贖罪の救世主

水野アヤト

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第三十話 嘆きのヴィヴィアンヌ

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「なあ姉御・・・・・。マジであんな化け物とやるのか」
「ふふっ、大丈夫さ。こっちには銃もあるし、ジエーデルの軍警察という肉壁もいるだろう?」
「その肉壁がさっきから糞ほどの役にも立っていないんだが・・・・・・」
 
 今現在、アーレンツを脅かす二大勢力は、ヴァスティナ帝国軍の戦力とジエーデル国の軍警察の戦力である。この二人がいるのは軍警察の展開した前線であり、今二人の目の前では、突撃していった軍警察の兵士達が、謎の巨体達によって血祭りにあげられている。

「あれはきっと、エミリオの話にあった手作りの魔人だね。壊し甲斐のある玩具じゃないか」
「そうは言いますがね、戦うのは俺達だ。あれ全部片付けるのは骨が折れる」
「何のためにお前達に高い給料を払ってやってると思う?こういう時、私のためにその命を捧げるためだろう?」
「んなわけあるかっ!?あんた俺達の扱い雑過ぎだろ!」

 謎の巨体達によって形勢不利となる中、まったく緊張を感じさせないこの二人。いや、正確にはこの二人に率いられた、帝国軍屈指の精鋭部隊の兵士達もまた、軍警察の兵士がやられていく光景をスポーツ観戦が如く楽しみ、緊張感が全く見られないのである。
 彼らの名は鉄血部隊。戦場の中でしか生きられない、最悪の戦闘狂集団である。そんな彼らを率いているのが、部隊長のヘルベルトと、帝国宰相リリカである。
 二人に率いられた鉄血部隊の面々が、無反動砲で鉄壁防護壁の門を破壊した後、先にアーレンツ国内へ侵入を果たしたのは、功を焦って突撃を開始したジエーデル軍警察の戦力であった。だが、鉄血部隊よりも先に雪崩れ込んだ軍警察ではあったが、彼らの進軍は、街に入った途端停止してしまった。その理由は、国家保安情報局がこの地に配備した、人造魔人部隊の圧倒的な戦闘力によるものである。
 情報局のルドルフ・グリュンタール大佐は、ジエーデルの戦力を迎撃するために、国防軍の戦力だけでなく、起動に成功した全ての人造魔人を投入した。一体で百人の兵士に相当すると言われるこの人造魔人は、全部で十二体。単純な計算で、人造魔人は千二百の兵力に対抗可能なのである。
 対して、鉄血部隊と軍警察の混成軍の兵力は、約二千人である。兵力的には人造魔人部隊の戦闘力を上回るものの、人造魔人部隊の後ろにはアーレンツ国防軍の姿もあるため、兵力で敵を圧倒していると言い難い。状況は混成軍に対して、厳しい戦いを予感させていた。

「軍警察ではあれの相手は辛そうだ。ヘルベルト、やはり我々で片付けるとしよう」
「やれやれだぜ。それで姉御、奴らはどうやって始末する?」

 リリカとヘルベルトの目の前で、突撃した軍警察の兵士達は、次々と屍に変えられていた。身長二メートル超える筋肉の塊とも呼べる肉体をした化け物が、肉食動物のような鳴き声をあげて襲い掛かってくるのである。全身の血管を浮き上がらせ、剣で斬られようが矢が刺さろうが構う事なく、人造魔人は素手で軍警察の兵士を殺す。
 ある者は一撃で殴り殺され、ある者は拳で頭を潰され、またある者は体を捩じ切られる。巨漢の化け物達によって兵士達が、体をぐちゃぐちゃにされながら殺される様は、見ている者に嘔吐を促すほどだ。

「ふふふっ、あれはアーレンツの新しい玩具なのだろう?なら、我々の玩具と力比べをするまでだ」
「まあ、魔物とそう変わらねぇ化け物相手に性能を試すいい機会か」
「そうだとも。お前達、存分に楽しむといい」

 リリカの言葉に、鉄血部隊の男達が邪悪な笑みを浮かべて歓声を上げた。彼らは人造魔人を全く恐れておらず、寧ろ獲物として見ていたのである。
 眼前で起こる凄惨な殺戮劇に、軍警察の兵士や指揮官が恐怖を覚える中、鉄血部隊の男達は自動小銃を構え、戦闘態勢に入る。彼らからすれば、人造魔人など恐怖の対象でも何でもなく、戦場を楽しくさせた殺し甲斐のある獲物でしかない。

「撃ち殺せ」

 彼女の許しを得て、戦闘狂達の自動小銃が火を噴いた。一斉射撃が行なわれ、その弾丸は全て人造魔人へと向かっていき、相手の肉体に直撃する。貫通性の高いライフル弾が命中し、剣や弓以上に人造魔人の肉体を抉っていくが、彼らは痛みなどを感じる事なく、その肉体に銃撃を浴びながら鉄血部隊に狙いを定め、一斉に駆け出した。

「図体がデカいだけあるぜ!流石に硬いぞ!!」
「脚だ!奴らの脚を蜂の巣にして動きを止めろ!!」
「ひゃははははははははははっ!!ありったけの弾丸を喰らいやがれ!」

 胸を撃っても敵は止まらない。頭に狙いを定めて撃っても、太い腕を盾代わりにして突進を行なう。筋肉の塊が恐ろしい速度で突っ込んでくるため、彼らは脚に向かって射撃を行なった。人造魔人の脚を鉛玉で穴だらけにし、動けないようにしてやろうと考えたのだ。
 彼らの狙いは上手くいき、五体の人造魔人が脚を蜂の巣にされ、その動きを止めた。残り七体は脚を潰される前に鉄血部隊に肉薄し、彼らを皆殺しにするべく拳を振るった。一気に距離を詰められてしまったため、ヘルベルト達は人造魔人の攻撃を躱しつつ散開し、一定の距離を維持しながら戦闘を継続したのである。近接格闘戦となれば、常人を遥かに凌ぐ力の前に、簡単に捻り潰されてしまうからだ。
 鉄血部隊の男達は、七体の人造魔人に対して六人以上で一体ずつ取り囲み、攻撃を躱しながら銃撃を浴びせ続ける。戦闘狂の最低集団だが、彼らはよく訓練されており、連携もする。乱戦状態の戦闘になっても、仲間と息を合わせ、確実な戦術で相手を殺すのだ。
 だがここで、脚を蜂の巣にされ動けなくなっていたはずの人造魔人の一体が、自分の状態を顧みず、無理やり脚を動かして駆け出した。その一体が狙いを定めたのは鉄血部隊の男達ではなく、戦場に似付かわしくない紅いドレスを身に纏う、帝国宰相リリカであった。

「糞ったれ!逃げろ姉御!!」

 その一体に気が付き、ヘルベルトが危機を叫んだ時には、リリカの目の前に巨大な肉壁がいた。その肉壁は当然、脚を潰されながらも駆け出した人造魔人である。魔人はリリカを殴り殺すべく、その大きな拳を振るって見せた。

「ふふふっ・・・・・、嘗められたものだね」

 人間を一撃で殴り殺せるほどの人造魔人の拳は、彼女に当たらず空を切った。リリカは絶妙なタイミングでその場に屈んで、拳を躱して見せたのである。
 それだけでは終わらない。彼女は自分の愛銃であるモーゼル型の拳銃を、ドレスのスカートの中から抜いた。彼女は自分の脚に銃のホルスターを付けており、普段はそれを紅いドレスのスカートで隠しているのだ。
 攻撃を躱した彼女の反撃は素早い。右手で拳銃を構え、連続して発砲した彼女が狙ったのは、人造魔人の右膝であった。至近距離から連続して銃撃され、膝を砕かれた魔人は体勢を大きく崩し、地面に向かって顔から倒れていった。
 倒れた人造魔人の後頭部に向けて、愛銃の銃口を向けるリリカ。彼女は弾倉に残った弾丸が無くなるまで、一方的に人造魔人の頭を撃ち抜いた。そして二度と、その肉体が動き出す事はなかったのである。

「ふふっ、どうやら頭が弱点の様だ。どんな怪物も脳をやられてはお終いというわけか」
「おいおい姉御・・・・・、そこはもうちょっと可愛げ見せて下さいよ。悲鳴上げて逃げるとか、恐さのあまり小便ちびるとか」
「ヘルベルト、お前は減給だ」
「えっ!?」

 帝国宰相に逆らう事は許されない。揶揄うなども論外だ。それを忘れて彼女の怒りに触れたら最後、その人間は必ず後悔する。目の前の人造魔人なんかより、魔人を秒殺して、情け容赦なくヘルベルトを減給する彼女の方が十倍恐ろしいと、この時の鉄血部隊全員は改めてそう思った。
 
「お願いです姉御!減給だけはどうか勘弁してください!!この前も隊長相手にやらかして減給されたばっかなんすよ!!」
「仕方ない。なら、一度だけチャンスをやろう」
「!?」
「筋肉ダルマの相手は飽きた。時間も惜しい事だし、あれを全部速攻で片付ければ考えなくもない」
「マジかよ姉御!?」
「ふふふふっ、私も鬼ではないよ。減給が恐ければ死ぬ気で戦う事だ」
「うおっしゃああああああああああああっ!!野郎共、機関銃もバズーカ砲もどんどん使え!出来損ないの糞魔人共を地獄に送ってやろうじゃねぇか!!」

 減給恐さに戦うヘルベルトを前に、鉄血部隊一同、深い溜息を吐いた。いつもの事とわかってはいるが、この戦いが終わったら部隊長を別の誰かにしてしまうべきかと、そろそろ一同本気で考え始めていた。

「使えない軍警察共に合わせる必要はない。お前達は私のために、その力を存分に振るえばいい」
「リリカの姉御の言う通りだ!あんな雑魚共、いない方が暴れやすいぜ!」
「私のためってところは同意したくねぇが、言われなくても存分に振るってやるっての!」
「軍警察のおこちゃま共はそこで指咥えて見てな!活躍の場は俺達が頂くぜ!!」

 こういう時、リリカが戦場に立つだけで、味方の士気は大いに上がる。彼女は人を魅了する美貌と才能を持っており、人の心を動かすのが恐ろしく上手い。今の言葉も、鉄血部隊の男達を使って、軍警察の兵士を炊き付けたのである。
 リリカ達に馬鹿にされ、プライドを傷つけられた軍警察の兵士達は、怒りと闘志を剥き出しにし、人造魔人への恐怖も忘れて駆け出した。元々彼らは、ジエーデル国総統に認められた優秀な兵士であり、軍と国内の治安を維持する、総統の眼とも呼べる存在なのだ。そのため、彼らのプライドは非常に高い。そこを彼女は利用したのである。

「さあ、戦場を彩る戦士諸君。舞台はまだ始まったばかり・・・・・、これからが本番だ。ふふふっ、あはははははははははははっ!!」

 妖艶な笑みを浮かべる彼女の、狂気に満ちた笑い声が戦場に響く。
 これは、彼女の怒りと殺意の表れなのか。或いは、彼女の心の狂いの表れなのか。それとも、これこそが彼女の本性なのだろうか・・・・・。
 どちらにせよ、この戦場で最も怖ろしく、最も冷酷な存在は彼女であると、そう思わせる人物であるのは間違いなかった。
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