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第三十七話 グラーフ同盟軍
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ホーリスローネ王国軍と、ボーゼアス義勇軍第六軍の激しい戦いは、王国軍の勝利で終わった。王国軍のもとに援軍として現れた、三つの国の軍隊が第六軍を奇襲し、見事撃破に成功したのである。
王国軍を包囲していた第六軍に対し、三国の軍隊はそれぞれの敵に攻撃を仕掛けた。王国軍後方に現れた敵部隊に対しては、ハートライト王国三千の軍隊が奇襲を行なった。左右の敵軍に対してはそれぞれ、チャルコ国の騎士団五百人と、へスカル国の騎士団五百人が攻撃を行なったのである。
援軍として駆け付けたのは、ハートランド王国、チャルコ国、へスカル国の三国だった。合計して約四千の兵力が、グラーフ同盟軍に参加するためやって来たのだ。同盟軍に参加するため現れた三国に、王国軍は窮地を救われたのである。
偶然のように思える奇跡。だがこれは、奇跡でも何でもない結果であった。王国軍の窮地を救ったのは、指揮者であるアリオンに黙って、独自の策を講じていたギルバートなのである。
「⋯⋯⋯⋯⋯ギルバート。お前は初めから、僕を信用していなかったんだな」
第六軍を撃破した事で、戦後処理を行なっている王国軍。負傷者の手当てや死者の埋葬など、すべき事が山積みな彼らを、三国の兵や騎士達が助けている。戦後処理の指揮を執っているのは、援軍を呼んだ張本人であるギルバートだった。
アリオンは指揮を続けるギルバートに向け、戦いの終わった光景を見つめて口を開いた。彼が見つめる先には、命を落とした多くの兵の亡骸が転がり、多くの負傷者が手当てを受けている。戦いは勝利に終わったが、とても喜べない結果であった。
「信用していないわけではありません。私はただ、勝つために最善を尽くしたまでのこと」
「僕に許可も得ず、こんな策を仕掛けたじゃないか」
「敵を騙すにはまず味方から、という言葉がありますので」
「お前の策が無かったらきっと、もっと多くの兵が命を落としていた。そんな事は分かっている、分かっているんだ⋯⋯⋯⋯⋯!」
紳士将軍と呼ばれている名将。それがギルバート・チェンバレンだ。
名将ギルバートには、敵の作戦など最初からお見通しだったのだと、今にしてようやくアリオンは気が付いた。ボーゼアス義勇軍の分散も、第六軍の捨て身の作戦も、全て読んでいたのである。だからこそ彼は、第六軍が王国軍を包囲した瞬間に、敵部隊を援軍に奇襲させたのだ。敵が勝利を確信した、その隙を襲って壊滅させるために⋯⋯⋯⋯⋯。
初めから敵の作戦が読めたギルバートは、援軍として駆け付けた三国の戦力と、以前から密かに連絡を取っていた。この第六軍との戦いの際、絶妙な瞬間で奇襲攻撃を仕掛けられるよう、到着の時間を調節もしていたのである。
ギルバートの計画は完璧だった。この勝利も、味方が受ける被害の規模も、全て想定通りだった。彼はアリオンを、自分の掌の上で転がしていたのである。故にアリオンは、王国軍が勝利を得ても、複雑な心境を抱いていた。
「次こそは間違わない。ここで散った兵の死を、無駄になんてしない⋯⋯⋯⋯⋯!」
決意を新たにしたアリオンが、自らも負傷者の手当てや死者の埋葬を手伝うべく、ギルバートのもとを立ち去っていく。ギルバートは去っていく彼の背中を、何も言わずに黙って見ているだけだった。
そんな彼のもとに、援軍として駆け付けたハートランド王国軍の将軍、ジェラルド・オルドリッジが笑顔を浮かべて駆け寄ってきた。
「やっと見つけたぞ我が友よ!相変わらず元気そうではないか」
