贖罪の救世主

水野アヤト

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第二十九話 アーレンツ攻防戦

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 侵攻作戦を開始したヴァスティナ帝国軍と、総力を結集したアーレンツ国防軍との戦いは続く。両軍は激戦を繰り広げており、一進一退の攻防が続けられている。
 最前線正面では、現在帝国軍の精鋭とアーレンツの精鋭部隊が激突し、膠着状態に陥っている。そのため帝国軍は、部隊を両翼に展開して防衛線の突破を図った。当然、それを許すまいとアーレンツ軍は迎撃に現れ、両翼に展開した帝国軍部隊と戦闘を開始したのである。
 
「死ねぇええええええええ!!」
「ぐわっ!?」

 帝国軍左翼の前線では現在、アーレンツ軍の猛攻が始まっていた。練度の低いアーレンツ国防軍に、国家保安情報局の精鋭一個小隊が合流したのである。情報局自慢の精鋭達は、高い練度を誇る帝国軍兵士を次々と殺し、帝国軍の突撃を阻んで見せた。
 過酷な訓練課程を修了し、実戦経験も豊富なこの小隊は、帝国軍兵士の実力を上回っていた。剣や槍を使っての近接戦闘で、帝国軍兵士の攻撃を躱しながら、小隊は帝国軍兵士を討ち取っていき、突撃してきた部隊を撃破するべく戦闘を行なっている。帝国軍は情報局の精鋭小隊に苦戦しており、防衛線の突破は困難となっていた。

「このまま帝国の連中を押し返すぞ!奴らに実力の違いを見せつけてやれ!!」

 小隊長の命令を受け、雄叫びを上げて駆け出した精鋭小隊。彼らの後にアーレンツ軍も続いていき、帝国軍と正面からぶつかる。勢いに乗ったアーレンツ軍は、小隊に助けられながらも徐々に帝国軍を押し返し、反撃に転じっていった。
 負けじと帝国軍兵士達は応戦するが、情報局の精鋭小隊が彼らに襲い掛かり、アーレンツ軍部隊のための突破口を開こうとする。帝国軍部隊は完全に、情報局の精鋭小隊に翻弄されてしまっていた。

「あんな奴らに負けるな!ヴァスティナ帝国軍の意地を見せる時だぞ!!」
「こんなところでくたばって堪るか!!押し返せええええええええっ!!」
「奴らを皆殺しにしてやれ!帝国万歳!!」

 一個小隊に翻弄されてしまってはいるものの、帝国軍の士気は高い。彼らは声を張り上げ、血を滾らせ、高い士気を維持し続けているのだ。この士気の高さと意地こそが、彼らの最大の武器と言えるかもしれない。
 しかし、士気を高く維持していようと、戦局の不利は変わらない。帝国軍は前線の崩壊させないようにするだけで精一杯であり、攻勢をかけられずにいた。彼らの眼前で暴れまわる精鋭小隊を撃破できれば、防衛線を突破するべく突撃を再開できるが、現在の前線部隊ではそれは困難であった。
 帝国軍部隊の被害は増すばかりで、少しずつ前線を後退させられている中、アーレンツ軍の反撃の手はまったく緩む気配はない。士気を取り戻したアーレンツ軍兵士達は、このまま帝国軍部隊を撃破し、本陣まで攻め上ろうとしているのだ。
 だが、簡単にそれを許すほど、帝国軍は甘くはない。

