540 / 841
第三十二話 悪夢の終わりと、彼女の望み
9
しおりを挟む
「起きろ」
「んっ・・・・・」
声をかけられて目が覚め、瞼を開くと、眩しい陽の光が視界を塞ぐ。あまりの眩しさに瞼を閉じようとすると、目の前に光を遮る陰が現れた。その陰は人の形をしていて、その陰は、起きた彼の顔を覗き込んでいる。
「起きたか、リック」
「あれ・・・・メシア団長・・・・・?」
名前を呼ばれて起こされたリックが見たものは、ヴァスティナ帝国騎士団団長にして、帝国最強の軍神と呼ばれている、騎士団長メシアであった。
「こんなところで昼寝か。軍務はどうした?」
「えっ、えーと・・・・・・、ちょっと休憩をと思いまして・・・・・」
「エミリオに任せて抜け出したな」
「・・・・・・はい、仰る通りです」
どんな嘘を吐いても、彼女には一発で見抜かれてしまう。特にリックの心は、彼女曰くとても読みやすいらしい。
息抜きと称して執務室をこっそり抜け出し、散歩のために外に出たリック。天気のいい過ごしやすい日で、気分良く散歩を楽しんでいた彼は、色んな場所を見て回った後、帝国騎士団の訓練場へと辿り着いた。そこで、暇潰しに騎士団の訓練を見物していたが、段々眠くなり、気が付けば昼寝をしていたのである。
「後で謝っておくんだぞ」
「ううっ・・・・、わかってはいるんですけど。あいつ意外と、怒ると怖いんです」
「ならばリリカに報告する」
「それはマジでやめて下さい!あいつに弱みを握られたら最後、明日から何されるかわかったもんじゃないです!」
メシアはリックにとって、先生や師匠と呼べる存在であり、彼女の言った事には基本逆らえない。そして彼女は、リックの事をよく理解している。彼の弱点すらお見通しだ。
「リリカが嫌ならばエミリオに必ず謝れ。いいな?」
「はい・・・・・、ちゃんと謝ります」
「エミリオもきっと怒ってはいない。このところのお前は頑張り過ぎだ。あの男も、この程度の休憩くらい許してくれる」
「だといいんですけど・・・・・。まあ、メシア団長がそう言うならきっと大丈夫ですね」
純粋さに満ちた笑顔を浮かべ、メシアの顔を見つめるリック。
素直にその言葉を信じた彼の頭を、彼女は優しく撫でた。
「いい子だ・・・・・」
「えっ!メシア団長!?」
愛おしいものを愛でる様に、美しい微笑みを浮かべるメシア。
リックにとって彼女は、存在そのものが美しい絶世の美女である。女王陛下に忠誠を誓う騎士として生き、女である事を捨てた彼女は言っているが、彼女の美しさに敵う女性などそうはいない。
印象的な褐色の肌に、長く綺麗な銀髪。軽量さを重視した、彼女専用の肌の露出の多い防具の上からでもわかる、豊満な胸を持ち、非常に整った容姿である。体のどこをチェックしても、理想的な美女と呼べるものを持つ、女神の如し存在。彼女のような女性を絶世の美女と呼ぶ。しかもメシアは、母性に溢れたとても優しい女性でもある。
もしかすると、他者は彼女を見てもそうは思わないかもしれない。だがリックは、彼女こそ絶世の美女と疑わない。そして彼は、そんな彼女の全てが好きだ。愛してやまない憧れの女性に、彼は今、なんと頭を撫でられているのである。
「どうした?顔が赤いぞ?」
「いっ、いえ・・・・・・、何でもないです・・・・・」
頬を真っ赤にし、大人しくなっていくリック。憧れの女性にいい子いい子されれば、赤面して沈黙してしまうのも無理はない。特に相手が、メシアともなれば尚更だ。
「風邪かもしれない。今日はもう休め」
「だっ、大丈夫です!ほんとに、ほんとに風邪とかじゃないんで心配しないで下さい」
「だが・・・・・」
心配を顔に表し、彼の顔を見つめる。メシアがリックを心配するのは、彼女にとって特別な存在であるがためだ。メシアがリックを想って抱く感情。それが愛だと気付くのは、もう少し時が経ってからとなる。
「そっ、それより・・・・・」
「なんだ?」
「もう少しだけ・・・・・撫でて貰ってもいいですか?」
