495 / 841
第二十九話 アーレンツ攻防戦
4
しおりを挟む
「噂通り、高く頑丈そうな壁だね」
「鉄壁の要塞と呼ばれているだけありますわね。でも、メンフィス先輩の作戦通りに事が運べば、あの壁と正面からぶつかる事はなくなりますわ」
アーレンツから約二キロメートル離れた地点に、彼らは展開を終えている。今や、南ローミリア最強の軍隊と呼ばれ、これまで数々の戦争で勝利を収め続けてきた、ヴァスティナ帝国軍。エステラン国軍四千の兵力を加えた一万の戦力は、エステラン攻略戦以来の大規模侵攻作戦を開始した。
帝国軍の目的は、中立国アーレンツを攻略し、帝国参謀長リクトビア・フローレンスの奪還である。帝国軍最高司令官である彼は、アーレンツに捕らわれたままだが、最高司令官を欠いた状態であっても、軍の士気は非常に高い。
「各部隊の準備はどうだい?」
「終了したと、先ほど報告を受けましたわ。シャランドラさんの準備も終わっていますわ」
「では、そろそろ攻撃を開始しよう。皆、我慢の限界だろうからね」
アーレンツ自慢の鋼鉄防護壁を見つめ、攻撃開始の号令をかけようとしているのは、現在帝国軍の全指揮権を握っている、軍師エミリオ・メンフィスである。エミリオの傍には、彼を先輩と呼んで尊敬している、軍師ミュセイラ・ヴァルトハイムの姿もあった。
この決戦のために、二人はあらゆる準備を行なった。兵力を搔き集め、強力な兵器を揃え、勝利を得るための作戦を立案した。二人はこの瞬間のために、全ての準備を済ませたのである。だが、相手の戦力は未知数であり、作戦通り事が運ぶ保証はどこにもない。
「・・・・・メンフィス先輩」
「どうしたんだい?」
「私達は・・・・、本当に勝てるのでしょうか?」
保証がない故に、ミュセイラは未だ不安を感じ続けている。命令を下す指揮官の一人である以上、兵士達に無用な不安を与えないため、平常を装っていても、彼の前では本心を口に出してしまう。
決定的な兵力差。巨大な鋼鉄の壁。精鋭一個小隊で一個大隊相当の戦闘力を持つと言われる、国家保安情報局精鋭部隊。強力な戦力を有する今回の相手に対し、帝国参謀長を欠いた状態で、果たして勝利できるのか。軍を指揮する者の一人として、彼女が不安を覚えるのも無理はない。
俯くミュセイラとは対照的に、エミリオは笑みを浮かべ、彼女の肩に優しく手を置いた。顔を上げたミュセイラが見た彼の眼は、「心配はいらない」と彼女にそう訴えているようだった。
「不安に思う気持ちはわかる。私だって君と同じさ」
「・・・・・・」
「でも、大丈夫だよ。リックを想う、仲間達の力を信じるんだ」
「!」
エミリオは信じている。参謀長リクトビア・フローレンスに忠誠を誓い、彼を愛する愛しき仲間達。彼女達ならば、武器を手に戦えない自分の代わりに、必ずやリックを救い出してくれると、そう強く信じている。
リックのもとに集った、歴戦の勇士達は、戦闘開始の号令を待っている。待ち侘び過ぎて、早くエミリオが号令を出さなければ、勝手に飛び出してしまうかもしれない程だ。
「ジエーデルとの戦いの時も、エステランとの戦いの時も、皆はその手に勝利を掴み取って見せた。違うかい?」
「・・・・・・そうですわね。私達は、皆さんの勝利を信じるだけですわ」
勝利する以外に道はない。そんな戦いを、これまで何度も行なってきた。今回もそれは同じだ。状況が圧倒的に不利であろうと、やる事は変わらない。これまで数々の激戦を戦い抜き、勝利を挙げ続けてきた最強の戦士達を、いつものように信じ続けるだけなのだ。
「さあ、ミュセイラ。用意はいいかい?」
「はい、メンフィス先輩!」
この戦いは、必ずや後の戦史に記される。大陸一の中立国アーレンツに対し、南ローミリアの盟主ヴァスティナ帝国が侵攻を行なう、大陸全土を震撼させた侵略戦争として・・・・・・。
「全軍、作戦開始!!」
「鉄壁の要塞と呼ばれているだけありますわね。でも、メンフィス先輩の作戦通りに事が運べば、あの壁と正面からぶつかる事はなくなりますわ」
アーレンツから約二キロメートル離れた地点に、彼らは展開を終えている。今や、南ローミリア最強の軍隊と呼ばれ、これまで数々の戦争で勝利を収め続けてきた、ヴァスティナ帝国軍。エステラン国軍四千の兵力を加えた一万の戦力は、エステラン攻略戦以来の大規模侵攻作戦を開始した。
帝国軍の目的は、中立国アーレンツを攻略し、帝国参謀長リクトビア・フローレンスの奪還である。帝国軍最高司令官である彼は、アーレンツに捕らわれたままだが、最高司令官を欠いた状態であっても、軍の士気は非常に高い。
「各部隊の準備はどうだい?」
「終了したと、先ほど報告を受けましたわ。シャランドラさんの準備も終わっていますわ」
「では、そろそろ攻撃を開始しよう。皆、我慢の限界だろうからね」
アーレンツ自慢の鋼鉄防護壁を見つめ、攻撃開始の号令をかけようとしているのは、現在帝国軍の全指揮権を握っている、軍師エミリオ・メンフィスである。エミリオの傍には、彼を先輩と呼んで尊敬している、軍師ミュセイラ・ヴァルトハイムの姿もあった。
この決戦のために、二人はあらゆる準備を行なった。兵力を搔き集め、強力な兵器を揃え、勝利を得るための作戦を立案した。二人はこの瞬間のために、全ての準備を済ませたのである。だが、相手の戦力は未知数であり、作戦通り事が運ぶ保証はどこにもない。
「・・・・・メンフィス先輩」
「どうしたんだい?」
「私達は・・・・、本当に勝てるのでしょうか?」
保証がない故に、ミュセイラは未だ不安を感じ続けている。命令を下す指揮官の一人である以上、兵士達に無用な不安を与えないため、平常を装っていても、彼の前では本心を口に出してしまう。
決定的な兵力差。巨大な鋼鉄の壁。精鋭一個小隊で一個大隊相当の戦闘力を持つと言われる、国家保安情報局精鋭部隊。強力な戦力を有する今回の相手に対し、帝国参謀長を欠いた状態で、果たして勝利できるのか。軍を指揮する者の一人として、彼女が不安を覚えるのも無理はない。
俯くミュセイラとは対照的に、エミリオは笑みを浮かべ、彼女の肩に優しく手を置いた。顔を上げたミュセイラが見た彼の眼は、「心配はいらない」と彼女にそう訴えているようだった。
「不安に思う気持ちはわかる。私だって君と同じさ」
「・・・・・・」
「でも、大丈夫だよ。リックを想う、仲間達の力を信じるんだ」
「!」
エミリオは信じている。参謀長リクトビア・フローレンスに忠誠を誓い、彼を愛する愛しき仲間達。彼女達ならば、武器を手に戦えない自分の代わりに、必ずやリックを救い出してくれると、そう強く信じている。
リックのもとに集った、歴戦の勇士達は、戦闘開始の号令を待っている。待ち侘び過ぎて、早くエミリオが号令を出さなければ、勝手に飛び出してしまうかもしれない程だ。
「ジエーデルとの戦いの時も、エステランとの戦いの時も、皆はその手に勝利を掴み取って見せた。違うかい?」
「・・・・・・そうですわね。私達は、皆さんの勝利を信じるだけですわ」
勝利する以外に道はない。そんな戦いを、これまで何度も行なってきた。今回もそれは同じだ。状況が圧倒的に不利であろうと、やる事は変わらない。これまで数々の激戦を戦い抜き、勝利を挙げ続けてきた最強の戦士達を、いつものように信じ続けるだけなのだ。
「さあ、ミュセイラ。用意はいいかい?」
「はい、メンフィス先輩!」
この戦いは、必ずや後の戦史に記される。大陸一の中立国アーレンツに対し、南ローミリアの盟主ヴァスティナ帝国が侵攻を行なう、大陸全土を震撼させた侵略戦争として・・・・・・。
「全軍、作戦開始!!」
0
お気に入りに追加
277
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話
島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。
俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。
会うたびに、貴方が嫌いになる【R15版】