「そちらも、相変わらず無駄に元気そうで」
「戦は私の生き甲斐のようなものだ。たとえ病に侵されていたとしても、戦と在らば活力も漲る」
「流石と言うべきか、これは当分引退はなさそうですな」
仕える国は違えど、二人は互いを友と呼べる中であり、互いの実力を認め合っている戦友でもある。
ジェラルドは、ハートランド王国で最も偉い将軍であり、数々の戦を勝利に導いた歴戦の勇士だ。自国では英雄と讃えられ、国王からの信頼も厚い。ハートランド王国一の将軍を、ギルバートはこの地に呼んだのである。誰にでも真似できる事ではない。
「それでギルバート。お前ほどの将軍が援軍を求めるから、一体どんな事情があるのかと思えば⋯⋯⋯⋯」
そう口にしながら、ジェラルドが視線を向けた先には、背を向けて立ち去っていくアリオンの姿があった。先ほどのやりとりも見ていたため、大体の事情を察したジェラルドは、隠そうともせず大きな溜め息を吐いた。
「なあギルバート、若いというのは良い事だ。しかし彼は、人の上に立つには早過ぎる」
「王子はまだ、己のすべき本当の役目が見えていない。だからこそ、学んでもらわなくてはなりません」
「そのために、多くの兵が死ぬぞ?」
「無論、わかっておりますとも。ですがここで学ばねば、将来より多くの兵が、そして多くの民が死ぬ事になる」
ジェラルドに言われずとも、これが愚かな行為だと分かっている。だがギルバートは、ホーリスローネ王国の国王オーウェンから、王子アリオンの事を任されているのだ。
オーウェンはギルバートに、ボーゼアス教討伐軍の指揮を命じた。ギルバート自身も、そのつもりでグラーフ同盟軍を生み出す策を講じたのだ。そんな彼の唯一の誤算は、アリオンが討伐軍の指揮を執ると言い出し、オーウェンがそれを認めた事であった。
当然、ギルバートはオーウェンの決定に反対した。アリオンが指揮を執れば、多くの兵を失う結果になると、目に見えてわかっていたからだ。それでもオーウェンは、自分の決定を変える事はなかった。
国王であるオーウェンは、自分の臣下たるギルバートに頼んだ。「我が息子に、己がすべき役目を学ばせて欲しい」と、そう彼に頼んだのである。そのために大勢の兵が死ぬと理解し、その責を全て自分が負うと覚悟するオーウェンの目に、ギルバートは折れた。
「お前がそこまで言うなら仕方ない。あれに従うのは面倒だが、多くの兵が無駄死などしないために、我が軍が存分に助けよう」
「感謝いたしますよ、ジェラルド」
「この借りは今度返して貰う。借りを返さぬまま、私より先に死ぬなよ?」
「はっはっはっー!後方で指揮を執る私より、前線に出たがりな貴方の方こそ気を付けた方がいい」
ギルバートの覚悟。そして彼の瞳の奥に宿る、国王オーウェンの覚悟を感じ取ったジェラルドは、戦友の想いと共に戦う兵士達のために、自らもまた覚悟を決める。
二人は笑い合い、今後の計画についてを話し始めた。
この時、ギルバートがジェラルドに見せた自らの顔は、自国を出陣して以来誰にも見せていない、とても上機嫌な顔だった。
ボーゼアス義勇軍第六軍は、ホーリスローネ王国軍のもとに援軍として駆け付けた軍勢によって、あと一歩のところで目的を果たせなかった。作戦が失敗したと悟った第六軍は、残存する戦力で玉砕覚悟の総攻撃などは行なわず、全軍撤退した。戦闘で受けた被害が大きかったため、王国軍は追撃戦を行なう事が出来ず、敵残存戦力を取り逃してしまったが、どうにか勝利を得たのである。
「噂に聞く、異世界からやって来られた選ばれた勇者様方にお会いできて光栄です。皆さんが無事で何よりでした」