普段なら、リックが誰かの頭を撫でる事の方が多い。そのせいもあり、しかもメシアに撫でられた事もあって、嬉しい気持ちがありつつも、とても恥ずかしいのである。
頬を朱に染めながら、恥ずかしがりながら、彼はいい子いい子を要求した。とても恥ずかしくはあるが、彼女にこうされるのは何物にも代え難い。恥ずかしさを堪え、この至福の時をあと少しだけ求めた。
「頑張ってるご褒美って事で、俺は頭なでなでを要求します!」
「ご褒美は構わないが、そんなものでいいのか?」
「メシア団長のだからいいんです!お願いします!!」
「・・・・・・そこまで言うならば、望み通りやってやろう」
帝国の狂犬と恐れられるリックを、いとも簡単に大人しくさせてしまう、彼に対して絶大な威力を発揮する必殺技。顔を赤くし、御褒美を待っている今のリックの姿は、メシアだからこそ見せる姿であった。帝国参謀長の痴態と馬鹿にされても仕方がないが、男とは、欲望には勝てないのである。
「・・・・・・一つ約束しろ」
「なっ、何ですか?」
「お前は戦いで無茶をし過ぎる。軍務でも無理をし過ぎだ。何が言いたいかわかるな?」
「・・・・・・」
「大切なものを守るために、自分を犠牲にし続けるのを控えろ。約束できるか?」
そう約束させようとして、彼が何と答えるか。彼女にはそれが、最初からわかっている。
それでも、リックを大切に想う彼女の気持ちが、彼に約束させようとするのだ。
「・・・・・・すみません。俺、約束できないです」
わかっていた。約束させるには無理な話だったのである。
大切な存在が危機に陥った時、彼は頭よりも先に体が動く。大切な存在が救われるまで、自分がどれだけ傷付こうと構わない。そうやって自分を犠牲にし、傷付いていく彼の姿を、メシアはもう見たくないのだ。
見たくないから、傷付いて欲しくないからこそ、約束させようとした。約束できないと言われるのは承知で、言わずにはいられなかったのである。
「俺、馬鹿で不器用なんですよ。こういうやり方でしか、皆を守れないんです」
「・・・・・・」
「メシア団長が心配してくれるのは本当に嬉しいです。でも俺は、こんなやり方しかできないから、その約束は守れません」
強くそう言い切り、己の強い意志をメシアへとぶつける。答えはわかっていた事なのだが、彼女は溜息を吐き、リックに対して背を向けた。
「約束できないならご褒美は無しだ」
「えっ!?」
「頭を撫でて欲しければ、私と約束しろ」
「ぐぬぬ・・・・・・、それはずるいですよ・・・・・」
メシアのご褒美はどうしても頂きたいが、こればかりは譲れない。苦悩したリックは、自分の強い意志を選び、苦渋の決断をしてご褒美を諦めた。
彼女の背後でがくりと肩を落とし、溜息を吐くリックの姿はまさに、捨てられた子犬のようである。一気に元気を失い、この世の終わりを知ったような顔をしていた。
大切な仲間達の前では、帝国軍を率いる参謀長として、常に気丈に振舞うのを心掛けている。冗談を言う時以外は弱音を吐かず、動揺を見せる事もない。それがリックの、軍人としての顔であり、その身に背負う大きな責務なのである。
しかし、彼とて人だ。弱さを隠し切れない時もある。故に、自分の良き理解者であり、信頼し、愛してもいる彼女の前では、年相応の男に還るのだ。
「守れない約束なんてできません。ご褒美は・・・・・・我慢します!!」
「・・・・・・仕方がないな」
「!?」
リックへと向き直ったメシアは、彼の手を取り、自分の胸元に彼の体を抱き寄せた。不意の事で驚き、突然の肌の温もりに緊張しつつ、リックは彼女の顔を見る。真剣な眼差しで彼を見つめ、自分の胸に体を抱き寄せたまま、決して放さない。彼を抱きしめたまま、メシアは顔を近付け口を開く。
「ならせめて、これだけは私と約束しろ」
「・・・・・・!?」
「自分を犠牲に、大切な者達のために戦うのはいい。ただ、どれだけその身を傷付けようと、必ず生きて帰って来い」