「全員、その場に伏せろ!!」

 帝国軍部隊の後方から、突然その声はやってきた。様々な叫び声が飛び交う最前線の中でも、その命令ははっきりと聞こえ、帝国軍兵士達は一瞬動きが止まってしまった。しかし、声の主は兵士達がよく知る人物であり、作戦開始以前から、この人物の命令は聞くよう言われていたため、帝国軍兵士達は急いでその場に伏せた。
 情報局の正体もアーレンツ軍も、帝国軍兵士達が突然地面に伏せた理由がわからず、一瞬その場に立ち尽くしてしまった。それが命取りであるとも知らずに・・・・・。
 次の瞬間、何かを撃ち出す連続した発砲音が鳴り響き、空気を切り裂く音と共に、放たれた何かが小隊とアーレンツ兵を襲った。発砲音がなった瞬間には、狙われた兵士達が次々と何かに撃ち抜かれ、瞬く間に屍と化していく。死んだ兵士達の体には、いくつもの穴が空けられており、発砲音と共に放たれた何かが、兵士達の体を撃ち貫いて絶命させた事が、すぐに理解できた。
 横一線に連続して放たれた何かは、立ち尽くしていた兵士達を皆殺しにしていき、発砲音が止んだ時には、情報局の精鋭もアーレンツ軍兵士も関係なく、大勢血を流して地面に倒れ伏していた。

「・・・・・死にたくなければ道を開けろ」

 一瞬の内に二十人以上の兵士の命が奪われた。驚愕する彼らが見たものは、長い鉄の塊を右手で構えた、一人の女兵士の姿であった。彼女は、アーレンツ軍兵士達が見た事のない武器を所持しており、左手にも背中にも、同じような武器を携帯していた。
 彼女が携帯している武器は、帝国一の発明家シャランドラが彼女のためだけに用意した、最新式の銃火器である。右手に持っているのは、連続して射撃が可能な軽機関銃であり、彼女はこれを腰だめ射撃で掃射し、眼前の敵を薙ぎ払ったのである。
 
「ばっ、ばかな・・・・・!一瞬でこれだけの兵士を-------」

 大勢の兵士の戦士に驚愕し、立ち尽くしてしまっていた小隊員の一人が、言葉を言い終わる前に軽機関銃の餌食となった。容赦なく発砲した彼女は、数十発の弾丸をその兵士に喰らわせ、文字通り蜂の巣にして絶命させたのである。
 これは彼女なりの見せしめだった。直ちに道を開けなければお前達もこうなるという、軽機関銃の恐ろしさを思い知らせた脅しなのである。
 
「道を開けろと言っている!死にたいのか!?」

 激昂した彼女の言葉は、アーレンツの兵士達を恐怖させた。彼女が放つ怒りの覇気が、彼らを膠着させる程恐怖させたのである。例えるならば、蛇に睨まれた蛙と言えるかもしれない。目の前に現れた一人の女兵士による、一瞬の内の大量殺戮とその覇気に、アーレンツ兵士達は大きく戦意を削がれてしまった。
 彼女は道を開けろと叫んでいる。大人しく道を開けなければ、この場で射殺すると脅しをかけていた。だからと言って、簡単に道を開けるわけにはいかない彼らはからすれば、彼女と銃の恐怖に負けるわけにはいかない。我に返った小隊員とアーレンツ軍兵士達は、狙いを帝国軍兵士から彼女へと切り替える。地面に伏せた帝国軍兵士達は、ここにいては彼女の戦闘の邪魔になると判断し、速やかに彼女の後ろへと下がっていった。
 帝国軍の兵士達は、彼女を一人で戦わせようとしていた。それは、彼女の実力を信頼しての行為であったが、アーレンツ側の兵士達にはわからない。自分達が舐められたと判断した彼らは、突然の銃撃によって奪われた戦意を取り戻し、彼女に襲い掛かろうとそれぞれの得物を構えた。
 相手はたった一人である。強力な飛び道具を持っていようとも、一人対多数の状況は変わらない。強力な兵器で武装していようと、数の差で押し潰せると判断した彼らは、彼女目掛けて真っ直ぐ突撃を開始した。