夕刻。勇者としての初陣を終えた、選ばれし四人の勇者。戦闘が終わり、互いの無事を確認するために合流した、櫂斗と悠紀、そして真夜と華夜。無事合流した彼らのもとには、櫂斗達を助けたチャルコ騎士団の所属の騎士、アニッシュ・ヘリオースがいた。
この場の誰よりも若いアニッシュは、大陸中で大いに噂になった、異世界より召喚された選ばれし勇者達との出会いに、興奮を隠し切れずにいた。選ばれし勇者との出会いに瞳を輝かせる彼は、話に聞いた一撃で火龍を倒したという秘宝の力に、若くとも一人の戦士として、興味を抱かずにはいられないのだ。
「えーと、確かアニッシュだっけ?さっきは助かった」
「ほんと、アニッシュ君がいなかったら危なかったわ。助けてくれてありがとね」
アニッシュのいるチャルコ騎士団は、櫂斗と悠紀が守っていた前線に駆け付け、馬に乗った騎士達がランスを操り、第六軍の敵を蹴散らした。二人も、王国軍の兵士達も、チャルコ騎士団の活躍によって救われたのである。
二人の危機に間に合ったアニッシュは、敵に一番槍を突き立てた。彼の乗る白馬は非常に速く、騎士団の誰よりも先を駆け抜けていた。そのお陰で、彼は二人の危機を救う事が出来たのである。
櫂斗も悠紀も、アニッシュの活躍で命を救われた。二人共、自分達よりも若い少年に救われ、内心悔しさを抱きながらも、助けて貰った事には素直に感謝している。彼の力を目にしていない真夜と華夜は、本当にこんな少年が二人を救ったのかと、彼を観察しながら訝しんでいた。
真夜と華夜の二人は、櫂斗達とは逆側の前線を守っていた。相変わらず、秘宝の力を解放できない華夜に代わり、真夜は一人で敵の迎撃に務めた。秘宝の力を解放して聖弓と炎魔法を操り、味方を大いに助けたのだが、彼女もまた櫂斗達同様に危機に陥った。
そこへ助けに現れたのが、チャルコ国と同じく援軍として参上した、へスカル国の騎士団である。へスカル騎士団は敵に奇襲を仕掛け、勢いに乗ったまま敵を蹴散らして見せた。お陰で彼女達も、初陣を無事終える事が出来たのである。
「この世界は、君のような子供までも戦いに駆り出すの?」
自分よりも三つか四つは歳が離れているだろう、目の前の少年に向け、怒りを含んだ問いを真夜は口にする。彼に怒りをぶつけたいわけではない。自分達と同じように彼もまた、身勝手な者達によって、無理やり戦わされているのではないかと、そう思うと怒りが込み上げてきたのである。
真夜の言葉の意味と、彼女が纏う空気を悟ったアニッシュは、真っ直ぐな瞳で彼女を見つめ返し、微笑みを浮かべて口を開いた。
「僕は望んで騎士になりました。戦場に出ているのは、僕自身の意志です」
「!」
「僕には守りたい人がいます。守りたい人のために、騎士として僕は戦っています。あなたも、僕と同じではないですか?」
ここに集まってからずっと、真夜の後ろに怯える様にして隠れる華夜を見て、アニッシュはそう答えて見せた。彼女の戦う理由が華夜にあると、二人の様子を見て彼は悟ったのである。
アニッシュの言葉は正しかった。自分より歳下であるはずのこの少年が、自分以上に大人であると気付いた真夜は、己の心の未熟さを反省し、彼に頭を下げた。
「不快な思いをさせてごめんなさい。二人を助けてくれて、本当に感謝しているわ」
「頭を上げて下さい。僕の事を心配しての言葉だったのは、わかっていますから」
頭を上げた真夜は、大人の対応を示すアニッシュに向け、微笑みを浮かべて見せた。真夜は櫂斗も憧れる、男子学生憧れの美少女である。クールビューティーを絵に描いたような、そんな先輩系美少女が見せた微笑みは、誰もが思わず息を呑んでしまう程のものだ。
彼女が微笑む姿など、櫂斗達も初めて見た。妹である華夜ですら、そうそう見る事がない。真夜の非常に希少な姿を、アニッシュは拝む事が出来たのである。当然彼もまた男の子である故に、真夜の微笑みと美貌に息を呑み、頬を赤くしていた。
