贖罪の救世主

水野アヤト

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第三十六話 衝撃、ウエディング大作戦

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「⋯⋯⋯状況説明は以上だ。貴官らも、式の準備に協力して貰う」

 結婚式の花嫁衣装である、純白のウエディングドレスの手配と、ウエディングケーキの手配のために、彼女がやって来たのは、帝国メイド部隊作戦会議室であった。
 帝国メイド部隊とは、帝国女王最後の砦である、凶悪な戦闘能力を持つ護衛部隊の事である。この会議室に集まっているのは、手配のためにやって来たヴィヴィアンヌと、帝国メイド部隊を代表する面々だ。
 
「状況は把握しました。命令されなくとも、ゴリオン様の結婚式であるならばメイド部隊一同、喜んで協力致しましょう」

 ヴィヴィアンヌに呼ばれ、この会議室に集まったのは、部隊を率いるメイド長と、二人のメイドであった。
 メイド長の名はウルスラ。帝国メイド部隊フラワー部隊の最強の女性で、部隊の最高指揮官である。彼女と共に説明を聞いていたのは、フラワー部隊のリンドウとラフレシア。三人共、メイド部隊を代表する者達であり、交渉相手に相応しい人物であった。
 
「リンドウ、ラフレシア。これより我が部隊は式の準備に取り掛かります。皆にそう伝えなさい」
「了解しました、メイド長」
「えっ!?いやいや、メイド長もリンも即決過ぎでしょ!この女の命令そんな簡単に聞いちゃっていいの!?」

 何の迷いもなく、ヴィヴィアンヌの命令を承諾した二人に対し、反対したのはラフレシアであった。ゴリオンを祝福したい気持ちはあれど、彼女の命令であるから反対するのだ。

「なによラフレシア。ゴリオン様の結婚式を挙げたくないの?」
「そういうわけじゃないけど⋯⋯⋯。私はただ、リンが大丈夫なのかと思って⋯⋯⋯」

 ヴィヴィアンヌとリンドウは、複雑な関係にある。同じ国の出身で、前は敵同士で、今は祖国を裏切り、この国で生きている。そしてヴィヴィアンヌは、リンドウにとって大切な存在を傷付けた、憎むべき敵であった。
 しかし今、リンドウは彼女に対し、殺意も敵意も向けていない。まるで何事もなかったかのように、普通に接している。彼女に対する憎しみなど、最初から存在しなかったかのようだ。
 それを心配してるのがラフレシアである。リンドウを愛称で呼ぶくらい、彼女を大切に思うラフレシアからすれば、ヴィヴィアンヌの存在は、彼女の心を搔き乱す憎き存在である。自分の憎しみを必死に押し殺し、無理をしているのではないかと、そう考えリンドウの事を心配しているのだ。

「私なら大丈夫よ。憎むべきは彼女じゃなく、あの糞みたいな国だってわかってるから」
「リン⋯⋯⋯」
「そんな顔しないでよ。あんたがそんなだと調子狂うわ」

 リンドウもまた、ヴィヴィアンヌを理解している者の一人である。
 かつて、彼女はヴィヴィアンヌと同じ組織に所属し、諜報や暗殺などの任務を行ない続けてきた。同じ国で生まれ、同じような生き方をしてきたからこそ、ヴィヴィアンヌの痛みと悲しみがよくわかってしまう。
 失った人の心を取り戻し、新しい生き方を見つけた彼女を、もうこれ以上苦しめさせたくはない。そう思えるからこそ、リンドウは皆と同じように彼女に接するのだ。

「それでヴィヴィアンヌ様。私達の仕事はなんですか?」
「メイド部隊にはまず、城内の清掃及び飾り付けをやって貰う。他にもやって貰いたい事は沢山あるが、特に重要な任務が二つある」
「重要な任務とは?」
「当日の花嫁衣装と式用の菓子の用意だ。これはメイド長と、アマリリスというメイドにやって貰う」

 当然のように、メイド部隊の人間の能力も、既に把握しているヴィヴィアンヌは、式に必要な最重要品を彼女達に任せるつもりだった。ウルスラにはドレスを、もう一人にはケーキを用意させたいのだ。

「私が⋯⋯-、花嫁衣装を⋯⋯⋯?」
「貴官の趣味が寝間着収集なのは知っている。好みの寝間着を自分で作る事もあるそうだな?」
「あっ、貴女まで⋯⋯⋯なぜそれを⋯⋯⋯!?」
「そこの腐った女が他のメイド達にぺらぺら喋っているのを聞いた」
「⋯⋯⋯ラフレシア、遺書を書く時間くらいはあげましょう」
「ひっ、ひいいいいいいいいいいっ!!命だけはお助けを!!」

 帝国メイド部隊最強にして、メイド達にとって鬼軍曹的な存在である彼女の、意外な趣味。それは、可愛いパジャマの収集である。最近では、自分が可愛いと思えるパジャマを、自らの手で作ってしまうのが、彼女の新たな趣味でもあった。
 パジャマとドレスでは勝手が違うかもしれないが、それでもヴィヴィアンヌは、ウルスラならば間に合わせられると確信していた。彼女はウルスラの、完璧主義な性格に賭けたのである。

