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第二十八話 激動
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「同志大尉、如何なされましたか?」
国家保安情報局が捕虜の尋問や拷問などで使用する、特別収容所。その収容所の拷問部屋で、一人の捕虜が情報局員達の拷問を受けていた。指の骨を折られ、金槌で歯を折られ、部屋に響き渡るのは、拷問を受けている捕虜の悲鳴だけだ。拷問担当の局員達は、この捕虜が全ての情報を話すまで、痛めつける事を決して止めはしない。
そんな拷問部屋に、彼女はいた。黒軍服と軍帽に、黒いブーツを履いた情報局員。彼女の最大の特徴は、過去の諜報活動で負傷した右眼を隠す、黒い眼帯である。彼女の名は、ヴィヴィアンヌ・アイゼンリーゼ。「情報局の番犬」の異名を持つ、情報局大尉である。
「・・・・・・何でもない、続けろ」
「はっ!」
彼女は今、自分の部隊の新兵を育てるため、捕虜への拷問を行なわせていた。拷問の指導は、隊長である彼女自らが行なっているため、新兵達は肩に力が入り、緊張の糸が張り詰めている。
しかしヴィヴィアンヌは、少しの間集中力を切らし、指導以外の事を考えていた。いや、考えていたというより、思い出していたと言う方が正しい。彼女が思い出していたのは、自分が初の実戦を経験した、クーデター阻止の作戦行動時の事である。
「血染めの夜」。作戦終了後のヴィヴィアンヌの姿を見た者達は、あの事件をそう呼ぶ。身に纏った戦闘服を、殺した敵の返り血で染め上げながら、何事もなかったように帰還した彼女に、多くの者達が恐怖を覚えたのである。
作戦終了後、上官に報告を終えた彼女は、両親への報告のために自宅へ帰宅した。その日、両親が今まで見せた事のなかった表情と態度を、彼女は今も覚えている。だが、あの時両親が自分の姿を見て何を思ったのか、彼女は今も理解できないでいる。確かめようにも、両親は自分が殺してしまった。
(こんな事を思い出すのも、全て奴のせいだ・・・・・)
ヴァスティナ帝国参謀長、リクトビア・フローレンス。彼の尋問を続けているヴィヴィアンヌは、ここ最近彼との会話のせいで、常に不快感を覚えていた。
表向きは休暇を与えられた事にして、彼を自分の家に監禁し、またも無用な会話をしてしまい、三日は経過した。
リクトビアとの会話は、彼女の心を揺さぶり続けている。そのせいか、心の奥底に仕舞い込まれていた、両親との記憶が呼び起こされた。あの時、自分の両親が何を思って怒り悲しんだのか、その意味を知りたくなってしまったのである。
(駄目だ・・・・、今は指導に集中しなければ・・・・・)
今彼女は、自分の部隊に配属された新兵の教育に集中しなければならない。彼らが優秀な情報局員となり、祖国に絶対の忠誠を誓う愛国者とするため、教育に手を抜くわけにはいかないのだ。
ヴィヴィアンヌにとって、自分の部隊の者達は、同じ志を持つ同志である。共に国のために戦う、志の同じ愛国者。彼ら同志が優秀な情報局員となれば、それは国の安全と繁栄に繋がっていく。そのためにヴィヴィアンヌは、新兵の指導にも力を入れており、他の部下に任せず自ら指導役に就いているのだ。
「相手が悲鳴を上げようと、決して容赦するな。必ず情報を吐かせ、祖国繁栄の糧とするのだ」
「「「はっ!」」」
ヴィヴィアンヌに激励された新兵達は、拷問の手を一層強め、捕虜がどんな悲鳴を上げようと、決して容赦はしなかった。
目の前にいるのは、祖国の敵。もしくは、祖国の安全と繁栄のための情報源。彼女はそう、部下達に教えている。彼女自身も、そう信じて疑わない。