大人の心を持っていても、まだまだ子供なのである。恥ずかしそうにしながらも、真夜を見つめていたアニッシュだったが、頭の中に「守りたい人」の顔が思い浮かんで、急いで顔を逸らした。
微笑みを浮べた真夜は、顔を赤くする彼の反応を楽しんでいた。彼女が微笑んだ理由は、アニッシュを一人前の男と認め、尊敬の念を抱いたからである。この少年には自分の心を開いても良いと、そう思っての行動なのだ。ついでに、彼の純情な心を少し揶揄って見たくなり、全力で微笑んでみせたのである。
「アニッシュ。こんなところで何をしている?」
「⋯⋯⋯⋯父さん!」
恥ずかしさに顔を赤くするアニッシュのもとに、一人の騎士が近付いてきた。彼はその騎士を父と呼んだのである。
甲冑を纏い、右手にランスを握る男は、四十代半ばといった顔の騎士であった。アニッシュが父と呼ぶその騎士は、戦士の風格を身に纏う、実力者を思わせる存在である。
「団長がアリオン王子にお会いになる。お前も一緒に来るのだ」
「はい!」
チャルコ騎士団所属の騎士、ユル・ヘリオース。それがアニッシュの父親の名前である。
死んでしまった妻に代わり、一人で彼を立派に育てた父。アニッシュは、父ユルの背中を見て育った。故にアニッシュは、自分の父を慕い、尊敬もしている。ユルの言葉に一切の異を唱えず、はっきりと返事をするのがその証拠だ。
「では皆さん、僕は騎士団の方へ戻ります。戦いはまだ始まったばかりです。最後まで共に戦い抜き、そして生き残りましょう」
そう言葉を残し、アニッシュはユルと共にこの場を去っていった。
櫂斗達は二人の背中を見つめ、去っていく二人を見送っている。親と子が共に戦場に出るという、自分達の常識とはかけ離れた光景に、複雑な思いを抱きながら⋯⋯⋯⋯⋯⋯。
「おーい櫂斗!お前ら全員無事だったんだな!」
去っていくアニッシュとユルに代わり、櫂斗達のもとに駆け寄って来たのは、前線正面に出撃したルークであった。最前線に向かったというのに、疲れている様子はなく、見たところ無傷でもある。本当に戦ってきたのか疑ってしまうが、彼が肩に担ぐ大剣の刃は、人の血を浴びていた。
「ルーク!?そっちも無事だったのか!」
「まあな。伊達に大剣の勇者なんて呼ばれちゃないさ」
味方の救出のために、前線正面に出撃したルーク。彼は最前線で勇者としての力を存分に振るい、味方の窮地を救った。
森林の木々を大剣を振るって伐採し、味方が退却する道を作り上げ、退却が完了するまでの間、敵と戦い続けたのである。ルークの得物である大剣が纏う血は、彼が斬った敵兵の血なのである。本人は元気で無傷だが、血を浴びた大剣が戦いの激しさを物語っていた。
改めて櫂斗達は、ルークが力ある勇者なのだと理解する。そんな彼は、この場から去っていくアニッシュとユルの姿を見つけ、彼らの背中に鋭い視線を向けていた。
「櫂斗、あいつらは?」
「あの二人か?チャルコって国の騎士らしくて、俺も悠紀を助けて貰ったんだ」
「チャルコだって⋯⋯⋯⋯!?」
二人が何者かを知った瞬間、ルークの顔色が変わった。彼の顔は一瞬で怒りに歪み、纏う空気は憎悪を放ったのである。突然のルークの変貌に、櫂斗達は初めて彼に恐怖心を抱いた。
「どっ、どうしたんだよルーク⋯⋯⋯⋯?」
「⋯⋯⋯⋯!」
怯える櫂斗達に気付き、我に返ったルーク。身に纏っていた憎悪を消し去り、怒りを鎮めて気持ちを切り替える。
「⋯⋯⋯⋯⋯そうだ、あいつらは敵じゃない。頭じゃわかってるはずなのに」
「えっ⋯⋯⋯⋯?」
「いや、なんでもない。そんな事より結構暴れて腹減ったし、早く飯にしようぜ」
多くは語らず、それ以上詮索させないよう誤魔化して、ルークは四人に背を向け食事に向かおうとする。勇者ルークの、触れてはいけない何かを見た四人は、その後誰も、この時の出来事を話題にはしなかった。
王国軍を包囲していた第六軍に対し、三国の軍隊はそれぞれの敵に攻撃を仕掛けた。王国軍後方に現れた敵部隊に対しては、ハートライト王国三千の軍隊が奇襲を行なった。左右の敵軍に対してはそれぞれ、チャルコ国の騎士団五百人と、へスカル国の騎士団五百人が攻撃を行なったのである。
援軍として駆け付けたのは、ハートランド王国、チャルコ国、へスカル国の三国だった。合計して約四千の兵力が、グラーフ同盟軍に参加するためやって来たのだ。同盟軍に参加するため現れた三国に、王国軍は窮地を救われたのである。
偶然のように思える奇跡。だがこれは、奇跡でも何でもない結果であった。王国軍の窮地を救ったのは、指揮者であるアリオンに黙って、独自の策を講じていたギルバートなのである。
「⋯⋯⋯⋯⋯ギルバート。お前は初めから、僕を信用していなかったんだな」
第六軍を撃破した事で、戦後処理を行なっている王国軍。負傷者の手当てや死者の埋葬など、すべき事が山積みな彼らを、三国の兵や騎士達が助けている。戦後処理の指揮を執っているのは、援軍を呼んだ張本人であるギルバートだった。
アリオンは指揮を続けるギルバートに向け、戦いの終わった光景を見つめて口を開いた。彼が見つめる先には、命を落とした多くの兵の亡骸が転がり、多くの負傷者が手当てを受けている。戦いは勝利に終わったが、とても喜べない結果であった。
「信用していないわけではありません。私はただ、勝つために最善を尽くしたまでのこと」
「僕に許可も得ず、こんな策を仕掛けたじゃないか」
「敵を騙すにはまず味方から、という言葉がありますので」
「お前の策が無かったらきっと、もっと多くの兵が命を落としていた。そんな事は分かっている、分かっているんだ⋯⋯⋯⋯⋯!」
紳士将軍と呼ばれている名将。それがギルバート・チェンバレンだ。
名将ギルバートには、敵の作戦など最初からお見通しだったのだと、今にしてようやくアリオンは気が付いた。ボーゼアス義勇軍の分散も、第六軍の捨て身の作戦も、全て読んでいたのである。だからこそ彼は、第六軍が王国軍を包囲した瞬間に、敵部隊を援軍に奇襲させたのだ。敵が勝利を確信した、その隙を襲って壊滅させるために⋯⋯⋯⋯⋯。
初めから敵の作戦が読めたギルバートは、援軍として駆け付けた三国の戦力と、以前から密かに連絡を取っていた。この第六軍との戦いの際、絶妙な瞬間で奇襲攻撃を仕掛けられるよう、到着の時間を調節もしていたのである。
ギルバートの計画は完璧だった。この勝利も、味方が受ける被害の規模も、全て想定通りだった。彼はアリオンを、自分の掌の上で転がしていたのである。故にアリオンは、王国軍が勝利を得ても、複雑な心境を抱いていた。
「次こそは間違わない。ここで散った兵の死を、無駄になんてしない⋯⋯⋯⋯⋯!」
決意を新たにしたアリオンが、自らも負傷者の手当てや死者の埋葬を手伝うべく、ギルバートのもとを立ち去っていく。ギルバートは去っていく彼の背中を、何も言わずに黙って見ているだけだった。
そんな彼のもとに、援軍として駆け付けたハートランド王国軍の将軍、ジェラルド・オルドリッジが笑顔を浮かべて駆け寄ってきた。
「やっと見つけたぞ我が友よ!相変わらず元気そうではないか」
「そちらも、相変わらず無駄に元気そうで」
「戦は私の生き甲斐のようなものだ。たとえ病に侵されていたとしても、戦と在らば活力も漲る」
「流石と言うべきか、これは当分引退はなさそうですな」
仕える国は違えど、二人は互いを友と呼べる中であり、互いの実力を認め合っている戦友でもある。
ジェラルドは、ハートランド王国で最も偉い将軍であり、数々の戦を勝利に導いた歴戦の勇士だ。自国では英雄と讃えられ、国王からの信頼も厚い。ハートランド王国一の将軍を、ギルバートはこの地に呼んだのである。誰にでも真似できる事ではない。
「それでギルバート。お前ほどの将軍が援軍を求めるから、一体どんな事情があるのかと思えば⋯⋯⋯⋯」
そう口にしながら、ジェラルドが視線を向けた先には、背を向けて立ち去っていくアリオンの姿があった。先ほどのやりとりも見ていたため、大体の事情を察したジェラルドは、隠そうともせず大きな溜め息を吐いた。
「なあギルバート、若いというのは良い事だ。しかし彼は、人の上に立つには早過ぎる」
「王子はまだ、己のすべき本当の役目が見えていない。だからこそ、学んでもらわなくてはなりません」
「そのために、多くの兵が死ぬぞ?」
「無論、わかっておりますとも。ですがここで学ばねば、将来より多くの兵が、そして多くの民が死ぬ事になる」
ジェラルドに言われずとも、これが愚かな行為だと分かっている。だがギルバートは、ホーリスローネ王国の国王オーウェンから、王子アリオンの事を任されているのだ。
オーウェンはギルバートに、ボーゼアス教討伐軍の指揮を命じた。ギルバート自身も、そのつもりでグラーフ同盟軍を生み出す策を講じたのだ。そんな彼の唯一の誤算は、アリオンが討伐軍の指揮を執ると言い出し、オーウェンがそれを認めた事であった。
当然、ギルバートはオーウェンの決定に反対した。アリオンが指揮を執れば、多くの兵を失う結果になると、目に見えてわかっていたからだ。それでもオーウェンは、自分の決定を変える事はなかった。
国王であるオーウェンは、自分の臣下たるギルバートに頼んだ。「我が息子に、己がすべき役目を学ばせて欲しい」と、そう彼に頼んだのである。そのために大勢の兵が死ぬと理解し、その責を全て自分が負うと覚悟するオーウェンの目に、ギルバートは折れた。
「お前がそこまで言うなら仕方ない。あれに従うのは面倒だが、多くの兵が無駄死などしないために、我が軍が存分に助けよう」
「感謝いたしますよ、ジェラルド」
「この借りは今度返して貰う。借りを返さぬまま、私より先に死ぬなよ?」
「はっはっはっー!後方で指揮を執る私より、前線に出たがりな貴方の方こそ気を付けた方がいい」
ギルバートの覚悟。そして彼の瞳の奥に宿る、国王オーウェンの覚悟を感じ取ったジェラルドは、戦友の想いと共に戦う兵士達のために、自らもまた覚悟を決める。
二人は笑い合い、今後の計画についてを話し始めた。
この時、ギルバートがジェラルドに見せた自らの顔は、自国を出陣して以来誰にも見せていない、とても上機嫌な顔だった。
ボーゼアス義勇軍第六軍は、ホーリスローネ王国軍のもとに援軍として駆け付けた軍勢によって、あと一歩のところで目的を果たせなかった。作戦が失敗したと悟った第六軍は、残存する戦力で玉砕覚悟の総攻撃などは行なわず、全軍撤退した。戦闘で受けた被害が大きかったため、王国軍は追撃戦を行なう事が出来ず、敵残存戦力を取り逃してしまったが、どうにか勝利を得たのである。
「噂に聞く、異世界からやって来られた選ばれた勇者様方にお会いできて光栄です。皆さんが無事で何よりでした」
夕刻。勇者としての初陣を終えた、選ばれし四人の勇者。戦闘が終わり、互いの無事を確認するために合流した、櫂斗と悠紀、そして真夜と華夜。無事合流した彼らのもとには、櫂斗達を助けたチャルコ騎士団の所属の騎士、アニッシュ・ヘリオースがいた。
この場の誰よりも若いアニッシュは、大陸中で大いに噂になった、異世界より召喚された選ばれし勇者達との出会いに、興奮を隠し切れずにいた。選ばれし勇者との出会いに瞳を輝かせる彼は、話に聞いた一撃で火龍を倒したという秘宝の力に、若くとも一人の戦士として、興味を抱かずにはいられないのだ。
「えーと、確かアニッシュだっけ?さっきは助かった」
「ほんと、アニッシュ君がいなかったら危なかったわ。助けてくれてありがとね」
アニッシュのいるチャルコ騎士団は、櫂斗と悠紀が守っていた前線に駆け付け、馬に乗った騎士達がランスを操り、第六軍の敵を蹴散らした。二人も、王国軍の兵士達も、チャルコ騎士団の活躍によって救われたのである。
二人の危機に間に合ったアニッシュは、敵に一番槍を突き立てた。彼の乗る白馬は非常に速く、騎士団の誰よりも先を駆け抜けていた。そのお陰で、彼は二人の危機を救う事が出来たのである。
櫂斗も悠紀も、アニッシュの活躍で命を救われた。二人共、自分達よりも若い少年に救われ、内心悔しさを抱きながらも、助けて貰った事には素直に感謝している。彼の力を目にしていない真夜と華夜は、本当にこんな少年が二人を救ったのかと、彼を観察しながら訝しんでいた。
真夜と華夜の二人は、櫂斗達とは逆側の前線を守っていた。相変わらず、秘宝の力を解放できない華夜に代わり、真夜は一人で敵の迎撃に務めた。秘宝の力を解放して聖弓と炎魔法を操り、味方を大いに助けたのだが、彼女もまた櫂斗達同様に危機に陥った。
そこへ助けに現れたのが、チャルコ国と同じく援軍として参上した、へスカル国の騎士団である。へスカル騎士団は敵に奇襲を仕掛け、勢いに乗ったまま敵を蹴散らして見せた。お陰で彼女達も、初陣を無事終える事が出来たのである。
「この世界は、君のような子供までも戦いに駆り出すの?」
自分よりも三つか四つは歳が離れているだろう、目の前の少年に向け、怒りを含んだ問いを真夜は口にする。彼に怒りをぶつけたいわけではない。自分達と同じように彼もまた、身勝手な者達によって、無理やり戦わされているのではないかと、そう思うと怒りが込み上げてきたのである。
真夜の言葉の意味と、彼女が纏う空気を悟ったアニッシュは、真っ直ぐな瞳で彼女を見つめ返し、微笑みを浮かべて口を開いた。
「僕は望んで騎士になりました。戦場に出ているのは、僕自身の意志です」
「!」
「僕には守りたい人がいます。守りたい人のために、騎士として僕は戦っています。あなたも、僕と同じではないですか?」
ここに集まってからずっと、真夜の後ろに怯える様にして隠れる華夜を見て、アニッシュはそう答えて見せた。彼女の戦う理由が華夜にあると、二人の様子を見て彼は悟ったのである。
アニッシュの言葉は正しかった。自分より歳下であるはずのこの少年が、自分以上に大人であると気付いた真夜は、己の心の未熟さを反省し、彼に頭を下げた。
「不快な思いをさせてごめんなさい。二人を助けてくれて、本当に感謝しているわ」
「頭を上げて下さい。僕の事を心配しての言葉だったのは、わかっていますから」
頭を上げた真夜は、大人の対応を示すアニッシュに向け、微笑みを浮かべて見せた。真夜は櫂斗も憧れる、男子学生憧れの美少女である。クールビューティーを絵に描いたような、そんな先輩系美少女が見せた微笑みは、誰もが思わず息を呑んでしまう程のものだ。
彼女が微笑む姿など、櫂斗達も初めて見た。妹である華夜ですら、そうそう見る事がない。真夜の非常に希少な姿を、アニッシュは拝む事が出来たのである。当然彼もまた男の子である故に、真夜の微笑みと美貌に息を呑み、頬を赤くしていた。
大人の心を持っていても、まだまだ子供なのである。恥ずかしそうにしながらも、真夜を見つめていたアニッシュだったが、頭の中に「守りたい人」の顔が思い浮かんで、急いで顔を逸らした。
微笑みを浮べた真夜は、顔を赤くする彼の反応を楽しんでいた。彼女が微笑んだ理由は、アニッシュを一人前の男と認め、尊敬の念を抱いたからである。この少年には自分の心を開いても良いと、そう思っての行動なのだ。ついでに、彼の純情な心を少し揶揄って見たくなり、全力で微笑んでみせたのである。
「アニッシュ。こんなところで何をしている?」
「⋯⋯⋯⋯父さん!」
恥ずかしさに顔を赤くするアニッシュのもとに、一人の騎士が近付いてきた。彼はその騎士を父と呼んだのである。
甲冑を纏い、右手にランスを握る男は、四十代半ばといった顔の騎士であった。アニッシュが父と呼ぶその騎士は、戦士の風格を身に纏う、実力者を思わせる存在である。
「団長がアリオン王子にお会いになる。お前も一緒に来るのだ」
「はい!」
チャルコ騎士団所属の騎士、ユル・ヘリオース。それがアニッシュの父親の名前である。
死んでしまった妻に代わり、一人で彼を立派に育てた父。アニッシュは、父ユルの背中を見て育った。故にアニッシュは、自分の父を慕い、尊敬もしている。ユルの言葉に一切の異を唱えず、はっきりと返事をするのがその証拠だ。
「では皆さん、僕は騎士団の方へ戻ります。戦いはまだ始まったばかりです。最後まで共に戦い抜き、そして生き残りましょう」
そう言葉を残し、アニッシュはユルと共にこの場を去っていった。
櫂斗達は二人の背中を見つめ、去っていく二人を見送っている。親と子が共に戦場に出るという、自分達の常識とはかけ離れた光景に、複雑な思いを抱きながら⋯⋯⋯⋯⋯⋯。
「おーい櫂斗!お前ら全員無事だったんだな!」
去っていくアニッシュとユルに代わり、櫂斗達のもとに駆け寄って来たのは、前線正面に出撃したルークであった。最前線に向かったというのに、疲れている様子はなく、見たところ無傷でもある。本当に戦ってきたのか疑ってしまうが、彼が肩に担ぐ大剣の刃は、人の血を浴びていた。
「ルーク!?そっちも無事だったのか!」
「まあな。伊達に大剣の勇者なんて呼ばれちゃないさ」
味方の救出のために、前線正面に出撃したルーク。彼は最前線で勇者としての力を存分に振るい、味方の窮地を救った。
森林の木々を大剣を振るって伐採し、味方が退却する道を作り上げ、退却が完了するまでの間、敵と戦い続けたのである。ルークの得物である大剣が纏う血は、彼が斬った敵兵の血なのである。本人は元気で無傷だが、血を浴びた大剣が戦いの激しさを物語っていた。
改めて櫂斗達は、ルークが力ある勇者なのだと理解する。そんな彼は、この場から去っていくアニッシュとユルの姿を見つけ、彼らの背中に鋭い視線を向けていた。
「櫂斗、あいつらは?」
「あの二人か?チャルコって国の騎士らしくて、俺も悠紀を助けて貰ったんだ」
「チャルコだって⋯⋯⋯⋯!?」
二人が何者かを知った瞬間、ルークの顔色が変わった。彼の顔は一瞬で怒りに歪み、纏う空気は憎悪を放ったのである。突然のルークの変貌に、櫂斗達は初めて彼に恐怖心を抱いた。
「どっ、どうしたんだよルーク⋯⋯⋯⋯?」
「⋯⋯⋯⋯!」
怯える櫂斗達に気付き、我に返ったルーク。身に纏っていた憎悪を消し去り、怒りを鎮めて気持ちを切り替える。
「⋯⋯⋯⋯⋯そうだ、あいつらは敵じゃない。頭じゃわかってるはずなのに」
「えっ⋯⋯⋯⋯?」
「いや、なんでもない。そんな事より結構暴れて腹減ったし、早く飯にしようぜ」
多くは語らず、それ以上詮索させないよう誤魔化して、ルークは四人に背を向け食事に向かおうとする。勇者ルークの、触れてはいけない何かを見た四人は、その後誰も、この時の出来事を話題にはしなかった。
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