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第三十五話 参戦計画
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「しかし、厄介な事になりました。お陰で私は、また前線にとんぼ返りですかな?」
男は、目の前に出された皿の上の料理を、正しいテーブルマナーを使って、次々と口へ運んでいきながら、不敵な笑みを浮かべた。
ナプキンで口元を拭き、ナイフとフォークを皿に置いて、男はグラスを手に取り、注がれていた赤ワインに口を付ける。ちなみに、男が飲んだ赤ワインは、ある人物の秘蔵のコレクションであり、ボトル一本で想像を絶する額となる。
男は今、ワインの持ち主であるその人物に呼ばれ、会食の部屋で、こうして共に食事をしているのだ。そして、食事の席に座る男の目の前には、男にとっては忠誠を誓った主たる、絶対支配者の姿があった。
「はははっ!やはりそう思うかね、ルヒテンドルク君」
男の名は、ドレビン・ルヒテンドルク。ジエーデル国防軍の将軍であり、ジエーデル軍切っての名将である。
そんな彼と共に食事をしている者こそ、ドレビンが守るべき国の支配者であり、独裁者。独裁国家ジエーデル国総統、バルザック・ギム・ハインツベントである。
「やっと休暇を頂けて家に帰るや否や、部下からの異教徒反乱の知らせです。この食事の席も、前線戻りを言い渡すためでは?」
「そうだ⋯⋯⋯、と言いたいところだがね、実は違うのだよ」
「違う、と言いうと?」
「確かに、異教徒の討伐に君の力は欲しい。しかし吾輩は、君に別の仕事を頼みたいと考えている」
ドレビンはジエーデル軍の将軍として、各地の戦場で兵を指揮し、数多くの戦果を挙げ続けていた。だが、優秀な将軍というのは多忙なもので、その優秀さ故に各地を転々とさせられ、国へ帰る事も出来ず、戦場で休みなく働き続けていたのである。
しかし彼も、優秀な将軍とは言え人間なのだ。疲れ切った心と体の事を考え、休息は必要になる。前線での仕事を片付け、ようやく休暇を手に入れ、祖国ジエーデルに帰って来た途端、ボーゼアス教の事件は起こった。
家に帰って来るや否や、国防軍本部にいた部下からの知らせで、ドレビンは非常に落胆した。異教徒によって各地の前線が崩壊しているとなれば、すぐさま前線行きを命じられると、そう思ったからだ。ところが、前線戻りの命令は全く訪れず、彼が帰国して五日が過ぎ、ようやく訪れたのはバルザックからの誘いであった。
ジエーデル国の独裁者、総統バルザックからの食事の誘い。ドレビンの立場で、これを断れるわけがない。準備を済ませた彼は、バルザックの待つ総統府へと向かい、彼と久しぶりに顔を合わせ、今に至るのである。
「てっきり、ボーゼアス教とやらの討伐を言い渡されると考えていました。グラーフ教の事を考えるのであれば、あのような存在は直ちに処理しなくてなりませんから」
「もちろん、直ちにその処理も行なう。既に聞いていると思うが、各国は教会からの要請で討伐軍の編成を進めている」
「ホーリスローネ、ゼロリアス、そして我がジエーデル国による、三大国の一大討伐軍という話でしたか」
「我が国からは一万の戦力を投入する予定だ。その討伐軍の指揮官は、君の息子に任命した」
「⋯⋯⋯!」
妻を持つドレビンには、一人の息子がいる。その息子は、父親であり国の英雄でもあるドレビンに憧れ、軍に入隊した。親の才能を継いだのか、彼もまた優秀であり、父親ほどではないにしろ、数々の成果を挙げ続けている。
だが、いくら優秀とは言っても、まだ小規模部隊の若き指揮官である。そんなドレビンの息子に、バルザックは一万もの軍勢を預けようとしているのだ。
「若いというのは良いものだ。親の七光りと呼ばれたくはないと言って、吾輩の命令を喜んで承諾したよ」
「そのような大任、私の息子にはまだ早いと思いますが⋯⋯⋯」
「安心したまえ。討伐軍には、異教徒反乱鎮圧のために軍警察の精鋭が同行する。彼らには、異教徒の首魁オズワルドの捕縛、もしくは処刑を命じているのだが、君の息子の護衛も命じてある」
