贖罪の救世主

水野アヤト

文字の大きさ
上 下
494 / 841
第二十九話 アーレンツ攻防戦

しおりを挟む
 国家保安情報局本部にて、上層部の緊急会議が行なわれている、その頃。この地に現れた帝国軍迎撃に、自慢の新兵器を実戦に投入するべく、情報局の研究施設に姿を現した男がいた。

「どれくらいかかる?」
「試験段階だったものは全て最終調整にかけておりまして、あと半日は必要かと」
「遅すぎる。一時間で済ませろ」
「しかし、指示調整にはどうしても時間が------」
「多少命令を聞かなくとも、戦闘ができれば十分だ。それとも貴様、俺の命令が聞けないと抜かすつもりか?」
「いっ、いえ・・・・・。作業を急がせます」

 国家保安情報局研究施設の地下に、彼の姿はあった。薄暗い研究施設の中、彼の視線は、目の前にある鏡張りの部屋の中へと向けられている。彼の傍には四人の部下と、白衣を着た、この施設の研究所長の姿があった。
 彼の見据える先には、実験台に置かれた兵器達と、白衣を着た研究者達の姿がある。研究者達は、台の上に置かれているその兵器達の体に、様々な薬品を注射していた。

「ふん、帝国の奴らが大人しく待っていればいいがな」

 新兵器の最終調整が終わるのを待ち焦がれている、情報局所属のこの人物の名は、ルドルフ・グリュンタール。「暴豹」という異名を持つ、情報局大佐にして、情報局強硬派の主要人物である。

(帝国との戦いには間に合いそうだが、その後は・・・・・・)

 情報局上層部は、ルドルフがこの兵器の準備を急がせている、その本当の理由をわかっていない。この兵器は帝国軍迎撃に使用する予定でもあり、万が一他国の侵攻があった場合の備えでもある。ルドルフが特に警戒しているのは、この機に乗じる可能性が一番高い、ジエーデル国の存在だった。
 
(帝国の奴らは防護壁の正面に展開している。どうせ奴らは囮だ。本命は恐らく・・・・・)

 アーレンツに現れた帝国軍の存在を、ルドルフは囮であると考えている。主力を結集したとはいえ、帝国軍はアーレンツ軍を下回る戦力を、全て正面に展開した。帝国軍は、全戦力を囮とした作戦を展開している可能性がある。そうルドルフは読んでいた。
 軍事力の差を考えれば、帝国側が圧倒的不利である事実は揺るがない。それは帝国側も理解しているはずである。お互いの軍が平野でぶつかり合うのであれば、練度の差で勝機を見出す事もできるが、アーレンツ側は鉄壁の壁を利用しての迎撃態勢を整えている。無策で突っ込めば、返り討ちに遭うのは明白だ。
 ならば、何かしらの策がある可能性は非常に高い。帝国の国力を考えれば、別動隊による奇襲は考えにくい。他に考えられる可能性は、他国との連携なのである。
 この短期間で、他国と協力関係を築き、自国の主力を囮として使い、他国の軍隊に奇襲攻撃を行なわせる。それが帝国軍の狙いではないかと、ルドルフは警戒しているのだ。そしてもし、その他国の軍隊というのが、ジエーデル国の軍隊であるのならば、圧倒的有利にあるアーレンツは一変して、危機的状況に陥ってしまう。
 
(ジエーデルが現れるのであれば、こいつが必要になる。試作品でどこまでやれるか、今から楽しみだ)

 ルドルフは今、気を抜けば表に出してしまいそうなほどの、湧き上がる興奮を覚えていた。この新兵器は彼にとって、自分の権力をより強固なものとするための、軍事面での切り札なのである。その切り札が、これから本格的な実戦に投入され、その威力を披露する事になるのだ。興奮を覚えるのは無理もない。
 
(ゼロリアス帝国が研究している、人造魔人。奴らの技術がどこまで使えるか、この俺が見定めてやろう)

 ルドルフの眼に映る、最終調整中の兵器達。それは、ゼロリアス帝国から手に入れた研究資料を基に製造した、「人造魔人」と呼ばれる兵器である。
 魔人と呼ばれる、魔物を超えた伝説の存在。大陸最強の軍事力を保有する国家ゼロリアス帝国が、兵器として研究を進めている人造魔人。人間を超え、魔物すら超えた、生物の頂点に君臨する存在が魔人であり、最強の生物兵器を作り上げる事こそが、ゼロリアス帝国の「人造魔人研究」の目的である。
 情報局の研究者達は、ゼロリアスから入手した少ない研究資料で、何とか実戦に投入可能なものを作り上げた。薬物を使用した人体実験を繰り返し、人間に魔物を移植する事に成功した実験体が今、ルドルフの目の前で最後の調整が行なわれていく。
 
「アーレンツに立ち向かってくる奴らに地獄を見せるには、丁度いい玩具だ」

 そう言って、冷酷な笑みを浮かべたルドルフもまた、勝利を確信していた。だが彼は、アーレンツに忍び寄る、真の敵と言えるジエーデルの足音を、聞き逃す事はない。
 勝利のために全ての敵を喰い荒らすべく、「暴豹」は研ぎ上げた己の牙を輝かせていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話

島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。 俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。

会うたびに、貴方が嫌いになる【R15版】

猫子猫
恋愛
長身の王女レオーネは、侯爵家令息のアリエスに会うたびに惹かれた。だが、守り役に徹している彼が応えてくれたことはない。彼女が聖獣の力を持つために発情期を迎えた時も、身体を差し出して鎮めてくれこそしたが、その後も変わらず塩対応だ。悩むレオーネは、彼が自分とは正反対の可愛らしい令嬢と親しくしているのを目撃してしまう。優しく笑いかけ、「小さい方が良い」と褒めているのも聞いた。失恋という現実を受け入れるしかなかったレオーネは、二人の妨げになるまいと決意した。 アリエスは嫌そうに自分を遠ざけ始めたレオーネに、動揺を隠せなくなった。彼女が演技などではなく、本気でそう思っていると分かったからだ。

魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます

ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう どんどん更新していきます。 ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。

二度目の結婚は、白いままでは

有沢真尋
恋愛
 望まぬ結婚を強いられ、はるか年上の男性に嫁いだシルヴィアナ。  未亡人になってからは、これ幸いとばかりに隠遁生活を送っていたが、思いがけない縁談が舞い込む。  どうせ碌でもない相手に違いないと諦めて向かった先で待っていたのは、十歳も年下の青年で「ずっとあなたが好きだった」と熱烈に告白をしてきた。 「十年の結婚生活を送っていても、子どもができなかった私でも?」  それが実は白い結婚だったと告げられぬまま、シルヴィアナは青年を試すようなことを言ってしまう。 ※妊娠・出産に関わる表現があります。 ※表紙はかんたん表紙メーカーさま 【他サイトにも公開あり】

この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。

天織 みお
恋愛
「おめでとうございます。奥様はご懐妊されています」 目が覚めたらいきなり知らない老人に言われた私。どうやら私、妊娠していたらしい。 「だが!彼女と子供が出来るような心当たりは一度しかないんだぞ!!」 そして、子供を作ったイケメン王太子様との仲はあまり良くないようで――? そこに私の元婚約者らしい隣国の王太子様とそのお妃様まで新婚旅行でやって来た! っていうか、私ただの女子高生なんですけど、いつの間に結婚していたの?!ファーストキスすらまだなんだけど!! っていうか、ここどこ?! ※完結まで毎日2話更新予定でしたが、3話に変更しました ※他サイトにも掲載中

うちの娘が悪役令嬢って、どういうことですか?

プラネットプラント
ファンタジー
全寮制の高等教育機関で行われている卒業式で、ある令嬢が糾弾されていた。そこに令嬢の父親が割り込んできて・・・。乙女ゲームの強制力に抗う令嬢の父親(前世、彼女いない歴=年齢のフリーター)と従者(身内には優しい鬼畜)と異母兄(当て馬/噛ませ犬な攻略対象)。2016.09.08 07:00に完結します。 小説家になろうでも公開している短編集です。

処理中です...