贖罪の救世主

水野アヤト

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第三十一話 幕を引く銃声

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「はあああああああああああああああっ!!!」
「おらああああああああああああああっ!!!」

 アーレンツ国内で今、二人の剣士が互いの誇りを懸け、激しい戦いを行なっていた。
 剣士の一人は、ヴァスティナ帝国軍最強の剣士、クリスティアーノ・レッドフォード。もう一人は、アーレンツ国防軍最強の剣士にして、伝説の六剣の血を引く、ベルナデット・リリー。帝国最強の剣士と、アーレンツ最強の剣士が、戦場で剣を交えた。
 互いに雄叫びを上げ、神速の剣技を放つ。剣の速さに圧倒的な自信を持つクリスだが、相手のベルナデットもまた、その剣技は神速の速さで繰り出される。目にも止まらぬ剣戟に、周りで二人の戦いを観戦しているベルナデットの部下達は、自分達とは次元が違い過ぎる二人の戦いに、息をするのも忘れて見入ってしまっていた。
 
「中佐と互角に戦うなんて、信じられない・・・・・」

 ベルナデット率いる神聖薔薇騎士団の女性剣士達。騎士団の副隊長である女性剣士コーデリア・アッシュフォードは、自分達の隊長と互角に戦う存在、剣士クリスに驚愕していた。
 彼女にとってベルナデットは、自分達が何度挑んでも勝てず、本気を出させる事も出来なかった相手。そんな彼女が今、本気の剣技を振るい、眼前の男と全力で戦っているのである。つまりそれは、クリスがベルナデットにとって、全力を出さなければ勝利出来ない相手という事になる。

「これが、中佐の本当の剣技・・・・・・」

 コーデリアは初めて、ベルナデットの真の実力を眼にしていた。驚愕や感動、悔しさや羨望などの感情が混ざり合い、それ以上は何も言葉が出てこなかった。
 そんな彼女に構わず、二人の戦いは激しさを増していく。剣と細剣がぶつかり合い、甲高い音共に火花を散らす。両者一歩も退く事はないが、積極的に攻めるクリスの斬撃を、ベルナデットは容易く受け流しており、彼女の方が一枚上手な印象を与える。
 
「ちっ!掠りもしねぇのかよ!」
「やはり良い剣だ。若くしてここまでの剣技をものにするとは・・・・・」
「喋り方がジジくせぇぞ!もっと女らしくしたらどうだ!?」 
「そっ、それを言うな!自分でも気にしているんだぞ・・・・・・」
「はあ!?気にしてんだったら喋り方変えりゃいいだろ!」

 赤面して落ち込むベルナデットと、乱暴な口調と共に呆れるクリス。こういう時でも彼は、相手に対して思った事をストレートにぶつけてしまう。それで相手を怒らせる事もある。だからと言って、彼女がキレて集中力を欠く事はない。
 時々、クリスがいつもの癖で乱暴な言葉をぶつけるが、二人は戦いに集中していた。少しでも気を抜けば、忽ちどちらかの剣が目の前の相手を斬るからだ。
 並大抵の人間には見切れない、クリスによる神速の突きが放たれる。ベルナデットの顔に迫ったその刃は、彼女を刺し貫くかに思われた。しかし、その刃は完全に見切られており、体と首を少し動かすだけで躱してしまう。彼女の長い髪にすら掠りもせず、切っ先は最小限の動きだけで躱されてしまった。
 反撃とばかりに、今度は彼女の細剣の切っ先が彼を襲う。ベルナデットの放つ突きも、クリスと同様に神速である。放たれた神速の切っ先は、彼の胸を刺し貫こうとしていた。どうにかその刃を躱そうと、自分の剣で細剣を受け流したクリスだったが、細剣の切っ先は彼の左肩を掠り、服ごと皮膚を裂いてしまう。

