624 / 841
第三十八話 帝国の狂犬
7
しおりを挟む
グラーフ同盟軍の先陣は三つに分かれている。三つに分かれた軍団は、正面と両翼に別れて攻撃を開始しており、ジェラルドが率いているのは正面の軍団であった。
オルドリッジ隊と呼べる正面の軍団は、敵前衛を突破して、敵軍団深くへと進撃を続けている。戦局は同盟軍側が優勢と思われたが、両翼の前線は膠着状態に陥っていた。どちらもボーゼアス兵の肉壁に突破を阻まれ、勢いを殺されてしまったのだ。
弓兵や魔法兵部隊が支援攻撃を行なうも、両翼に展開する敵の抵抗は凄まじく、弓や魔法の支援攻撃程度ではびくともしない。この状況に対してアリオンは、すぐさま両翼の前線に遊撃部隊を送り込んだ。その遊撃部隊とは、勇者連合の勇者達が率いる部隊である。
「よーし、味方のために突破口を開きに行くぞ!俺に続けええええええええっ!!」
大剣の勇者ルークが率いる兵力三百の部隊が、右翼に展開する味方への加勢のために突撃を開始した。部隊の先頭には、大剣を片手に戦場を駆けるルークの姿がある。突撃を行なったルークの部隊のために、味方の軍団は彼らのための道を開く。開かれた道の先には、ボーゼアス義勇軍の前衛が展開していた。
「皆まとめて吹っ飛ばしてやるぜ!」
そう言った瞬間から、ルークは自分の大剣に魔力を集中させていく。勇者である彼もまた、魔法を操る戦士なのである。そして彼の魔法は、基本の六属性魔法と違う特殊な魔法なのだ。
「受けて見ろ、大地《ガイア》咆哮《クエイク》!!」
魔力を帯びた大剣が光を放ち、ルークは雄叫びと共に、その刃を地面に向けて振り下ろした。大剣の刃が地面を叩き割った瞬間、割られた地面から岩山が突き上がり、大きな地割れを発生させる。その地割れは、地面の中から次々と突き上がっていく岩山と共に、敵前衛部隊へと真っ直ぐ伸びていった。
避ける暇も与えず、激しい地割れは敵前衛に直撃し、突き出た沢山の岩山が敵兵を弾き飛ばす。魔法の力による一撃で、ルークの前に並んでいた敵兵は蹴散らされ、突破口が開かれる。その突破口目掛け、ルーク達は突撃を行なった。
「はあっ!!」
先陣を切るルークは敵前衛のもとに辿り着き、目に付いた兵を目掛け、自身の大剣を横一閃に振るった。彼の大剣の刃はボーゼアス兵の体を叩き斬り、戦場に大量の鮮血が飛び散る。それだけでは終わらず、二人、三人と、自身の得物で敵兵を薙ぎ倒していく。
軽々と、そして豪快に大剣を振るう彼に後れを取るまいと、ルークの部隊の兵士達も敵前衛に雪崩れ込む。ボーゼアス兵が立て直す暇も与えず、彼らは容赦なく、徹底的に敵を討ち取っていった。
「死にたくなければ退け!勇者ルーク様のお通りだ!!」
武器は大剣。操る魔法は特殊魔法の一種、大地を武器とする地属性魔法。それが、大剣の勇者ルークの力である。
特殊魔法とは、火水風雷光闇の六つの属性とは違う、特別な属性の魔法の事を指す。彼が操る地属性魔法は、地面を割ったり砕いたり、岩山を出現させたりなど、大地の力を借りて戦う魔法なのだ。
「まだまだ暴れ足りないぜ!全員まとめってかかって来な!」
ジェラルドと同じように、ルークもまた敵兵を容易く蹴散らして、敵軍深くに進撃を続けていく。彼らの目の前に現れるボーゼアス兵達は、全員倒され屍と変えられていくが、彼らの目の前にもまた、無尽蔵の人の波が押し寄せていた。
「全員って言ったけどよ、こいつはちょっと多過ぎだろ⋯⋯⋯⋯⋯」
斬っても斬っても、兵士の屍を乗り越えて、次の敵が向かってくる。全く切りがない状況下の中、途方に暮れたような言葉を吐いたルークだったが、彼の瞳は恐怖や絶望などに染まってなどいない。その瞳には、勇者として戦う意志と、大きな闘志が宿っていた。