これから先、彼が自分を犠牲にするのも、傷付き続けるのも、止める事は出来ないだろう。ならばせめて、その戦いで命散らす事なく、無事に帰ってきて欲しい。この約束は、彼女の願いだった。
「お前が死ねば、皆が悲しみ絶望する。大切な者達に涙を流させたくなければ、絶対に死ぬな」
「メシア団長・・・・・・」
彼女の言う通りだった。仲間達を大切に想うのであれば、決して死んではならない。生き続けなければ、皆がリックの死に涙し、生きる希望を失ってしまう。生きる事もまた、彼にとっての責務なのだ。
そして、メシアは皆が悲しむと口にしたが、心で思っている言葉は少し違う。「皆が」ではなく、「私が」なのだ。この約束を口にした彼女自身が一番、彼に死んで欲しくないのである。
「私と・・・・・・、約束してくれるか?」
「約束します・・・・・。どんな傷を負ったって、俺は必ず生きて帰ります。皆のもとに・・・・・・、そして貴女のもとに・・・・・・」
その言葉が聞けて安心し、微笑んだメシア。彼女の優しさと、肌から伝わる温もりに抱かれ、リックもまた微笑む。
二人の間に流れる、穏やかで、幸福な時間。この時間が永遠であってくれと、そう願いたくなる。
リックはメシアを愛している。愛おしくて、大切で、かけがえのない、生涯尽くしていたいと思える女性。憧れであり、どんな時でも自分を救ってくれる、優しい女神。
だからいつか、自分がもっと強くなって、己の弱さを克服し、愛しい彼女を守れる存在となりたい。それがリックの夢だった。
「約束だぞ、リック」
「はい、メシア団長」
記憶に残る愛しい彼女の言葉。体に残る愛しい彼女の温もり。絶対に失いたくなかった、かけがえのない大切な女性。永遠に続いて欲しかった、穏やかで、幸福な時間。失われてしまった、愛しい彼女との時の流れ。
添い遂げたいと願った愛する女性、メシア。
彼女への愛。そして、彼女から貰った愛。それらは全て、リックの中で生き続ける・・・・・・。
「んっ・・・・・」
声をかけられて目が覚め、瞼を開くと、眩しい陽の光が視界を塞ぐ。あまりの眩しさに瞼を閉じようとすると、目の前に光を遮る陰が現れた。その陰は人の形をしていて、その陰は、起きた彼の顔を覗き込んでいる。
「起きたか、リック」
「あれ・・・・メシア団長・・・・・?」
名前を呼ばれて起こされたリックが見たものは、ヴァスティナ帝国騎士団団長にして、帝国最強の軍神と呼ばれている、騎士団長メシアであった。
「こんなところで昼寝か。軍務はどうした?」
「えっ、えーと・・・・・・、ちょっと休憩をと思いまして・・・・・」
「エミリオに任せて抜け出したな」
「・・・・・・はい、仰る通りです」
どんな嘘を吐いても、彼女には一発で見抜かれてしまう。特にリックの心は、彼女曰くとても読みやすいらしい。
息抜きと称して執務室をこっそり抜け出し、散歩のために外に出たリック。天気のいい過ごしやすい日で、気分良く散歩を楽しんでいた彼は、色んな場所を見て回った後、帝国騎士団の訓練場へと辿り着いた。そこで、暇潰しに騎士団の訓練を見物していたが、段々眠くなり、気が付けば昼寝をしていたのである。
「後で謝っておくんだぞ」
「ううっ・・・・、わかってはいるんですけど。あいつ意外と、怒ると怖いんです」
「ならばリリカに報告する」
「それはマジでやめて下さい!あいつに弱みを握られたら最後、明日から何されるかわかったもんじゃないです!」
メシアはリックにとって、先生や師匠と呼べる存在であり、彼女の言った事には基本逆らえない。そして彼女は、リックの事をよく理解している。彼の弱点すらお見通しだ。
「リリカが嫌ならばエミリオに必ず謝れ。いいな?」
「はい・・・・・、ちゃんと謝ります」
「エミリオもきっと怒ってはいない。このところのお前は頑張り過ぎだ。あの男も、この程度の休憩くらい許してくれる」
「だといいんですけど・・・・・。まあ、メシア団長がそう言うならきっと大丈夫ですね」
純粋さに満ちた笑顔を浮かべ、メシアの顔を見つめるリック。
素直にその言葉を信じた彼の頭を、彼女は優しく撫でた。