(所詮奴も、祖国の糧となる情報源でしかないはずだ。なのに私は・・・・・・)
今のヴィヴィアンヌにとって、リクトビアの存在は、心を搔き乱す害悪であった。これ以上乱されぬよう、今すぐにでも排除したいが、それは許されない。そのせいで、余計に狂わされてしまう。
(奴の言葉が頭から離れない。どうして奴は、私をここまで苛つかせ続ける・・・・・)
リクトビアが何を思って、自分の心を乱そうとしているのか、その理由を彼女はまだ知らない。ただわかっているのは、このまま彼と関わり続けていれば、いずれ自分は沢山の疑問を抱いてしまう。その疑問は、自分の愛国心に必ず迷いを生み、祖国に疑問を抱いていくだろう。
彼と関わり続ける事で、自分が少しずつ祖国の敵と変えられていく。そんな感覚に悩まされている彼女にとって、今の日々は苦痛でしかない。この苦痛から抜け出すためには、苦痛の源を断つか、更に己を祖国の武器と変え、何も考えない機械と変える他ない。
しかし、本当にそれでいいのかと、心の奥底から何かが彼女へと訴える。
(私の邪魔をする感情など、何もかも消し去ってやる)
彼女がそう心に決めた、その時だった。
拷問室をノックもせず、扉を開いて入室してきた、数人の情報局員。彼らはヴィヴィアンヌの前に来て立ち止まり、彼女を包囲する。状況を理解できない捕虜と新兵達。だがヴィヴィアンヌは、突然のこの状況から全てを察し、現れた局員達を睨み付けた。
「同志ヴィヴィアンヌ・アイゼンリーゼ大尉。貴女には、国家反逆罪の容疑で逮捕状が出ております」
「・・・・・・」
「我々に御同行して頂けますね?」
返事はせず、捕虜と新兵達をその場に残し、ヴィヴィアンヌは局員達の指示に従い、拷問室を後にした。
連行される中彼女は、自分を連行している局員が、情報局大佐ルドルフ・グリュンタールの部下だと気付き、現在起きている状況の答えを出す。
(暴豹が動いたか・・・・・・)
国家保安情報局が捕虜の尋問や拷問などで使用する、特別収容所。その収容所の拷問部屋で、一人の捕虜が情報局員達の拷問を受けていた。指の骨を折られ、金槌で歯を折られ、部屋に響き渡るのは、拷問を受けている捕虜の悲鳴だけだ。拷問担当の局員達は、この捕虜が全ての情報を話すまで、痛めつける事を決して止めはしない。
そんな拷問部屋に、彼女はいた。黒軍服と軍帽に、黒いブーツを履いた情報局員。彼女の最大の特徴は、過去の諜報活動で負傷した右眼を隠す、黒い眼帯である。彼女の名は、ヴィヴィアンヌ・アイゼンリーゼ。「情報局の番犬」の異名を持つ、情報局大尉である。
「・・・・・・何でもない、続けろ」
「はっ!」
彼女は今、自分の部隊の新兵を育てるため、捕虜への拷問を行なわせていた。拷問の指導は、隊長である彼女自らが行なっているため、新兵達は肩に力が入り、緊張の糸が張り詰めている。
しかしヴィヴィアンヌは、少しの間集中力を切らし、指導以外の事を考えていた。いや、考えていたというより、思い出していたと言う方が正しい。彼女が思い出していたのは、自分が初の実戦を経験した、クーデター阻止の作戦行動時の事である。
「血染めの夜」。作戦終了後のヴィヴィアンヌの姿を見た者達は、あの事件をそう呼ぶ。身に纏った戦闘服を、殺した敵の返り血で染め上げながら、何事もなかったように帰還した彼女に、多くの者達が恐怖を覚えたのである。
作戦終了後、上官に報告を終えた彼女は、両親への報告のために自宅へ帰宅した。その日、両親が今まで見せた事のなかった表情と態度を、彼女は今も覚えている。だが、あの時両親が自分の姿を見て何を思ったのか、彼女は今も理解できないでいる。確かめようにも、両親は自分が殺してしまった。
(こんな事を思い出すのも、全て奴のせいだ・・・・・)
ヴァスティナ帝国参謀長、リクトビア・フローレンス。彼の尋問を続けているヴィヴィアンヌは、ここ最近彼との会話のせいで、常に不快感を覚えていた。
表向きは休暇を与えられた事にして、彼を自分の家に監禁し、またも無用な会話をしてしまい、三日は経過した。
リクトビアとの会話は、彼女の心を揺さぶり続けている。そのせいか、心の奥底に仕舞い込まれていた、両親との記憶が呼び起こされた。あの時、自分の両親が何を思って怒り悲しんだのか、その意味を知りたくなってしまったのである。
(駄目だ・・・・、今は指導に集中しなければ・・・・・)
今彼女は、自分の部隊に配属された新兵の教育に集中しなければならない。彼らが優秀な情報局員となり、祖国に絶対の忠誠を誓う愛国者とするため、教育に手を抜くわけにはいかないのだ。
ヴィヴィアンヌにとって、自分の部隊の者達は、同じ志を持つ同志である。共に国のために戦う、志の同じ愛国者。彼ら同志が優秀な情報局員となれば、それは国の安全と繁栄に繋がっていく。そのためにヴィヴィアンヌは、新兵の指導にも力を入れており、他の部下に任せず自ら指導役に就いているのだ。
「相手が悲鳴を上げようと、決して容赦するな。必ず情報を吐かせ、祖国繁栄の糧とするのだ」
「「「はっ!」」」
ヴィヴィアンヌに激励された新兵達は、拷問の手を一層強め、捕虜がどんな悲鳴を上げようと、決して容赦はしなかった。
目の前にいるのは、祖国の敵。もしくは、祖国の安全と繁栄のための情報源。彼女はそう、部下達に教えている。彼女自身も、そう信じて疑わない。
(所詮奴も、祖国の糧となる情報源でしかないはずだ。なのに私は・・・・・・)
今のヴィヴィアンヌにとって、リクトビアの存在は、心を搔き乱す害悪であった。これ以上乱されぬよう、今すぐにでも排除したいが、それは許されない。そのせいで、余計に狂わされてしまう。
(奴の言葉が頭から離れない。どうして奴は、私をここまで苛つかせ続ける・・・・・)
リクトビアが何を思って、自分の心を乱そうとしているのか、その理由を彼女はまだ知らない。ただわかっているのは、このまま彼と関わり続けていれば、いずれ自分は沢山の疑問を抱いてしまう。その疑問は、自分の愛国心に必ず迷いを生み、祖国に疑問を抱いていくだろう。
彼と関わり続ける事で、自分が少しずつ祖国の敵と変えられていく。そんな感覚に悩まされている彼女にとって、今の日々は苦痛でしかない。この苦痛から抜け出すためには、苦痛の源を断つか、更に己を祖国の武器と変え、何も考えない機械と変える他ない。
しかし、本当にそれでいいのかと、心の奥底から何かが彼女へと訴える。
(私の邪魔をする感情など、何もかも消し去ってやる)
彼女がそう心に決めた、その時だった。
拷問室をノックもせず、扉を開いて入室してきた、数人の情報局員。彼らはヴィヴィアンヌの前に来て立ち止まり、彼女を包囲する。状況を理解できない捕虜と新兵達。だがヴィヴィアンヌは、突然のこの状況から全てを察し、現れた局員達を睨み付けた。
「同志ヴィヴィアンヌ・アイゼンリーゼ大尉。貴女には、国家反逆罪の容疑で逮捕状が出ております」
「・・・・・・」
「我々に御同行して頂けますね?」
返事はせず、捕虜と新兵達をその場に残し、ヴィヴィアンヌは局員達の指示に従い、拷問室を後にした。
連行される中彼女は、自分を連行している局員が、情報局大佐ルドルフ・グリュンタールの部下だと気付き、現在起きている状況の答えを出す。
(暴豹が動いたか・・・・・・)
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