「花嫁の寸法は調査済みだ。貴官ならば明日までに間に合わせられるだろう」
「パジャマならともかく、ドレスなんて⋯⋯⋯」
「そう言うだろうと思い、貴官のために助っ人を呼んである」

 そう彼女が口にした瞬間、偶然なのか、それとも外で待機していたのか、会議室の扉が勢いよく開かれ、一人の女性が姿を現わす。突然現れたのは、長い金色の髪と紅いドレスが特徴的な、豊満な胸を持つ色白い肌の美女だった。

「私が手を貸そうじゃないか、メイド長」
「リリカ様⋯⋯⋯!?」

 妖艶な笑みを浮かべて現れた、絶世の美女。
 彼女の名はリリカ。ヴァスティナ帝国の宰相にして、帝国最凶の人物として恐れられている、とんでもない女性である。

「ふふっ、リックのために頑張っているこの子からの願いだ。二人で最高のドレスを用意しようじゃないか」
「⋯⋯⋯その本音は?」
「こんな面白そうな話、私も参加したいに決まっているだろう?」
「リリカ様が協力するというのであれば、初めから私に拒否権はありませんね⋯⋯⋯」

 リリカ参戦を受けて、ウルスラは抵抗を諦めた。ここで何をやっても、全て無駄な抵抗で終わるとわかっているからだ。ウルスラはリリカと共に、ウエディングドレスの準備を進めると決めた。
 後は、式に必要なウエディングケーキの準備である。その役目は、この場にいない人物、メイド部隊のアマリリスが指名された。

「次に菓子の用意だが、メイド部隊のアマリリスは菓子作りが得意だと聞く。女王の茶会に出す菓子は、全てその女の手作りらしいな」
「それを知っているなら、アマリリスを呼んで直接頼んだ方がいいのでは?」
「アマリリスは極度の人見知りだとも聞いている。私が言うより、貴官らの口からの方が言う事を聞きやすいはずだ」
「なるほど、わかってらっしゃる⋯⋯⋯」

 ヴィヴィアンヌの目的は、アマリリスにケーキを作らせるため、リンドウとラフレシアを利用する事であった。極度の人見知りである彼女を動かすには、付き合いが長いこの二人を利用した方が確実なのである。
 
「ふふふっ、流石は情報局の番犬と呼ばれただけある。帝国の人間全員のことは、既に把握済みの様だね」
「私の部下は優秀だ。この程度の情報を集めるなど造作もない」
「ああ、そう言えば。君の優秀な部下達、リックのお陰で解放されたんだったね」
「あの戦いで、私の部下は帝国軍の捕虜になった。部下達は閣下に解放され、以前と同じく私の指揮下で行動している」
「あれは良い拾い物をした。君の部隊のお陰で、我が帝国の諜報能力は以前と比べ物にならないからね」

 帝国軍の情報収集能力を何倍にも向上させる、ヴィヴィアンヌ・アイゼンリーゼ旗下の精鋭部隊。全員が諜報戦のプロ集団で、高い戦闘能力も有している。
 その精鋭部隊は今、彼女の命令を受け、全力で結婚式の準備に動いていた。例え、自分が指揮する精鋭の諜報部隊であろうと、任務に必要であれば躊躇なく投入する。ヴィヴィアンヌの徹底振りは、簡単に真似できるものではないだろう。

「話は以上だ。帝国女王最後の砦たる、貴官らの力を当てにしている」

 用が済めば次に移るため、直ぐに行動を開始する。メイド部隊への協力を承諾させ、ウルスラ達に背を向け、ヴィヴィアンヌは会議室を後にした。全ての行動に無駄がなく、即座に処理してしまうのもまた、彼女の簡単に真似できないところである。

「さあ、メイド長。私と一緒にドレス作りに励もうじゃないか」
「わかりました」
「ラフレシア、私達も早速準備に取り掛かるわよ」
「はいはい⋯⋯⋯。そんじゃまずは、アマリリスを取っ捕まえてケーキを作らせなきゃね」

 リックから指揮を言い渡された、あのヴィヴィアンヌの命令であるものの、彼女達もまた、ゴリオンを祝福したい気持ちは同じである。命令した人物がどうであれ、適当にやるつもりなどない。
 一名、この状況を楽しんでいる者がいるが、明日の結婚式のため、皆がやる気の炎を燃え上がらせた。絶対に間に合わせ、最高の結婚式を挙げて見せると、そう決めたのだ。

 そしてこの瞬間、ゴリオンの結婚式準備のために、帝国軍各部隊、鉄血部隊、帝国メイド部隊、ヴィヴィアンヌの諜報部隊が行動を開始した事になる。城中の戦力をほぼ全て投入する、ヴィヴィアンヌの大規模な作戦が、本格的に始まった。しかしこの作戦、明日結婚式を挙げるためとはいえ、大規模な作戦過ぎたのである。
 後に、帝国に暮らす人々はこの時の様子を見て、こう語った。
 「大勢の兵士が大慌てで走りまわってたから、結婚式じゃなくて戦争の準備でもしてるのかと思った」と⋯⋯⋯。
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