「それならば、身の安全は心配しなくて良さそうですが、作戦指揮は誰かが支えてやる必要があります」
「有能な副官を用意するつもりだから、君が心配する事は何もない。心配より、息子の華々しい出世を喜んだらどうかね?」
一見これは、総統バルザックが自分の信頼する将軍に対し、息子の出世のチャンスを用意したように見える。
だが、明らかにこれは何かあると、瞬時にドレビンは気付く。バルザックは何かを企み、自分の息子はその計画に利用された。それに気付いた彼は、思考を働かせながら、慎重に会話を続ける。
「いやしかし、困りましたな⋯⋯⋯」
「困る?」
「討伐軍指揮の大任で、もし息子が失敗するような事があれば、親である私の首が飛んでしまう」
「ふっははははは!!確かに、君にとってそれは困った問題だ!」
思わず吹き出し、大声で笑うバルザック。彼に合わせ、ドレビンも笑って見せる。傍から見れば、冗談を言って笑い合っているだけの光景だが、ドレビンにとっては、そんな平和な状況ではない。
次に言葉にされるだろうバルザックの企みに、笑みを崩さずドレビンは備えた。
「さて⋯⋯⋯、ルヒテンドルク君。君の息子には異教徒討伐を任命したが、君には国内で新しい軍団の編成を行なって貰いたい」
「新しい軍団ですか⋯⋯⋯。一体どんな軍団をお求めで?」
「国防用の精鋭軍団だよ。異教徒への敗走続きが原因で、有事の際の備えが不十分だという国民の声が多くなっている。彼らを納得させるため、強力な戦闘力と機動力を兼ね備えた、防衛用の戦力増強が急務なのだ」
元々、ジエーデル軍は国を防衛するための組織であり、正式名称はジエーデル国防軍である。バルザックがこの国の支配者となった時、中立国アーレンツの国防軍に倣い、そう命名したのだ。
外敵に対抗し、国民の生命と財産を守る軍隊。それがジエーデル国防軍であり、その理念を国民に説き、国を守る軍隊の存在は必要不可欠であると考えさせ、バルザックは国内の税を上げた。上げて得た税で、彼は軍備の増強を推し進めたのである。
国を守る軍隊として資金を集め、軍備を増強し、バルザックは各地への侵攻を行なった。そうしてこの国は、急速に国力を増大させ、大国へと変貌を遂げたのである。
だが、戦力の多くは大規模な侵攻作戦に駆り出され、国内の防備は年々低下の一途を辿っている。これでは、ジエーデル国防軍本来の理念に反する事になってしまう。そこでバルザックが考えたのが、防衛特化の精鋭軍団設立である。
「精鋭を集めた軍団ならば、少数であっても国民は安心できるだろう。しかも、軍団の創設者が英雄である君ともなれば、誰も文句は言うまい」
「なるほど、話は分かりました。では私は、その軍団創設に動けばいいのですね?」
「人選は君に任せる。君が優秀だと思う者達を集めたまえ。いざという時、即時に行動できる最強の軍団を期待している」
「了解致しました、総統閣下」
国内の防衛力強化のため、新しい戦力を用意する。名将であるドレビンに、異教徒討伐を任せない理由としては、納得のいく話ではある。筋の通った話でもあった。綺麗に用意された、今後の計画である。どこもおかしな点はない。話の内容に、バルザックが何かを企んでいるような、そんな気配は感じられなかった。
しかしこれは、全て納得がいく、あまりに不審な話であった。
「ルヒテンドルク君。今まで我が軍の前線を支えてくれて、吾輩は非常に感謝しているよ。この仕事は、前線勤務漬けであった君への、休息の意味も兼ねている」
「お心遣いに感謝いたします。これでしばらくは、妻を一人にさせずに済みそうです」
「家族は大切にしたまえよ、ルヒテンドルク君。軍人ならば、尚の事だ」
バルザックが用意した話の内容は、真の目的を隠している。彼はそれをドレビンに語らず、自分の目的を達成するために、敢えて伏せているのだ。
情報漏洩を防ぐためかもしれないが、それだけが理由ではないだろう。この独裁者は、もっと恐ろしい事を平気で考え、躊躇なく実行する。バルザック・ギム・ハインツベントとは、そういう男だ。
(大方の予想は付く。何が起きてもいいように、使える者達を集めておく事にしよう⋯⋯⋯)
異教徒の反乱など、名将にとっては恐ろしくもなんともない。
