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第三十七話 グラーフ同盟軍
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三方向から攻撃を受けている王国軍。ボーゼアス義勇軍第六軍は、総力を結集して攻撃を行なっている。第六軍の苛烈な攻撃によって、戦況は王国軍側の劣勢に傾いていた。
この戦況を変えたのは、前線に投入された勇者達の力であった。左右から迫っていた第六軍に対し、櫂斗達四人の勇者が力を振るった事で、王国軍は反撃に転じる事が出来たのである。
だが、現在王国軍が受けている被害は、当初の想定を遥かに超えていた。三方向から攻撃を受け、王国軍兵士は多くの戦傷者を出し続けている。兵力数的にも練度的にも王国軍が上であるため、このまま戦闘を続ければ、最終的には王国軍が勝利できるだろう。しかしこの被害は、今後の作戦計画に大きな支障をきたすのを意味していた。
「正面の部隊はどうなっている!?」
「現在、大剣の勇者様が前線に急行しております!救出にはあと少し時間を要します!」
「勇者ルークを援護するため、兵を三百ほど向かわせるんだ!勇者である彼を死なせてはならない!」
「はっ!!」
王国軍の中心で、戦況を好転させるべく、アリオンは必死に指揮を続けていた。彼は今、正面で被害を拡大させる味方の救出と、左右からの敵の迎撃に集中し、兵士達へ向けて、次々と命令を飛ばしている。
アリオンの心は、二つの思いでいっぱいだ。敵に対して必ず勝利する事と、味方の戦死者をこれ以上出さない事である。今彼の頭の中には、かつて自分が敗北した、あのジエーデルとの戦闘が蘇っていた。あの時の過ちを二度と起こすまいと、彼は必死なのである。
「王子、視野が狭いのは感心致しませんな」
「⋯⋯⋯!」
「今し方、報告が入りました。後方から敵部隊が接近中です。その数、およそ五百」
ようやく戦況を好転させられると思っていた、まさにこの瞬間。アリオンの耳に入ったのは、ギルバートからの最悪の知らせであった。
三方向から攻撃されている王国軍。この状況下に、後方からも敵が現れたというのだ。これで王国軍は、四方を囲まれた事になる。三方向の敵に気を取られている間に、王国軍は逃げ場を失ったのだ。
「恐らく、昨晩夜襲を仕掛けてきた敵部隊でしょう。本隊と合流せず、我が軍後方に潜んでいたようですな」
「敵は五千だけのはずだ!情報と違うぞ!」
「情報が全て正しいとは限りません。あの五百の部隊は、このために秘匿していたのでしょう」
情報では、第六軍の総兵力は約五千人であった。王国軍後方に現れた部隊は、アリオンからすれば想定外の戦力なのである。
王国軍を完全に包囲し、四方から全力攻撃を仕掛けるのが、第六軍の最終的な作戦だった。現れた五百の部隊は、元正規兵で構成された増援部隊である。王国軍と戦うため、第六軍に密かに合流していたこの部隊こそが、夜営陣地に夜襲を仕掛けた。その後はギルバートが発言した通り、王国軍と距離を取って潜伏し、作戦開始を待っていたのである。
「敵は、我が軍が恐ろしくないのか⋯⋯⋯?兵力差は歴然だというのに、本気で我が軍に勝利するつもりなのか⋯⋯⋯⋯」
「王子、敵にとっての勝利とは、どんな形かを想像した事はありませんか?」
「なに⋯⋯⋯?」
「敵は我々を全滅させる事が目的ではありません。自軍を犠牲に、我が軍に大打撃を与える事こそが、敵の真の狙いなのです」
今頃敵の作戦に気が付けても、敵の真意をアリオンは理解していなかった。
ギルバートには敵の作戦だけでなく、その目的すらも見えている。ボーゼアス義勇軍が得意とする、驚異的な士気による狂気の全力突撃を行ない、王国軍に打撃を与えるだけでなく、戦意を失うまで恐怖させる。第六軍の作戦が成功すれば、王国軍は大きな損害を出すだけでなく、戦意を大幅に失い、戦闘能力を失ってしまう。それが第六軍の真の狙いなのだ。