「邪魔をするなあああああああああっ!!」

 怒りの雄叫びを上げた彼女は、右手に装備する機関銃の銃口を、眼前の敵へと向ける。引き金に指をかけ、弾丸を発射した彼女は、機関銃のフルオート射撃による強烈な反動を右手だけで制御し、先程と同じようにアーレンツ兵達を血祭りにあげていった。
 精鋭の小隊員達も、練度の低いアーレンツ軍兵士達も関係ない。彼女の向けた銃口の前に立つ者達は、一人残らず放たれた鉛玉の餌食となる。途切れる事のない発砲音と、地面に落ちていく空薬莢の金属音と、そして兵士達の断末魔の叫びが、まるで音楽を奏でる様に、この戦場の音を支配する。
 彼女の体に巻かれた、機関銃用の給弾ベルト。この給弾ベルトが続く限り、彼女は発砲を止めない。自分の手持ちの弾丸を全て使い切るまで、彼女は眼前の敵を殺し続けるのだ。機関銃の驚異的な制圧力と、腰だめながら恐ろしいほど正確な射撃によって、多くの兵士が倒されていく。だが、アーレンツ軍兵士達は屍の山を築きながらも、確実に彼女との距離を縮めていった。
 彼らにはわかっているのだ。その武器は飛び道具故に、必ず弾切れがある事をわかっている。弾が切れた瞬間こそがチャンスだと理解しているからこそ、単純に数で押すのである。そして、何十人かわからない程の犠牲を出し、ようやく彼女の機関銃は沈黙した。最後の一発まで、綺麗に弾丸を撃ち切ってしまったのだ。

「よし今だ!全員、あの女をころ-------」
「まだだ!!」

 彼女は弾切れとなった機関銃をその場に捨て、左手に持っていた銃を構えた。彼女はその銃で、命令を飛ばそうとしていた兵士を撃ち殺した後、他の兵士達にも銃口を向け、引き金を引き続ける。この銃もまた、連続して弾丸を放ち、次々とアーレンツ兵達を射殺していく。
 相手はまだ、強力な火器を所持している。そう思った彼らは驚愕し、そのせいで突撃の足が止まってしまった。立ち止まった彼らに、彼女は容赦なく弾丸を浴びせていく。先ほどまでの機関銃のように、給弾ベルトが続く限り連射できる銃ではなく、弾倉式の銃であるため弾切れは早いが、彼女の弾倉交換は恐ろしいほど素早い。空となった弾倉を捨て、ベストのポーチから瞬時に替えの弾倉を取り出すと、慣れた手付きで交換を行なった。正確な射撃と素早い弾倉交換のお陰で、彼女の張った弾幕は一向に途切れない。
 向かっていけば撃ち殺され、立ち止まっても撃ち殺される。既にアーレンツ兵士達の一部は、彼女の射線に立たないようその場に伏せ、銃撃をやり過そうとしていた。しかし、その程度の行動で彼女の猛攻を凌げるほど、今日の彼女は甘くない。
 彼女は左手で銃を撃ちながら、右手でベストに装着されていた、掌に収まる程の大きさの丸い物体を切り離した。彼女はその物体の安全ピンを噛んで引き抜くと、それをアーレンツ兵目掛けて放り投げたのである。
 銃撃を避けるべく、その場に伏せた兵士達のもとに、その物体は落ちてきた。彼らにはそれが何はわからなかったが、正体を知る頃には手遅れだ。物体は兵士達の傍で突然爆発し、爆発音と共に煙を上げ、辺りに鉄の破片を撒き散らして、アーレンツ兵達の命を奪いにかかった。
 彼女が放り投げた武器は、破片手榴弾と呼ばれる爆弾である。この爆弾を使い、彼女は銃撃を避けようとする兵士達も殺しにかかった。彼女は銃撃を続けながら、先程と同じ手榴弾を一つずつ放り投げ、アーレンツ軍の被害を拡大させていく。
 途切れない射撃と、凶悪な殺傷能力を持つ破片手榴弾。機関銃を失っても尚、彼女の戦闘能力は衰えなかった。現在彼女が使っている銃火器は、シャランドラが遂に完成させてしまった、今後の帝国軍に必要不可欠となる銃器である。
 ライフル並みの射程を誇り、引き金を引き続ける限り連射も可能な、歩兵にとって最も信頼できる小銃。この銃さえあれば、帝国軍兵士達は南ローミリア最強ではなく、大陸最強の兵士と呼ばれるようになるだろう。彼女が操っているのは、突撃銃。アサルトライフルと呼ばれる、全自動射撃能力を持つ自動小銃である。

