贖罪の救世主

水野アヤト

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第三十五話 参戦計画

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 グラーフ教会の要請によって、大陸中がボーゼアス教の対応に動いている。
 ホーリスローネ王国に本部を置く、勇者連合もまたそれは同じであった。グラーフ教会からの要請を受け、各地で虐殺行為を繰り返す異教徒を、大陸の平和を乱す悪と断定した勇者連合は、大陸中央を戦場とする、一大討伐計画に参加する事を決定したのである。
 これで、大陸の二大中立組織である、グラーフ教会も勇者連合も、今回の戦争に参戦する事が決まった。グラーフ教も勇者も、ボーゼアス教を敵と定めた今、正義は討伐軍側にある。参戦予定の各国は、揺るがぬ大義名分のもとに、大陸中央へ戦力を集結させられる。

 参戦を決めた勇者連合も、大陸中央へ勇者を派遣する事を決定する。
 選ばれた勇者は、五人だった。その内の一人は、大陸北方での任務を終えてすぐ、勇者連合本部に呼び出され、ボーゼアス教討伐の任を与えられた。
 
「王よ。この者が、此度の異教徒討伐に加わる勇者です」

 ホーリスローネ城、謁見の間。
 玉座に座る王の前にいるのは、勇者連合団長マクシミリアン・アダムスと、背中に大剣を携えた一人の少年であった。鍛え抜かれた屈強な身体に、紺色の鎧を身に纏う、五十代半ばの古参勇者。それが勇者連合のトップ、団長のマクシミリアンである。
 そんな彼の隣には、一人の若き勇者の姿がある。その勇者は、ボーゼアス教討伐のため、勇者連合から派遣される勇者の一人であり、団長であるマクシミリアンと共に、王への挨拶のために現れたのだ。
 
「ほう⋯⋯⋯。マクシミリアンの選んだ勇者が、まさかお主だったとは⋯⋯⋯」
「覚えていて下さったとは、光栄の極みです。最後にお会いしたのは、勇気の儀式の後以来でした」
「あれから三年は経ったか。強き勇者として、各地で活躍していると聞いたぞ、ルーク」

 若き勇者の名は、ルーク。三年前、勇気の儀式で魔物に勝利し、連合から勇者の称号を得た少年である。
 
「大剣の勇者と呼ばれているそうだな。その力、当てにしているぞ」
「お任せください、国王陛下。正義を失った異教徒なんて、俺の敵じゃありません」
「頼もしい言葉だ。お主がいるならば、あの四人と共に、必ずや異教徒を討伐できるだろう」

 国王オーウェンがそう口にすると、謁見の間の扉が開いた。丁度いい頃に、彼がここへ来るよう呼び出していた、重要な人物達が到着したのである。
 呼び出されたのは、五人の人物。一人は、オーウェンの息子である、王子アリオンであった。そして他の四人は、伝説の秘宝に選ばれし、四人の勇者達。アリオン、櫂斗、悠紀、真夜、華夜の五人が、開かれた扉をくぐり、謁見の間へと入室する。

「ルークよ。この四人こそ、伝説の秘宝に選ばれた、異世界からの勇者達だ」
「噂には聞いてました。でも、異世界からの勇者って言うわりには、特別な感じはしないですね」

 ここ最近、ルークは王国の外で活躍していたため、櫂斗達の事は噂でしか知らなかった。彼が四人を目にするのは、これが初めてなのである。そのためルークは、噂の勇者がどんな人物なのか、目を凝らして観察を始めた。

「あんまり強そうじゃないですね。火龍を倒したって聞いてたので、どんな化け物かと思ってましたが、大した事なさそうです」
「ルーク、国王の前だ。言葉を慎め」
「あっ、すみません団長。つい、いつもの癖が⋯⋯⋯」

 若さ故なのか、ルークには一つ悪い癖がある。それは、思った事をすぐ口にしてしまう癖だ。決して悪気があるわけではないのだが、それがもとで、屡々トラブルを起こしてしまう。
 今回も、この発言がもとで、いきなりトラブルが発生しようとしていた。

「おいコラ、誰が大した事なさそうだって?」

 ルークの発言が癇に障り、櫂斗の心に怒りの火が灯った。選ばれた勇者になったにも関わらず、馬鹿にされた事が我慢できなかったのだ。
 しかし、ルークは別に、四人を馬鹿にしたつもりなどなかった。ただ正直に、思った感想を口にしてしまっただけなのである。

「いやほら、異世界から来たって聞いたからさあ。もっとこう、強そうなオーラとか放ってるのかなって思って⋯⋯⋯」
「オーラが無くて悪かったな。でも言っとくが、俺は火龍を一撃で倒したんだ!」
「嘘だろ!?お前が一番弱そうなのに!」
「おい!?」

 正直過ぎるところが災いし、争いの種を作ってしまったルーク。馬鹿にされ、喧嘩を売られていると勘違いした櫂斗は、彼を睨み付け、敵意を露わにする。悪気が無いとはいえ、言葉が直接的過ぎるため、櫂斗が怒ってしまうのも当然だった。
 
「馬鹿にしやがって!そんなに信じられないんだったら⋯⋯⋯!!」
「!」

 ここは、王のいる謁見の間。当然、争い事など王の前では御法度である。だが、今の櫂斗は頭に血が上っており、冷静な判断はできない。彼が何をしようとしているのか、この場の全員が気付いた時には、もう手遅れであった。

「起動《スタート》!!」

 自分の首にかけられた、金色の宝石がはめ込まれたペンダントを右手で掴み、櫂斗は宝石に秘められた力を目覚めさせる言葉を叫ぶ。 
 起動《スタート》という言葉と共に、金色の宝石は光輝き、光の粒子へと姿を変える。宝石はペンダントごと光の粒子となり、彼の右手に集まった。櫂斗が右腕を広げ、掌を開くと、光の粒子は彼の右手に集まったまま、その姿形を変化させていく。
 光は彼の右手の中で、その姿を一本の剣へと変えた。その剣こそ、最強の魔物種である龍を一撃で消滅させた、選ばれた勇者の力。ホーリスローネ王国に伝わる、伝説の秘宝の真の姿である。

「ちょっと、櫂斗!あんた正気!?」
「武器を収めて下さい有馬さん!謁見の間で武器を抜いては⋯⋯⋯!!」
「あちゃ~、またやっちまった⋯⋯⋯」

 櫂斗の幼馴染である悠紀と、彼らの責任者であるアリオンは、戦闘態勢に入った彼を止めようと叫ぶ。だが彼は二人の制止に耳を傾けず、右手に持った剣の切っ先を、真っ直ぐルークへと向けて見せた。
 対してルークは、自分がまたトラブルを引き起こした事を反省しつつ、背中に装備していた大剣の柄を右手で掴む。自分の悪い癖は反省しているが、売られた勝負は買うつもりなのだ。

「まあいっか。噂の勇者とは、一度やりあってみたかったし」
「そっちもやる気十分だな?誰だか知らないが、俺の力を甘く見るなよ!」
「甘く見るな、か⋯⋯⋯。それは多分、俺のセリフだな」

 瞬間、ルークの眼付きが変わった。
 剣を向けた櫂斗を敵と定め、脚を少し曲げ、姿勢を低くし、戦闘態勢に入る。場の空気が一瞬で変わり、流れる緊張感。先手必勝と思い、櫂斗が動き出そうと考えた瞬間には、ルークが駆け出していた。
 櫂斗との距離を一気に詰めていきながら、背中から大剣を引き抜くルーク。先手を取られた櫂斗は、防御のために剣を構え直そうとするが、その動きは遅く、防御が間に合うはずもなかった。

「決まったな」
「!!」

 構えようとした剣は、大剣の刃に弾かれた。無防備になった彼の体に、大剣の切っ先が迫る。櫂斗が気が付いた時には、ルークの大剣の刃が、彼の首筋で止まっていた。大剣があと二センチ近付けば、刃は彼の首筋を切り裂くだろう。

「おい、嘘だろ。噂の勇者って、素人かよ」

 一瞬で敗北した櫂斗自身も驚いていたが、それ以上に驚いていたのは、勝利したルーク本人であった。
 手合わせしてみて、すぐにわかった。異世界から召喚されたという伝説の勇者は、あの火龍を倒したという。どれほどの実力があるかと、心を躍らせながら挑んでみれば、相手は実戦に慣れていない、ただの素人だったのである。
 
「火龍倒したってのはまぐれだったわけか。あーあ、がっかりだぜ⋯⋯⋯」
「そっ、そんな事ない!火龍と戦った時、俺はこの剣の力を解放して―――――――」
「こんな素人と一緒じゃ、この任務も先行き不安だな。団長、こんな奴じゃなくて、もっと真面なパーティを―――――――」

 そう言いかけたルークの後頭部に、団長のマクシミリアンの拳が直撃する。殴られた痛みに呻き、頭を押さえながら、その場にしゃがみ込んだルーク。すると今度は、櫂斗の頭目掛け、マクシミリアンの拳骨が炸裂した。当然彼も、ルークと同じ反応を見せる。

「いっ、いってええええええええっ!!」
「ぬがああああああああああっ!!あっ、頭が割れるううううううううっ!!」
「お前達、国王陛下の前で馬鹿をやるな!勇者連合の名に泥を塗る気か!?」

 国王がいる目の前で、あろう事か武器を抜き放ち、戦いを始めてしまった勇者二人に対し、鉄拳制裁を与えたマクシミリアン。勇者連合の団長として、二人の無礼を許すわけにはいかない。団長の責務として、二人を殴りつけ、怒鳴りつけた後に、すぐに国王オーウェンの前まで戻り、急いでその場で膝を付いて、深く頭を下げた。

「処罰は私がお受けいたします」
「若さ故の過ちだ。今回は許そう」
「寛大なお心に感謝いたします、陛下」

 マクシミリアンのお陰で、櫂斗とルークは王の前での無礼を許された。
 予想もしなかった一連の出来事に、唖然としているアリオン。「まったく、これだから⋯⋯⋯」と言いたげな様子で、溜息を吐く悠紀と真夜。どうしていいかわからず、真夜の服の袖を掴んで傍を離れない華夜。未だマクシミリアンの拳骨の痛みによって、その場にしゃがみ込んだまま頭を押さえ、身動きできない櫂斗とルーク。
 
 突然始まってしまった喧嘩によって、自分達が何故こんなところに集められたのか、櫂斗達はまだ理解できていない。彼らは、団長のマクシミリアンとは面識があるものの、ルークとは初対面である。急な呼び出しと、初めて出会う大剣使いの勇者。勇者の使命に関わる何かがあると、そう予感しながら、アリオン達は緊張して王の言葉を待った。

「アリオン。そして、選ばれし勇者達よ。異教徒の話は聞いているな?」
「⋯⋯⋯!!」

 その言葉だけで、全てを察したのはアリオンだった。
 異教徒の出現。勇者連合の団長と、勇者ルーク。櫂斗達選ばれし勇者の全員召集。経験のない彼らには、まだ関係のない事だと思っていた命令が、国王オーウェンの口から語られようとしている。
 
「ボーゼアス教と名乗る異教徒討伐に、勇者連合も勇者を五人派遣する事が決まった。選ばれたのは、そこにいる勇者ルークと、秘宝に選ばれたお主達四人だ」
「「「「!!」」」」

 櫂斗も、悠紀も、真夜も、華夜も、全員が驚愕し、その言葉の意味を理解する。
 異教徒の話はアリオンから聞いていた。大陸中央を戦場として、各国の軍隊が集まり、異教徒の討伐を行なうと話には聞いていたのである。でもまさか、自分達がそれに加わる事になるとは、予想もしていなかったのだ。

「おっ、お待ちください父上!彼らにはまだ、そのような大任早すぎます!!」
「お前の意見など関係ない。ローミリア大陸を脅かす悪を討つ事こそ、勇者の責務だ」
「ですが、彼らは勇者になって日が浅い!危険すぎます!!」
「そのために勇者ルークがいるのだ。勇敢なる大剣の勇者と共に、見事異教徒を討伐して見せよ」

 選ばれたのは、五人の勇者。その内の四人は、勇者になってまだ一月しか経っていない。実戦の経験など、皆無に等しい。それを知りながら、オーウェンは異教徒討伐を命じたのである。
 当然、四人の責任者であるアリオンは、その命令に反対だった。何故なら、単純に危険すぎるからである。各国の軍隊が集まり、経験ある勇者ルークがいると言っても、戦場では何が起こるかわからない。アリオン自身の目的を達成するためにも、四人を危険な場所に派遣したくはないのだ。

 しかし、これはどうやっても覆せない、決定事項なのである。アリオンがどう足掻こうと、四人の派遣は止められない。
 自分を一撃で負かした相手と共に、大陸中央の戦場に向かわされると知った櫂斗は、信じられないという顔をしながら、ルークの方を向く。

「俺が⋯⋯⋯、こいつと戦場に⋯⋯⋯⋯!?」
「そういうわけで、とりあえずよろしくな。まあ死なないように頑張ってくれよ、素人勇者」

 櫂斗達四人の次なる戦いの場は、ローミリア大陸中央部。
 これが櫂斗達にとって初めての、人間を相手にした戦いとなる。
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