「まあいいか、勇者の力ってやつを思い知らせてやる!」
眼前に広がる大きな人の波。苦しい戦いを予感させるこの状況の中、ルークは戦意を盛り上げ笑っていた。その姿に彼の部隊の兵士達も、彼らの後に続いた同盟軍兵士達も、戦士の雄叫びを上げて答えて見せた。
右翼側最前線の戦いは、両軍の奮闘によって、より一層の激しさを増していくのだった。
一方左翼側の前線には、勇者真夜と華夜の姉妹が兵を率いて急行した。
二人にはそれぞれ三百の兵が与えられており、合計六百人の部隊が、左翼の味方を助けるためにやって来た。左翼の前線に最も近かった九条姉妹が、急いで現場に駆けつけて見ると、味方は徐々に敵に押され込まれ、防戦を強いられる状態となっていた。
「全軍、弓を空目掛けて構えて!」
真夜の出した命令を受け、部隊の弓兵が急いで展開して弓を構える。敵に矢の雨を降らせるため、彼らは敵がいる方向の空目掛けて弓を構えていた。
このまま矢を放てと命令すると思われたが、真夜はここで一工夫加えようとしていた。彼女は秘宝の力を解放し、秘宝を弓と変えて左手で持ち、聖なる弓の真の力を解放しようとする。
「火炎防壁《ファイアーウォール》!」
聖弓の力を解き放ち、炎属性魔法を発動した真夜。彼女は弓兵達が弓を向ける空に、大きな炎の壁を出現させた。
本来であればこの技は、敵の攻撃を防ぐための炎の防壁。しかし彼女は、この炎を応用した攻撃を編み出していた。
「全軍、あの炎に向けて一斉射!」
彼女の命令に従い、弓兵達は空に出現した炎の壁目掛け、一斉に矢を放った。弓兵達がこの指示に動揺していないのは、事前に打ち合わせが出来ているからである。
真夜が発動した炎の防壁は、その炎で敵の攻撃を焼き尽くし、発動者の身を守るための防御魔法である。よって、飛んできた矢など、簡単に燃やしてしまう事が可能だ。そのため彼女は、発動した魔法の力を調節し、矢が燃え尽きない程度の炎を出現させた。そして、矢の先端部分である鏃《やじり》には、たっぷりと油が塗られている。
放たれた矢は炎の防壁を通り抜け、鏃に炎を纏い、敵軍目掛けて降り注いだ。止む事無く放たれ続ける炎を纏った矢の雨が、容赦なくボーゼアス兵の命を奪い取っていく。
炎属性魔法を操る真夜は、自らの魔法を応用して火矢攻撃を行なったのである。彼女の魔法さえあれば、矢に火を付ける作業を短縮し、矢を炎の防壁に放ち続けるだけで、簡単に火矢の雨を降らせる事が可能なのだ。
「今よ!攻撃の手を緩めないで!」
真夜の指示を受け、他の部隊の弓兵達や、炎属性魔法を操る魔法兵部隊が、全力の支援攻撃を開始した。先ほどまでは、矢や魔法などものともせず押し寄せていたボーゼアス兵も、強力かつ連続で行なわれる火矢攻撃と、猛烈な支援攻撃が開始された事で、流石に足が止まってしまう。
反撃の好機だと直感した真夜は、味方への突破口を開くために、自身の弓に再び魔力を集中させる。敵軍目掛け、弓を構えた彼女の右手に、聖弓の力たる炎の矢が現れる。
「火炎正射《ファイアーアロー》!」
火炎で形成された炎の矢が、真夜の指が離れた瞬間放たれる。聖弓によって放たれた炎の矢は、彼女の狙い通り真っ直ぐ敵のもとへと向かって行った。
飛んでくる炎の矢に驚いた時には、既に手遅れである。矢は敵兵に直撃し、大きな炎を燃え上がらせて、周りにいた兵士達を呑み込んでいく。燃え盛る炎は兵士達の全身を焼き、痛みと熱さに悲鳴を上げさせながら、沢山の兵の命を奪う。一人、また一人と、炎に焼かれて命を奪われた兵士が、悲鳴を上げる力を失うと同時に地面に倒れていった。
