贖罪の救世主

水野アヤト

文字の大きさ
上 下
560 / 841
第32.5話 俺のヴァスティナ帝国がこんなにイカれてるわけがない

18

しおりを挟む
 ウルスラと一緒に浴場を後にし、今度は城内を案内されながら、ミカエラとジェーンはこの国についての説明を聞かされた。帝国の歴史と現在の状況、そして帝国女王について・・・・・・。一通りの説明を受ける頃には、城内の主要な場所はほぼ案内し終わっていた。
 二人が最後に案内されたのは、帝国女王の寝室である。ウルスラが扉をノックし声をかけ、入室の許可を貰った後、彼女は寝室の扉を開いた。二人はウルスラと共に、女王の寝室へと入っていく。三人の目の前にいたのは、休息のため、寝室の椅子に腰かけているユリーシアと、護衛として彼女の傍に立つメシアの姿であった。

「ウルスラ、どうかしましたか?」
「今日からメイドとして私の部下になる者達を連れて参りました」
「もしかして、先程の方達をここへ?」
「はい。名前はミカエラとジェーンといいます。今後は私の部下として、陛下を御守りする盾となれるよう指導致します」

 あの時はよく見ていなかったが、今は彼女の姿がはっきりと眼に入る。
 強制的に女王の寝室まで連れて来られ、ウルスラと共に部屋に入ったミカエラとジェーン。二人が眼にしたのは、純白のドレスを身に纏う、真っ白な長い髪の少女。美しい人形のようなこの少女は、ウルスラ達をその瞳に映す事なく、ずっと瞼を閉じている。その理由は、少女が盲目であるからだ。
 ミカエラもジェーンも、ウルスラの口から帝国女王についての説明は受けている。体が弱く、盲目である事も理解済みだった。だが、説明されたのと実際に眼にするのでは、心に抱く印象は大きく変わる。

(光を失った、儚くも美しい少女・・・・・・)

 ミカエラの目に映ったユリーシアは、この世のものとは思えない、純白の天使のような存在であった。美少女などという言葉で簡単に言い表せない、美しく可憐な少女。その美しさを生み出しているのは、少女が放つ女王の威厳と、不自然なまでに真っ白な彼女の髪や素肌であった。
 例えるならそれは白百合のよう・・・・・・。
 言葉にし難い儚さを感じる少女の姿。その美しさはまるで、命の灯が見せる最後の輝き。この時のミカエラは、ユリーシアの姿を見てそう思った。

(こんな女の子を・・・・・国の支配者にするの・・・・・?)

 ジェーンの目に映ったユリーシアは、この世界に舞い降りた、純白の女神であった。どんな人間にも分け隔てなく、愛情と優しさを向けてくれるであろう、慈愛に満ちた存在。彼女の眼には、そう映った。
 だが、勘の良い彼女は気付いてしまう。目の前にいる女神のような存在に絡み付く、穢れた人間達の手。
 この少女の存在がなければ、何もかもが崩壊してしまっていたのだろう。故に、誰かが彼女を一国の支配者とした。誰もが彼女を拠りどころとした。そうやって、穢れた人間達は彼女を贄とし、自分達を救った。ジェーンの眼は、身勝手な人間達のせいで、女王として君臨するしかなかった、悲しき少女の姿を映し出していた。

「ウルスラ。私の前に来なさい」
「はい」

 女王ユリーシアは口を開き、自分の目の前に来るようウルスラに命令した。命令に従ったウルスラが近付くと、その気配を頼りにユリーシアが彼女へと顔を向ける。
 椅子に腰かけたままのユリーシアと、彼女の前に立つウルスラ。両者が並ぶと、まるで親子のようにしか見えなかった。顔が似ているわけではないが、幼い少女であるユリーシアと、彼女よりもずっと年上であろう、大人の女性であるウルスラが並べば、そう見えてしまうのも仕方がなかった。
 終始変わらない真剣な表情のウルスラ。相手を威圧するように鋭い視線を放つため、終始怒っているように見えるが、単に彼女は真面目なだけである。今展開されている光景が、ウルスラのその表情のせいで、「娘を叱ろうとしている母親」という光景にしか見えない。

「何やってるんですかウルスラ!!」
「!!」

 叱られたのはユリーシアではなく、ウルスラであった。
 優しそうな少女であったユリーシアが、真剣な表情でウルスラを叱責する。精一杯声を張り上げ、怒りを露にするユリーシアに、ウルスラだけでなくミカエラやジェーンまでもが驚愕していた。驚かなかったのはメシアくらいであった。

「そちらの方達を無理に城まで連行して、有無を言わせずメイドにするとは何事ですか!?」
「こっ、これは陛下を御守りするためです。新部隊の設立には、この二人は必要不可欠な------」
「関係ありません!御二人を今すぐ解放しなさい!」
「しかし・・・・・!」
「しかしじゃないです!御二人の意志を無視したやり方は許しません!!」

 謁見の間に二人が連れて来られた時、大体の説明はウルスラ自身の口から聞いていた。その時は状況が理解できず混乱していたが、今は違う。話を整理し、ウルスラが何をやったのかを理解したユリーシアは、彼女の主人である身として、非人道的とも言える強制連行行為を止めさせようとしているのだ。
 元軍人であるせいか、ウルスラは真面目過ぎるところがあり、やる事も力技過ぎるのである。基本的には器用なのだが、絶対の忠誠を誓うユリーシアのために張り切ると、頑張り過ぎて空回りしてしまう事が多い。
 今回もそうだ。ウルスラが創設しようとしている部隊は、メイドとしてユリーシアに仕え、非常時は女王守護の最後の砦として戦う、精鋭護衛部隊である。街で偶然二人を見つけ、戦闘力は合格であると判断し、ウルスラは二人を確保した。彼女の求める要求値は、一人で二十人から三十人は相手にできる、実戦慣れした女性である。そんな女性が早々見つかるはずもないと、ウルスラ自身もよくわかっているが、部隊の創設は急がねばならない。
 戦闘経験豊富な女性を急ぎ求める彼女にとって、ミカエラとジェーンに巡り会えた事は、二度とないであろう幸運であった。その幸運を絶対に離すまいと、焦るウルスラが行動した結果がこれである。

「御二人が自ら望んでというのであればわかりますが、そうでないなら許可しません。人を強制的に兵士にする行為など、この国の理念に反します」
「申し訳ありません、陛下・・・・・・・」
「謝る相手が違います。ウルスラ、御二人に今すぐ謝罪しなさい」
「わかりました・・・・・」

 少女とは思えない覇気を放ち、メイド長に有無を言わせないその姿。間違いなくこの少女は、女王の威厳を持っている。彼女の言葉一つ一つに、刃物のような鋭さを感じる。それが相手を緊張させ、逆らう事を許さないのだ。
 ユリーシアにこっぴどく叱られ、ウルスラは二人に向き直る。驚愕状態の二人に前で、彼女は深く頭を下げて口を開いた。

「申し訳ありませんでした・・・・・」
「「はっ、はい・・・・・」」

 二人共、それ以上言葉が出てこなかった。文句の言葉は沢山あったが、ユリーシアの覇気に気圧されてしまい、何も言葉が出てこなかったのである。
 それに、表情鉄仮面であったあのウルスラが、肩を落として落ち込んでいる。ユリーシアに叱責された事が、相当応えたせいであった。

「私からも御詫び致します。此度の私のメイドの不始末、どうか御許し下さい」
「陛下・・・・!」
「ウルスラに悪気はありません。ただ私のためを思っての行動なんです。責めは私が負いますので、どうか彼女を御許し下さい」

 ユリーシアは自分が許されるのではなく、ウルスラが許されるのを望んでいた。一国の支配者たる女王が、メイドの犯した過ちのために頭を下げ、許しを乞うているのである。動揺を隠せないウルスラと、またもユリーシアに驚愕させられた二人。少女とは言え女王である彼女に、ここまでされてしまっては、ミカエラもジェーンも何も言えなくなってしまう。
 その時である。寝室全体に、空腹を訴えるお腹の大きな音が鳴り響いた。

「「!!」」

 お腹の音を鳴らしてしまったのは、ミカエラとジェーンの二人であった。
 酒場で食事を済ませたものの、激しい戦闘でお腹を空かせてしまったミカエラと、戦闘を開始したために、そもそも食事を済ませられなかったジェーン。お腹の音がなってしまうのも仕方がなかった。
 
「恥ずかしい・・・・・・」
「うう・・・・、そう言えばご飯食べそこなったのよね・・・・・・」

 女王の寝室でやってしまった痴態に、二人は赤面してしまう。空腹の音を隠せなかった二人が、恥ずかしさに顔を赤くし、ユリーシア達から顔を背ける。
 
「ウルスラ、御二人のために食事を用意しなさい」

 二人の空腹を知ったユリーシアが、食事の用意をウルスラに命じる。
 彼女の言葉にまたも驚愕する二人。ユリーシアは微笑みを浮かべ、二人に向けて言葉を続けた。

「今回の御詫びとして、御二人に食事を御馳走致します。もし宿など決まっていないのであれば、今日は我が城に御泊り下さい」
「陛下!?食事だけでなく、城に泊めるなど・・・・・!」
「御二人にした事への償いとしては、これでは足りないくらいです。ウルスラ、御二人を丁重に御もて成し
しなさい。わかりましたね?」
「・・・・・・はい」

 反対意見は許さない。故にウルスラはこれ以上逆らわず、メシアも黙って見ているだけなのだ。
 
「それで・・・・、御二人がもし宜しければ、御食事をご一緒させて頂けませんか?」
「えっ!?」
「はい!?」
「見ての通り、私は眼が不自由でして・・・・・。人から色々なお話を聞くのが、今の私の楽しみなんです。良ければ、是非お話を聞かせていただければと・・・・・」

 今日何度目の驚きかわからない、またまたミカエラとジェーンの驚愕。この時二人は、「この国の人間は、息つく暇も与えず人を驚かせ続けて殺そうとしているんじゃないか!?」と考えてしまっていた。
 勿論、ユリーシアに悪気はない。他意はなく、ただ純粋にお話をしたいだけなのである。

「やはり・・・・・・駄目でしょうか?」
「「うっ・・・・・」」

 悲しそうな表情で肩を落としていくユリーシア。心の底から残念そうにしている彼女を見てしまえば、誰も断る事は出来ない。
 純粋な少女のささやかな願いを叶えるため、このすぐ後に、二人はユリーシアの願いを承諾した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話

島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。 俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。

会うたびに、貴方が嫌いになる【R15版】

猫子猫
恋愛
長身の王女レオーネは、侯爵家令息のアリエスに会うたびに惹かれた。だが、守り役に徹している彼が応えてくれたことはない。彼女が聖獣の力を持つために発情期を迎えた時も、身体を差し出して鎮めてくれこそしたが、その後も変わらず塩対応だ。悩むレオーネは、彼が自分とは正反対の可愛らしい令嬢と親しくしているのを目撃してしまう。優しく笑いかけ、「小さい方が良い」と褒めているのも聞いた。失恋という現実を受け入れるしかなかったレオーネは、二人の妨げになるまいと決意した。 アリエスは嫌そうに自分を遠ざけ始めたレオーネに、動揺を隠せなくなった。彼女が演技などではなく、本気でそう思っていると分かったからだ。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます

ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう どんどん更新していきます。 ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。

二度目の結婚は、白いままでは

有沢真尋
恋愛
 望まぬ結婚を強いられ、はるか年上の男性に嫁いだシルヴィアナ。  未亡人になってからは、これ幸いとばかりに隠遁生活を送っていたが、思いがけない縁談が舞い込む。  どうせ碌でもない相手に違いないと諦めて向かった先で待っていたのは、十歳も年下の青年で「ずっとあなたが好きだった」と熱烈に告白をしてきた。 「十年の結婚生活を送っていても、子どもができなかった私でも?」  それが実は白い結婚だったと告げられぬまま、シルヴィアナは青年を試すようなことを言ってしまう。 ※妊娠・出産に関わる表現があります。 ※表紙はかんたん表紙メーカーさま 【他サイトにも公開あり】

この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。

天織 みお
恋愛
「おめでとうございます。奥様はご懐妊されています」 目が覚めたらいきなり知らない老人に言われた私。どうやら私、妊娠していたらしい。 「だが!彼女と子供が出来るような心当たりは一度しかないんだぞ!!」 そして、子供を作ったイケメン王太子様との仲はあまり良くないようで――? そこに私の元婚約者らしい隣国の王太子様とそのお妃様まで新婚旅行でやって来た! っていうか、私ただの女子高生なんですけど、いつの間に結婚していたの?!ファーストキスすらまだなんだけど!! っていうか、ここどこ?! ※完結まで毎日2話更新予定でしたが、3話に変更しました ※他サイトにも掲載中

うちの娘が悪役令嬢って、どういうことですか?

プラネットプラント
ファンタジー
全寮制の高等教育機関で行われている卒業式で、ある令嬢が糾弾されていた。そこに令嬢の父親が割り込んできて・・・。乙女ゲームの強制力に抗う令嬢の父親(前世、彼女いない歴=年齢のフリーター)と従者(身内には優しい鬼畜)と異母兄(当て馬/噛ませ犬な攻略対象)。2016.09.08 07:00に完結します。 小説家になろうでも公開している短編集です。

処理中です...