贖罪の救世主

水野アヤト

文字の大きさ
上 下
596 / 841
第三十六話 衝撃、ウエディング大作戦

しおりを挟む
 それから少し時間が経ち⋯⋯⋯。
 結婚式の用意を任されたヴィヴィアンヌは、命令通り行動を開始するべく、リックのいる執務室を後にした。想定していなかった突然の無茶振りを受けながらも、任務遂行のための作戦計画を練りながら、彼女は一人、城の通路を歩いていた。

(一体、閣下は何をお考えなのだろう⋯⋯⋯)

 リックの真意を読めずにいる彼女は、作戦を考えながら不安を覚えていた。
 これまで彼女は、不可能と言われたどんな任務でさえも、完璧に遂行してきた。命令とあらばそれを遂行し、必ず成功させる、諜報員の鏡のような人間である。ただ、これまでの任務は全て、諜報や暗殺などの内容であった。明日までに、豪華で盛大な結婚式の準備をする任務など、今まで経験した事すらない。
 一体彼が自分に何をさせたいのか?何が目的なのか?彼女にはそれがわからなかった。今わかっているのは、リックがゴリオンの結婚を、必ず叶えようとしている事と、その理由だけ⋯⋯⋯。

「⋯⋯⋯!」

 考えながら歩き、ふと気が付けば、目の前に赤髪の少女の姿。彼女の前に立っていたのは、偶然ここを通りかかったレイナであった。

「レイナ・ミカヅキ⋯⋯⋯」
「アイゼンリーゼ⋯⋯⋯」

 お互いその場で立ち止まり、互いの名を呼んだかと思えば、口を閉ざして沈黙してしまう。七つ数えるくらいの時間が流れ、沈黙に堪えかねたレイナが再び口を開いた。

「⋯⋯⋯こんなところで何を?」
「⋯⋯⋯先ほど閣下から直々に、明日の準備の全指揮権を委譲されたところだ」
「あなたが、結婚式の準備を⋯⋯⋯?」
「やはりおかしいか⋯⋯⋯?」
「そんなことは⋯⋯⋯」
「誤魔化す必要はない。私には似合わない任務だ⋯⋯⋯」

 レイナが驚くのも無理はない。諜報や暗殺を得意とし、圧倒的な戦闘能力を持つヴィヴィアンヌが、ゴリオンの結婚式を担当する事になったというのだ。彼女の事を知っている者からすれば、信じられない話だろう。
 
「ところで、貴官は私に対しての態度が随分変わったな」
「⋯⋯⋯!」
「私は新参者の身だ。態度を改める必要はない」
「しかし⋯⋯⋯」
「それとも、態度を変えたい特別な理由でもあるのか?」

 ヴィヴィアンヌと敵同士であった頃と違い、今のレイナは彼女に対して、礼を尽くす態度を見せている。ヴィヴィアンヌがリックに忠誠を誓い、彼の傍に仕えるようになってからは、以前と違う態度で彼女と話すのだ。

「破廉恥剣士達は、まだあなたを信用していないかもしれない。それでも私は、あなたの忠誠を信じている」
「⋯⋯⋯」
「初めて戦った頃とは違う。今のあなたは、参謀長のことを理解し、自分の命を捧げて守ろうとしている」
「⋯⋯⋯それは貴官も同じだ。貴官もまた、閣下に忠誠を尽くし、その命を捧げている」
「同じではない。あなたは私と違って、純粋な心であの方を支えてくれている⋯⋯⋯」

 そう言ったレイナの表情は曇り、彼女は俯いた。俯いたが、すぐに彼女はヴィヴィアンヌへと視線を戻し、言葉を続ける。

「私とあなたは、少し似ている」
「似ているだと⋯⋯⋯?」
「だからあの時、似ているとわかったから、あなたを信じられた」

 レイナが言葉にした「あの時」とは、彼女とヴィヴィアンヌが、戦場で再び相見えた瞬間である。その時ヴィヴィアンヌは、その腕の中に、死にかけていたリックを抱きかかえていた。彼女自身が殺しかけ、救ってくれと願った。あの時レイナは、その場で彼女を殺さなかった。
 殺してやりたいほど憎んでいた。それでもレイナが彼女を生かしたのは、リックを殺さないと知ったからだ。そして、リックが命を懸けて、彼女を救おうとしたのだと察したからである。
 あの時のレイナの眼に映ったのは、自分の姿と重なったヴィヴィアンヌの姿だった。レイナ同様に、彼女もまたリックに救われ、その眼に生きる希望を宿していたのである。故に殺せなかった。あの時のヴィヴィアンヌを理解できたのは、レイナしかいなかった。あの時の彼女を守れるのも、レイナだけだった。
 
「⋯⋯⋯あの時、貴官がいなければ私の命はなかった。私は、貴官にこの身を救われた」
「⋯⋯⋯」
「今の私が在るのは貴官のお陰だ。この恩は生涯忘れない」

 ヴィヴィアンヌの言葉に嘘はない。真っ直ぐな眼差しのまま、生涯を懸けてこの恩を返そうとしている、確かな決意が彼女にあった。
 
「私なんかに、恩を感じる必要なんてない」
「なに⋯⋯⋯?」
「あなたはただ、参謀長を傍で支え続けてくれればいい。救われたその命で、私の代わりに参謀長を救って欲しい」
「⋯⋯⋯!」

 レイナにとって彼女は、新たな希望だった。
 ヴィヴィアンヌがリックに忠誠を誓った、運命の日。あの日彼女は彼に向かって、「貴方は誰が救う」と問うた。あの時既に、ヴィヴィアンヌは気付いていたのである。地獄の中を彷徨い続け、もがき苦しみ続ける彼を、誰も救う事ができないと⋯⋯⋯。
 だからヴィヴィアンヌは、彼を救うと宣言し、絶対の忠誠を誓った。彼を救いたくとも、それができないレイナにとって、彼女は新たな希望だったのである。
 嘆き悲しみ、苦しみ絶望するリックを救う事は、レイナにはできなかった。彼女にできたのは、その身を彼のための槍と変え、彼が敵と定めたものを討つ事のみ。だが、人を殺す事しかできない槍では、彼を救えない。しかし、ヴィヴィアンヌならば、彼を救えるかもしれない。

「⋯⋯⋯貴官は、私と同じ志なのだな」
「守りたい思いは同じでも、あなたと違って私は醜い」
「醜いものか。参謀長の御傍には、貴官のような者が相応しい」

 そう言ってヴィヴィアンヌは、レイナの前に歩み寄り、彼女との距離を縮めた。お互いの距離が一気に縮まり、容易に手で触れられる近さになる。距離を近付けたヴィヴィアンヌの左眼が、レイナを捉えて離そうとしない。突然近付かれ、真剣な眼差しで見つめられたせいで、恥ずかしさのあまりレイナの頬が少し朱に染まり、彼女は顔を背けようとする。
 するとヴィヴィアンヌは、顔を背けようとしたレイナの頬に、両手で優しく触れて、再び自分の方へと顔を向かせた。

「私は閣下を救いたい。貴官もその想いは同じはずだ」
「かっ、顔が近い⋯⋯⋯!」
「私と貴官は、志を同じくする同志だ。これからは、貴官だけがその重荷を背負う必要はない」
「アイゼンリーゼ⋯⋯⋯」
「同志、私のことは名前で呼んで構わない」
「それはいいんだが⋯⋯⋯、少し離れてくれ⋯⋯⋯⋯⋯」

 今レイナが陥っている状況は、第三者が見れば間違いなく勘違いされる。突然のヴィヴィアンヌの行動は、とんでもない誤解を生みかねない。ヴィヴィアンヌの顔が近付くだけで、レイナの頬は益々朱に染まっていき、恥ずかしさを隠し切れずにいた。
 そんなレイナを間近で見て、ヴィヴィアンヌが少し笑った。

「貴官のことを閣下が大切にする気持ちが、今わかった」
「⋯⋯⋯!?」
「手を貸して欲しい。閣下の命令を実行するには、貴官の力が必要だ」

 頬から手を離し、一歩離れたヴィヴィアンヌが、結婚式の準備に協力して欲しいと頼む。気持ちを切り替えるため、軽く咳払いしたレイナは、胸に手をそっと当てて口を開く。

「頼まれなくともそのつもりだった。微力ながら、手伝わさせて欲しい」
「感謝する。それにしても、閣下は何故私にこんな役目を⋯⋯⋯」
「理由を考えてる暇はない。それより今は、式の準備を進めるのが先だ」
「⋯⋯⋯貴官の言う通りだな。早速行動を開始するとしよう」

 気持ちを切り替えたヴィヴィアンヌが、結婚式の準備のために動き出す。レイナの横を通り過ぎ、彼女来た道を進んでいく。しかしその途中、彼女は立ち止まり、レイナの方へと振り返った。

「ところでもう一つ、貴官に尋ねたいことがある」
「?」
「貴官を愛でる裏組織があると耳にしたのだが、レイナちゃんファンクラブとは一体なんだ?」
「!!!!」

 この瞬間、レイナの顔が苫のように真っ赤に染まった事など、語るまでもない話である。
 結婚式まで残された時間は、既に二十四時間を切っていた。だが、絶望的な状況下でも、頼もしき同志を得たヴィヴィアンヌの瞳には、任務遂行への闘志が燃えていたのである。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話

島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。 俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。

会うたびに、貴方が嫌いになる【R15版】

猫子猫
恋愛
長身の王女レオーネは、侯爵家令息のアリエスに会うたびに惹かれた。だが、守り役に徹している彼が応えてくれたことはない。彼女が聖獣の力を持つために発情期を迎えた時も、身体を差し出して鎮めてくれこそしたが、その後も変わらず塩対応だ。悩むレオーネは、彼が自分とは正反対の可愛らしい令嬢と親しくしているのを目撃してしまう。優しく笑いかけ、「小さい方が良い」と褒めているのも聞いた。失恋という現実を受け入れるしかなかったレオーネは、二人の妨げになるまいと決意した。 アリエスは嫌そうに自分を遠ざけ始めたレオーネに、動揺を隠せなくなった。彼女が演技などではなく、本気でそう思っていると分かったからだ。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます

ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう どんどん更新していきます。 ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。

二度目の結婚は、白いままでは

有沢真尋
恋愛
 望まぬ結婚を強いられ、はるか年上の男性に嫁いだシルヴィアナ。  未亡人になってからは、これ幸いとばかりに隠遁生活を送っていたが、思いがけない縁談が舞い込む。  どうせ碌でもない相手に違いないと諦めて向かった先で待っていたのは、十歳も年下の青年で「ずっとあなたが好きだった」と熱烈に告白をしてきた。 「十年の結婚生活を送っていても、子どもができなかった私でも?」  それが実は白い結婚だったと告げられぬまま、シルヴィアナは青年を試すようなことを言ってしまう。 ※妊娠・出産に関わる表現があります。 ※表紙はかんたん表紙メーカーさま 【他サイトにも公開あり】

この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。

天織 みお
恋愛
「おめでとうございます。奥様はご懐妊されています」 目が覚めたらいきなり知らない老人に言われた私。どうやら私、妊娠していたらしい。 「だが!彼女と子供が出来るような心当たりは一度しかないんだぞ!!」 そして、子供を作ったイケメン王太子様との仲はあまり良くないようで――? そこに私の元婚約者らしい隣国の王太子様とそのお妃様まで新婚旅行でやって来た! っていうか、私ただの女子高生なんですけど、いつの間に結婚していたの?!ファーストキスすらまだなんだけど!! っていうか、ここどこ?! ※完結まで毎日2話更新予定でしたが、3話に変更しました ※他サイトにも掲載中

処理中です...