「突破口は開いたわ!突き進みなさい!!」
自分が率いる兵士達に、そして周りの味方に向けて、真夜は声を張り上げて突撃を指示した。選ばれし勇者の脅威的な力を目にし、味方は大いに士気を高めている。突破口を開いた彼女の指示に、従わない者はこの場に存在しなかった。雄叫びを上げた同盟軍の兵士達が、開かれた突破口に雪崩れ込み、多くの敵を討ち取り、瞬く間に突き崩していく。
初めて兵を率いる真夜だったが、彼女の指揮は頼もしく、そして正しかった。自分の力と兵達の力を合わせ、戦場で有効な判断を下している。しかも彼女は、自分の出した指示に全く躊躇がなく、兵達を惑わせる事もない。初めてにしては、指揮がかなり手慣れていたのである。
その理由は、高校で彼女は弓道部のエースであり、常に部員を率いる立場にあったからだ。元々彼女は、その高い能力と才能のお陰で、弓道に限らずあらゆる場面で、他者を率いる立場に立つ事が多かった。兵を持つのは初めてでも、人を率いて指示を出すのは慣れている。その経験が活き、どうにか彼女は部隊を率いる事が出来ていた。
皆を率いるリーダーである以上、迷ったり怯えたりして、皆に弱さを見せるわけにはいかない。人の上に立つ者の責務を理解している真夜は、未だ慣れぬ人殺しを行なった後でも、気丈に振舞って見せていた。
「⋯⋯⋯⋯⋯」
「お姉ちゃんは悪くない⋯⋯⋯⋯、だから思い詰めないで⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯!」
皆には気丈な姿を見せていても、妹である華夜の目は誤魔化せない。真夜の右手にそっと握り、小さな声で彼女に言葉をかけた華夜。彼女が優しく握った真夜の右手は、小さく震えていた。
真夜が戦場で人を殺すのは、これが二度目だった。聖弓の力を発動し、今さっきやって見せた様に炎魔法を操って、初陣で敵の兵を焼き殺した。大切な妹の身を守るためと己に言い聞かせ、躊躇いを捨てて殺したのだ。今もそれは変わらない。
華夜には分かっている。彼女が自分を守るため、必死に自分の心と戦って、人を殺しているのだと知っている。大勢の敵兵を焼き、痛みを与えて苦しませ、恐怖させて殺す。自分が手を下したその地獄の様な様を見て、平常を保っていられるはずがない。それが分かっているからこそ、自分が一番罪深いと思いながらも、華夜は真夜の傍に寄り添うのだ。
何故なら、真夜の心を一番理解して愛する事が出来るのは、この世で華夜だけなのだから⋯⋯⋯⋯。
「人を殺したお姉ちゃんがおかしいんじゃない。この世界がおかしいんだ⋯⋯⋯⋯」
「華夜⋯⋯⋯⋯」
「お姉ちゃんが人を殺したって、どんな悪い事をしたって、華夜はお姉ちゃんの傍にいるよ」
「ありがとう、華夜⋯⋯⋯⋯⋯」
お互いを理解し、守り合い、愛し合えるのは、姉妹であるお互いだけ。それが九条姉妹である。
誰にも理解されなくて構わない。ただ二人で、穏やかに生きていきたいだけ。そのためならば、どんな犠牲も厭わない。
「華夜、絶対に私の傍を離れないで。何があっても、私が華夜を守るわ」
「ごめんね、お姉ちゃん⋯⋯⋯⋯⋯」
「謝らないで。ずっと守ってあげるって、お姉ちゃんが約束したでしょ」
そう言って華夜に微笑んで見せた真夜の手は、いつの間にか震えが止まっていた。
「大丈夫そうだ⋯⋯⋯」と、少しだけ安心できた華夜は、真夜に向かって微笑み返そうとする。ただ華夜は、戦場に立つ恐怖のせいで顔が硬くなっていて、上手く笑う事が出来なかった。