猫子猫
恋愛
長身の王女レオーネは、侯爵家令息のアリエスに会うたびに惹かれた。だが、守り役に徹している彼が応えてくれたことはない。彼女が聖獣の力を持つために発情期を迎えた時も、身体を差し出して鎮めてくれこそしたが、その後も変わらず塩対応だ。悩むレオーネは、彼が自分とは正反対の可愛らしい令嬢と親しくしているのを目撃してしまう。優しく笑いかけ、「小さい方が良い」と褒めているのも聞いた。失恋という現実を受け入れるしかなかったレオーネは、二人の妨げになるまいと決意した。
アリエスは嫌そうに自分を遠ざけ始めたレオーネに、動揺を隠せなくなった。彼女が演技などではなく、本気でそう思っていると分かったからだ。
魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます
ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう
どんどん更新していきます。
ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。
二度目の結婚は、白いままでは
有沢真尋
恋愛
望まぬ結婚を強いられ、はるか年上の男性に嫁いだシルヴィアナ。
未亡人になってからは、これ幸いとばかりに隠遁生活を送っていたが、思いがけない縁談が舞い込む。
どうせ碌でもない相手に違いないと諦めて向かった先で待っていたのは、十歳も年下の青年で「ずっとあなたが好きだった」と熱烈に告白をしてきた。
「十年の結婚生活を送っていても、子どもができなかった私でも?」
それが実は白い結婚だったと告げられぬまま、シルヴィアナは青年を試すようなことを言ってしまう。
※妊娠・出産に関わる表現があります。
※表紙はかんたん表紙メーカーさま
【他サイトにも公開あり】
この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。
天織 みお
恋愛
「おめでとうございます。奥様はご懐妊されています」
目が覚めたらいきなり知らない老人に言われた私。どうやら私、妊娠していたらしい。
「だが!彼女と子供が出来るような心当たりは一度しかないんだぞ!!」
そして、子供を作ったイケメン王太子様との仲はあまり良くないようで――?
そこに私の元婚約者らしい隣国の王太子様とそのお妃様まで新婚旅行でやって来た!
っていうか、私ただの女子高生なんですけど、いつの間に結婚していたの?!ファーストキスすらまだなんだけど!!
っていうか、ここどこ?!
※完結まで毎日2話更新予定でしたが、3話に変更しました
※他サイトにも掲載中
うちの娘が悪役令嬢って、どういうことですか?
プラネットプラント
ファンタジー
全寮制の高等教育機関で行われている卒業式で、ある令嬢が糾弾されていた。そこに令嬢の父親が割り込んできて・・・。乙女ゲームの強制力に抗う令嬢の父親(前世、彼女いない歴=年齢のフリーター)と従者(身内には優しい鬼畜)と異母兄(当て馬/噛ませ犬な攻略対象)。2016.09.08 07:00に完結します。
小説家になろうでも公開している短編集です。
駆け落ち男女の気ままな異世界スローライフ
壬黎ハルキ
ファンタジー
それは、少年が高校を卒業した直後のことだった。
幼なじみでお嬢様な少女から、夕暮れの公園のど真ん中で叫ばれた。
「知らない御曹司と結婚するなんて絶対イヤ! このまま世界の果てまで逃げたいわ!」
泣きじゃくる彼女に、彼は言った。
「俺、これから異世界に移住するんだけど、良かったら一緒に来る?」
「行くわ! ついでに私の全部をアンタにあげる! 一生大事にしなさいよね!」
そんな感じで駆け落ちした二人が、異世界でのんびりと暮らしていく物語。
※2019年10月、完結しました。
※小説家になろう、カクヨムにも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる