贖罪の救世主

水野アヤト

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第二十九話 アーレンツ攻防戦

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「リック様!起きて下さい、リック様!!」

 ランプの明かりしかない薄暗い地下の一室に、泣き叫ぶような女性の声が響き渡る。部屋の周りには男達の死体が血を流して横たわり、部屋の中でその女性は一人、傷付いた一人の男を抱き起こし、呼びかけ続けていた。

「お願い・・・・、目を開けて・・・・・!」

 彼女は何度も何度も彼の名を叫び、彼が目を覚ますのを待っている。自分がもっと早く助けに来ていればと、酷く後悔しながら・・・・・・。
 彼女の名前はリンドウ。ヴァスティナ帝国のメイドにして、帝国女王最後の砦フラワー部隊の一人である。今彼女が救い出した男、帝国軍参謀長リクトビア・フローレンス救出のために、古巣であるアーレンツに潜入していた彼女は、戦闘の混乱に乗じて、ようやく彼を救う事ができたのである。
 帝国軍の砲撃が始まった瞬間、リンドウは行動を開始していた。リクトビアが捕らわれているであろう、国家保安情報局特別収容所に侵入した彼女は、警備の局員などを殺しながら、彼の居場所を探し続けた。施設内の地下に入った彼女は、目に付いた敵を全て殺しまわりながら突き進み、彼が捕らわれていた部屋を探し当てたのである。
 
「攻撃開始まで待つんじゃなかった・・・・・!きっとこれは、あの男の仕業だ・・・・・!」

 救出には成功したが、彼女が後悔しているのも無理はなかった。
 リンドウがその部屋に突入し、その眼に見たものは、服はぼろぼろに破れ、体中傷だらけとなって、部屋の床で横たわる、変わり果てたリクトビアの姿だったのである。
 部屋の中には、彼を拷問していたと思われる局員が四人いた。瀕死の彼を見た瞬間、一瞬で怒りが頂点に達したリンドウは、怒り狂いながらその四人をナイフで惨殺したのである。その後彼女は、横たわるリクトビアの傍に駆け寄り、両膝を床について彼の体を抱きかかえ、何度も彼の意識に呼びかけ続けた。しかしリクトビアは、彼女が何度呼びかけても目を覚まさない。
 部屋の様子と、部屋の中に点在していた拷問器具。それを見た彼女は、ここでどんな拷問が行なわれたのかを、瞬時に理解した。拷問器具の中には、いくつもの注射器と薬物があり、鞭や釘などの道具も置かれていたのである。
 彼はここで、薬物による自白を強要されるだけでなく、拷問器具を使って痛めつけられたのだ。体中生々しい傷跡があり、鞭を打たれたであろう傷や、手の甲には釘を打ち込まれたであろう傷もある。腕にはいくつもの注射痕が残っており、大量の薬を使われた事までわかった。
 薬物と拷問によって、リクトビアは今にも死んでしまいそうなほど、生気が感じられない。手遅れになる前に救出しようと、急いで彼を助けに現れたリンドウであったが、既に彼は酷く衰弱していた。生かさず殺さず、徹底的に拷問されたのだと知ったリンドウの頬に、一筋の涙が流れ落ちる。

「ユリーシア陛下・・・・・、私は・・・リック様を守れなかった・・・・・・!」

 リンドウは亡き自分の主の事を思い、彼を守れなかった己の無力さに涙を流す。自分はまた、大切な人を守る事ができないのかと、自分自身を呪った。
 傷付いたリクトビアを抱きしめ、涙を流すリンドウ。彼はもう目覚めないのかと絶望していたが、奇跡は起きた。

「・・・・・・あ・・・れ・・・・?リン・・ドウ・・・さん・・・・・・?」
「!!」

 かすかに聞こえたか細い声に、リンドウは驚いてリクトビアの顔を覗き込む。
 彼は目を覚ました。ゆっくりと瞼を開き、リンドウの顔を見つけたリクトビアは、衰弱し切った顔でどうにか微笑みを浮かべる。その微笑みは、助けに来てくれた事への感謝と、彼女を安心させようという優しさであった。
  
「まさか・・・・、リンドウ・・・さんが・・・・・・助けに・・来てくれるなんて・・・・・・・」
「リック様!!」

 大粒の涙を流し、顔をくしゃくしゃにして泣き叫ぶリンドウは、嬉しさのあまり彼を強く抱きしめた。リクトビアを抱きしめたまま、嗚咽を漏らして泣き続ける彼女に、彼は何も言わず、右手で彼女の頭を撫でる。

「申し訳ありません・・・・・!私が・・・、もっと早く助けに来ていれば・・・・・・!」
「リンドウさんの・・・・・せいじゃない・・・・・。悪いのは・・・・全部俺だから・・・・・・」
「皆・・・・・貴方を助けるために戦っています・・・・!貴方が生きていてくれて、本当に良かった・・・・・!!」

 心の底から彼の無事を喜ぶリンドウ。リックは彼女に多大な迷惑をかけてしまったと、内心そう思いながら自分の体を彼女に委ねた。右手は何とか動かせたが、薬と拷問のせいで、自分の体を動かす事ができなかったのである。
 泣き止んだ彼女は、自分で立ち上がる事すら叶わない彼の体を抱きかかえ、ここから移動するべく立ち上がった。救出に成功したリクトビアを、彼女は一人で抱えて運んでいかなければならないが、ここは敵地の中であり、ぐずぐずしていると、リクトビア奪還を阻止するべく敵が現れるだろう。その前に急いでこの施設から抜け出し、帝国軍と合流しなければならない。
 ここにいては危険だが、それ以上に、彼には急いで治療が必要なのである。体の怪我は勿論の事だが、短期間の間に大量の薬物を注射されている。幻覚を見るや身体の異常など、既に薬の副作用による症状が出ているだろうが、このままでは後遺症が残るかもしれない。一刻も早い治療が、彼には必要なのだ。

「急いでここを出ましょう!ヴィヴィアンヌがいない今なら、すぐに帝国軍と合流できます!」
「ヴィヴィ・・・・アンヌ・・・・・・?」

 リクトビア奪還において、リンドウが最も恐れていたのは、彼を攫った最強の敵、情報局の番犬ヴィヴィアンヌ・アイゼンリーゼとの遭遇であった。彼を救出する上で最大の障害となる相手だと、そう考えていたリンドウだったが、運のいい事に彼女は今ここにはいない。この隙に彼女は、リクトビアをここから連れ出すつもりなのだ。
 
「待って・・・・・・、リンドウさん・・・・・・・」

 だが、リクトビアは彼女を呼び止めた。肩を抱えられながら、どうにか立ち上がっている彼は、リンドウを呼び止めその場に立ち止まる。
 リンドウが呼んだ名前、ヴィヴィアンヌ。その名前は彼の脳裏を駆け抜け、彼女と初めて出会った時から、彼女の顔を見た最後の瞬間までの記憶が、次々と呼び起こされた。

「まだ・・・・やることが・・・・残ってる・・・・・・・」
「えっ・・・・・?」

 満足に体を動かす事もできないリクトビア。しかし彼の眼は、まだ生きている。
 その眼は、一秒でも早く助かりたいと願う人間の眼ではなく、覚悟を決め、戦いへと赴こうとする戦士の眼であった。
 
「リンドウさん・・・・・・、お願いが・・・あります・・・・」
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