オルドリッジ隊と呼べる正面の軍団は、敵前衛を突破して、敵軍団深くへと進撃を続けている。戦局は同盟軍側が優勢と思われたが、両翼の前線は膠着状態に陥っていた。どちらもボーゼアス兵の肉壁に突破を阻まれ、勢いを殺されてしまったのだ。
弓兵や魔法兵部隊が支援攻撃を行なうも、両翼に展開する敵の抵抗は凄まじく、弓や魔法の支援攻撃程度ではびくともしない。この状況に対してアリオンは、すぐさま両翼の前線に遊撃部隊を送り込んだ。その遊撃部隊とは、勇者連合の勇者達が率いる部隊である。
「よーし、味方のために突破口を開きに行くぞ!俺に続けええええええええっ!!」
大剣の勇者ルークが率いる兵力三百の部隊が、右翼に展開する味方への加勢のために突撃を開始した。部隊の先頭には、大剣を片手に戦場を駆けるルークの姿がある。突撃を行なったルークの部隊のために、味方の軍団は彼らのための道を開く。開かれた道の先には、ボーゼアス義勇軍の前衛が展開していた。
「皆まとめて吹っ飛ばしてやるぜ!」
そう言った瞬間から、ルークは自分の大剣に魔力を集中させていく。勇者である彼もまた、魔法を操る戦士なのである。そして彼の魔法は、基本の六属性魔法と違う特殊な魔法なのだ。
「受けて見ろ、大地《ガイア》咆哮《クエイク》!!」
魔力を帯びた大剣が光を放ち、ルークは雄叫びと共に、その刃を地面に向けて振り下ろした。大剣の刃が地面を叩き割った瞬間、割られた地面から岩山が突き上がり、大きな地割れを発生させる。その地割れは、地面の中から次々と突き上がっていく岩山と共に、敵前衛部隊へと真っ直ぐ伸びていった。
避ける暇も与えず、激しい地割れは敵前衛に直撃し、突き出た沢山の岩山が敵兵を弾き飛ばす。魔法の力による一撃で、ルークの前に並んでいた敵兵は蹴散らされ、突破口が開かれる。その突破口目掛け、ルーク達は突撃を行なった。
「はあっ!!」
先陣を切るルークは敵前衛のもとに辿り着き、目に付いた兵を目掛け、自身の大剣を横一閃に振るった。彼の大剣の刃はボーゼアス兵の体を叩き斬り、戦場に大量の鮮血が飛び散る。それだけでは終わらず、二人、三人と、自身の得物で敵兵を薙ぎ倒していく。
軽々と、そして豪快に大剣を振るう彼に後れを取るまいと、ルークの部隊の兵士達も敵前衛に雪崩れ込む。ボーゼアス兵が立て直す暇も与えず、彼らは容赦なく、徹底的に敵を討ち取っていった。
「死にたくなければ退け!勇者ルーク様のお通りだ!!」
武器は大剣。操る魔法は特殊魔法の一種、大地を武器とする地属性魔法。それが、大剣の勇者ルークの力である。
特殊魔法とは、火水風雷光闇の六つの属性とは違う、特別な属性の魔法の事を指す。彼が操る地属性魔法は、地面を割ったり砕いたり、岩山を出現させたりなど、大地の力を借りて戦う魔法なのだ。
「まだまだ暴れ足りないぜ!全員まとめってかかって来な!」
ジェラルドと同じように、ルークもまた敵兵を容易く蹴散らして、敵軍深くに進撃を続けていく。彼らの目の前に現れるボーゼアス兵達は、全員倒され屍と変えられていくが、彼らの目の前にもまた、無尽蔵の人の波が押し寄せていた。
「全員って言ったけどよ、こいつはちょっと多過ぎだろ⋯⋯⋯⋯⋯」
斬っても斬っても、兵士の屍を乗り越えて、次の敵が向かってくる。全く切りがない状況下の中、途方に暮れたような言葉を吐いたルークだったが、彼の瞳は恐怖や絶望などに染まってなどいない。その瞳には、勇者として戦う意志と、大きな闘志が宿っていた。
「まあいいか、勇者の力ってやつを思い知らせてやる!」
眼前に広がる大きな人の波。苦しい戦いを予感させるこの状況の中、ルークは戦意を盛り上げ笑っていた。その姿に彼の部隊の兵士達も、彼らの後に続いた同盟軍兵士達も、戦士の雄叫びを上げて答えて見せた。
右翼側最前線の戦いは、両軍の奮闘によって、より一層の激しさを増していくのだった。
一方左翼側の前線には、勇者真夜と華夜の姉妹が兵を率いて急行した。
二人にはそれぞれ三百の兵が与えられており、合計六百人の部隊が、左翼の味方を助けるためにやって来た。左翼の前線に最も近かった九条姉妹が、急いで現場に駆けつけて見ると、味方は徐々に敵に押され込まれ、防戦を強いられる状態となっていた。
「全軍、弓を空目掛けて構えて!」
真夜の出した命令を受け、部隊の弓兵が急いで展開して弓を構える。敵に矢の雨を降らせるため、彼らは敵がいる方向の空目掛けて弓を構えていた。
このまま矢を放てと命令すると思われたが、真夜はここで一工夫加えようとしていた。彼女は秘宝の力を解放し、秘宝を弓と変えて左手で持ち、聖なる弓の真の力を解放しようとする。
「火炎防壁《ファイアーウォール》!」
聖弓の力を解き放ち、炎属性魔法を発動した真夜。彼女は弓兵達が弓を向ける空に、大きな炎の壁を出現させた。
本来であればこの技は、敵の攻撃を防ぐための炎の防壁。しかし彼女は、この炎を応用した攻撃を編み出していた。
「全軍、あの炎に向けて一斉射!」
彼女の命令に従い、弓兵達は空に出現した炎の壁目掛け、一斉に矢を放った。弓兵達がこの指示に動揺していないのは、事前に打ち合わせが出来ているからである。
真夜が発動した炎の防壁は、その炎で敵の攻撃を焼き尽くし、発動者の身を守るための防御魔法である。よって、飛んできた矢など、簡単に燃やしてしまう事が可能だ。そのため彼女は、発動した魔法の力を調節し、矢が燃え尽きない程度の炎を出現させた。そして、矢の先端部分である鏃《やじり》には、たっぷりと油が塗られている。
放たれた矢は炎の防壁を通り抜け、鏃に炎を纏い、敵軍目掛けて降り注いだ。止む事無く放たれ続ける炎を纏った矢の雨が、容赦なくボーゼアス兵の命を奪い取っていく。
炎属性魔法を操る真夜は、自らの魔法を応用して火矢攻撃を行なったのである。彼女の魔法さえあれば、矢に火を付ける作業を短縮し、矢を炎の防壁に放ち続けるだけで、簡単に火矢の雨を降らせる事が可能なのだ。
「今よ!攻撃の手を緩めないで!」
真夜の指示を受け、他の部隊の弓兵達や、炎属性魔法を操る魔法兵部隊が、全力の支援攻撃を開始した。先ほどまでは、矢や魔法などものともせず押し寄せていたボーゼアス兵も、強力かつ連続で行なわれる火矢攻撃と、猛烈な支援攻撃が開始された事で、流石に足が止まってしまう。
反撃の好機だと直感した真夜は、味方への突破口を開くために、自身の弓に再び魔力を集中させる。敵軍目掛け、弓を構えた彼女の右手に、聖弓の力たる炎の矢が現れる。
「火炎正射《ファイアーアロー》!」
火炎で形成された炎の矢が、真夜の指が離れた瞬間放たれる。聖弓によって放たれた炎の矢は、彼女の狙い通り真っ直ぐ敵のもとへと向かって行った。
飛んでくる炎の矢に驚いた時には、既に手遅れである。矢は敵兵に直撃し、大きな炎を燃え上がらせて、周りにいた兵士達を呑み込んでいく。燃え盛る炎は兵士達の全身を焼き、痛みと熱さに悲鳴を上げさせながら、沢山の兵の命を奪う。一人、また一人と、炎に焼かれて命を奪われた兵士が、悲鳴を上げる力を失うと同時に地面に倒れていった。
「突破口は開いたわ!突き進みなさい!!」