「ぐっ!!やりやがったな!」
「その腕前、我が騎士団に欲しいものだ」
「勧誘なんざ御断りだ!いくぜ、光龍連撃破っ!!」

 ベルナデットの左胸を刺し貫こうと、クリスの剣が神速の突きを放つ。今度の一撃は先ほどまでと違い、相手を貫くまで放たれる連続突きである。狙った箇所に寸分違わず放たれる、連続の切っ先。相手が防御しようと関係なく放たれるこの技は、相手の防御を破壊するまで攻撃を止めない。
 一撃が重く、速く、それが何度も放たれる。盾で防ごうが、剣で防ごうが、それを無理やり突き破るまで放たれるこの技に、彼女は全く動じなかった。自分に迫る連続の刃を、己の細剣で弾き返したのである。刃が放たれ続ける度に、彼女の細剣は全ての突きを弾き、彼女の体に傷一つ付けさせなかった。しかも、細い刃であるというのに、彼女の操る細剣は、連続の突きを全て弾きながらも折れる事がない。
 クリスの技を全て弾き返す反応と剣技。そして、破壊される事のない非常に頑丈な細剣。十五連撃目を放っても彼女を貫く事ができず、技が通用しなかった事実にクリスは驚愕する。しかもベルナデットは、十五連撃目を弾き返した瞬間、彼が驚愕したためにできた隙を付き、反撃に転じた。
 やはり、クリス同様神速の一撃を彼女も放つ。反撃のために彼女が繰り出した技は、細剣の切っ先を操っての乱れ突きであった。
 先ほどの彼女同様に、クリスもまた己の剣を操り、細剣の乱れ突きを剣で弾き返す。だが、クリスがどうにか反応できる速さの突きが、彼の体全体目掛けて放たれるため、全てを捌き切る事ができない。対応できなかった切っ先が、確実に彼の体を斬り刻んでいく。
 止む事のない連続攻撃は、クリスを追い込んでいる。神速の細剣が、彼を討つ隙を窺いながら、呼吸する暇も与えず襲い掛かっているのだ。

「はあっ!!」
「糞ったれ!!」

 討たれるのは時間の問題。そう直感し、流石のクリスも体勢を立て直すべく、細剣の切っ先を弾き返しながら彼女と距離を取る。致命傷を負ったわけではないが、肩や腕や脚などに掠り傷を負ったクリス。体力もかなり消耗し、呼吸も荒くなっている。
 対してベルナデットは、掠り傷一つ負っていない無傷の状態であり、呼吸一つ乱していない。それでも慢心はせず、集中力を維持し続けたまま、真っ直ぐ彼をその眼に捉え続けていた。
 
「俺の剣を全部受けきるとはな・・・・・・。その細剣、ただの鉄じゃねぇだろ」
「そうだ。通常の剣であれば、貴様の技を全て受け止める前に折れてしまう。私の細剣は、水龍の鱗から作られた至高の一振りだ」
「やっぱそうかよ。道理で細いくせに無駄に頑丈なわけだぜ・・・・・・」

 ベルナデットの操る細剣は、大陸最強の魔物である龍の鱗から作られた、非常に貴重な剣である。特に、水龍の鱗はとても頑丈で、驚くほど鋭い。これを素材として作られた剣は、決して折れる事のない最強の刃を持った剣となる。だからこそ、細剣でありながら、クリスの技を受けても折れはしなかった。

「貴官の剣も、私と同じではないのか?」
「・・・・・・・だったらどうした」
「私の剣以外では、見た事もないほど美しい。その美しさと切れ味は間違いようがない。貴官の剣もまた、龍を素材としているはずだ」

 クリスの剣もまた、特別な素材で作られた至高の一振りである。決して折れる事なく、どんな鎧や盾も貫くこの剣もまた、龍を素材として作られたものだと、彼女は直感していた。

「・・・・・・俺の剣は光龍の牙で作られてる。鱗と一緒にすんじゃねぇ」
「そうだったのか。ならば貴官の剣は、私の剣を除いた全てを貫く一振りなのだな」
「何言ってやがんだ、お前の剣も貫いてやるよ。水龍の鱗で出来てようが関係ないぜ」
「光龍の剣と、光龍という名の剣術か。貴官と剣を交えるのは、本当に楽しい・・・・・・」

 クリスと戦いを始めてから、彼女はずっと真剣な表情しか見せなかった。それが今、彼女は初めてクリスの前で笑ったのである。心の底から、本当に楽しそうに微笑む彼女の姿に、戦いを見守っていた神聖薔薇騎士団の剣士達が、驚きのあまり驚愕の声を上げた。
 普段ですら、滅多に笑みを見せない彼女が、クリスとの戦いで楽しそうに笑っている。普段のベルナデットを知る者達からすれば、本当に驚くべき事なのだ。
 ベルナデットは今、初めて自分と互角に戦える剣士と出会い、磨き上げた己の剣術を存分に試している。アーレンツ国内にいる剣士で、彼女が本気の剣技を発揮できる相手は、存在しないのである。
 彼女はずっと我慢してきた。自分の全力を試す事の出来る相手・・・・・・、そんな存在と剣を交え、自分の剣技が最強であると証明する。それが彼女のたった一つの望みであった。しかし彼女は、祖国を守る騎士としての責務を果たす義務があり、勝手が許される立場ではない。自分の望みが叶う瞬間は訪れないだろうと、そう諦めていたのだ。
 
「俺とやるのがそんなに楽しいかよ」
「貴官を侮辱しているわけではない。こうやって我が剣術を存分に試せる機会など、この国ではあり得なかった。神速の技を持つ帝国最強の剣士よ、感謝する・・・・・」
「感謝されても嬉しくねぇよ。俺はまだ、お前に一撃も入れられてねぇんだからな」
「それは貴官が、私との戦いに集中し切れていないためだ。焦っていては、貴官の剣が私に届く事はない」
「!!」

 心からの感謝を述べつつも、ベルナデットはクリスの心を読んでいた。
 彼は今、焦る気持ちを抑え切れずにいる。アーレンツとの戦いは彼にとって、そして帝国にとっても、大切なものを一刻も早く救い出すための戦いである。救出に焦る気持ちが邪魔し、自分の剣に集中できていないのだ。
 自分の心の内を見抜かれ、驚愕の表情を見せるクリス。だが彼は、すぐに深呼吸して気持ちを切り替え、改めてベルナデットを真っ直ぐ見つめる。

「・・・・・悪かったな。伝説の六剣の血族相手に、中途半端な剣を見せちまった」
「いや、貴官の焦る気持ちはわかる。帝国参謀長リクトビア・フローレンスを、一刻も早く助け出したいのだろう?」
「ちっ・・・・、全部お見通しってわけか」
「このような戦場や立場ではなく、互いの剣士としての誇りを懸けて剣を交えたかった。剣に生きようとする私の道は、願い通りにいかない事ばかりだ・・・・・・」

 アーレンツを守る守護騎士であり、神聖薔薇騎士団を率いる隊長でもある、ベルナデット・リリー。国と民を守るべく、己の責務を全うするために騎士として在り続ける。しかし、彼女の本当の姿は、国と民を守る騎士ではなく、剣の道を極めようと生きる剣士。彼女が背負う責務は、これまでずっと彼女を苦悩させてきた。これからも、それが変わる事はない。
 ベルナデットの顔は、微笑みから憂いへと変わっていた。自分が待ち望んでいた存在との戦いに、その身を震わせ、大きな喜びを感じながらも、互いの立場が二人の戦いの邪魔をする。その現実が、彼女を悲しませる。

「剣士としての誇りか・・・・・・。さっきから水属性魔法を使わねぇのも、剣士としての誇りに懸けて、剣で決着つけたいからってか?」
「そういう貴官も魔法は使っていない。寧ろ私は、貴官の方がそのつもりだと思っていた」
「魔法は苦手だし疲れるんだよ。だから使わねぇだけだ」
「ふふふっ・・・・、そうか。ならば、そういう事にしておこう」
 
 戦いの初め、互いに魔法を使って以来、二人は魔法による攻撃を行なわなかった。ベルナデットの理由は、純粋に剣で決着を付けたかったためである。そしてクリスも、剣だけで決着を付けたいという気持ちがあった。 
 しかし、彼が魔法を使わなかった理由は、剣士としての誇りだけが理由ではない。クリスは雷属性魔法を操る事ができるが、その力はそれほど強力なものではなく、出せて操れる程度のものでしかない。それを彼は、修業によって魔法を強化し、上手く使いこなして見せているだけなのだ。
 魔法攻撃は大幅に集中力を使う。剣だけでなく魔法にまで集中力を割くのは、神速の剣技を操るベルナデット相手に、あまりにも危険すぎる。故にクリスは、剣のみに集中していたのである。
 もし、水属性魔法を操るベルナデットが、クリス以上の魔法が使え、自分の剣技と合わせて繰り出してきたならば、彼に勝ち目はなかったかもしれない。その事に対して、クリスが悔しさを抱かないわけがない。同じ条件で戦っているのに、これでは手加減されているのと同じになってしまうからだ。
 だからこそ、ベルナデットとの決着は剣でつける。今のクリスは、そう心に固く決めていた。

「話は飽きたぜ。そろそろ決着つけようじゃねぇか」
「わかった。貴官も私も、互いの務めを全うするとしよう」
「次の一撃で終わらせてやる。勝負だ、ベルナデット!」

 瞬間、クリスの纏う空気が変わった。
 目の前で己の剣を構え、気持ちを切り替えながら集中力を高めていく。深呼吸も行ない、完全に剣にのみ集中し切った今の彼に、隙は無い。今のクリスは、自分の剣と一心同体になっていた。
 
「我が名はクリスティアーノ・レッドフォード!!俺の剣を二度と忘れられねぇよう、その眼に焼き付けてやるぜ!」

 高らかに名乗りを上げたクリス。多くの場合、彼が名乗った時は、相手の実力を認め、相手に敬意を払った証拠である。それと同時に、自分が全力を発揮するための引き金でもあるのだ。
 
「レッドフォードだと・・・・・?その姓、貴官はもしや・・・・・」
「ああん?なんか文句でもあんのかよ」
「いや・・・・・、今は何も語るまい・・・・・。勝負だ、クリスティアーノ!!」

 クリスの姓に関して、彼女は語り掛けたが止めてしまった。ここから先の戦いに、これ以上の言葉は無用だと思ったからだ。
 二人が動いたその瞬間、二人は剣によって言葉を交わすだろう。剣と共に生き、剣士の誇りを胸に、己の磨き上げた技と誇りを懸けて戦う。それが、ローミリア大陸最強の剣士の座を目指す、命懸けの戦い。

「!!」

 次の瞬間、戦いを見守っていたコーデリアと女性剣士達が見たものは、剣を構えていた場から一瞬でいなくなり、ベルナデットの懐に飛び込んだクリスの姿であった。宣言通り、彼はこの一撃で決着を付ける気なのだ。
 驚愕したコーデリアは、自分が未だ到達できていない極致を眼にした。ベルナデットのもとで自分が目指す剣の先が、人の限界を超えた速さの世界だと、そう知ったのだ。

「はあっ!!!」

 仕掛けたのはクリスだったが、先に剣を振ったのはベルナデットだった。彼の動きは完全に見切られている。光龍の牙より作られしその剣が、どんな一撃を放とうとしているのかも・・・・・・。
 懐に飛び込んだクリスの放つ技は、神速の突きで間違いない。何故なら、彼にとってその技は必殺の一撃であり、最強の技であるからだ。ベルナデットを倒すためには、必殺の一撃に己の全てを懸けるしかないのである。
 だから彼女は、クリスの動きを読む事ができた。彼が必殺の一撃を放つ前に、自分の細剣で刺し貫くべく、ベルナデットが神速の突きを放つ。
 その一撃は、コーデリア達も初めて眼にする、例えるならば銃より放たれた弾丸の如し、速く鋭い一撃であった。ベルナデットはこの瞬間、自分の限界を超え、自分の剣技を進化させたのだ。全力を発揮できる相手との戦いは、彼女の力を更なる高みへと開花させる、大きなきっかけとなったのである。
 「勝った」と、そう誰もが思った。今までの彼女の一撃ですら、躱すのも防ぐのもぎりぎりだった彼が、この一撃を避けれるわけがない。自身の必殺技を放つ前に、放たれた細剣の切っ先が刺し貫くと、ベルナデットですらそう思った。
 
「!?」

 だが、細剣が貫いたのは彼の胸ではなく、左腕であった。クリスは左腕を盾代わりにして、細剣の切っ先から急所を守ったのである。
 ベルナデットが彼の動きを読んでいたように、クリスもまた彼女の動きを読んでいた。自分の動きと狙いが読まれる事も、彼女がどんな技を放ち、どこを狙うのかも、予測は出来ていたのである。後は、彼女の放つ一撃に反応さえできればよかったのだ。
 最も、それこそが一番難題であった。神速の速さを持つ彼女の技は、クリスと互角かそれ以上であり、簡単に反応できるものではない。彼女の狙いがわかっても、タイミングよく上手くいくとは限らなかった。
 しかし、クリスもまたこの戦いの中で、己の限界を超えたのである。集中力を極限まで高めて得た感覚は、進化した彼女の一撃に反応し、その切っ先を捉えた。そして彼は、右手に握る己の剣の一撃を放つため、左腕を盾として扱い、彼女の渾身の一撃を受けたのである。
 こうなれば次はクリスの番だった。狙いを彼女の胸に定め、必殺の一撃を放とうとする。対してベルナデットは、急いで彼の左腕から剣を引き抜き、クリスの一撃を防ごうと細剣を操るが・・・・・・。

「光龍、純剣っ!!!」

 集中力を極限まで高め、限界を超えたクリスの剣は、更なる速さを手に入れた。彼の剣を見切っていたはずのベルナデットですら、放たれた神速の突きを躱す事が出来ない。引き戻した己の細剣で、クリスの剣から自分を守ろうとするも、どうにか防御に間に合わせた剣では、この神速の一撃を弾き返す事はできなかった。
 速く、鋭く、重い一撃が、ベルナデットの細剣を弾き飛ばした。衝撃で細剣を手放してしまい、一瞬で無防備となるベルナデット。彼女の剣は円を描きながら宙を舞い、背後の地面に突き刺さる。
 そして、彼女の細剣に勝利したクリスの剣が、ベルナデットの首元にその切っ先を突き付けた。

「俺の勝ちだぜ」

 ヴァスティナ帝国最強の剣士クリスティアーノ・レッドフォードは、アーレンツ最強の剣士にして、伝説の六剣の血族であるベルナデット・リリー相手に、見事勝利を収めた。
 彼女の勝利を確信していたコーデリア達は、その場に立ち尽くし、驚愕したまま固まっている。実力は彼女の方が上だったはずだが、クリスが己の剣に完全に集中できた事が、最大の勝利の要因であった。
 帝国の剣士となる以前の彼では、ベルナデットに勝つ事などできなかっただろう。彼女はクリスの上を行く、彼以上に才能溢れる剣士なのだ。この勝利も、十回戦って一勝できるだろう確率を、ここで捥ぎ取ったに過ぎない。それを持ってこれたのは、彼が経験してきた激戦の数々のお陰である。
 圧倒的な兵力差の中での戦争。エステラン国の精鋭との死闘。これまでの経験が力となり、彼の剣に磨きをかけた。特に、数々の激戦によって鍛え上げられた彼の集中力は、一瞬だけ彼女の実力を上回る力を、彼の剣に与えたのである。
 互いに全力は出し切った。負けはしたが、心残りはないベルナデット。クリスの剣が自分の首を刎ねると、そう覚悟を決めていた彼女だったが、どういう訳か彼は剣の切っ先を下げ、己の剣を鞘へと収めた。
 
「殺さないというのか・・・・・・?」
「お前を殺すのは惜しい。こいつは俺の我儘だ」
「ふふっ・・・・、貴官も私も・・・・・軍人としては失格だな」

 クリスはベルナデットに止めを刺さなかった。しかし、勝負は決している。ベルナデットは自身の剣を拾いに行き、地面から細剣を引き抜いて、その刃を鞘へと収めた。二人はもう、戦うつもりはないのである。

「私の負けだ・・・・・・。先へ進むがいい」
「・・・・・いいのか?」
「私を負かしたのだから気にする必要はない。誇り高き帝国の剣士よ・・・・・、私と戦ってくれて本当にありがとう」
「礼を言うのは俺の方だ。お前のお陰で、久々に剣士の血が騒いだ」
「この先を進んでいけば、国家保安情報局の特別収容所がある。リクトビア・フローレンスはそこにいるはずだ」
「!!」

 国防軍の兵士であるベルナデットは、敵であるクリスに情報を流した。国防軍兵士が自国の情報を敵に渡すのは、誰であれ国家反逆罪の罪に問われる。それを承知で、彼女はクリスに感謝の念を込めて、リクトビアがいるであろう場所を告げた。
 
「早く行け、クリスティアーノ・レッドフォード。貴官の務めを全うしろ」
「言われなくてもそうするぜ。それと、俺を呼ぶ時はクリスでいい」
「わかった・・・・・。それならば貴官が私を呼ぶ時は、ベルナと呼んでくれ」

 クリスもベルナも、互いに愛称を教え合う。二人共、他人に愛称を教える時は、その人物の実力を認めた時だけだ。

「次に会った時は、私が勝つ」
「はんっ!次に勝つのも俺だぜ」

 そう言葉を交わし、クリスは彼女を置いて駆け出した。目指す先は当然、リクトビアが監禁されているだろう特別収容所である。
 
「一つ言い忘れてたぜ」
「えっ?」

 駆け出したクリスは足を止め、ベルナデットの背中へと振り返る。彼女も振り向き、互いに眼があった瞬間、クリスは言葉を続けた。

「お前を殺さなかった理由はもう一つある」
「もう一つだと・・・・・?」
「俺のリックはどうしようもない女好きでな。お前みたいな美人を殺したなんて知ったら、後で俺が怒られちまう。だから止めたんだよ」
「なっ!?」
「ジジくせぇって言って悪かったな。お前将来、きっといい女になるぜ!」

 まさかそんな事を言われるとは思わず、顔を真っ赤にして恥ずかしがるベルナデット。その様子を見て満足したのか、彼は笑みを浮かべて振り返り、再び駆け出していったのである。
 走り去っていくクリスの背中を、ベルナデットは赤面したまま見つめている。そんな彼女の傍に、やっと我に返ったコーデリアが駆け寄ってきた。

「中佐!あの男に情報を渡すなど・・・・・、本当に宜しかったのですか!?」
「いいのよコーデリア。どの道、この国は滅亡するのだから」
「そんな・・・・!?」

 アーレンツは滅ぶ。それは確定している事であった。
 帝国軍にここまで侵攻され、国民や兵士が情報局打倒に立ち上がった今、彼女達の戦う目的はなくなってしまった。彼女達が守るべき民は、彼女達が守るべき国と戦うと決めたのだ。ならば、彼女達の選択は・・・・・・。

「コーデリア、私達がこの剣で守るべきものは何?」
「それは・・・・・・」
「民が立ち向かおうとしている祖国?それとも、祖国が刃を向けた民?」
「!」

 コーデリアは悟った。剣士として、そして民と国を守る兵士として、ベルナデットが何を考えているのか、彼女は理解したのである。それはコーデリアだけでなく、二人の周りに集まった、神聖薔薇騎士団の女性剣士達も同様であった。

「リリー中佐。我ら神聖薔薇騎士団の守るべきものは、力を持たぬ民です。中佐が民を守るというのであれば、我々も共に戦います」
「副隊長の言う通りです!隊長、どこまでも御供致します!」
「私もです隊長!いけ好かない情報局の連中なんかに、これ以上支配されるなんて御免です!」
「全軍を指揮してるのはあの暴豹らしいじゃないですか!?あんな変態下衆野郎に従うなんて私嫌です!」

 祖国を裏切る戦いを決意したというのに、コーデリア達の士気は非常に高い。一切の反論を唱えず、彼女達は覚悟を決めた。それだけ彼女達は、ベルナデットの事を信じているのである。

「では行こう、勇敢なる薔薇の騎士達よ。我らの守るべき者達のために」
「「「「はっ!!」」」」

 薔薇の守護騎士ベルナデットに率いられた、麗しき薔薇の騎士達。彼らは裏切り者の汚名を背負うのを承知で、帝国ではなくアーレンツを敵と定めた。国家の存亡を懸けたこの戦争の中で、彼女達の真の戦いは、これから始まるのである。

(クリス・・・・・・)

 走り去っていったクリスの姿は、もう見えない。彼との別れを名残惜しく思いながら、ベルナデットは戦いの最中気が付いた、彼の姓ついてを思い出していた。

(まさか、レッドフォードの血族と出会う事になるとは・・・・・)

 クリスの姓であるレッドフォード。その姓は特別な意味を持っているが、それを知る人物は極限られ、この場ですら彼女しか知らない。
 
(伝説の六剣に勝るとも劣らなかった、影の剣士。その血を引いていたのか・・・・・・)

 ローミリア大陸を救った英雄、伝説の六剣。彼らの伝説には、あまり語られていない話がある。
 伝説の六剣士達を影で支えていた、強く気高い一人の騎士。その騎士の名は伝説に残っていないが、姓はレッドフォードという。六剣士がいなければ、大陸最強の剣士はその騎士であると言われていた。レッドフォードの姓は、影で最強の剣士達を支えた、幻の剣士の姓なのである。

(あの男ならば、大陸最強の剣士となる資格がある。期待しているぞ)
 
 視線を移し、ベルナデットはコーデリア達を連れて歩き出す。目指すのは、全軍に命令を出している、臨時最高司令部であった。この戦争を一刻も早く終わらせるために、彼女は司令部を沈黙させようとしていた。

(また会おう、クリス・・・・・)

 クリスもベルナデットも、それぞれの戦いへと向かっていく。
 今度はこんな戦場ではない、互いの全力を懸けて戦える、最高の舞台での再戦を望みながら・・・・・。
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