「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 眼前に映る人間は全て敵であり、殺すべき対象。今の彼女の頭には、それしかない。自動小銃を撃ちまくり、手榴弾を投げまくり、多くの兵士達を殺していく。一騎当千というより、虐殺に近いと言えてしまう、一方的過ぎる戦いであった。
 彼女は手持ちの銃火器の弾丸を惜しむ事無く、全力で射撃を行なっている。連射による銃身の過熱などお構いなしだ。彼女が重装備であるのは、このように大量の弾幕を張る事で、敵軍を短時間で壊滅させるためなのである。
 鬼神の如き彼女の覇気と、鉛玉の弾幕と手榴弾によって、アーレンツ兵は彼女に対しての戦意を失っていた。兵士達の中には、仲間の死体を盾に使い、彼女の自動小銃から身を守ろうとしている者もいた。だが、情報局の精鋭小隊員だけは、未だ戦意を喪失してはいなかった。
 突撃銃と手榴弾を駆使し、ゆっくりと前進を始めた彼女の後ろから、戦意を滾らせた帝国軍兵士達が続く。戦意を失ったアーレンツ兵士達とは違い、精鋭小隊の者達は多数の戦死者を出しながらも、反撃の機会を窺っていた。ある者は姿勢を低くして銃撃を何とかやり過し、ある者は死体を盾にし、ある者は死体の振りをして、反撃の機会を待った。
 そうして、何十人もの仲間を犠牲にしながら、彼らの待ち望んでいた反撃の瞬間は訪れた。彼女は突撃銃の最後の弾倉を使い果たしたのである。

「いくぞっ!!」

 弾切れを確認した小隊員達は、小隊長の号令を受けて一斉に動いた。武器を片手に駆け出した小隊員達は、彼女一人目掛けて再度攻撃を開始する。弓や弩を持った兵士が援護射撃を行ない、剣や槍を持つ兵士達が突撃を行なう。
 彼女は弾切れとなった突撃銃を盾代わりに使いながら、小隊員の放つ矢の攻撃を躱していった。回避に専念する彼女のもとに、突撃してくる小隊員達。突撃銃の弾を使い果たし、手榴弾も使い切った彼女に、情報局精鋭小隊の刃が迫る。

「甘く見るな!!」

 熱い戦意を剥き出しにする彼女は、迫りくる眼前の敵を睨み付け、スリングを使い背中に装備していた、別の銃器を右手に持った。彼女は銃のグリップを右手で握り、左手で銃のハンドグリップを握る。彼女が新たに構えたその銃は、ライフルのような形をしているが、弾倉や狙撃スコープの類は付いていない。代わりにハンドグリップと呼ばれる、前後に動かす事が可能なギミックが銃身の下に付いていた。
 彼女はハンドグリップを前後にスライドさせ、眼前の敵兵に銃口を向ける。そして、引き金を引いた。

「私に近付くな!!」

 そう叫んだ彼女が放った銃撃は、彼女の眼前にいた小隊員に見事命中し、体を弾き飛ばして地面に叩き付けた。弾が命中した小隊員は即死であり、胸には何発も銃撃されたかのような痕が残されていた。勿論彼女は一発しか撃っていない。小隊員の胸にいくつもの穴が開いているのは、彼女が使ったこの銃の使用弾薬のせいだ。
 彼女が使ったのは、突撃銃に続きシャランドラが完成させてしまった、近距離での銃撃戦において絶大な威力を発揮する、大口径の銃器である。ショットシェルと呼ばれる散弾を発射可能な、この銃の名前は散弾銃。所謂、ショットガンという名の方が知られた銃であった。
 彼女はショットガンを撃ちまくり、近付いてくる敵を次々と蜂の巣にしていく。一発撃つ事にハンドグリップをスライドさせ、排莢と装填を繰り返す。しかしこのショットガンは、装弾数が先ほどまでの銃に比べ少ない。そのため彼女は、装填しておいた弾薬をすぐに撃ち尽くしていた。弾切れとなったショットガンに、彼女は一発ずつ新しい弾丸を装填していくが、それを待つ敵ではない。彼女が銃撃を再開する前に、突撃した小隊員数名が彼女に肉薄する。
 再装填からの再射撃は間に合わない。そう判断した彼女は装填を一時中断し、ショットガンを握りしめ、格闘戦の構えに入った。

「貰ったああああああああっ!!」
「遅いっ!!」

 銃さえなければ恐ろしくはない。そう思っていた小隊員達は、非常に愚かであった。
 彼女に剣で斬りかかった小隊員の一人は、その斬撃をショットガンの銃身に受け止められ、力で押し返された。体勢を崩した小隊員に対して、彼女は一気にその懐に潜り込み、ベストに装備されていたサバイバルナイフを引き抜いて、小隊員の喉元を掻っ切った。
 一人を殺しても次が来る。同じように剣を持って向かってきた敵に、彼女は動じる事なく対処していく。ショットガンを棍棒代わりに使い、切れ味抜群のサバイバルナイフも使って、向かってきた敵を全員殺していく。
 相手は女だと甘く見ていたのが運の尽き。相手が男で、それも複数人であろうと、彼女にはまったく関係なかった。射撃戦でも格闘戦でも、彼女は情報局精鋭小隊もアーレンツ兵も圧倒し、この戦場をたった一人で支配したのである。
 肉薄した敵を撃破した彼女は、ナイフをベストに仕舞い、ショットガンの弾薬を装填し終え、再び発砲を行なう。突撃してきた小隊員達は、ショットガンの威力と彼女の格闘によって敗れ去った。
 彼女の攻撃はまだ終わらない。今度は、弓や弩で援護射撃を行なっていた敵を撃破するべく、ショットガンをその場に捨て、背中に装備していた最後の銃器を右手に持った。大きな銃口を見せるそれは、まるで小さな大砲の様であった。彼女はその銃を片手で構えると、飛び道具を構えている小隊員達へと狙いを定め、銃口を少し上げて引き金を引いた。
 引き金が引かれた瞬間、一発の弾が山なりに飛んで行った。放たれた弾は、彼女から距離を取っていた、飛び道具を使う小隊員達へと向かっていき、地面へと落下する。その瞬間、地面に直撃した弾は突然爆発し、周りにいた小隊員達を吹き飛ばした。

「畜生っ!!あの女、爆弾を撃ち出してるのか!?」

 勘の良い小隊員の一人が気付いた時には、やはりもう手遅れだった。
 彼女が使ったのは、一発ずつしか装填できない中折れ式の銃身が特徴的な、擲弾銃と呼ばれる銃器である。つまりこの銃は、手榴弾と同じようなものを弾丸として放つ、グレネードランチャーと呼ばれる兵器なのだ。彼女はこの銃で砲撃の真似事を行ない、飛び道具を使用する小隊員達を壊滅させようとしているのだ。
 この銃は一発ずつしか撃てないため、彼女はベストから予備の弾を左手で取り出し、落ち着いた様子で弾丸の装填を行なう。射撃準備が整った瞬間、彼女の右手はまた引き金を引く。彼女はグレネードランチャーを使い続け、次々と榴弾を敵へと放ち、爆発によって敵の命を奪っていった。その光景は最早、人を殺す作業と言ってもいい。
 グレネード弾を撃ち尽くす頃には、小隊の援護射撃部隊は全滅していた。小隊の前衛部隊もほぼ壊滅している。弾切れとなったグレネードはその場に捨て、彼女はゆっくりと歩を進めた。彼女の眼前には、もう邪魔者がいなかったからだ。彼女を阻もうとした情報局精鋭小隊は、これで壊滅したかに思われたが・・・・・・。

「隙ありだぜっ!!」
「!?」

 精鋭小隊の生き残りが一人、死体の振りをして彼女の隙を付いた。起き上がったその小隊員は、彼女目掛けてナイフを投げる。彼女はすんでのところでナイフを躱す事ができたが、小隊員の男は僅かにできたその隙を付き、彼女と一気に距離を詰める。剣を片手に彼女の懐に潜り込んで、一撃を喰らわせようとしていた。
 だが、この小隊員の男の実力では、彼女の懐に入るなど不可能だ。彼女は男の剣を持つ手を掴み、男の懐に潜り込むと、柔術のような動きで彼の足を払い、体勢を崩させて彼の体を地面に叩き付けた。
 これは、彼女が自分で編み出した格闘術である。戦場で戦うために、彼女が独自に作り出したこれは、クロース・クォーター・コンバットと呼ばれる近接格闘術に、非常によく似ているものだった。
 頭から地面に叩き付けられた衝撃で、後頭部からの激痛に耐えながらも、状況を確認するため男は目を開ける。男の目に映ったものは、空と、彼を倒した女兵士と、一丁の回転式自動拳銃の銃口であった。彼女は格闘術を行ないながら、右の太股に付けていたホルスターから、一丁のリボルバーを右手で引き抜き、それを男の頭部目掛けて構えたのである。
 男が最後に見たものは、このリボルバーの銃口であった。撃鉄を下ろし、引き金を引いた瞬間、銃口から一発の銃弾が放たれる。銃弾は頭部に命中し、頭蓋を打ち砕いて後頭部まで貫通した。彼女は男を一瞥し、自身の射撃で男が絶命したのを確認すると、再びを歩みを始めた。

「私には、誰も触れさせない・・・・・」

 そう・・・・、彼女に触れていい男は、このリボルバーの本当の持ち主だけだ。
 二度も彼女の命を救い、彼女を絶望の底から救い出した、彼女にとって最愛の存在。彼を憎き敵から必ず救い出すと、この銃と、自分のために最新式の武器を用意してくれたシャランドラに、固く誓ったのである。
 
「やったぞ!アングハルト隊長が敵を蹴散らした!!」
「ミカヅキ隊長やレッドフォード隊長にも引けは取ってない!圧倒的だぜ!!」
「隊長が道を開いた!野郎共、隊長に続けええええええええっ!!」
「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」」」」」」

 士気を高めた帝国軍兵士達。その先頭に立つのは、帝国軍女性兵士セリーヌ・アングハルトである。
 全身に武器を装備し、彼女はたった一人で情報局精鋭小隊を壊滅させてしまった。天性なのか、戦うための武器であれば、どんなものでも簡単に使いこなしてしまう才能を持つ彼女は、銃火器を見事使いこなして多大な戦火を上げたのである。
 しかし、彼女の戦いはこれからであった。何故なら彼女は、まだ愛する人物を助け出せてはいないのだから・・・・・。
 
「全部隊、我々を阻むものは誰であろうと殲滅せよ!!」

 彼女の号令を受け、雄叫びを上げた帝国軍兵士達が駆け出していく。
 今や彼女は、帝国軍の一人の女兵士ではない。軍師エミリオ・メンフィスより、大部隊の指揮官の任を与えられてここにいる。一人で一個小隊以上の力を持つ、最強の女兵士に率いられた兵士達は、彼女と共に必ずや敵防衛線を突破する事だろう。
 この戦争に勝利し、最愛の人を救い出すまで、彼女はこの地で修羅と化す。彼女が修羅の仮面を脱ぎ去る時は、愛する彼を救い出し、いつか自分がしてもらった時のように、思いっきり抱きしめる時だけだ。
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