贖罪の救世主

水野アヤト

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第五話 愛に祝福を  前編

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 感想を言えば、訓練場で行なわれたアニッシュとメロースの模擬戦は、胸糞の悪いものだった。

「くそっ!あの糞王子なに様だ、調子に乗りやがってよぉ!」
「ちょっとマジなにあれ!?ほんと嫌なんだけど!」

 クリスとイヴは完全にご立腹で、先程までの事に対して、とても苛立っていた。
 ここは、王との話し合いの場として用意された、来客用の一室である。メロースたちと別れたリックたちは、午後の予定通り、この場に戻って来たのである。
 メロースの憂さ晴らしの模擬戦の結果は、アニッシュの完全な敗北で終わる。
 模擬戦は、メロースが剣を使い、アニッシュがランスを使用した。お互い、自分の使い慣れた獲物を使ったのだ。アニッシュのランスは、勿論祖父から受け継いだ、自分の相棒である。
 勝敗などは特に決められておらず、始まった模擬戦は、開始早々予想外の展開を見せた。メロースは開始早々驚くべき事に、光属性の魔法を放ったのだ。光属性の魔法は、殺傷能力をもった光で、敵を攻撃する魔法である。
 ローミリアの謎の一つ、光属性魔法。原理は不明であり、何故光で敵を攻撃できるのかもわからない、光を放つ魔法。イメージとしては、光り輝く光線を、相手に放つ様なものである。
 ともかくメロースは、その魔法を加減して放ったのだ。突然の魔法に驚きながらも、最初から油断していなかったアニッシュは、何とか初撃を躱す。
 躱したのはいいが、初めて経験する、突然の魔法攻撃を無理やり躱したために、体勢を完全に崩してしまった。その隙をついたメロースは、一気に距離を詰めて、アニッシュへと迫る。
 初戦は完全にメロースが攻勢に出て、戦いの主導権を握った。アニッシュは繰り出される斬撃を防ぎ、防戦一方であったのだが、その気になれば、反撃に転じる事が出来たはずだった。しかし、彼はそうしなかった。
 アニッシュは未熟故に、戦闘で上手に手加減が出来ない。いつもの模擬戦の相手は、自分より格上の騎士であるため、実戦用のランスを使い、全力で立ち向かえる。手加減をしての模擬戦が出来ないアニッシュは、メロースとの戦いで、力の加減が出来ないのだ。
 相手は、姫の結婚相手の王子である。全力で立ち向かって、怪我をさせるわけにはいかない。その考えが、アニッシュ本来の技術を鈍らせた。
 防戦一方のアニッシュは、反撃に転じる事が出来ず、対してメロースは、魔法こそ加減しているものの、大人げなく、全力で攻撃していた。結局、何度も光属性の魔法を繰り出され、防御しきれずにアニッシュは、そのまま押し込まれてしまった。
 防御を崩したメロースは、アニッシュに対して、加減した光属性の魔法を連続で放つ。その攻撃を体中に受けてしまい、ぼろぼろになってしまったアニッシュに、メロースは鬼畜にも、追い打ちをかけた。小さな彼の体を蹴り飛ばし、踏みつけたのだ。
 リックたちが止めに入っていなければ、あの後どうなっていたかわからない。気絶してしまったアニッシュに対して、調子に乗ったメロース王子は、こう言った。

「私は光の魔法に選ばれた人間なのだよ。これが君と私の差だ。天才であり選ばれた人間である私が、君のような才能のない人間とは違うという事が、よく理解出来たかな?」

 これだ。これが言いたかったのだろう。
 この言葉を口にした本人は、とても満足して、ご機嫌な様子で訓練場を後にした。対してリックたちは、アニッシュを抱き起し、すぐさま医療室へと連れて行った。幸い大事には至っておらず、本人はすぐに目を覚ましたのだが、痛々しい怪我を体中に負っていた。
 リックは後悔したのだ。ここまで下衆な奴が相手であれば、あの時、無理にでも止めておけば良かったと。

「あー、ちくしょう!!今すぐにでもぶっ殺してぇぜ!!」
「僕が殺すよ!あんなのなんか、僕が一瞬で撃ち殺しちゃうんだから!!」

 部屋の中で叫びまくっている、リック配下の二人。主が馬鹿にされただけでなく、未熟な騎士相手に対しての、あの戦い。武人であるクリスとしては、あれを許す事が出来ず、あれはイヴにとっても、気に入らないものだった。
 メイド服に仕込んでいた銃を抜き、今にも発砲しそうであるイヴ。今回イヴがメイドの格好をしているのは、リックの身辺警護の一環である。もしも襲撃者が現れた場合、まさかメイドの中に、護衛が紛れているとは思わないだろう。これはリックの発案で、メイド服を着てみたいと言ったイヴの気持ちも考え、今回はこういった護衛の形を取ったのである。
 護衛のために、特別仕様で作られたこのメイド服には、全身に拳銃と弾倉を仕込めるよう、設計されている。手榴弾もいくつか装備されており、ナイフも仕込まれているのだ。ちなみに設計者は、シャランドラと帝国技術者の皆様である。

「もう僕我慢できないよ!あいつなんか鉛弾でぐちゃぐちゃにして、二度とあんな事言えない様にしないと気が済まないもん!リック君を馬鹿にした事、ぜっーーーーーーたい許さないんだから!!」
「おいリック、あいつをここでぶっ殺す許可をくれよ!ついでに結婚も阻止出来て、一石二鳥だぜ!!」

 二人がリックを見ると、馬鹿にされた本人は、異様な程に静かであった。部屋の椅子に座り、目を伏せている。
 用意されたこの部屋には、三人の他に、先程の事を見ていたメシアと、部屋で留守番をしていたロベルトもいる。勿論、専属メイドのメイファの姿もある。
 事を知らないロベルトとメイファも、クリスとイヴの説明で話を知る。元傭兵だが武人気質であるロベルトも、クリス同様に怒りを覚えていた。

「何を落ち込んでいるのですかご主人様。駄犬と言われても仕方ないです、事実なんですから」
「ちょっ、メイファちゃん!?」

 参謀長専属メイドは容赦がない。参謀長に対しては、優しさもないようだ。
 リックが落ち込んで黙っていると思ったメイファは、傷口に塩を塗るかの如く、言葉をぶつけた。

「・・・・・もう我慢の限界だ」
「ご主人様?」
「あの蛆虫王子が!!お前たち二人が手を下す必要はない、俺が奴を今すぐ殴り殺してやる!!」

 まるで、火山の大噴火の様である。リックの我慢していた怒りが、今爆発したのだ。
 先程までは、怒りを面に出さないよう、必死に理性で堪えていた。あの場で怒りを爆発させれば、ここに来た意味が無くなってしまう。政治的問題となって、万が一全面戦争にでもなれば、作戦は失敗だ。
 だが、ここにあの男はいない。我慢の限界を超えたリックは、叫ばずにはいられなかった。

「俺を馬鹿にする分には問題ないんだよ。駄犬なのも事実だしな。だけどあいつ、メシア団長に腐った視線向けやがった!!しかもだぞ、メシア団長を自分のものにしようとしやがった!何様だあの野郎!万死に値するぞくそったれ!!」

 自分が侮辱された事より、あの王子が、メシアにとった態度が許せなかった。
 当然だろう。何故なら、リックにとってメシアは、全てにおいて憧れの女性なのだから。

「ああ、くそっ!大した実力もない癖に、アニッシュ君を傷めつけやがって!いつか絶対殺す!」
「そうだぜリック!今から殺しに行こうぜ!」
「部屋ごと手榴弾で木端微塵にしに行こうよ♪それか、部屋に突入してあの馬鹿攫って拷問する?」

 イヴが何やら物騒なことを言っている。リックが許可すれば、今からでも実行に移してしまいそうだ。

「それにあいつ、帝国だけじゃなくてクリスとイヴも侮辱した。存在価値もない蛆虫以下のくせに、調子乗り過ぎだろ!」

 アニッシュに例の言葉を放ったあの王子は、訓練場を後にする前に、リックたちにも言葉を放った。
 侮辱の言葉を吐き、帝国の事を平和呆けした弱小国家と評価し、配下の二人に対しては、弱小国家の劣等兵士だと言ったのである。帝国と大切な配下を侮辱された事により、リックの怒りは、頂点を超えている。

「絶対許さないぞ。エステランなんか、あの蛆虫と一緒に焼き払ってやる」
「落ち着いてくださいよ参謀長殿。そろそろ王様が来ますって」

 狂気に満ちたリックたちを、ロベルト一人が何とか宥める。
 リックたちが渋々メロース襲撃を諦めた後、チャルコ王アグネス・スレイドルフが部屋に姿を現す。
 全員が揃ったため、エステラン側には内密の、ヴァスティナとチャルコによる、極秘の話し合いが行なわれる。こうして、お互いの敵を退けるための、大事な相談が始まった。
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