「我が軍を壊滅に追いやるため、敵は死力を尽くしております。言わずとも分かると思いますが、全員死ぬつもりなのです」
「まさか敵は、第六軍全てを犠牲にして、我が軍を退けるつもりだというのか⋯⋯⋯⋯⋯」
「ホーリスローネ王国はグラーフ同盟軍の要です。我らを退けさえすれば、同盟軍との決戦に勝利できる。そう考えているからこそ、五千の兵と引き換えに我らを潰そうとしている」
同盟軍の盟主とも言える存在は、ギルバートが語った通り王国軍である。同盟軍の支柱である王国軍が敗走すれば、同盟軍は大きな戦力を失うばかりでなく、同盟の御旗を失うのだ。御旗を失ってしまえば、同盟軍を纏める存在はいなくなる。やがて同盟軍は瓦解し、各地で各個撃破されるだろう。
その未来を回避するためには、この状況を打開し、これ以上犠牲を出すことなく、自軍の戦意を維持したまま、第六軍を撃退するしかない。だがアリオンには、この状況を好転させる手立ては、もう残ってはいなかった。
このまま戦闘を続ければ、いずれは王国軍が辛くも勝利できるだろう。しかしその勝利は、ボーゼアス義勇軍全体の勝利であり、グラーフ同盟軍の敗北を意味する。アリオンは今、敗北の許されぬ戦いで、全軍を勝利に導く指揮を求められていた。
「どうすればいいんだ、このままでは⋯⋯⋯⋯⋯!」
「指揮者は下を向くものではありません。それだけで兵が不安を覚えます」
「ギルバート、僕はどうすればいいんだ⋯⋯⋯⋯⋯!」
「御心配なく。既に手は打ってあります」
追い詰められ、手立てのないアリオンと違い、ギルバート恐ろしいほど冷静であり、様子も非常に落ち着いてる。そんな彼のもとに、一人の伝令が駆け寄った。
「チェンバレン将軍。援軍が到着いたしました」
伝令からの報告に我が耳を疑ったのは、またしてもアリオンだけだった。
そしてギルバートは、自分にとって予定通りの報告を聞いて、全軍に号令を下す。
「援軍が到着した今こそが好機。全軍、反撃の時間です」
王国軍後方に現れた、ボーゼアス義勇軍五百の奇襲部隊。現れた敵の部隊は、滅亡した国などの兵士達で構成されてる。つまり敵は民兵ではなく、正規の訓練を受けた元兵士達であった。先ほどまで王国軍が相手にしていた敵とは、全体的な兵の練度や質が違う。
後方に位置する王国軍部隊は、突然出現した敵に混乱しながらも、迎撃行動に出ようと動き始めていたが、苦戦は必至であった。相手が五百人程度であっても、決して油断できる相手でも状況でもない。混乱状態の王国軍部隊に、良くない緊張や不安が広がっていく。
現れた敵奇襲部隊は、大いに士気を盛り上げ、大軍など恐れず向かってきた。陣形や命令も不十分ながら、急いで迎撃に出た後方の王国軍部隊。両者が激突するかに見えたその時、彼らはやって来た。
「蹴散らせえええええええええええっ!!」
号令と共に王国軍の前に現れたのは、全速力で戦場を駆ける騎兵隊だった。百を超える馬と、それに跨る兵士達。彼らは王国軍ではない。彼らが掲げる国の旗は、ホーリスローネ王国のものでなく、全く別の国の旗だったのである。
現れた騎兵隊は、王国軍の味方であった。彼らは王国軍を守るため、側面から敵奇襲部隊に攻撃を仕掛けたのである。不意を突かれた奇襲部隊は、騎兵隊の突破力に全く歯が立たず、瞬く間に蹴散らされていく。目の前で敵が簡単に蹴散らされるのを、王国軍兵士達は訳も分からず見ているだけだった。
「敵は崩れたぞ!全軍、雄々しく追撃せよ!!」
装飾の施された軍服を身に纏う、明らかに位の高い男が号令する。男の声に応えた騎兵隊は、態勢を立て直そうと後退を始めた敵兵に対して、苛烈な攻撃を始めた。馬に跨り、剣や槍を振るう騎兵達が、逃げ惑う敵兵達に襲い掛かり、次々とその命を奪っていく。地面は敵の流した血に染まっていき、多くの死体が転がった。それでも尚、騎兵隊の攻撃は終わらない。全ての敵を討ち果たすか、自分達の指揮官の号令がない限り、攻撃を止めるつもりはないのだ。