自分が率いる兵士達に、そして周りの味方に向けて、真夜は声を張り上げて突撃を指示した。選ばれし勇者の脅威的な力を目にし、味方は大いに士気を高めている。突破口を開いた彼女の指示に、従わない者はこの場に存在しなかった。雄叫びを上げた同盟軍の兵士達が、開かれた突破口に雪崩れ込み、多くの敵を討ち取り、瞬く間に突き崩していく。
初めて兵を率いる真夜だったが、彼女の指揮は頼もしく、そして正しかった。自分の力と兵達の力を合わせ、戦場で有効な判断を下している。しかも彼女は、自分の出した指示に全く躊躇がなく、兵達を惑わせる事もない。初めてにしては、指揮がかなり手慣れていたのである。
その理由は、高校で彼女は弓道部のエースであり、常に部員を率いる立場にあったからだ。元々彼女は、その高い能力と才能のお陰で、弓道に限らずあらゆる場面で、他者を率いる立場に立つ事が多かった。兵を持つのは初めてでも、人を率いて指示を出すのは慣れている。その経験が活き、どうにか彼女は部隊を率いる事が出来ていた。
皆を率いるリーダーである以上、迷ったり怯えたりして、皆に弱さを見せるわけにはいかない。人の上に立つ者の責務を理解している真夜は、未だ慣れぬ人殺しを行なった後でも、気丈に振舞って見せていた。
「⋯⋯⋯⋯⋯」
「お姉ちゃんは悪くない⋯⋯⋯⋯、だから思い詰めないで⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯!」
皆には気丈な姿を見せていても、妹である華夜の目は誤魔化せない。真夜の右手にそっと握り、小さな声で彼女に言葉をかけた華夜。彼女が優しく握った真夜の右手は、小さく震えていた。
真夜が戦場で人を殺すのは、これが二度目だった。聖弓の力を発動し、今さっきやって見せた様に炎魔法を操って、初陣で敵の兵を焼き殺した。大切な妹の身を守るためと己に言い聞かせ、躊躇いを捨てて殺したのだ。今もそれは変わらない。
華夜には分かっている。彼女が自分を守るため、必死に自分の心と戦って、人を殺しているのだと知っている。大勢の敵兵を焼き、痛みを与えて苦しませ、恐怖させて殺す。自分が手を下したその地獄の様な様を見て、平常を保っていられるはずがない。それが分かっているからこそ、自分が一番罪深いと思いながらも、華夜は真夜の傍に寄り添うのだ。
何故なら、真夜の心を一番理解して愛する事が出来るのは、この世で華夜だけなのだから⋯⋯⋯⋯。
「人を殺したお姉ちゃんがおかしいんじゃない。この世界がおかしいんだ⋯⋯⋯⋯」
「華夜⋯⋯⋯⋯」
「お姉ちゃんが人を殺したって、どんな悪い事をしたって、華夜はお姉ちゃんの傍にいるよ」
「ありがとう、華夜⋯⋯⋯⋯⋯」
お互いを理解し、守り合い、愛し合えるのは、姉妹であるお互いだけ。それが九条姉妹である。
誰にも理解されなくて構わない。ただ二人で、穏やかに生きていきたいだけ。そのためならば、どんな犠牲も厭わない。
「華夜、絶対に私の傍を離れないで。何があっても、私が華夜を守るわ」
「ごめんね、お姉ちゃん⋯⋯⋯⋯⋯」
「謝らないで。ずっと守ってあげるって、お姉ちゃんが約束したでしょ」
そう言って華夜に微笑んで見せた真夜の手は、いつの間にか震えが止まっていた。
「大丈夫そうだ⋯⋯⋯」と、少しだけ安心できた華夜は、真夜に向かって微笑み返そうとする。ただ華夜は、戦場に立つ恐怖のせいで顔が硬くなっていて、上手く笑う事が出来なかった。
0
お気に入りに追加
277
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話