真に恐ろしいのは、名将の目の前にいる、恐怖と力で全てを支配し尽くす、独裁者という怪物であった。
男は、目の前に出された皿の上の料理を、正しいテーブルマナーを使って、次々と口へ運んでいきながら、不敵な笑みを浮かべた。
ナプキンで口元を拭き、ナイフとフォークを皿に置いて、男はグラスを手に取り、注がれていた赤ワインに口を付ける。ちなみに、男が飲んだ赤ワインは、ある人物の秘蔵のコレクションであり、ボトル一本で想像を絶する額となる。
男は今、ワインの持ち主であるその人物に呼ばれ、会食の部屋で、こうして共に食事をしているのだ。そして、食事の席に座る男の目の前には、男にとっては忠誠を誓った主たる、絶対支配者の姿があった。
「はははっ!やはりそう思うかね、ルヒテンドルク君」
男の名は、ドレビン・ルヒテンドルク。ジエーデル国防軍の将軍であり、ジエーデル軍切っての名将である。
そんな彼と共に食事をしている者こそ、ドレビンが守るべき国の支配者であり、独裁者。独裁国家ジエーデル国総統、バルザック・ギム・ハインツベントである。
「やっと休暇を頂けて家に帰るや否や、部下からの異教徒反乱の知らせです。この食事の席も、前線戻りを言い渡すためでは?」
「そうだ⋯⋯⋯、と言いたいところだがね、実は違うのだよ」
「違う、と言いうと?」
「確かに、異教徒の討伐に君の力は欲しい。しかし吾輩は、君に別の仕事を頼みたいと考えている」
ドレビンはジエーデル軍の将軍として、各地の戦場で兵を指揮し、数多くの戦果を挙げ続けていた。だが、優秀な将軍というのは多忙なもので、その優秀さ故に各地を転々とさせられ、国へ帰る事も出来ず、戦場で休みなく働き続けていたのである。
しかし彼も、優秀な将軍とは言え人間なのだ。疲れ切った心と体の事を考え、休息は必要になる。前線での仕事を片付け、ようやく休暇を手に入れ、祖国ジエーデルに帰って来た途端、ボーゼアス教の事件は起こった。
家に帰って来るや否や、国防軍本部にいた部下からの知らせで、ドレビンは非常に落胆した。異教徒によって各地の前線が崩壊しているとなれば、すぐさま前線行きを命じられると、そう思ったからだ。ところが、前線戻りの命令は全く訪れず、彼が帰国して五日が過ぎ、ようやく訪れたのはバルザックからの誘いであった。
ジエーデル国の独裁者、総統バルザックからの食事の誘い。ドレビンの立場で、これを断れるわけがない。準備を済ませた彼は、バルザックの待つ総統府へと向かい、彼と久しぶりに顔を合わせ、今に至るのである。
「てっきり、ボーゼアス教とやらの討伐を言い渡されると考えていました。グラーフ教の事を考えるのであれば、あのような存在は直ちに処理しなくてなりませんから」
「もちろん、直ちにその処理も行なう。既に聞いていると思うが、各国は教会からの要請で討伐軍の編成を進めている」
「ホーリスローネ、ゼロリアス、そして我がジエーデル国による、三大国の一大討伐軍という話でしたか」
「我が国からは一万の戦力を投入する予定だ。その討伐軍の指揮官は、君の息子に任命した」
「⋯⋯⋯!」
妻を持つドレビンには、一人の息子がいる。その息子は、父親であり国の英雄でもあるドレビンに憧れ、軍に入隊した。親の才能を継いだのか、彼もまた優秀であり、父親ほどではないにしろ、数々の成果を挙げ続けている。
だが、いくら優秀とは言っても、まだ小規模部隊の若き指揮官である。そんなドレビンの息子に、バルザックは一万もの軍勢を預けようとしているのだ。
「若いというのは良いものだ。親の七光りと呼ばれたくはないと言って、吾輩の命令を喜んで承諾したよ」
「そのような大任、私の息子にはまだ早いと思いますが⋯⋯⋯」
「安心したまえ。討伐軍には、異教徒反乱鎮圧のために軍警察の精鋭が同行する。彼らには、異教徒の首魁オズワルドの捕縛、もしくは処刑を命じているのだが、君の息子の護衛も命じてある」
「それならば、身の安全は心配しなくて良さそうですが、作戦指揮は誰かが支えてやる必要があります」
「有能な副官を用意するつもりだから、君が心配する事は何もない。心配より、息子の華々しい出世を喜んだらどうかね?」
一見これは、総統バルザックが自分の信頼する将軍に対し、息子の出世のチャンスを用意したように見える。
だが、明らかにこれは何かあると、瞬時にドレビンは気付く。バルザックは何かを企み、自分の息子はその計画に利用された。それに気付いた彼は、思考を働かせながら、慎重に会話を続ける。
「いやしかし、困りましたな⋯⋯⋯」
「困る?」
「討伐軍指揮の大任で、もし息子が失敗するような事があれば、親である私の首が飛んでしまう」
「ふっははははは!!確かに、君にとってそれは困った問題だ!」
思わず吹き出し、大声で笑うバルザック。彼に合わせ、ドレビンも笑って見せる。傍から見れば、冗談を言って笑い合っているだけの光景だが、ドレビンにとっては、そんな平和な状況ではない。
次に言葉にされるだろうバルザックの企みに、笑みを崩さずドレビンは備えた。
「さて⋯⋯⋯、ルヒテンドルク君。君の息子には異教徒討伐を任命したが、君には国内で新しい軍団の編成を行なって貰いたい」
「新しい軍団ですか⋯⋯⋯。一体どんな軍団をお求めで?」
「国防用の精鋭軍団だよ。異教徒への敗走続きが原因で、有事の際の備えが不十分だという国民の声が多くなっている。彼らを納得させるため、強力な戦闘力と機動力を兼ね備えた、防衛用の戦力増強が急務なのだ」
元々、ジエーデル軍は国を防衛するための組織であり、正式名称はジエーデル国防軍である。バルザックがこの国の支配者となった時、中立国アーレンツの国防軍に倣い、そう命名したのだ。
外敵に対抗し、国民の生命と財産を守る軍隊。それがジエーデル国防軍であり、その理念を国民に説き、国を守る軍隊の存在は必要不可欠であると考えさせ、バルザックは国内の税を上げた。上げて得た税で、彼は軍備の増強を推し進めたのである。
国を守る軍隊として資金を集め、軍備を増強し、バルザックは各地への侵攻を行なった。そうしてこの国は、急速に国力を増大させ、大国へと変貌を遂げたのである。
だが、戦力の多くは大規模な侵攻作戦に駆り出され、国内の防備は年々低下の一途を辿っている。これでは、ジエーデル国防軍本来の理念に反する事になってしまう。そこでバルザックが考えたのが、防衛特化の精鋭軍団設立である。
「精鋭を集めた軍団ならば、少数であっても国民は安心できるだろう。しかも、軍団の創設者が英雄である君ともなれば、誰も文句は言うまい」
「なるほど、話は分かりました。では私は、その軍団創設に動けばいいのですね?」
「人選は君に任せる。君が優秀だと思う者達を集めたまえ。いざという時、即時に行動できる最強の軍団を期待している」
「了解致しました、総統閣下」
国内の防衛力強化のため、新しい戦力を用意する。名将であるドレビンに、異教徒討伐を任せない理由としては、納得のいく話ではある。筋の通った話でもあった。綺麗に用意された、今後の計画である。どこもおかしな点はない。話の内容に、バルザックが何かを企んでいるような、そんな気配は感じられなかった。
しかしこれは、全て納得がいく、あまりに不審な話であった。
「ルヒテンドルク君。今まで我が軍の前線を支えてくれて、吾輩は非常に感謝しているよ。この仕事は、前線勤務漬けであった君への、休息の意味も兼ねている」
「お心遣いに感謝いたします。これでしばらくは、妻を一人にさせずに済みそうです」
「家族は大切にしたまえよ、ルヒテンドルク君。軍人ならば、尚の事だ」
バルザックが用意した話の内容は、真の目的を隠している。彼はそれをドレビンに語らず、自分の目的を達成するために、敢えて伏せているのだ。
情報漏洩を防ぐためかもしれないが、それだけが理由ではないだろう。この独裁者は、もっと恐ろしい事を平気で考え、躊躇なく実行する。バルザック・ギム・ハインツベントとは、そういう男だ。
(大方の予想は付く。何が起きてもいいように、使える者達を集めておく事にしよう⋯⋯⋯)
異教徒の反乱など、名将にとっては恐ろしくもなんともない。
真に恐ろしいのは、名将の目の前にいる、恐怖と力で全てを支配し尽くす、独裁者という怪物であった。
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