さらに、騎兵隊が現れた方向から、騎兵に続いて駆ける歩兵部隊も現れた。この地で彼らは、敵奇襲部隊を完膚なきまでに叩き潰すつもりなのだ。
「やあやあ、ホーリスローネ王国の兵士諸君!待たせて済まなかった!」
呆気に取られている王国軍兵士達の前に、号令を行なっていた指揮官と思われる男が、馬に跨ってやって来た。歳は五十くらいの、口髭を左右へ跳ね上げた、紳士を思わせる男であった。
「私は、ハートライト王国軍将軍ジェラルド・オルドリッジ。友好国たるホーリスローネ王国の大義ある戦に加わるべく、精鋭三千を率いてただいま参上!!」
ハートライト王国。それは、ホーリスローネ王国と古くから友好を結んでいる、歴史ある王国の名である。紛れもなく彼らは、王国軍を助けに現れた友軍であった。
「我が友ギルバート・チェンバレンの期待に必ずや応えて見せよう!勇敢なる王国の戦士諸君、共に戦場を駆けようではないか!」
戦意を失った王国軍の前に現れたのは、自分達の勝利の道を照らす希望の光だった。
やがて王国軍の兵達は、挨拶を終え、最前線へと戻るジェラルドに続き、勝利のために駆け出した。
王国軍後方で戦局が変わった同じ頃、左の前線では今も尚、激しい戦闘が継続していた。
勇者櫂斗と悠紀の活躍で、反撃を開始した王国軍だったが、全滅を覚悟で死ぬまで戦う敵兵に、大きな被害を受け続けていたのである。
戦闘が続けば、いずれ王国軍部隊が敵を全滅させるが、それによって受ける被害は相当なものになる。既に多数の戦傷者を出しているため、これ以上の損害は抑えたい状況であった。
櫂斗と悠紀は、この状況を打開するために、再び秘宝の力を振るおうとしていた。しかし、まだ力の扱いに慣れておらず、体力を大きく消耗した二人は、直ぐに力を使えない状態である。二人が何も出来ない間に、敵が味方に相討ちを仕掛け、両軍の兵の命が失われていく。
「くそっ!これじゃあ味方がやられる⋯⋯⋯⋯!」
戦う王国軍部隊の後方で、秘宝の武器を手にしながら、魔力の充填を行なっている櫂斗と悠紀。二人共、命を落としていく味方の様を、ただ指を咥えて見ている事しかできない。
先ほどの恐怖が少し落ち着き、悔しさを覚えて歯噛みする櫂斗。そんな彼と、悠紀もまた同じ思いであった。
そして、二人の眼前に広がる戦場に、確かな変化が起きた。なんと二人の目の前で、味方の一部が突破されたのだ。傷付き血を流しながらも、死を覚悟して王国軍部隊を突破した敵兵達が、櫂斗と悠紀に襲い掛かろうとする。
「そんな⋯⋯⋯⋯⋯!?」
「にっ、逃げるぞ悠紀!」
逃げようとする二人だったが、突然の出来事に思考が止まって足が竦み、判断も行動も遅れてしまった。気が付けば敵の兵士達が、血走った眼で二人を捉え、得物を掲げて襲い掛かろうとしている直前だった。
「やられる!」と、そう二人が思った刹那。二人の前に、希望の光が現れた。
「はあっ!!」
掛け声と共に現れた、美しい真っ白な白馬と、それに跨る一人の少年。白馬は二人の頭上を飛び越えて、二人の目の前に着地した。
現れた少年の右手には、一本のランスが握られている。それは、櫂斗の聖剣にも、悠紀の聖槍にも引けを取らない、美しく輝く銀色のランスだった。
「術式解放!銀龍竜巻槍派!!」
技の名を叫ぶ少年の声に応え、銀色のランスの切っ先が風を纏う。風はランスの切っ先で、風の渦を生み出していた。少年がランスの突きを放つと、風は竜巻に姿を変え、敵兵目掛けて放たれていった。荒ぶる龍の如し竜巻が、全てを呑み込み、吹き飛ばす。自分達に向けて放たれた竜巻に、敵兵は成す術なく体を舞い上がらせ、瞬く間に風に呑み込まれ、吹き飛ばされていった。
放たれた竜巻が止み、櫂斗と悠紀が見たものは、風によって吹き飛ばされた敵の兵士が、地面に打ち付けられ、倒されている光景であった。突然現れたこの少年は、たった一撃で、味方を突破した敵兵達を全て倒して見せたのだ。
「危ないところでした。御二人とも、お怪我はありませんか?」
助けた二人の無事を確かめようと、少年は白馬を翻し、二人の前に顔を向けた。先ほどの一撃にも驚愕した二人だったが、現れた少年の姿を見て、またしても驚いてしまう。
少年の見た目は、櫂斗と悠紀よりも幼かった。歳は十三か十四くらいで、自分の体よりも大きな銀のランスを片手で扱っている。この戦場にいる誰よりも、現れた少年は若い男の子だった。そんな少年に今まさに助けられた事が、二人は信じられなかったのだ。
「あっ⋯⋯⋯⋯、すみません。驚かせてしまいましたよね」
驚きの連続で、少年の心配する言葉に答えられない二人。今の二人の様子は、自分が突然現れて驚かせてしまった事が原因だと、そう思った少年は頭を下げて謝罪する。
「僕の名はアニッシュ・ヘリオース。チャルコ国の騎士として、皆さんの救援に参りました」
櫂斗と悠紀の前に現れたのは、一人の少年騎士だった。
しかしその少年は、戦士の風格を身に纏う、二人よりもずっと大人びた少年だった。
この戦況を変えたのは、前線に投入された勇者達の力であった。左右から迫っていた第六軍に対し、櫂斗達四人の勇者が力を振るった事で、王国軍は反撃に転じる事が出来たのである。
だが、現在王国軍が受けている被害は、当初の想定を遥かに超えていた。三方向から攻撃を受け、王国軍兵士は多くの戦傷者を出し続けている。兵力数的にも練度的にも王国軍が上であるため、このまま戦闘を続ければ、最終的には王国軍が勝利できるだろう。しかしこの被害は、今後の作戦計画に大きな支障をきたすのを意味していた。
「正面の部隊はどうなっている!?」
「現在、大剣の勇者様が前線に急行しております!救出にはあと少し時間を要します!」
「勇者ルークを援護するため、兵を三百ほど向かわせるんだ!勇者である彼を死なせてはならない!」
「はっ!!」
王国軍の中心で、戦況を好転させるべく、アリオンは必死に指揮を続けていた。彼は今、正面で被害を拡大させる味方の救出と、左右からの敵の迎撃に集中し、兵士達へ向けて、次々と命令を飛ばしている。
アリオンの心は、二つの思いでいっぱいだ。敵に対して必ず勝利する事と、味方の戦死者をこれ以上出さない事である。今彼の頭の中には、かつて自分が敗北した、あのジエーデルとの戦闘が蘇っていた。あの時の過ちを二度と起こすまいと、彼は必死なのである。
「王子、視野が狭いのは感心致しませんな」
「⋯⋯⋯!」
「今し方、報告が入りました。後方から敵部隊が接近中です。その数、およそ五百」
ようやく戦況を好転させられると思っていた、まさにこの瞬間。アリオンの耳に入ったのは、ギルバートからの最悪の知らせであった。
三方向から攻撃されている王国軍。この状況下に、後方からも敵が現れたというのだ。これで王国軍は、四方を囲まれた事になる。三方向の敵に気を取られている間に、王国軍は逃げ場を失ったのだ。
「恐らく、昨晩夜襲を仕掛けてきた敵部隊でしょう。本隊と合流せず、我が軍後方に潜んでいたようですな」
「敵は五千だけのはずだ!情報と違うぞ!」
「情報が全て正しいとは限りません。あの五百の部隊は、このために秘匿していたのでしょう」
情報では、第六軍の総兵力は約五千人であった。王国軍後方に現れた部隊は、アリオンからすれば想定外の戦力なのである。
王国軍を完全に包囲し、四方から全力攻撃を仕掛けるのが、第六軍の最終的な作戦だった。現れた五百の部隊は、元正規兵で構成された増援部隊である。王国軍と戦うため、第六軍に密かに合流していたこの部隊こそが、夜営陣地に夜襲を仕掛けた。その後はギルバートが発言した通り、王国軍と距離を取って潜伏し、作戦開始を待っていたのである。
「敵は、我が軍が恐ろしくないのか⋯⋯⋯?兵力差は歴然だというのに、本気で我が軍に勝利するつもりなのか⋯⋯⋯⋯」
「王子、敵にとっての勝利とは、どんな形かを想像した事はありませんか?」
「なに⋯⋯⋯?」
「敵は我々を全滅させる事が目的ではありません。自軍を犠牲に、我が軍に大打撃を与える事こそが、敵の真の狙いなのです」
今頃敵の作戦に気が付けても、敵の真意をアリオンは理解していなかった。
ギルバートには敵の作戦だけでなく、その目的すらも見えている。ボーゼアス義勇軍が得意とする、驚異的な士気による狂気の全力突撃を行ない、王国軍に打撃を与えるだけでなく、戦意を失うまで恐怖させる。第六軍の作戦が成功すれば、王国軍は大きな損害を出すだけでなく、戦意を大幅に失い、戦闘能力を失ってしまう。それが第六軍の真の狙いなのだ。
「我が軍を壊滅に追いやるため、敵は死力を尽くしております。言わずとも分かると思いますが、全員死ぬつもりなのです」
「まさか敵は、第六軍全てを犠牲にして、我が軍を退けるつもりだというのか⋯⋯⋯⋯⋯」
「ホーリスローネ王国はグラーフ同盟軍の要です。我らを退けさえすれば、同盟軍との決戦に勝利できる。そう考えているからこそ、五千の兵と引き換えに我らを潰そうとしている」
同盟軍の盟主とも言える存在は、ギルバートが語った通り王国軍である。同盟軍の支柱である王国軍が敗走すれば、同盟軍は大きな戦力を失うばかりでなく、同盟の御旗を失うのだ。御旗を失ってしまえば、同盟軍を纏める存在はいなくなる。やがて同盟軍は瓦解し、各地で各個撃破されるだろう。
その未来を回避するためには、この状況を打開し、これ以上犠牲を出すことなく、自軍の戦意を維持したまま、第六軍を撃退するしかない。だがアリオンには、この状況を好転させる手立ては、もう残ってはいなかった。
このまま戦闘を続ければ、いずれは王国軍が辛くも勝利できるだろう。しかしその勝利は、ボーゼアス義勇軍全体の勝利であり、グラーフ同盟軍の敗北を意味する。アリオンは今、敗北の許されぬ戦いで、全軍を勝利に導く指揮を求められていた。
「どうすればいいんだ、このままでは⋯⋯⋯⋯⋯!」
「指揮者は下を向くものではありません。それだけで兵が不安を覚えます」
「ギルバート、僕はどうすればいいんだ⋯⋯⋯⋯⋯!」
「御心配なく。既に手は打ってあります」
追い詰められ、手立てのないアリオンと違い、ギルバート恐ろしいほど冷静であり、様子も非常に落ち着いてる。そんな彼のもとに、一人の伝令が駆け寄った。
「チェンバレン将軍。援軍が到着いたしました」
伝令からの報告に我が耳を疑ったのは、またしてもアリオンだけだった。
そしてギルバートは、自分にとって予定通りの報告を聞いて、全軍に号令を下す。
「援軍が到着した今こそが好機。全軍、反撃の時間です」
王国軍後方に現れた、ボーゼアス義勇軍五百の奇襲部隊。現れた敵の部隊は、滅亡した国などの兵士達で構成されてる。つまり敵は民兵ではなく、正規の訓練を受けた元兵士達であった。先ほどまで王国軍が相手にしていた敵とは、全体的な兵の練度や質が違う。
後方に位置する王国軍部隊は、突然出現した敵に混乱しながらも、迎撃行動に出ようと動き始めていたが、苦戦は必至であった。相手が五百人程度であっても、決して油断できる相手でも状況でもない。混乱状態の王国軍部隊に、良くない緊張や不安が広がっていく。
現れた敵奇襲部隊は、大いに士気を盛り上げ、大軍など恐れず向かってきた。陣形や命令も不十分ながら、急いで迎撃に出た後方の王国軍部隊。両者が激突するかに見えたその時、彼らはやって来た。
「蹴散らせえええええええええええっ!!」
号令と共に王国軍の前に現れたのは、全速力で戦場を駆ける騎兵隊だった。百を超える馬と、それに跨る兵士達。彼らは王国軍ではない。彼らが掲げる国の旗は、ホーリスローネ王国のものでなく、全く別の国の旗だったのである。
現れた騎兵隊は、王国軍の味方であった。彼らは王国軍を守るため、側面から敵奇襲部隊に攻撃を仕掛けたのである。不意を突かれた奇襲部隊は、騎兵隊の突破力に全く歯が立たず、瞬く間に蹴散らされていく。目の前で敵が簡単に蹴散らされるのを、王国軍兵士達は訳も分からず見ているだけだった。
「敵は崩れたぞ!全軍、雄々しく追撃せよ!!」
装飾の施された軍服を身に纏う、明らかに位の高い男が号令する。男の声に応えた騎兵隊は、態勢を立て直そうと後退を始めた敵兵に対して、苛烈な攻撃を始めた。馬に跨り、剣や槍を振るう騎兵達が、逃げ惑う敵兵達に襲い掛かり、次々とその命を奪っていく。地面は敵の流した血に染まっていき、多くの死体が転がった。それでも尚、騎兵隊の攻撃は終わらない。全ての敵を討ち果たすか、自分達の指揮官の号令がない限り、攻撃を止めるつもりはないのだ。
さらに、騎兵隊が現れた方向から、騎兵に続いて駆ける歩兵部隊も現れた。この地で彼らは、敵奇襲部隊を完膚なきまでに叩き潰すつもりなのだ。
「やあやあ、ホーリスローネ王国の兵士諸君!待たせて済まなかった!」
呆気に取られている王国軍兵士達の前に、号令を行なっていた指揮官と思われる男が、馬に跨ってやって来た。歳は五十くらいの、口髭を左右へ跳ね上げた、紳士を思わせる男であった。
「私は、ハートライト王国軍将軍ジェラルド・オルドリッジ。友好国たるホーリスローネ王国の大義ある戦に加わるべく、精鋭三千を率いてただいま参上!!」
ハートライト王国。それは、ホーリスローネ王国と古くから友好を結んでいる、歴史ある王国の名である。紛れもなく彼らは、王国軍を助けに現れた友軍であった。
「我が友ギルバート・チェンバレンの期待に必ずや応えて見せよう!勇敢なる王国の戦士諸君、共に戦場を駆けようではないか!」
戦意を失った王国軍の前に現れたのは、自分達の勝利の道を照らす希望の光だった。
やがて王国軍の兵達は、挨拶を終え、最前線へと戻るジェラルドに続き、勝利のために駆け出した。
王国軍後方で戦局が変わった同じ頃、左の前線では今も尚、激しい戦闘が継続していた。
勇者櫂斗と悠紀の活躍で、反撃を開始した王国軍だったが、全滅を覚悟で死ぬまで戦う敵兵に、大きな被害を受け続けていたのである。
戦闘が続けば、いずれ王国軍部隊が敵を全滅させるが、それによって受ける被害は相当なものになる。既に多数の戦傷者を出しているため、これ以上の損害は抑えたい状況であった。
櫂斗と悠紀は、この状況を打開するために、再び秘宝の力を振るおうとしていた。しかし、まだ力の扱いに慣れておらず、体力を大きく消耗した二人は、直ぐに力を使えない状態である。二人が何も出来ない間に、敵が味方に相討ちを仕掛け、両軍の兵の命が失われていく。
「くそっ!これじゃあ味方がやられる⋯⋯⋯⋯!」
戦う王国軍部隊の後方で、秘宝の武器を手にしながら、魔力の充填を行なっている櫂斗と悠紀。二人共、命を落としていく味方の様を、ただ指を咥えて見ている事しかできない。
先ほどの恐怖が少し落ち着き、悔しさを覚えて歯噛みする櫂斗。そんな彼と、悠紀もまた同じ思いであった。
そして、二人の眼前に広がる戦場に、確かな変化が起きた。なんと二人の目の前で、味方の一部が突破されたのだ。傷付き血を流しながらも、死を覚悟して王国軍部隊を突破した敵兵達が、櫂斗と悠紀に襲い掛かろうとする。
「そんな⋯⋯⋯⋯⋯!?」
「にっ、逃げるぞ悠紀!」
逃げようとする二人だったが、突然の出来事に思考が止まって足が竦み、判断も行動も遅れてしまった。気が付けば敵の兵士達が、血走った眼で二人を捉え、得物を掲げて襲い掛かろうとしている直前だった。
「やられる!」と、そう二人が思った刹那。二人の前に、希望の光が現れた。
「はあっ!!」
掛け声と共に現れた、美しい真っ白な白馬と、それに跨る一人の少年。白馬は二人の頭上を飛び越えて、二人の目の前に着地した。
現れた少年の右手には、一本のランスが握られている。それは、櫂斗の聖剣にも、悠紀の聖槍にも引けを取らない、美しく輝く銀色のランスだった。
「術式解放!銀龍竜巻槍派!!」