島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。
俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。
会うたびに、貴方が嫌いになる【R15版】
猫子猫
恋愛
長身の王女レオーネは、侯爵家令息のアリエスに会うたびに惹かれた。だが、守り役に徹している彼が応えてくれたことはない。彼女が聖獣の力を持つために発情期を迎えた時も、身体を差し出して鎮めてくれこそしたが、その後も変わらず塩対応だ。悩むレオーネは、彼が自分とは正反対の可愛らしい令嬢と親しくしているのを目撃してしまう。優しく笑いかけ、「小さい方が良い」と褒めているのも聞いた。失恋という現実を受け入れるしかなかったレオーネは、二人の妨げになるまいと決意した。
アリエスは嫌そうに自分を遠ざけ始めたレオーネに、動揺を隠せなくなった。彼女が演技などではなく、本気でそう思っていると分かったからだ。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます
ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう
どんどん更新していきます。
ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。
二度目の結婚は、白いままでは
有沢真尋
恋愛
望まぬ結婚を強いられ、はるか年上の男性に嫁いだシルヴィアナ。
未亡人になってからは、これ幸いとばかりに隠遁生活を送っていたが、思いがけない縁談が舞い込む。
どうせ碌でもない相手に違いないと諦めて向かった先で待っていたのは、十歳も年下の青年で「ずっとあなたが好きだった」と熱烈に告白をしてきた。
「十年の結婚生活を送っていても、子どもができなかった私でも?」
それが実は白い結婚だったと告げられぬまま、シルヴィアナは青年を試すようなことを言ってしまう。
※妊娠・出産に関わる表現があります。
※表紙はかんたん表紙メーカーさま
【他サイトにも公開あり】
この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。
天織 みお
恋愛
「おめでとうございます。奥様はご懐妊されています」
目が覚めたらいきなり知らない老人に言われた私。どうやら私、妊娠していたらしい。
「だが!彼女と子供が出来るような心当たりは一度しかないんだぞ!!」
そして、子供を作ったイケメン王太子様との仲はあまり良くないようで――?
そこに私の元婚約者らしい隣国の王太子様とそのお妃様まで新婚旅行でやって来た!
っていうか、私ただの女子高生なんですけど、いつの間に結婚していたの?!ファーストキスすらまだなんだけど!!
っていうか、ここどこ?!
※完結まで毎日2話更新予定でしたが、3話に変更しました
※他サイトにも掲載中
うちの娘が悪役令嬢って、どういうことですか?
プラネットプラント
ファンタジー
全寮制の高等教育機関で行われている卒業式で、ある令嬢が糾弾されていた。そこに令嬢の父親が割り込んできて・・・。乙女ゲームの強制力に抗う令嬢の父親(前世、彼女いない歴=年齢のフリーター)と従者(身内には優しい鬼畜)と異母兄(当て馬/噛ませ犬な攻略対象)。2016.09.08 07:00に完結します。
小説家になろうでも公開している短編集です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる