後に続いた同盟軍兵士達も、戦士の雄叫びを上げて答えて見せた。
 右翼側最前線の戦いは、両軍の奮闘によって、より一層の激しさを増していくのだった。









 一方左翼側の前線には、勇者真夜と華夜の姉妹が兵を率いて急行した。
 二人にはそれぞれ三百の兵が与えられており、合計六百人の部隊が、左翼の味方を助けるためにやって来た。左翼の前線に最も近かった九条姉妹が、急いで現場に駆けつけて見ると、味方は徐々に敵に押され込まれ、防戦を強いられる状態となっていた。
 
「全軍、弓を空目掛けて構えて!」

 真夜の出した命令を受け、部隊の弓兵が急いで展開して弓を構える。敵に矢の雨を降らせるため、彼らは敵がいる方向の空目掛けて弓を構えていた。
 このまま矢を放てと命令すると思われたが、真夜はここで一工夫加えようとしていた。彼女は秘宝の力を解放し、秘宝を弓と変えて左手で持ち、聖なる弓の真の力を解放しようとする。

「火炎防壁《ファイアーウォール》!」

 聖弓の力を解き放ち、炎属性魔法を発動した真夜。彼女は弓兵達が弓を向ける空に、大きな炎の壁を出現させた。
 本来であればこの技は、敵の攻撃を防ぐための炎の防壁。しかし彼女は、この炎を応用した攻撃を編み出していた。

「全軍、あの炎に向けて一斉射!」

 彼女の命令に従い、弓兵達は空に出現した炎の壁目掛け、一斉に矢を放った。弓兵達がこの指示に動揺していないのは、事前に打ち合わせが出来ているからである。
 真夜が発動した炎の防壁は、その炎で敵の攻撃を焼き尽くし、発動者の身を守るための防御魔法である。よって、飛んできた矢など、簡単に燃やしてしまう事が可能だ。そのため彼女は、発動した魔法の力を調節し、矢が燃え尽きない程度の炎を出現させた。そして、矢の先端部分である鏃《やじり》には、たっぷりと油が塗られている。
 放たれた矢は炎の防壁を通り抜け、鏃に炎を纏い、敵軍目掛けて降り注いだ。止む事無く放たれ続ける炎を纏った矢の雨が、容赦なくボーゼアス兵の命を奪い取っていく。
 炎属性魔法を操る真夜は、自らの魔法を応用して火矢攻撃を行なったのである。彼女の魔法さえあれば、矢に火を付ける作業を短縮し、矢を炎の防壁に放ち続けるだけで、簡単に火矢の雨を降らせる事が可能なのだ。

「今よ!攻撃の手を緩めないで!」

 真夜の指示を受け、他の部隊の弓兵達や、炎属性魔法を操る魔法兵部隊が、全力の支援攻撃を開始した。先ほどまでは、矢や魔法などものともせず押し寄せていたボーゼアス兵も、強力かつ連続で行なわれる火矢攻撃と、猛烈な支援攻撃が開始された事で、流石に足が止まってしまう。
 反撃の好機だと直感した真夜は、味方への突破口を開くために、自身の弓に再び魔力を集中させる。敵軍目掛け、弓を構えた彼女の右手に、聖弓の力たる炎の矢が現れる。

「火炎正射《ファイアーアロー》!」
 
 火炎で形成された炎の矢が、真夜の指が離れた瞬間放たれる。聖弓によって放たれた炎の矢は、彼女の狙い通り真っ直ぐ敵のもとへと向かって行った。
 飛んでくる炎の矢に驚いた時には、既に手遅れである。矢は敵兵に直撃し、大きな炎を燃え上がらせて、周りにいた兵士達を呑み込んでいく。燃え盛る炎は兵士達の全身を焼き、痛みと熱さに悲鳴を上げさせながら、沢山の兵の命を奪う。一人、また一人と、炎に焼かれて命を奪われた兵士が、悲鳴を上げる力を失うと同時に地面に倒れていった。

「突破口は開いたわ!突き進みなさい!!」

 自分が率いる兵士達に、そして周りの味方に向けて、真夜は声を張り上げて突撃を指示した。選ばれし勇者の脅威的な力を目にし、味方は大いに士気を高めている。突破口を開いた彼女の指示に、従わない者はこの場に存在しなかった。雄叫びを上げた同盟軍の兵士達が、開かれた突破口に雪崩れ込み、多くの敵を討ち取り、瞬く間に突き崩していく。
 
 初めて兵を率いる真夜だったが、彼女の指揮は頼もしく、そして正しかった。自分の力と兵達の力を合わせ、戦場で有効な判断を下している。しかも彼女は、自分の出した指示に全く躊躇がなく、兵達を惑わせる事もない。初めてにしては、指揮がかなり手慣れていたのである。
 その理由は、高校で彼女は弓道部のエースであり、常に部員を率いる立場にあったからだ。元々彼女は、その高い能力と才能のお陰で、弓道に限らずあらゆる場面で、他者を率いる立場に立つ事が多かった。兵を持つのは初めてでも、人を率いて指示を出すのは慣れている。その経験が活き、どうにか彼女は部隊を率いる事が出来ていた。
 皆を率いるリーダーである以上、迷ったり怯えたりして、皆に弱さを見せるわけにはいかない。人の上に立つ者の責務を理解している真夜は、未だ慣れぬ人殺しを行なった後でも、気丈に振舞って見せていた。

「⋯⋯⋯⋯⋯」
「お姉ちゃんは悪くない⋯⋯⋯⋯、だから思い詰めないで⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯!」

 皆には気丈な姿を見せていても、妹である華夜の目は誤魔化せない。真夜の右手にそっと握り、小さな声で彼女に言葉をかけた華夜。彼女が優しく握った真夜の右手は、小さく震えていた。
 真夜が戦場で人を殺すのは、これが二度目だった。聖弓の力を発動し、今さっきやって見せた様に炎魔法を操って、初陣で敵の兵を焼き殺した。大切な妹の身を守るためと己に言い聞かせ、躊躇いを捨てて殺したのだ。今もそれは変わらない。
 華夜には分かっている。彼女が自分を守るため、必死に自分の心と戦って、人を殺しているのだと知っている。大勢の敵兵を焼き、痛みを与えて苦しませ、恐怖させて殺す。自分が手を下したその地獄の様な様を見て、平常を保っていられるはずがない。それが分かっているからこそ、自分が一番罪深いと思いながらも、華夜は真夜の傍に寄り添うのだ。
 何故なら、真夜の心を一番理解して愛する事が出来るのは、この世で華夜だけなのだから⋯⋯⋯⋯。

「人を殺したお姉ちゃんがおかしいんじゃない。この世界がおかしいんだ⋯⋯⋯⋯」
「華夜⋯⋯⋯⋯」
「お姉ちゃんが人を殺したって、どんな悪い事をしたって、華夜はお姉ちゃんの傍にいるよ」
「ありがとう、華夜⋯⋯⋯⋯⋯」

 お互いを理解し、守り合い、愛し合えるのは、姉妹であるお互いだけ。それが九条姉妹である。
 誰にも理解されなくて構わない。ただ二人で、穏やかに生きていきたいだけ。そのためならば、どんな犠牲も厭わない。

「華夜、絶対に私の傍を離れないで。何があっても、私が華夜を守るわ」
「ごめんね、お姉ちゃん⋯⋯⋯⋯⋯」
「謝らないで。ずっと守ってあげるって、お姉ちゃんが約束したでしょ」

 そう言って華夜に微笑んで見せた真夜の手は、いつの間にか震えが止まっていた。
 「大丈夫そうだ⋯⋯⋯」と、少しだけ安心できた華夜は、真夜に向かって微笑み返そうとする。ただ華夜は、戦場に立つ恐怖のせいで顔が硬くなっていて、上手く笑う事が出来なかった。
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