「いい子だ・・・・・」
「えっ!メシア団長!?」
愛おしいものを愛でる様に、美しい微笑みを浮かべるメシア。
リックにとって彼女は、存在そのものが美しい絶世の美女である。女王陛下に忠誠を誓う騎士として生き、女である事を捨てた彼女は言っているが、彼女の美しさに敵う女性などそうはいない。
印象的な褐色の肌に、長く綺麗な銀髪。軽量さを重視した、彼女専用の肌の露出の多い防具の上からでもわかる、豊満な胸を持ち、非常に整った容姿である。体のどこをチェックしても、理想的な美女と呼べるものを持つ、女神の如し存在。彼女のような女性を絶世の美女と呼ぶ。しかもメシアは、母性に溢れたとても優しい女性でもある。
もしかすると、他者は彼女を見てもそうは思わないかもしれない。だがリックは、彼女こそ絶世の美女と疑わない。そして彼は、そんな彼女の全てが好きだ。愛してやまない憧れの女性に、彼は今、なんと頭を撫でられているのである。
「どうした?顔が赤いぞ?」
「いっ、いえ・・・・・・、何でもないです・・・・・」
頬を真っ赤にし、大人しくなっていくリック。憧れの女性にいい子いい子されれば、赤面して沈黙してしまうのも無理はない。特に相手が、メシアともなれば尚更だ。
「風邪かもしれない。今日はもう休め」
「だっ、大丈夫です!ほんとに、ほんとに風邪とかじゃないんで心配しないで下さい」
「だが・・・・・」
心配を顔に表し、彼の顔を見つめる。メシアがリックを心配するのは、彼女にとって特別な存在であるがためだ。メシアがリックを想って抱く感情。それが愛だと気付くのは、もう少し時が経ってからとなる。
「そっ、それより・・・・・」
「なんだ?」
「もう少しだけ・・・・・撫でて貰ってもいいですか?」
普段なら、リックが誰かの頭を撫でる事の方が多い。そのせいもあり、しかもメシアに撫でられた事もあって、嬉しい気持ちがありつつも、とても恥ずかしいのである。
頬を朱に染めながら、恥ずかしがりながら、彼はいい子いい子を要求した。とても恥ずかしくはあるが、彼女にこうされるのは何物にも代え難い。恥ずかしさを堪え、この至福の時をあと少しだけ求めた。
「頑張ってるご褒美って事で、俺は頭なでなでを要求します!」
「ご褒美は構わないが、そんなものでいいのか?」
「メシア団長のだからいいんです!お願いします!!」
「・・・・・・そこまで言うならば、望み通りやってやろう」
帝国の狂犬と恐れられるリックを、いとも簡単に大人しくさせてしまう、彼に対して絶大な威力を発揮する必殺技。顔を赤くし、御褒美を待っている今のリックの姿は、メシアだからこそ見せる姿であった。帝国参謀長の痴態と馬鹿にされても仕方がないが、男とは、欲望には勝てないのである。
「・・・・・・一つ約束しろ」
「なっ、何ですか?」
「お前は戦いで無茶をし過ぎる。軍務でも無理をし過ぎだ。何が言いたいかわかるな?」
「・・・・・・」
「大切なものを守るために、自分を犠牲にし続けるのを控えろ。約束できるか?」
そう約束させようとして、彼が何と答えるか。彼女にはそれが、最初からわかっている。
それでも、リックを大切に想う彼女の気持ちが、彼に約束させようとするのだ。
「・・・・・・すみません。俺、約束できないです」
わかっていた。約束させるには無理な話だったのである。
大切な存在が危機に陥った時、彼は頭よりも先に体が動く。大切な存在が救われるまで、自分がどれだけ傷付こうと構わない。そうやって自分を犠牲にし、傷付いていく彼の姿を、メシアはもう見たくないのだ。
見たくないから、傷付いて欲しくないからこそ、約束させようとした。約束できないと言われるのは承知で、言わずにはいられなかったのである。
「俺、馬鹿で不器用なんですよ。こういうやり方でしか、皆を守れないんです」
「・・・・・・」
「メシア団長が心配してくれるのは本当に嬉しいです。でも俺は、こんなやり方しかできないから、その約束は守れません」
