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第二十八話 激動
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ジエーデル国総統バルザック・ギム・ハインツベントは、己の野心のために行動を開始しようと決意した。この事実を知っているのは、未だ極僅かの人間だけである。
当然、この国の人間達も、この事実はまだ知らない。中立国アーレンツは、自分達を仕留めようと、確実に迫ってきている刃に、まだ気付いていなかった。
「そろそろ奴らは動く。俺達強硬派には、あまり時間は残されていない」
だが、ここに一人、その刃に気付いた者がいる。
中立国アーレンツ、国家保安情報局本部のとある執務室に、その男の姿はあった。ここは男の執務室であり、男の目の前には、配下の部下達が集まっている。
「情報では、帝国軍が大規模な軍事行動を起こすべく動き出したらしい。恐らく、この動きに合わせて他国も動き出すはずだ。俺達はその前に、行動を起こす必要がある」
男の名は、ルドルフ・グリュンタール。国家保安情報局大佐で、「暴豹」という異名を持つ。
「しかし、同志大佐。今、我々強硬派が行動を起こすには、何かきっかけが必要かと思われます」
「その通りです。我々が実権を握るためには、穏健派を屈服させるだけの勢力を集めなくてはなりません。その準備が整うまで、もう少し待つべきではないでしょうか?」
ルドルフ配下の情報局員達から、今の発言に対しての反対意見があがる。彼らの意見は間違ってはいない。状況を考え、慎重に行動しようとしているのだ。
国家保安情報局は今、祖国の悲願を叶えようとする強硬派と、中立を止めるべきではないと主張する穏健派に分かれ、対立してしまっている。状況的には、日々確実に強硬派が力を増している状態であり、このままいけば、穏健派の勢力を大きく上回る事が可能となる。その時こそが、強硬派が勝利を収める瞬間なのだ。
だが今は、それを待つ時間がない。ルドルフの部下達が話した通り、慎重に行動していては遅いのである。
「馬鹿が、それを待っている間に帝国が攻めてくる。帝国の次はジエーデルかもしれんのだぞ。この国が消えてなくなるまで待つつもりなのか?」
中立を貫いてきたアーレンツに近付く、戦争の足音。アーレンツを滅ぼそうと、軍事行動を開始したヴァスティナ帝国の動きは、この国に迫る大きな脅威と言える。だが、最も脅威となるのは、この帝国の動きを利用するであろう、アーレンツを邪魔に思う他国の存在である。
中立国ではあるものの、アーレンツの軍事力はヴァスティナ帝国を上回っており、大陸内でも力ある国家の一つとして数えられている。特に、アーレンツ軍とは独立している、国家保安情報局の所有する戦力は、実戦経験豊富な精鋭揃いであり、アーレンツの軍隊よりも優秀だ。
しかし、その力で帝国を退けたとしても、その戦いの後に、次の敵が現れればどうなるか。もしも、ジエーデル国のような大国に攻め込まれでもしたら、滅亡は免れない。そうなる前に、彼ら強硬派は実権を握ろうとしているのだ。
「荒鷲は狂犬を利用して、帝国との戦争を止めるつもりだ。ついでに、アーレンツと帝国が手を組めば、ジエーデルは手を出してこなくなるからな」
「では荒鷲は、初めからそれも計算に入れて?」
「当たり前だ。奴は情報局長官の座を狙っているんだぞ。この程度の無茶を恐れるような奴ではない」
穏健派の主要人物の一人であり、この状況を生み出した張本人、ディートリヒ・ファルケンバイン准将。「アーレンツの荒鷲」という異名を持つ、情報局の古株。彼の存在こそが、強硬派最大の障害と言えるのである。
ディートリヒは独断で、ヴァスティナ帝国軍参謀長リクトビア・フローレンスを密かに拉致し、彼と密約を交わした。その事に、ルドルフは既に感付いている。このままディートリヒを野放しにしていては、いずれは彼の思惑通りに事が運び、穏健派が実権を握ってしまう。
それを阻止するためには、このタイミングで行動を起こし、ディートリヒと戦わなくてはならない。その戦いに勝利するための、切り札を用意してだ。
「それで、奴の居所は掴めたのか?」
「特別収容所かと考え極秘裏に調査しましたが、姿を確認する事は出来ませんでした」
「ふん、番犬め。発見されるのを恐れて何処かに運び出したか」
「現在国内を捜索中ですが、未だ手掛かり一つありません」
「なら、あの番犬を調べろ。感付かれないよう、局員から最近の奴の行動を徹底的に洗え」
情報局の番犬、ヴィヴィアンヌ・アイゼンリーゼ大尉。ルドルフは彼女こそが、リクトビア拉致の実行犯だと見抜いている。故に彼は、ヴィヴィアンヌがリクトビアを隠していると考え、彼女の情報を欲したのだ。
彼女の行動の中には、必ず手掛かりが隠されている。その手掛かりを掴み、リクトビアを見つけ出した時が、強硬派が穏健派を倒す瞬間となるだろう。
「大佐、実は番犬の行動で気になる事が・・・・・・」
「早速か。それで、どんな情報だ?」
自分に従う部下達の優秀さに満足しつつ、彼は口元を吊り上げて、邪悪な笑みを浮かべる。
「暴豹」という異名を持つ、強硬派最大の暴君が、獲物を仕留めるための行動を開始した。
当然、この国の人間達も、この事実はまだ知らない。中立国アーレンツは、自分達を仕留めようと、確実に迫ってきている刃に、まだ気付いていなかった。
「そろそろ奴らは動く。俺達強硬派には、あまり時間は残されていない」
だが、ここに一人、その刃に気付いた者がいる。
中立国アーレンツ、国家保安情報局本部のとある執務室に、その男の姿はあった。ここは男の執務室であり、男の目の前には、配下の部下達が集まっている。
「情報では、帝国軍が大規模な軍事行動を起こすべく動き出したらしい。恐らく、この動きに合わせて他国も動き出すはずだ。俺達はその前に、行動を起こす必要がある」
男の名は、ルドルフ・グリュンタール。国家保安情報局大佐で、「暴豹」という異名を持つ。
「しかし、同志大佐。今、我々強硬派が行動を起こすには、何かきっかけが必要かと思われます」
「その通りです。我々が実権を握るためには、穏健派を屈服させるだけの勢力を集めなくてはなりません。その準備が整うまで、もう少し待つべきではないでしょうか?」
ルドルフ配下の情報局員達から、今の発言に対しての反対意見があがる。彼らの意見は間違ってはいない。状況を考え、慎重に行動しようとしているのだ。
国家保安情報局は今、祖国の悲願を叶えようとする強硬派と、中立を止めるべきではないと主張する穏健派に分かれ、対立してしまっている。状況的には、日々確実に強硬派が力を増している状態であり、このままいけば、穏健派の勢力を大きく上回る事が可能となる。その時こそが、強硬派が勝利を収める瞬間なのだ。
だが今は、それを待つ時間がない。ルドルフの部下達が話した通り、慎重に行動していては遅いのである。
「馬鹿が、それを待っている間に帝国が攻めてくる。帝国の次はジエーデルかもしれんのだぞ。この国が消えてなくなるまで待つつもりなのか?」
中立を貫いてきたアーレンツに近付く、戦争の足音。アーレンツを滅ぼそうと、軍事行動を開始したヴァスティナ帝国の動きは、この国に迫る大きな脅威と言える。だが、最も脅威となるのは、この帝国の動きを利用するであろう、アーレンツを邪魔に思う他国の存在である。
中立国ではあるものの、アーレンツの軍事力はヴァスティナ帝国を上回っており、大陸内でも力ある国家の一つとして数えられている。特に、アーレンツ軍とは独立している、国家保安情報局の所有する戦力は、実戦経験豊富な精鋭揃いであり、アーレンツの軍隊よりも優秀だ。
しかし、その力で帝国を退けたとしても、その戦いの後に、次の敵が現れればどうなるか。もしも、ジエーデル国のような大国に攻め込まれでもしたら、滅亡は免れない。そうなる前に、彼ら強硬派は実権を握ろうとしているのだ。
「荒鷲は狂犬を利用して、帝国との戦争を止めるつもりだ。ついでに、アーレンツと帝国が手を組めば、ジエーデルは手を出してこなくなるからな」
「では荒鷲は、初めからそれも計算に入れて?」
「当たり前だ。奴は情報局長官の座を狙っているんだぞ。この程度の無茶を恐れるような奴ではない」
穏健派の主要人物の一人であり、この状況を生み出した張本人、ディートリヒ・ファルケンバイン准将。「アーレンツの荒鷲」という異名を持つ、情報局の古株。彼の存在こそが、強硬派最大の障害と言えるのである。
ディートリヒは独断で、ヴァスティナ帝国軍参謀長リクトビア・フローレンスを密かに拉致し、彼と密約を交わした。その事に、ルドルフは既に感付いている。このままディートリヒを野放しにしていては、いずれは彼の思惑通りに事が運び、穏健派が実権を握ってしまう。
それを阻止するためには、このタイミングで行動を起こし、ディートリヒと戦わなくてはならない。その戦いに勝利するための、切り札を用意してだ。
「それで、奴の居所は掴めたのか?」
「特別収容所かと考え極秘裏に調査しましたが、姿を確認する事は出来ませんでした」
「ふん、番犬め。発見されるのを恐れて何処かに運び出したか」
「現在国内を捜索中ですが、未だ手掛かり一つありません」
「なら、あの番犬を調べろ。感付かれないよう、局員から最近の奴の行動を徹底的に洗え」
情報局の番犬、ヴィヴィアンヌ・アイゼンリーゼ大尉。ルドルフは彼女こそが、リクトビア拉致の実行犯だと見抜いている。故に彼は、ヴィヴィアンヌがリクトビアを隠していると考え、彼女の情報を欲したのだ。
彼女の行動の中には、必ず手掛かりが隠されている。その手掛かりを掴み、リクトビアを見つけ出した時が、強硬派が穏健派を倒す瞬間となるだろう。
「大佐、実は番犬の行動で気になる事が・・・・・・」
「早速か。それで、どんな情報だ?」
自分に従う部下達の優秀さに満足しつつ、彼は口元を吊り上げて、邪悪な笑みを浮かべる。
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