技の名を叫ぶ少年の声に応え、銀色のランスの切っ先が風を纏う。風はランスの切っ先で、風の渦を生み出していた。少年がランスの突きを放つと、風は竜巻に姿を変え、敵兵目掛けて放たれていった。荒ぶる龍の如し竜巻が、全てを呑み込み、吹き飛ばす。自分達に向けて放たれた竜巻に、敵兵は成す術なく体を舞い上がらせ、瞬く間に風に呑み込まれ、吹き飛ばされていった。
放たれた竜巻が止み、櫂斗と悠紀が見たものは、風によって吹き飛ばされた敵の兵士が、地面に打ち付けられ、倒されている光景であった。突然現れたこの少年は、たった一撃で、味方を突破した敵兵達を全て倒して見せたのだ。
「危ないところでした。御二人とも、お怪我はありませんか?」
助けた二人の無事を確かめようと、少年は白馬を翻し、二人の前に顔を向けた。先ほどの一撃にも驚愕した二人だったが、現れた少年の姿を見て、またしても驚いてしまう。
少年の見た目は、櫂斗と悠紀よりも幼かった。歳は十三か十四くらいで、自分の体よりも大きな銀のランスを片手で扱っている。この戦場にいる誰よりも、現れた少年は若い男の子だった。そんな少年に今まさに助けられた事が、二人は信じられなかったのだ。
「あっ⋯⋯⋯⋯、すみません。驚かせてしまいましたよね」
驚きの連続で、少年の心配する言葉に答えられない二人。今の二人の様子は、自分が突然現れて驚かせてしまった事が原因だと、そう思った少年は頭を下げて謝罪する。
「僕の名はアニッシュ・ヘリオース。チャルコ国の騎士として、皆さんの救援に参りました」
櫂斗と悠紀の前に現れたのは、一人の少年騎士だった。
しかしその少年は、戦士の風格を身に纏う、二人よりもずっと大人びた少年だった。
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神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。
目を開けると日本人の男女の顔があった。
転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・
他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・
転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。
そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語
※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。
~僕の異世界冒険記~異世界冒険始めました。
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18歳の誕生日…先月死んだ、おじぃちゃんから1冊の本が届いた。
小さい頃の思い出で1ページ目に『この本は異世界冒険記、あなたの物語です。』と書かれてるだけで後は真っ白だった本だと思い出す。
本の表紙にはドラゴンが描かれており、指輪が付属されていた。
お遊び気分で指輪をはめて本を開くと、そこには2ページ目に短い文章が書き加えられていた。
その文章とは『さぁ、あなたの物語の始まりです。』と…。
次の瞬間、僕は気を失い、異世界冒険の旅が始まったのだった…。
本作品は『カクヨム』で掲載している物を『アルファポリス』用に少しだけ修正した物となります。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
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この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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