強くそう言い切り、己の強い意志をメシアへとぶつける。答えはわかっていた事なのだが、彼女は溜息を吐き、リックに対して背を向けた。
「約束できないならご褒美は無しだ」
「えっ!?」
「頭を撫でて欲しければ、私と約束しろ」
「ぐぬぬ・・・・・・、それはずるいですよ・・・・・」
メシアのご褒美はどうしても頂きたいが、こればかりは譲れない。苦悩したリックは、自分の強い意志を選び、苦渋の決断をしてご褒美を諦めた。
彼女の背後でがくりと肩を落とし、溜息を吐くリックの姿はまさに、捨てられた子犬のようである。一気に元気を失い、この世の終わりを知ったような顔をしていた。
大切な仲間達の前では、帝国軍を率いる参謀長として、常に気丈に振舞うのを心掛けている。冗談を言う時以外は弱音を吐かず、動揺を見せる事もない。それがリックの、軍人としての顔であり、その身に背負う大きな責務なのである。
しかし、彼とて人だ。弱さを隠し切れない時もある。故に、自分の良き理解者であり、信頼し、愛してもいる彼女の前では、年相応の男に還るのだ。
「守れない約束なんてできません。ご褒美は・・・・・・我慢します!!」
「・・・・・・仕方がないな」
「!?」
リックへと向き直ったメシアは、彼の手を取り、自分の胸元に彼の体を抱き寄せた。不意の事で驚き、突然の肌の温もりに緊張しつつ、リックは彼女の顔を見る。真剣な眼差しで彼を見つめ、自分の胸に体を抱き寄せたまま、決して放さない。彼を抱きしめたまま、メシアは顔を近付け口を開く。
「ならせめて、これだけは私と約束しろ」
「・・・・・・!?」
「自分を犠牲に、大切な者達のために戦うのはいい。ただ、どれだけその身を傷付けようと、必ず生きて帰って来い」
これから先、彼が自分を犠牲にするのも、傷付き続けるのも、止める事は出来ないだろう。ならばせめて、その戦いで命散らす事なく、無事に帰ってきて欲しい。この約束は、彼女の願いだった。
「お前が死ねば、皆が悲しみ絶望する。大切な者達に涙を流させたくなければ、絶対に死ぬな」
「メシア団長・・・・・・」
彼女の言う通りだった。仲間達を大切に想うのであれば、決して死んではならない。生き続けなければ、皆がリックの死に涙し、生きる希望を失ってしまう。生きる事もまた、彼にとっての責務なのだ。
そして、メシアは皆が悲しむと口にしたが、心で思っている言葉は少し違う。「皆が」ではなく、「私が」なのだ。この約束を口にした彼女自身が一番、彼に死んで欲しくないのである。
「私と・・・・・・、約束してくれるか?」
「約束します・・・・・。どんな傷を負ったって、俺は必ず生きて帰ります。皆のもとに・・・・・・、そして貴女のもとに・・・・・・」
その言葉が聞けて安心し、微笑んだメシア。彼女の優しさと、肌から伝わる温もりに抱かれ、リックもまた微笑む。
二人の間に流れる、穏やかで、幸福な時間。この時間が永遠であってくれと、そう願いたくなる。
リックはメシアを愛している。愛おしくて、大切で、かけがえのない、生涯尽くしていたいと思える女性。憧れであり、どんな時でも自分を救ってくれる、優しい女神。
だからいつか、自分がもっと強くなって、己の弱さを克服し、愛しい彼女を守れる存在となりたい。それがリックの夢だった。
「約束だぞ、リック」
「はい、メシア団長」
記憶に残る愛しい彼女の言葉。体に残る愛しい彼女の温もり。絶対に失いたくなかった、かけがえのない大切な女性。永遠に続いて欲しかった、穏やかで、幸福な時間。失われてしまった、愛しい彼女との時の流れ。
添い遂げたいと願った愛する女性、メシア。
彼女への愛。そして、彼女から貰った愛。それらは全て、リックの中で生き続ける・・・・・・。
0
お気に入りに追加
277
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
とある元令嬢の選択
こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。
問い・その極悪令嬢は本当に有罪だったのか。
風和ふわ
ファンタジー
三日前、とある女子生徒が通称「極悪令嬢」のアース・クリスタに毒殺されようとした。
噂によると、極悪令嬢アースはその女生徒の美貌と才能を妬んで毒殺を企んだらしい。
そこで、極悪令嬢を退学させるか否か、生徒会で決定することになった。
生徒会のほぼ全員が極悪令嬢の有罪を疑わなかった。しかし──
「ちょっといいかな。これらの証拠にはどれも矛盾があるように見えるんだけど」
一人だけ。生徒会長のウラヌスだけが、そう主張した。
そこで生徒会は改めて証拠を見直し、今回の毒殺事件についてウラヌスを中心として話し合っていく──。
幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話
島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。
俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。
会うたびに、貴方が嫌いになる【R15版】
猫子猫
恋愛
長身の王女レオーネは、侯爵家令息のアリエスに会うたびに惹かれた。だが、守り役に徹している彼が応えてくれたことはない。彼女が聖獣の力を持つために発情期を迎えた時も、身体を差し出して鎮めてくれこそしたが、その後も変わらず塩対応だ。悩むレオーネは、彼が自分とは正反対の可愛らしい令嬢と親しくしているのを目撃してしまう。優しく笑いかけ、「小さい方が良い」と褒めているのも聞いた。失恋という現実を受け入れるしかなかったレオーネは、二人の妨げになるまいと決意した。
アリエスは嫌そうに自分を遠ざけ始めたレオーネに、動揺を隠せなくなった。彼女が演技などではなく、本気でそう思っていると分かったからだ。
魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます
ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう
どんどん更新していきます。
ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。
二度目の結婚は、白いままでは
有沢真尋
恋愛
望まぬ結婚を強いられ、はるか年上の男性に嫁いだシルヴィアナ。
未亡人になってからは、これ幸いとばかりに隠遁生活を送っていたが、思いがけない縁談が舞い込む。
どうせ碌でもない相手に違いないと諦めて向かった先で待っていたのは、十歳も年下の青年で「ずっとあなたが好きだった」と熱烈に告白をしてきた。
「十年の結婚生活を送っていても、子どもができなかった私でも?」
それが実は白い結婚だったと告げられぬまま、シルヴィアナは青年を試すようなことを言ってしまう。
※妊娠・出産に関わる表現があります。
※表紙はかんたん表紙メーカーさま
【他サイトにも公開あり】
この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。
天織 みお
恋愛
「おめでとうございます。奥様はご懐妊されています」
目が覚めたらいきなり知らない老人に言われた私。どうやら私、妊娠していたらしい。
「だが!彼女と子供が出来るような心当たりは一度しかないんだぞ!!」
そして、子供を作ったイケメン王太子様との仲はあまり良くないようで――?
そこに私の元婚約者らしい隣国の王太子様とそのお妃様まで新婚旅行でやって来た!
っていうか、私ただの女子高生なんですけど、いつの間に結婚していたの?!ファーストキスすらまだなんだけど!!
っていうか、ここどこ?!
※完結まで毎日2話更新予定でしたが、3話に変更しました
※他サイトにも掲載中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる