贖罪の救世主

水野アヤト

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第三十話 嘆きのヴィヴィアンヌ

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 ヴィヴィアンヌ・アイゼンリーゼ。
 私をそう名付けた二人の人間は、私がこの手で殺した。それが私に与えられた命令であり、祖国に忠誠を誓う私の責務だったからだ。
  
「アイゼンリーゼ少尉。貴様の任務は、国家反逆を企てたこの二人の処刑だ」
「はっ!」
「処刑対象は貴様の父親と母親だが、だからと言って躊躇いは許さんぞ?」
「御心配には及びません。例え私の親であろうと、祖国を裏切った罪は万死に値します。躊躇う理由など存在致しません」

 あの日の出来事は、今でもよく覚えている。私の前に膝を付かされた両親。右手に持たされたナイフの感触。血の匂いが残る処刑部屋。そして、下卑た眼をして笑みを浮かべる、ルドルフ・グリュンタール。
 
「素晴らしい心掛けだ。それでこそ、祖国に忠誠を誓う愛国者の鏡と呼べるだろう」
「ありがとう御座います、同志中佐」
「娘は立派な愛国者に育ったというのに、この二人は祖国を裏切った。少尉は何も罪を犯していないが、アイゼンリーゼ家の血を引く以上、貴様にも責任が伴う。それは理解しているな?」
「はい」

 当時、情報局中佐であったルドルフは、私に「血染めの夜」の始末を付けさせようとしていた。この男は、私に二人を殺させようと工作し、両親を処刑させる舞台を用意した。これも全て、この男が愉悦を得るための仕込み・・・・・。
 私が親を殺す瞬間を、この男は舌なめずりして楽しみにしていた。自分の持つ力と権力を使い、アーレンツという彼の玩具箱の中で、人間が苦しみ壊れていく様を見物するのが、この男にとっての愉悦。私もまた、ルドルフの玩具の一つに過ぎなかった。

「おい、反逆者共。お前達の犯した罪は、お前達の娘が代わりに責任を取ってくれるんだぞ?何か言い残す事はないのか?」
「ルドルフ、貴様・・・・・・!」
「約束は守ってもらうわよ・・・・・。私達はどうなってもいいから、ヴィヴィには手を出さないで」
「娘のために健気なものだな。クーデターなど計画しなければ、この娘を危険に晒す事などなかったというのに。どうしようもなく身勝手な馬鹿共め」

 ルドルフの言う通り、二人は身勝手だった。祖国を裏切れば、こうなる事は容易に想像できたはずなのに、私の両親はクーデターを計画していた。結果はこの通り、クーデター計画は未然に阻止され、計画に加わった者達は全員処刑された。そして今、私の手でこの計画の首謀者の始末を付ければ、全て終わりだ。
 ルドルフの愉悦のためによる工作が無ければ、今頃私も殺される側だった。運よく私は殺す側となり、命拾いしたと言える。この二人さえいなければよかったのだ。私がこんな目に遭ったのも、全てこの二人のせいだ。

「ヴィヴィ・・・・・、すまなかった」
「ごめんなさいヴィヴィ。私達は、あなたを救う事ができなかった・・・・・」

 謝るな!何が救う事ができなかっただ!?身勝手な反逆者共め!!
 お前達のせいで全てが狂った。お前達は私を救おうとしたんじゃなく、苦しめようとしていたんだ。だから私は、今もお前達に苦しめられ続けている・・・・・!
 お前達は私の何を救うつもりだった!?国家転覆を図る事が、どうして私を救う事に繋がると言うんだ!?どうしてお前達は、これから私の手で殺されるというのに、満足気になって微笑んでいるんだ!?

「別れの言葉はそれだけか?」
「ああ・・・・・」
「ヴィヴィ、愛しているわ・・・・・・」

 私を・・・・・、私をヴィヴィと呼ぶな!!そう呼んでいいのは、祖国に忠誠を誓う優秀な情報局員であった、私の父様と母様だけだ!!

「アイゼンリーゼ少尉、刑を執行せよ」
「はっ!!」

 あの時に握りしめていたナイフの感触は、今でも忘れられない。振り下ろしたナイフでまずは父親を、次に母親を刺し殺した。
 何度も何度も何度も何度も・・・・・・、二人の体中にナイフを突き立て、返り血で自分の手も服も真っ赤に染まるまで、ナイフを刺し続けた。その時鼻の中を通った生臭い鉄の臭いは、どうやっても忘れられなかった。

「死ねっ!!祖国を裏切った反逆者共!!愛すべき我が祖国の制裁を受けるがいい!!!」

 激昂しながら叫び続け、夢中になって両親を殺す私の姿を、ルドルフは笑みを浮かべて眺めていた。愉悦に浸ったその邪悪な笑みも、私ははっきりと覚えている。
 だが、あの時の私は、ルドルフの事などどうでもよかった。ただ、目の前に血まみれとなって横たわった私の両親だったものを、目の前から消し去ってしまいたかった。自分の両親だったとわからなくなるくらい、滅茶苦茶にしてしまいたかった。

「ふはははははははははっ!!おめでとう、同志少尉!これで君は正真正銘の愛国者だ!!」

 私は、反逆者であった両親を殺した。祖国への忠誠を証明する事ができた私は、この後今まで通り情報局局員として祖国のために働いた。私は数々の任務を遂行し、祖国への忠誠を示し続けた。後に番犬という異名が付けられる頃には、私を「裏切り者の娘」と呼ぶ者は誰一人としていなくなっていた。
 
「死ね死ね死ねっ!!死んでしまえええええええええええっ!!!!」

 私は正しかった。何も間違った事はしていない。
 親を殺して何が悪い。私の親は間違いを犯した。だから殺した。殺さなければ私も死んでいた。こうなったのも全て、私の両親のせいだ。
 いや・・・・・、違う。
 何が悪かったのか、何が間違っていたのか、私はもう気付いている。
 悪いのは私の両親か?それとも、私に二人を殺させたルドルフか?それとも、愛すべき我が祖国なのか?或いはこの世界そのもの・・・・・?
 どれも違う。本当は最初から気付いていたんだ。両親をこの手で殺したあの瞬間も、気付いていながら躊躇いなく命令を遂行した。
 私は正しくなどない。何が悪かったのか、何を間違ったのか・・・・・。
 わかっていたんだ。全ては、私の存在そのものが原因だったんだと・・・・・・。
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