贖罪の救世主

水野アヤト

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第二十九話 アーレンツ攻防戦

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「噂通り、高く頑丈そうな壁だね」
「鉄壁の要塞と呼ばれているだけありますわね。でも、メンフィス先輩の作戦通りに事が運べば、あの壁と正面からぶつかる事はなくなりますわ」
 
 アーレンツから約二キロメートル離れた地点に、彼らは展開を終えている。今や、南ローミリア最強の軍隊と呼ばれ、これまで数々の戦争で勝利を収め続けてきた、ヴァスティナ帝国軍。エステラン国軍四千の兵力を加えた一万の戦力は、エステラン攻略戦以来の大規模侵攻作戦を開始した。
 帝国軍の目的は、中立国アーレンツを攻略し、帝国参謀長リクトビア・フローレンスの奪還である。帝国軍最高司令官である彼は、アーレンツに捕らわれたままだが、最高司令官を欠いた状態であっても、軍の士気は非常に高い。

「各部隊の準備はどうだい?」
「終了したと、先ほど報告を受けましたわ。シャランドラさんの準備も終わっていますわ」
「では、そろそろ攻撃を開始しよう。皆、我慢の限界だろうからね」

 アーレンツ自慢の鋼鉄防護壁を見つめ、攻撃開始の号令をかけようとしているのは、現在帝国軍の全指揮権を握っている、軍師エミリオ・メンフィスである。エミリオの傍には、彼を先輩と呼んで尊敬している、軍師ミュセイラ・ヴァルトハイムの姿もあった。
 この決戦のために、二人はあらゆる準備を行なった。兵力を搔き集め、強力な兵器を揃え、勝利を得るための作戦を立案した。二人はこの瞬間のために、全ての準備を済ませたのである。だが、相手の戦力は未知数であり、作戦通り事が運ぶ保証はどこにもない。
 
「・・・・・メンフィス先輩」
「どうしたんだい?」
「私達は・・・・、本当に勝てるのでしょうか?」

 保証がない故に、ミュセイラは未だ不安を感じ続けている。命令を下す指揮官の一人である以上、兵士達に無用な不安を与えないため、平常を装っていても、彼の前では本心を口に出してしまう。
 決定的な兵力差。巨大な鋼鉄の壁。精鋭一個小隊で一個大隊相当の戦闘力を持つと言われる、国家保安情報局精鋭部隊。強力な戦力を有する今回の相手に対し、帝国参謀長を欠いた状態で、果たして勝利できるのか。軍を指揮する者の一人として、彼女が不安を覚えるのも無理はない。
 俯くミュセイラとは対照的に、エミリオは笑みを浮かべ、彼女の肩に優しく手を置いた。顔を上げたミュセイラが見た彼の眼は、「心配はいらない」と彼女にそう訴えているようだった。

「不安に思う気持ちはわかる。私だって君と同じさ」
「・・・・・・」
「でも、大丈夫だよ。リックを想う、仲間達の力を信じるんだ」
「!」

 エミリオは信じている。参謀長リクトビア・フローレンスに忠誠を誓い、彼を愛する愛しき仲間達。彼女達ならば、武器を手に戦えない自分の代わりに、必ずやリックを救い出してくれると、そう強く信じている。
 リックのもとに集った、歴戦の勇士達は、戦闘開始の号令を待っている。待ち侘び過ぎて、早くエミリオが号令を出さなければ、勝手に飛び出してしまうかもしれない程だ。

「ジエーデルとの戦いの時も、エステランとの戦いの時も、皆はその手に勝利を掴み取って見せた。違うかい?」
「・・・・・・そうですわね。私達は、皆さんの勝利を信じるだけですわ」

 勝利する以外に道はない。そんな戦いを、これまで何度も行なってきた。今回もそれは同じだ。状況が圧倒的に不利であろうと、やる事は変わらない。これまで数々の激戦を戦い抜き、勝利を挙げ続けてきた最強の戦士達を、いつものように信じ続けるだけなのだ。

「さあ、ミュセイラ。用意はいいかい?」
「はい、メンフィス先輩!」

 この戦いは、必ずや後の戦史に記される。大陸一の中立国アーレンツに対し、南ローミリアの盟主ヴァスティナ帝国が侵攻を行なう、大陸全土を震撼させた侵略戦争として・・・・・・。

「全軍、作戦開始!!」
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