贖罪の救世主

水野アヤト

文字の大きさ
上 下
535 / 841
第三十二話 悪夢の終わりと、彼女の望み

しおりを挟む
 それからさらに二週間後。
 
「・・・・・・・」
「おい槍女。お前、気は確かなんだろうな?」
「貴様の言いたい事はわかる。この女については、私が責任を持つ」
「馬鹿!いくらこいつが戦う気がなくてもな、こいつはこの前まで敵だった女だぞ!?」

 道中何事もなく無事に帰国し、眠り続けたままのリクトビアは、治療のため城へ運び込まれた。
 ヴァスティナ帝国。リクトビア達が帰るべき国。彼らにとっては、守るべき美しい国である。

「だからこそ、万が一のために貴様に同行を頼んだ」
「ふざけんな!お前が珍しく頭下げて頼むから、どんなもんかと思って聞いてやったらこれかよ!?」
「それは、初めに頼みの内容を聞かなかった貴様が悪い」
「たちの悪い詐欺か!?二度とお前の頼みは聞かねぇからな!!」

 ヴァスティナ城。城の中を口喧嘩しながら歩く二人の男女と、両手に手枷を嵌められた一人の少女。二人は少女を連れ、城内の通路を進み、ある部屋を目指していた。二人が口喧嘩をしている理由は、この無口な少女を連れてその部屋を目指しているからだ。
 口喧嘩の真っ最中であるこの二人の名は、レイナ・ミカヅキとクリスティアーノ・レッドフォード。帝国軍では最早名物である、犬猿の仲の二人である。二人の口喧嘩など、帝国の日常風景のようなものだが、今日の喧嘩は、クリスが怒り出すのも無理はない。

「この眼帯女をリックのところに連れていくなんざ、お前どうかしてるぞ!?正気かおい!!」

 二人が連れている少女の名は、ヴィヴィアンヌ・アイゼンリーゼ。二人にとっては、先の戦争で絶対に討つと誓った宿敵だった。
 帝国まで同行した彼女は、当然の事ながら牢獄に監禁された。敵国の人間であり、猛者であるレイナとクリスを圧倒する程の、危険人物でもある。正直、牢獄に監禁する程度では、何も安心できないだろう。と言っても今の彼女は、気力を失ったままであり、牢獄ではずっと大人しかった。
 牢獄のヴィヴィアンヌを監視していたのは、責任を持つと言ったレイナ自身である。牢獄の中でも彼女は沈黙し続け、何も問題は起きなかった。しかし、彼女は今日、一人である決心を固め、自分の監視をしていたレイナに願った。
 そんな彼女の願いとは、リクトビアに会わせて欲しいという、無茶な願いだったのである。

「・・・・・・貴様の言う通り、私は正気ではないのかもしれない」
「はあ!?自覚あんのかよ!」
「私だって、貴様やイヴ達と同じようにこの女は許せない。だがこの女は、参謀長を殺さず助けようとした」
「だから何だって言うんだよ!?」
「この女もまた、参謀長に救われた一人だろう。参謀長の身を案じているのならば、その願いを叶えたいと思ってしまった」

 帝国の誰もが彼女を敵視し、危険だと訴えている中レイナだけは、ヴィヴィアンヌの味方のようであった。それは彼女が、誰よりも今の彼女を理解できてしまったが故である。理解できたが為に、放ってはおけなかったのだ。
 彼女はリクトビアに会いたいと願った。それ以外、何も願わなかった。リクトビアに会わせれば、何かが変わるのかもしれない。そう考えてしまい、レイナはヴィヴィアンヌを牢から出した。万が一の事を考え、クリスには「手伝って欲しい」とだけ言って、頭を下げて頼み、彼女を連れ出すのに同行させたのである。
 
「お前、こいつが本当に信用できるのか!?リックに会ったら襲い掛かるつもりかもしれないぜ!」
「その時は、私がこの女を殺す」
「ちっ・・・・、面倒な事になりやがったぜ」

 レイナもクリスも、ヴィヴィアンヌを警戒してそれぞれの得物を持っている。彼女が少しでも不審な動きを見せれば、即座に殺す態勢でもある。レイナの言葉は本気であった。ヴィヴィアンヌがまたリクトビアを襲うつもりならば、自分が始末をつける。その覚悟はできているのだ。
 レイナの眼を見てその覚悟を察したクリスは、諦め半分、呆れ半分といった調子で溜息を吐く。犬猿の仲ではあるが、何だかんだで彼はレイナの良き理解者なのである。
 
「偶に頑固でうぜぇよな、お前」
「・・・・・・・そうなのか?」
「それは自覚ねぇのかよ!?」

 気が付けば、いつもの様な喧嘩を続けながら、二人はヴィヴィアンヌを連れて歩き続けた。帝国軍の名物であり痴態ともいえる光景なのだが、ヴィヴィアンヌがいるのも忘れて、二人はいつもの調子である。
 すると、沈黙を続けていた彼女が、二人の喧嘩に対して口を開いた。

「貴様達、仲が良いな」
「「どこがっ!?」」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話

島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。 俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

会うたびに、貴方が嫌いになる【R15版】

猫子猫
恋愛
長身の王女レオーネは、侯爵家令息のアリエスに会うたびに惹かれた。だが、守り役に徹している彼が応えてくれたことはない。彼女が聖獣の力を持つために発情期を迎えた時も、身体を差し出して鎮めてくれこそしたが、その後も変わらず塩対応だ。悩むレオーネは、彼が自分とは正反対の可愛らしい令嬢と親しくしているのを目撃してしまう。優しく笑いかけ、「小さい方が良い」と褒めているのも聞いた。失恋という現実を受け入れるしかなかったレオーネは、二人の妨げになるまいと決意した。 アリエスは嫌そうに自分を遠ざけ始めたレオーネに、動揺を隠せなくなった。彼女が演技などではなく、本気でそう思っていると分かったからだ。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます

ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう どんどん更新していきます。 ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。

二度目の結婚は、白いままでは

有沢真尋
恋愛
 望まぬ結婚を強いられ、はるか年上の男性に嫁いだシルヴィアナ。  未亡人になってからは、これ幸いとばかりに隠遁生活を送っていたが、思いがけない縁談が舞い込む。  どうせ碌でもない相手に違いないと諦めて向かった先で待っていたのは、十歳も年下の青年で「ずっとあなたが好きだった」と熱烈に告白をしてきた。 「十年の結婚生活を送っていても、子どもができなかった私でも?」  それが実は白い結婚だったと告げられぬまま、シルヴィアナは青年を試すようなことを言ってしまう。 ※妊娠・出産に関わる表現があります。 ※表紙はかんたん表紙メーカーさま 【他サイトにも公開あり】

この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。

天織 みお
恋愛
「おめでとうございます。奥様はご懐妊されています」 目が覚めたらいきなり知らない老人に言われた私。どうやら私、妊娠していたらしい。 「だが!彼女と子供が出来るような心当たりは一度しかないんだぞ!!」 そして、子供を作ったイケメン王太子様との仲はあまり良くないようで――? そこに私の元婚約者らしい隣国の王太子様とそのお妃様まで新婚旅行でやって来た! っていうか、私ただの女子高生なんですけど、いつの間に結婚していたの?!ファーストキスすらまだなんだけど!! っていうか、ここどこ?! ※完結まで毎日2話更新予定でしたが、3話に変更しました ※他サイトにも掲載中

処理中です...