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第32.5話 俺のヴァスティナ帝国がこんなにイカれてるわけがない
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「おや・・・・・・?」
夜も更けた頃。明かりが消えた暗い寝室の中へ入っていくと、リリカの目の前には、ベッドに眠る一人の男と、彼の傍で椅子に座ったまま寄り添うようにして眠る、一人の少女の姿があった。
リリカが入った部屋は、帝国参謀長の寝室である。ベッドで眠っているのは、帝国参謀長リクトビア・フローレンス。親しい者は彼をリックと呼ぶ。そんな彼の傍で眠っているのは、槍士レイナ・ミカヅキであった。
「可愛い子だ・・・・・」
眠るレイナの髪を撫で、微笑みを浮かべるリリカ。起こさぬよう少しの間彼女を愛でた後、寝室にあった毛布を手に取り、眠るレイナの上にそっと毛布を掛けた。
先の戦争で重傷を負い、どうにか一命を取り留め、永い眠りより目覚めたリック。回復したと言っても、まだ彼の体は全快ではなく、今も治療を続けている。
毎日ノイチゴが診察し、薬を飲ませるなどの治療を続けており、リックの看病はメイド部隊のリンドウが行なっている。そして毎日必ず、リックのもとに見舞いに訪れる者達がいて、彼の調子を確かめるのだ。しかし、こんな時間に見舞いに訪れる事はない。レイナがここにいる理由は、見舞いのためではなかった。
「傍にいないと、心配で堪らないか・・・・・」
看病を終えたリンドウが寝室を出た後、レイナはここへやって来た。リックの傍に付き、彼を起こさぬよう静かに見守っていたのである。傍に付いていなければ、彼がまたどこかへいなくなってしまう。そしてまた、傷だらけとなって帰ってくる。いや、今度は帰って来ないかもしれない。そう思うと、怖くて堪らないのだ。だから彼女はここにいる。
「愛されているね、リック」
優しく微笑むリリカは、二人が眠るベッドの上に腰を下ろす。
眠るリックの顔を近くで見て、彼女は安心していた。悪夢に魘される事なく、今日はよく眠っているからである。
前回の戦いで肉体強化の薬を使い、その副作用に今も苦しむリックは、何事もなく眠れる日が少ない。高熱に苦しむ日もあれば、全身に奔り続ける痛みに苦しむ日もある。だが、一番彼を苦しめるのは、高熱でも痛みでもなく、絶望しか見せない悪夢だった。
「代償か・・・・・・」
これは、彼がたった一人の少女を救うために払った代償。
救うために使った薬。そして、拷問を受けた時に使われた薬。二つの薬の副作用は、後遺症として残るかもしれない。彼を襲う悪夢は、薬が見せる幻覚のようなものだ。
リックが見る悪夢は、大切な者達が失われていく光景。それは彼が最も怖れる、絶望的な瞬間だった。
「もっと早く、助けられていたなら・・・・・・」
誰もが彼女と同じ事を思っている。後悔しない者などいなかった。リリカだって、皆と同じなのだ。
「後悔したって、仕方ないのにね・・・・・」
自分達はできる事を全てやった。命を救えただけでも十分だ。そうとわかっていても、後悔はしてしまう。だから彼女はリックの傍に寄り添う。彼の支えで在り続ける。
眠るリックの頭を優しく撫で、彼の額にそっと口付けをするリリカ。
これは彼女のおまじないだ。今はただ、幸福な夢を見続け眠っていて欲しいと、そう願いを込めたおまじない・・・・・。
「メシアやユリーシアのように、私はいなくなったりはしないよ・・・・・・」
リックにとって最愛の二人。悪夢の中には、彼女達が失われる光景もある。
生涯決して忘れる事がないだろう、最愛の者達とのかけがえのない記憶。それが彼を支え、同時に苦しめていた。
リリカもまた、彼にとっては大切な存在だ。最愛の二人のように、絶対に失わないと誓っている。それがわかっているからこそ、彼女は約束する。
「私は傍を離れない。だから安心しなさい・・・・・」
悪夢に襲われてない事を確認し、しばらく彼の傍に寄り添い続けた後、リリカはリックの寝室を後にした。自分の寝室へと入った彼女は、着ていた紅いドレスも下着も脱ぎ、裸になってベッドに潜り込んだ。
長く、そして濃密な一日。宰相リリカの一日が、やっと終わる。
帝国の宰相であり、才色兼備の絶世の美女。不思議で妖艶な女性だが、彼女はとても優しい。その優しさに、今日も多くの者達が救われた。多忙にもかかわらず、どんな難しい問題も華麗に解決して見せ、皆から絶対の信頼を集め続ける、皆のお姉さん的存在。優しい女神のような彼女は、明日もきっと誰かを助け--------。
(明日は誰を揶揄おうか・・・・・。そうだ、ラフレシアの黒歴史をみんなの前で語って聞かせよう。ふふふっ・・・・、あの子はきっといい顔で悶えてくれる・・・・・・)
・・・・・・優しい女神はではなく、悪に堕ちた邪神かもしれない。明日誰をいじるか計画を立てながら、温かい毛布の心地よさに抱かれ、彼女は眠りに落ちていく。
これが、自称美人で天才な宰相リリカの華麗なる一日。
明日もまた、彼女の華麗なる一日の中で、罪のない誰かが悲鳴を上げる事だろう・・・・・。
~終~
夜も更けた頃。明かりが消えた暗い寝室の中へ入っていくと、リリカの目の前には、ベッドに眠る一人の男と、彼の傍で椅子に座ったまま寄り添うようにして眠る、一人の少女の姿があった。
リリカが入った部屋は、帝国参謀長の寝室である。ベッドで眠っているのは、帝国参謀長リクトビア・フローレンス。親しい者は彼をリックと呼ぶ。そんな彼の傍で眠っているのは、槍士レイナ・ミカヅキであった。
「可愛い子だ・・・・・」
眠るレイナの髪を撫で、微笑みを浮かべるリリカ。起こさぬよう少しの間彼女を愛でた後、寝室にあった毛布を手に取り、眠るレイナの上にそっと毛布を掛けた。
先の戦争で重傷を負い、どうにか一命を取り留め、永い眠りより目覚めたリック。回復したと言っても、まだ彼の体は全快ではなく、今も治療を続けている。
毎日ノイチゴが診察し、薬を飲ませるなどの治療を続けており、リックの看病はメイド部隊のリンドウが行なっている。そして毎日必ず、リックのもとに見舞いに訪れる者達がいて、彼の調子を確かめるのだ。しかし、こんな時間に見舞いに訪れる事はない。レイナがここにいる理由は、見舞いのためではなかった。
「傍にいないと、心配で堪らないか・・・・・」
看病を終えたリンドウが寝室を出た後、レイナはここへやって来た。リックの傍に付き、彼を起こさぬよう静かに見守っていたのである。傍に付いていなければ、彼がまたどこかへいなくなってしまう。そしてまた、傷だらけとなって帰ってくる。いや、今度は帰って来ないかもしれない。そう思うと、怖くて堪らないのだ。だから彼女はここにいる。
「愛されているね、リック」
優しく微笑むリリカは、二人が眠るベッドの上に腰を下ろす。
眠るリックの顔を近くで見て、彼女は安心していた。悪夢に魘される事なく、今日はよく眠っているからである。
前回の戦いで肉体強化の薬を使い、その副作用に今も苦しむリックは、何事もなく眠れる日が少ない。高熱に苦しむ日もあれば、全身に奔り続ける痛みに苦しむ日もある。だが、一番彼を苦しめるのは、高熱でも痛みでもなく、絶望しか見せない悪夢だった。
「代償か・・・・・・」
これは、彼がたった一人の少女を救うために払った代償。
救うために使った薬。そして、拷問を受けた時に使われた薬。二つの薬の副作用は、後遺症として残るかもしれない。彼を襲う悪夢は、薬が見せる幻覚のようなものだ。
リックが見る悪夢は、大切な者達が失われていく光景。それは彼が最も怖れる、絶望的な瞬間だった。
「もっと早く、助けられていたなら・・・・・・」
誰もが彼女と同じ事を思っている。後悔しない者などいなかった。リリカだって、皆と同じなのだ。
「後悔したって、仕方ないのにね・・・・・」
自分達はできる事を全てやった。命を救えただけでも十分だ。そうとわかっていても、後悔はしてしまう。だから彼女はリックの傍に寄り添う。彼の支えで在り続ける。
眠るリックの頭を優しく撫で、彼の額にそっと口付けをするリリカ。
これは彼女のおまじないだ。今はただ、幸福な夢を見続け眠っていて欲しいと、そう願いを込めたおまじない・・・・・。
「メシアやユリーシアのように、私はいなくなったりはしないよ・・・・・・」
リックにとって最愛の二人。悪夢の中には、彼女達が失われる光景もある。
生涯決して忘れる事がないだろう、最愛の者達とのかけがえのない記憶。それが彼を支え、同時に苦しめていた。
リリカもまた、彼にとっては大切な存在だ。最愛の二人のように、絶対に失わないと誓っている。それがわかっているからこそ、彼女は約束する。
「私は傍を離れない。だから安心しなさい・・・・・」
悪夢に襲われてない事を確認し、しばらく彼の傍に寄り添い続けた後、リリカはリックの寝室を後にした。自分の寝室へと入った彼女は、着ていた紅いドレスも下着も脱ぎ、裸になってベッドに潜り込んだ。
長く、そして濃密な一日。宰相リリカの一日が、やっと終わる。
帝国の宰相であり、才色兼備の絶世の美女。不思議で妖艶な女性だが、彼女はとても優しい。その優しさに、今日も多くの者達が救われた。多忙にもかかわらず、どんな難しい問題も華麗に解決して見せ、皆から絶対の信頼を集め続ける、皆のお姉さん的存在。優しい女神のような彼女は、明日もきっと誰かを助け--------。
(明日は誰を揶揄おうか・・・・・。そうだ、ラフレシアの黒歴史をみんなの前で語って聞かせよう。ふふふっ・・・・、あの子はきっといい顔で悶えてくれる・・・・・・)
・・・・・・優しい女神はではなく、悪に堕ちた邪神かもしれない。明日誰をいじるか計画を立てながら、温かい毛布の心地よさに抱かれ、彼女は眠りに落ちていく。
これが、自称美人で天才な宰相リリカの華麗なる一日。
明日もまた、彼女の華麗なる一日の中で、罪のない誰かが悲鳴を上げる事だろう・・・・・。
~終~
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