キラー&アヴェンジャー

悠遊

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蘇りし復讐者

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 ミャムの案内に従い、近道となっている林道、獣道を通る──そのおかげで特に障害も無く目的地のザム遺跡に思ったより早く二人は到着した。
 遥か昔、この地にいたとされる先住民族が祈祷、気象予知など、様々な儀式がこのザム遺跡で行われていたとされている。
 柱や祭壇、外壁の至る場所は今や倒壊しており、蔦は壁を這い、遺跡内には床を破って木々が生えている状態で当時の面影は大きく損なっていた。
 しかしそれでもこの地が神秘的だという事は変わりなく、中でも遺跡の中央にそびえ立つ巨大なモノリスは風化も無く、未だに一際目を惹くほどだ。
「はぁー……ばかでっけぇなぁ」
 と、ラムセルはその巨大さに見上げながら圧感し、クラスラーはモノリスの周りを飛びながら直接触れ、何かを感じ取っているようだ。
「……ふむ、魔力が僅かに感じられますな。どうやら当時の設計者か、何者かが込めたものでしょう」
「何でだ?」
「ワタクシが知るわけございませんでしょう。ただ、その魔力によって永い年月の間、原形を留めていると思われます」
「ふーん」
「……ご主人様。すでにお気付きかとは存じますが、この地にはやはり──」
「あぁ。俺達以外、誰もいないな」
「どっか出掛けてる…のかな?」
「さーてな。どっかでサボってんならありがてぇんだけどよ」
 ラムセル達が遺跡に到着した頃、ギャバンから聞いた話しとは裏腹に、この場所には見張りはおろか、誰もいなかった。
 始めはラムセルとクラスラーで周囲の様子を伺ってみたがそれでも見当たらず、今はミャムに内部の入り口まで案内してもらっているところだった。
「そうだ。久しぶりに…」
 と、ミャムはモノリスの前で跪き、両手を組んで静かに祈りを捧げだした。
「………ミャム。何してんだ?」
「この地の神様にお祈りしてたの。無事安全に終わりますように、って」
「おいおい、神様は護ってくれねぇぞ。ただ成り行きを見守るだけだ。祈り捧げたとこで何にもなんねーよ」
「ぶぅ。ロマン台無し」
「どこにロマンがあんだよ…それより、やる事があるだろ?」
「分かってますー。こっちよ」
 ミャムは気を取り直して案内を再開し、遺跡の内部に通じる入り口に到達する。
 陽の差さない場所のため内部は暗く、ミャムはランタンに明かりを灯し、右手に持って先を照らす。
「足元悪いから気を付けてね」
 そう言って壁に掴まりながらミャムが足場を確認しながら先行する。ラムセルもその後ろを追うが、確かに足場は悪かった。
「なぁ。ここ、相当脆くなってるな。突然崩落、なんてことは無い、よな?」
「あたしもここ久しぶりだから……でも、ザムダイトが乱獲されて、所々脆くなってるみたいだし…正直気を付けて行かないと危ないかも……ここは、大丈夫ね」
 ラムセルにも彼女の緊張が伝わり、二人はしばらく足場の確保に神経を集中させた。
 ゆっくり進んだ事もあり特に何事もなく通路まで辿り着くと、ようやく通路まで到着して一息つく。
 だがその通路にも採掘された様な穴が至る所にあり、乱獲された形跡を物語っていた。
 その光景にラムセルとクラスラーは顔をしかめ、ミャムは悲しげな表情となる。
「…これはこれは」
「………ひでぇ有様だ。欲深さが目に見えるぜ」
「お父さんが言ってたけど、ザムダイトは他の鉱石や金属より強度も質も良くって、こぞって採掘しようとしては高値で大儲けしようとしてた輩もいたの。それを見かねた前の領主が遺跡を守る為に採掘禁止令を出したんだけど…結局オイカノスがそれを廃止したうえに、独占なんかして……本当、ひどい…」
 ミャムがランタンをかざして壁を照らしながら進んで行く。特に何も無く、しばらくしない内に彼女は立ち止まった。
「本当なら、さっき照らしただけでザムダイトが反応して、とっても綺麗な光を放ってたの。でも……こうだと探し辛いね」
 昔を思い出していたのだろう。ミャムはさらに悲しみが増したようで俯いてしまった。空いている拳が細かく震えている。
 クラスラーがミャムの肩まで飛び、宥めるように優しく何度も叩き、ラムセルも後から彼女に近づくと頭をくしゃっと撫でる。
「……行こう。その、さらに荒らすようですまないが──」
「ううん……あたし達は、オイカノスを倒すためにだもん。それなら、きっと土地神様も許してくれるはずよ。さーて、探しましょ!」
 半ば自分に言い聞かせるように奮い立たせ、二人は再度先を進む。
 ラムセルも魔術で掌に灯りを照らし、二人は入念に壁や地面を探るが、やはりどこもかしこも掘られた後ばかりだった。
 そして、収穫が全く無いまま時だけが過ぎていく──
「ミャムー。そっちはどうだー?」
「んー……ダメ、反応なーい」
「ちくしょう、ここも掘り尽くされてるみてぇだな…」
「ラムセルさーん! こっちー!」
 少し先にいたミャムが朽ちた壁穴から内部に入って行く。ラムセルとクラスラーも後に続いて行ったが、内部は大人一人分がやっとで、すんなり行くミャムに比べ、ラムセルは窮屈に身を縮めながらでないと進めなかった。
 よく見ると、この内部にも採掘された形跡があり、跡の窪みが至る所に残っている。
「……っ、どこも掘られた跡がいっぱいだな」
「何とも無惨で仕方ありません。改めて、人間の卑しさが目に見えてしまいますな」
「希少な物程、欲が溢れて抑えが利かなくなるもんだ。こんなんじゃ、土地神様はもう人間に対してとうに呆れてるだろうよ。ま、そう言いつつも、これからこの袋一杯にして帰らなきゃならねぇんだから、我ながら矛盾してると思うぜ」
 半ば自嘲気味にラムセルは笑う。
 程なくして内部を抜けると、これまでより幾分か広い場所に辿り着いた。しかし、この場所にも採掘の跡が見られる。
「……来てから言うのも何だけど、この様子だと、ここもやられてるかもしれないね」
「かもしんねーな。けど、調べてみねぇと分かんねぇだろ?」
 ここまで見つからなかった影響もあり、諦めが過ぎるが、それでもあると信じ、入念に調べる。
「ん? んんっ??」
 と、ラムセルが一角を凝視する。
「如何なさいましたか?」
「見つかったの!?」
「多分な……少し離れてろ」
 何故そう言われたのかは分からなかったが、クラスラーにも促されてミャムは言われた通りに離れた。
 ラムセルはもう片方の手に光を宿すと刀身のように形を成し、気になった部分へ突き刺して大きく円に切り取った。現れた空洞の中に光の刀身を落とすと、奥の方の壁に薄緑色の発光が見える。
 ザムダイトだ。ラムセルの顔に自然と笑みが浮かぶ。
「あった!!」
「え!? あったの!!」
「あぁ。だが底の方だ。クラスラー」
「かしこまいりました」
 クラスラーがラムセルの足元に息を吹き掛ける。再び昨夜にようにラムセルは宙に浮き出し、縦穴に入る。
「ここで待っててくれ」
「お気をつけ下さいませ」
「気をつけてね」
 ラムセルは軽く手を上げ、中へ降りて行った。
 残された二人はとりあえず見張りをすることにし、周囲を見渡す。
 いくつか道らしき空洞はあれど先は真っ暗で見えず、この場所もランタンの明かりだけで照らされているため少々不気味だった。
「……ねぇ」
「どうなさいました?」
「クラスラーは、ラムセルさんの召霊になってからどれ位の付き合いなの?」
「そうですね………もう、十五年になりますかな」
「十五年!? すっごく長いのね。それだと小さい時からの付き合いなんだ」
「いえ。大人からの付き合いですぞ」
 ミャムはクラスラーの返事にすぐさま疑問が浮かんだ。
「大人からの付き合い? それで十五年……あのさ、ラムセルさんって今いくつなの?」
「ホッホッホ。あの見た目ですから、気になるのも仕方ありませんね。年齢はもうすでに三十を超えておりますよ」
「えぇっ、そうなの!? な、何かズルい…じゃなくて、童顔なのかしら」
「さぁて。色々理由はありますが、それはワタクシの口から申し上げることではありません」
「むむぅ……そう言われちゃうと気になっちゃうなー」
「話しませんぞ」
 「そこをなんとか!」
「話しませんぞ」
「……どうしても?」
「何と言われようとも、ワタクシの口からご主人様の過去を話す気はございません」
 頑なに拒み続けるクラスラーにミャムは頬を膨らませる。その様子にクラスラーは愉快そうに笑った。
「いいもん。あとで本人から聞いてみるから」
「……それこそ無理かと。ご主人様は必要以上に過去を話したがりませんから。ところで、ワタクシも疑問に思った事がありまして、ミャム様の母君様を町でお見かけ致しませんでしたが、何処か遠出なさっているのでしょうか?」
「うん…………あたし、お母さんの事知らないの」
「なんと……大変ご無礼な事を聞いてしまいました」
「ううん、いいの気にしないで」
 そう言って笑いかけるミャムの表情がどこか寂しげに思え、クラスラーは先程の発言を悔いた。
「あたしね、産まれた時にお母さん亡くなっちゃったみたいで、お父さんが男手一つでここまで育ててくれたの。子育てなんてした事ないうえに慣れない事ばっかりでさ、ホントに苦労したぞこのヤロー! って、いつだったか言われたっけなぁ」
「お父上様も、相当苦労をなさったのですね」
「もちろん、お母さんいなくて寂しい時はあるよ。でも、お父さんとソフィーやご近所さん、常連の人達、色んな人達がいるから元気でいれるの」
「……なるほど」
「だからあたしは平気──ううん、大丈夫って言える。あたしは独りじゃないって分かってるし。みんなにはとても感謝してる!」
「ミャム様…大変ご立派でございます。お父上様もそれを聞いたら喜ばれるのでは?」
「どうだろう、あんまり面と向かって感謝の気持ちを伝えたことないんだよねー」
「ではこれを機に伝えてみるのは如何ですか?」
「ん~……やめておく。お父さんだけじゃなくて、あたしまで照れくさいよ。ところでー…」
 ミャムがクラスラーに向かってニヤニヤと薄ら笑いを浮かべている。クラスラーはその意味を理解出来ずに首を傾げ、瞬きを繰り返した。
「あたしだけ昔話するのは、平等じゃないよねー?」
 意味にようやく理解し、クラスラーは自分の額を叩く。
「……はっはっ、なるほど。たしかにそうですねぇ、これは困りましたなぁ」
 「ねーねー、教えてー」
 ミャムがクラスラーの頬を突いてせがんでいると後ろから「おい」と低い声が響く。二人は驚き、慌て振り向くと、ラムセルが穴の淵にもたれ掛かりながら少し呆れた様子で二人を見ていた。
「お前ら呑気だな」
「あ、いえ! そんなことは!」
「そうだよ! ちゃんと見張ってたし、今のはたまたま…」
「なら…奥に見える“アレ”は何だ?」
 ラムセルが顎で前を指し示す。
 空洞の一つに、松明のような明かりが小さく複数見える。話し声までは聞こえないが、足音がだんだんはっきりと聞こえ、近づいて来ている。
 その様子にクラスラーは何かを感じ取ったようで、目を細めた。
「……面目ございません。ご主人様、この反応は──」
「分かってる。二人共この穴に隠れてろ」
 ラムセルが這い出てると、入れ替わりでミャムとクラスラーが穴に入り、クラスラーはすぐさま彼女の足に息を吹きかけ、落ちないよう雲を纏わせた。
 ラムセルは両手を腰に添え、数歩だけ進んで立ち止まり、来訪者達を待ち構えた。
 明かりが近づき、見えたには松明を手にした複数の男達。皆革鎧レザーアーマーを着用し、剣や手斧を握っている。ラムセルは明かりが照らされている顔に、幾つか見覚えがあった。
「よぉ、昨日の連中じゃねぇか。こんなシケた所で出会うなんざ偶然だなぁ。お前らもザムダイトを探してるのか? なら諦めな、ここも掘り尽くされてるぜ」
 男達は聞いていないのか、黙って無表情のままラムセルに向かっていく。
 そして急に武器を振りかぶると、雄叫びを上げながら襲い掛かって来た。
「無視かよ。ったく、こんなとこで騒ぐなってーの」
 ラムセルもまた男達に駆け出し、先頭にいた男が剣を振り下ろす前に、手刀で持ち手を打って払い落とし、腹部に膝蹴りを入れる。よろめいた男に追い打ちを掛け、鼻っ柱に拳を打ち込み、鼻骨が砕ける感触を直に感じるが勢いを弱めること無く押し込み、突き放った一撃は後ろにいた者達も巻き込んで倒れていった。
 ラムセルは男が落とした剣を足ですくい上げて拾う。
「《物質硬化ハードエフェクトス》」
 刀身に手をかざし、昨夜モップに掛けた強化を施し、剣を肩に置く。
 男達は、まるで何でも無かったかのように無表情のまま立ち上がり、再び雄叫びを上げて襲い掛かる。
(やっぱな…)
 心の中でそう呟くと、剣を構えて間合いを図り、先頭にいた男の胴体を躊躇いなく袈裟切り。切断面に沿って男の上半身が落ちていく。
 続いて後ろにいた男には逆袈裟で切り上げ、すかさず首も刎ねた。男達も間合いにいるラムセルに目掛けて、いくつもの凶刃を至る所から一斉に襲い来る。しかし、その刃はラムセルにかわされ全て宙を切り、ラムセルの素早い反撃によって残っている男達も瞬く間に次々と斬り伏せられていく──やがて心臓に剣を突き立てられた最後の一人が、糸が切れたように動かなくなり、剣を抜いた傷口から血を吹かせ倒れていった。
「呆気ねぇなぁ……もうちっとマシに動かせなかったのか? なぁ、そこで見物してるアンタ!!」
 死体から拾い上げた手斧を、男達がやって来た方向の奥へ投げた。
 手斧は縦に回転しながら暗闇に吸い込まれていき、やがて金属のぶつかる音が奥から響く。
「フン……やはり、ゴミ屑はゴミ屑だったか」
 奥から現れたのは、鉄鎧プレートアーマーを身に付けた男だった。その片手には、先程ラムセルの投げた手斧を弾いたと思われる長剣が握られている。鎧の胸部には、金で施された見慣れた紋章──つまりはオイカノスの配下である証拠だった。
「私はビクトラム。キサマ、何者だ?」
「ラムセル。ただの放浪人だ」
「ほぅ…では昨夜ゴミ共の相手をしたのは、キサマか?」
「ゴミ共? おいおい、部下をゴミ扱いするってのは自分の無能さをアピールしてるようなもんだぜ?」
「フン。勘違いしているようだが、奴らは私の部下ではない。あれはならず者と、そこら辺にいた者達を適当に集めただけの寄せ集め。私兵にはしたがそれだけだ。一部は腕っ節が立つからと、あまりにも五月蝿かったもんでな。シャルマットに放って適度な抑止力になるかと思っていたが……それすらも果たせなんだ。その程度、ゴミ以外の何者でもない」
 そう言い捨てたビクトラムが腰からナイフを抜き、まだ息のあった男に向かって投擲。ナイフは男の頭部に深く突き刺さり、白目を剥いてそのまま事切れた。死体が黒炭み、ボロボロに朽ちていく。
 すると他の死体もどういう事か同様に朽ちていき、黒い塵が辺りに軽く舞う。
 その様子を先程の戦闘から覗き見ていたミャムが小さく悲鳴を漏らし、頭を穴に引っ込めた。しかしそれでも燻る好奇心に、再びミャムは同じように覗き見てしまう。
「何…? いったい何が起きてるの……?!」
「俺からして見りゃ、テメェはそのゴミ以下の外道だ。気が変わった。ちっと本気マジになってこいつらの無念晴らしてやるよ」
「無念? 殺したのはキサマではないか。おかしな事を言う」
「いんや、俺には判る。こいつらは此処に来る前にあんたかオイカノス、もしくは他の奴に一度殺されてる。正気を感じなかったし、何より……俺がこの世で一番憎んでいる“気配”をしてたからな」
 ラムセルから殺気が放たれる。
 口は笑っているが、目は鋭さを増し、獲物を見つけたかのようにビクトラムを凝視して離さない。
「……ほぅ。一番憎んでいる気配、か……興味が湧いた」
 ビクトラムは剣を構え、ギザギザに並んだ歯を剥き出しにして笑いながらラムセルを見つめる。
 と、ラムセルが先手を仕掛けた。
 態勢を低くして駆け出し、ビクトラムの胴部に狙いを定め横に一閃──一撃は甲高い音を立ててビクトラムの剣に防がれる。繰り出される互いの刃がせめぎ合い、拮抗した状態が続く。
 次の攻撃を仕掛けようとしたラムセルに、ビクトラムが素早く懐へ潜り込み、体当たりを仕掛けてラムセルを突き飛ばす。
 鎧を纏っている体当たりは、防具を身に付けていないラムセルにとって衝撃が重く伝わり、僅かに態勢を崩してしまう。
 その隙を逃さず、ビクトラムが素早く斬りかかった。鎧を着ているとは思えない程の速い剣閃が、ラムセルの頭、胴体、腕──あらゆる方向から絶え間無い斬撃が繰り出され、その一方的な状況にラムセルは顔色一つ変えずにいるが、後退しながらそれを捌き続けている。
「ははは! どうした、さっきまでの威勢はどこにいった!!」
「……っ!」
「もはやかわすのに精一杯か…他愛無い!!」
 ビクトラムの渾身の袈裟斬りが魔術の施された刀身を砕き、ラムセルの肩口から胴を深く裂いた。鮮血が宙に飛び散り、ラムセルは後ろに倒れ落ちる。
「ラムセルさんッ!!!」
 その光景を目の当たりにしたミャムが急いで駆け出そうと身を乗り出すが、クラスラーに「いけません!」と前を阻められた。
 クラスラーの行動が信じられず、ミャムは彼を押し退けようとするが、クラスラーもそんな彼女に抵抗する。
「どいてッ…!! ラムセルさんが殺されちゃってもいいの!!?」
「落ち着いてくださいッ!! あの方は、そんな簡単にやられません!!」
「五月蝿いゴミどもが…ならば見ているがいい。今からこの愚か者が斬り刻まれる瞬間をなぁ」
 ビクトラムがラムセルに立ったまま跨り、剣を逆さにして突きたてようと、高く持ち上げる。
「絶望するがいい──これが現実だ」
 そして、ラムセルの心臓目掛け、勢いよく振り下ろす。
 ミャムの顔色が絶望に染まり、彼の名を力一杯叫んだ。
 ──剣先がすぐそこまで迫った時。

「あいよ」

 突然聞こえた一言にミャムとビクトラムは驚愕した。
 はっきりと、ラムセルの声が聞こえたのだ。それを間近に感じていたビクトラムはラムセルが余裕のある笑みを浮かべていた事に、さらに驚きを隠せずにいた。
「せぇりゃあッ!!」
 ラムセルは折れた剣を巧みに使い、迫る刃を弾いてビクトラムの脚へ軌道を強引に変える。
 すっかり気を取られていたビクトラムは勢いを殺すことも出来ず、そのまま自らの右ふくらはぎを貫通させ、鋭い痛みに叫ぶと背中から倒れもがき出す。
「……油断したな」
 ラムセルは折れた剣を投げ捨て、微笑みを保ったままビクトラムを見下ろす。ビクトラムは眉を顰め、そんなラムセルに対して歯を食いしばりながら睨み返した。
「ラムセルさ…!!」
「こっちに来るな、まだ隠れてろ」
 そう言われたミャムは、いつもと違う声音と気配に一瞬戸惑いーーそして、切られたはずの痕が治っていた様子を垣間見てしまう。
「ッ!? ウソ、傷が……?!?!」
「ミャム様、さぁ早く!」
 思考と気持ちの整理もつかないまま、クラスラーに押され再び身を隠し、遮るように彼女の頭の上に浮いて立ちはだかる。
「ミャム様…ついでに耳も塞いで下さいませ」
 クラスラーは沈痛な面持ちでそう告げた。
 これから何が起こるのか? 何の理解も無いまま、ミャムは大人しく言う通りに従う選択肢を選んだ。
 ミャムは耳を塞ぎ、先を見ないよう地面を見つめる。
「……さーて、テメェに先に言っておく。俺はに対して容赦はしない。痛い思いしたくなきゃ素直に全部答えな」
「グ、ヌゥッ…クッ!!」
 ビクトラムは片肘を使って逃げるように身体を引きずって後退する。が、ラムセルはそれを許さず、脚に刺さったままの剣を握り、地面に深く突き刺す。さらに食い込んだうえ、僅かに動いただけでも激痛が襲い、ビクトラムは悲鳴を上げた。
「逃げんなよ。何だ? が人間にいたぶられるのは嫌だ、ってか。ざけんなよ……さーて答えてもらおうか。まずはテメェら、この遺跡で何をしてたんだ?」
 ビクトラムは答えず無言のままでいると、ラムセルは剣を抉るように回した。今度は空間全体響き渡る程の悲鳴が広がり、耳を塞いでいるはずのミャムもそれが聞こえ、一瞬身を震わせ縮こまり、瞼を強く閉じる。
「人語が理解出来ねぇわけじゃねぇだろ。んじゃ次だ。オイカノスも魔族なのか?」
「……。くたばれ、ガアアァァァァァァァァァァァッ!!!」
 ビクトラムの脚が太腿まで切り上げられた。
 切られた脚の内側は剥き出しにされ、おびただしい量の血が地面を濡らして拡がる。
 ビクトラムは息を整えて切らせながら、再び逃げるよう這うが、ラムセルは容赦なく剣を今度は右手の甲に突き刺す。
「グギャアァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーッッ!!!」
 そして追い打ちと言わんばかりにラムセルは右足でビクトラムの頭を強く踏みつけた。
「往生際が悪いぜ。質問に全然答えてねーぞ」
 そう言って踏みつけている足に力を入れ、徐々に圧を掛けていく。
 その時だ。ラムセルは急に背後からしがみ付かれ、後ろに引っ張られた。
 即座に背後を振り向くと、ミャムが涙目になりながら強気な視線でラムセルを睨みつけている。
「バッ…!? 何しやがる、離せッ!!」
「もうやめてッ!! これ以上やったら死んじゃうよ!!」
「コイツはそんな簡単に死にやしねぇ!! そういう風に見せ掛けて騙してるだけだ!!」
「どう見てもそんな風には見えないよ! だからもう止めてッ!!」
「こんの…ッ! いい加減しろ、離しやがれぇッ!! 」
 この絶好の機会を、ビクトラムは逃さなかった。
 背中から勢いよく蝙蝠のような翼が覆っている鎧を弾き飛ばして露わにし、低空飛行で元来た道へ引き返し、その場から素早く飛び立つ。
 それを阻止しようとラムセルが手にしていた剣を投げ、同時にそして掌から魔術の弾丸を数発放つがどれも当たらず、先の光景に呆然としているミャムを振りほどいて逃すまいと全速力で追い掛けた。
 やがて出口に到達し外へ出るも、その頃には遠く離れた場所を飛んでいるビクトラムを目撃。現状でこれ以上の追跡は出来ず、ラムセルは唇を強く噛んだ。
 後を追い掛けて来たミャムとクラスラーもようやく辿り着いた。
「はぁ…はぁ、はぁ……ラムセルさ…」
「クラスラー、俺は奴を追い掛ける。力をくれ。それとミャム、お前はクラスラーと一緒にさっさとこれを持ってシャルマットに帰れ」
 遅れて到着した二人には見向きもせず、ベルトポーチを外してクラスラーへ投げ渡し、淡々と言い放つ。ミャムは突然冷たく言い放つラムセルに戸惑いを露わにした。
「待ってよ、さっきから一体何な──」
「かしこまいりました。では、失礼致します」
 彼女の言葉を遮り、クラスラーがラムセルの足元に息を吹き掛ける。その両足により濃い雲を纏わせると、すぐにミャムの元へ向かい「行きましょう」と促す。
「ちょっと待ってッ!! どういうことなの? さっきのあの人突然翼が生えて、一体何なの?! 魔族って何? それに、帰れって…ラムセルさん、あなたは……」
 自分でも何を言っているのか分かってない程に未だ困惑していた。
 しかし、そんなミャムをラムセルは横目で一瞥するだけで、すぐに宙へ浮く。
「説明してる時間はねぇ。それに、これは俺だけの問題だ。余計な首を突っ込むな」
「だ、だけど…」
 言いかけたその時、急に振り向いたラムセルの鋭い眼光がミャムを刺す。
 その冷たい威圧に、彼女は首を絞められたかのように呼吸が一瞬止まり、萎縮してしまった。
「来るな」
 それだけを言い残し、ラムセルはすぐに飛び立って行く。
 残された二人は、そんな彼を目で追い、彼方を見つめる。
 あっという間にラムセルが見えなくなると、ミャムが沈んだ表情で俯いた。
「ミャム様………その…ご主人様の無礼は──」
「……大丈夫だよ、クラスラー。ラムセルさんに何か事情があってのことなんでしょ? だったら、仕方ないよ。ホントに平気だから! ただ……あんな風に言われてちょっと驚いちゃったけどね」
 クラスラーはあくまでも気丈に振る舞うミャムに胸が痛んだ。
「ご主人様に代わり、深くお詫びを申し上げます。そして、少し決め事を緩めることに致しました」
「緩める?」
「はい。帰り道がてら、少しご主人様の事についてお話ししようと思います。やはりミャム様には、ご主人様の事を少しでも知ってもらいたい」
「え? でも、それって…」
「よいのです!! いくら何でも、あんまりでございます! さぁ、とにかく今は帰りましょう」
 クラスラーがそう促すと、来た道を戻って森へ飛んで行き、ミャムも遅れずについて行って遺跡を後にした。
 そして、森に入ってから間もない時にクラスラーはミャムの横へ並んだ。
「では、お話し致しましょう。ご主人様と魔族の因縁を。そして、これからお話しする事は、全て本当のことです」
 少し重い口調で話し掛けたクラスラーに、ミャムは口を閉ざしたまま頷いた。
 クラスラーは自分を落ち着かせようと一度深呼吸をする。
「……ご主人様は先程の男と同じく、かつては魔族だったのです」
「エッ!!?」
 突然の告白にミャムは衝撃を受けた。
「じ、じゃぁ、昔はとてつもなく悪者だった。って、こと?」
「細かいところまでは存じませんが、。というのは間違いございません。当時は適当に人間を襲っていた事もある、と仰っていた時がございました」
「そ…そうなんだ……」
 ミャムは自分の心に陰が差していく気分を感じていた。最初に出会った時と今の話しの内容からは信じられない程ショックが大きい。
「ある時、その中でも力のある同族の一人が地上の侵略と蹂躙をご主人様に持ち掛けたそうです。しかし、そのやり方はご主人様の意にそぐわないもので協力を拒みました。それが原因となり、ご主人様は同族間ので争いが増していったそうです」
「つまり、仲間割れってこと?」
「いえ。当時のご主人様に“仲間”という意識はございませんでした。求めるものは、“力”と“闘争”。そのせいで周りからは浮いていた存在だったそうです。おまけに気の向くままの性分で、気に入らない事に関しては徹底的に破壊していったとか」
「何だかガキ大将みたいな感じね。今の感じじゃ想像つかないわ」
「ホッホッホ、全く以って。ワタクシも最初お会いした時はそう感じました」
「ん? 待って…」
 ふと、ミャムが足を止めた。
「たしかクラスラーがラムセルさんに出会ったのって、十五年前だよね? 今話してるのも、その時期の頃なの?」
「いえ。これはそれよりもずっと前──それこそもう何百年も前のお話しでございます。この頃の事は、ご主人様とご縁のある御方からでして、良い方でも悪い方でもとても愉快な御方なのでございますよ」
「その人も魔族なの?」
「ええ。当時、魔族は今以上に闇に潜むモノでしたから。表立って行動し出したのは、割と最近なのです。それこそ…十七年前のオルランダルの件からでしょうか」
「オルランダル……たしか、昔お父さんが住んでた場所だ」
「そして何者かによって、たった一夜で滅びかけた国。他国とくらべても軍事力のあったにも関わらず、その日国内の至る所で次々に戦火が瞬く間に拡大し、かなりの被害と死傷者が出てオルランダルは壊滅的打撃を受けてしまった。何とも痛ましい事件です……記録によると、敵は正体不明と記されているそうですが、これは魔族の一団によるものです」
「魔族が!? …って、どうしてそんな事まで知ってるの?」
「それも例の御方からでございます。当時は魔族の認識は今よりもかなり薄く、正体不明の怪物と称されていたそうです。この時から既に世界の裏側には魔族が潜んでいた、ということです」
「そうだったんだ。子供の頃、オルランダルのことはお父さんから聞いたことがあったの。空からは翼の生えた怪物が火攻めをして、地上にも見た事ない怪物がいっぱい現れてあっちこって大混乱だったって。衛兵や兵士、そこにいた騎士達が必死に戦ったけど、殆ど歯が立たなかったって」
「そう。それ程に魔族の力は強大なのです。普通の人間では全くと言っていいほど無力でございます」
「なら、何でオルランダルは滅ぼされなかったの? そんな圧倒的なら今頃無くなっているはずじゃない」
「ご主人様が魔族の軍団長を退かせ、侵略に使われていた異界の扉を強引に閉じ、地上に残った残党をことごとく蹴散らしていったからだそうです。例の御方もこれに加わっていたようですから、間違いないかと。しかし、それによってご主人様も瀕死の重傷を負い、戦いが終わった頃には、もはや死にかけだったそうです」
「そんな! その、例の御方って魔族はラムセルさんを助けてくれなかったの!?」
「元々魔族には“仲間意識”という概念はございません。故に“利害一致”で共闘することはあっても、お互いを助ける道理は無いのです。あの御方もまたご主人様と同じく、という単純な理由からなのですよ」
「何よそれ…そんなのヒドいわよ」
「勘違いなさってはなりません。魔族と人間の理には、根本部分がかなり違い過ぎております。魔族は、己の目的や欲望のためならどんな手段をも行使します。たとえそれが非人道的だとしても気にも留めません。何故か? 単純なことです。元から人道が無いからでございます。故に、相容れない存在なのです」
 クラスラーの言った事に対し、ミャムはラムセルと出会ったこれまでの事を振り返った──そして、ある疑問が生じた。
「でも……だとしたら、変だよ。ラムセルさんは他の魔族とやっぱり違うと思う。だって、まず
 森の中や店でオイカノス兵達に襲われた時、彼は助けてくれた。
 しかし、自分に何か特別があったわけではない。
 もし何かの目的があるとしても、彼女の知る限り、それは父親しか思い浮かばなかった。仮に気まぐれだとしても、クラスラーの話しを照らし合わせる限り、やはり行動が噛み合わない。
「そう。その通りでございます」
 そう言ったクラスラーの表情は、何故か嬉しそうに微笑んでいた。
「ここでもう一つ大事なこと…ご主人様自身、いえ、正確にはの事でございます」
「………えっ?」
 クラスラーの言っている意味がすぐに理解出来なかった。ミャムは眉をひそめ、クラスラーに困惑を訴える。
「遺跡でお話ししたご主人様の見た目の理由ですが、あれは肉体が年齢を重ねていないからなのです。つまり十七年間、あの身体を得てからずっと、あのままのお姿なのでございます」
「十七年間も!? え? ……んんんっ、ちょっと待って。頭痛くなってきた…」
「無理もございません。少し整理致しましょうか」
 クラスラーの提案に賛成したミャムは一旦立ち止まり、目を瞑って深呼吸を繰り返した。
 ラムセルが昔魔族だった事。
 オルランダルの事件は魔族の仕業だった事。
 そんな魔族達と戦い、自身は重傷を負った。
 そして、ラムセルが他の魔族と違う理由。
 ゆっくりと、ようやく落ち着きを取り戻してきたミャムは、クラスラーに「続けて」と言った。
「まずは少し話しを戻しましょう。オルランダル襲撃の件によって瀕死の重傷を負ったご主人様はその後どうなったか? 助けてくれる人物など誰もいません。このままではただ死を待つだけです」
「もぅ! 勿体ぶらなくていいから!」
「失礼致しました。結論だけ申しますと、ご主人様はその時出会った一人の人間と融合して生き永らえることが出来たのです」
「融合…?」
「はい。人間の身体を“器”とし、ご主人様の“魂”を移した。それによって今のご主人様が存在しているのでございます。器となった人間もまた瀕死でしたそうです」
「器となった人はどうなっちゃうの?」
「一つの身体に魂が二つ宿ることは有り得ません。その場合、力のある者がその肉体を支配する事になります」
「それって…!! じゃあラムセルさん、自分が生きるためにその人を殺したって事なの!? そんなのヒド過ぎるわッ!!」
「──ですが、そうはならなかったのです」
「へ? だって今……」
「はい、魂が二つ残る事はございません。しかしのです。これはもう奇跡としか言い様がありません!」
「だーかーら! そんなに勿体ぶらないで!!」
「……失礼致しました。あまりの出来事でしたので、思い出したらつい。その奇跡とは“統合”でございます。ご主人様の魂が、その者の魂──に触れた事によって起きたのでございます!」
「…えっと………ゴメン、どういうことなの?」
「簡単に言ってしまえば意志の共有、合体、共存のような事でございます」
「つまり…ラムセルさんは、器となったその人と今も一緒にいるってこと?」
「左様でございます」
「…だったら最初からそう言ってよー!」
「す、すみません」
「でも、どうしてそれが起きたの?」
「そればかりは当人からも聞かされておりませんので…ただ、目的が一緒になって利害一致したから。としか」
「ふーん。いかにもテキトーな言い訳ね。でもだからか、魔族って言うわりには全然そう思えなかったのは……よかったー!!」
 引っかかっていたモノがようやく取れた。
 そんな風を思わせるように、ミャムの顔は晴れやかになり、足取りも軽くなる。
 その様子を見たクラスラーもまた晴れやかになれた。
「そうなると、ラムセルさんの存在って何だかあやふやね」
「えぇ。死なずに済んだのはいいのですが、その代わりに以前の二割程度しか力を出せないとか。おそらく身体が馴染んでいる今でも、全盛期と比べれば非力でしょう。云うなれば“半人半魔”故に、でございます」
「半人半魔……って、それじゃ、追いかけて行ったアイツに勝てるの!? だってアレ、魔族なんでしょ!?」
「はい、多分大丈夫でしょう。弱くなってしまったとはいえ、これまで何体もの魔族を倒しておりますから」
「なら、いいんだけど……」
「お優しいのですね」
「どんな事があったにしろ、ラムセルさんはラムセルさんだもん。無事に帰って来てほしいよ」
「…その言葉をご主人様が聞いたらどんなに嬉しい事でしょうか。従者として、とても喜ばしく思います。ミャム様ありがとうございます」
「お礼はいいわよ、そうだちょっと気になったんだけど、ラムセルさん──」

 その時だ。遠くで突如、爆発音が盛大に鳴り響いた。
 
「ッ!!? 何、今の?!」
 慌てて音がした方向へ二人は視線を向けると、木々の隙間から遠くで黒煙が立ち昇っている光景が見えた。
「しばしお待ちを!」
 クラスラーは急上昇すると、空から様子を伺い我が目を疑った。その時見た光景が間違いだと信じ一度目をこすり見直すも、やはり変わらない。
 シャルマットのあちらこちらに燃え盛る火の手が上がっていた──炎熱が風に乗ってクラスラーの身体の表面を刺激する。
「あぁ…!! なんと…これは一大事ですぞ! ミャム様ーッ!!」
 慌てて戻って来たクラスラーの様子に、ミャムの不安と焦りが急激増す。
「どうしたの! 何が見えたのッ!?」
「シャルマットが、燃えております!!」
「燃えてるッ?!」
「とにかく急ぎましょう、失礼致します!」
 クラスラーはこれまでラムセルにやってきた要領でミャムの足元へ速やかに息を吹きかける。
 突然身体が僅かに浮き、ミャムはバランスを崩して倒れそうになるが、腕を振り回しながら足腰をふんばらせて強引にバランスを保ち、何とか直立不動にまで態勢を整えた。
「ミャム様、動けそうですか?」
「…………うん。大丈夫…だと思う」
「では、ワタクシの手を掴んで下さい。エスコートさせていただきます。ただ急ぎます故、危ないと思った時は遠慮無くすぐに申し──」
「ありがとう。それじゃお願い!」
 クラスラーはミャムの手を離さないようしっかり握り、彼女も同じく握り返す。
 お互いが確認し合うとクラスラーは急発進し、重い風圧がミャムの全身に圧し掛かる。
 手が何度か離れそうになったが、徐々に感覚が馴れ、ミャムは両足に意識を集中すると試しに片足だけを動かしてみた。
 ──違和感は無い。
「ねぇ!!」
「スピードを落としますかッ!?」
「ううん! 上げてー!!」
「な、ナンデスト?!」
「もっとスピード出してーッ!!」
「こ、これ以上は危険でございます! 無茶はいけません!!」
「大丈夫。まだ…イケるっ!!」
 ミャムが神経を研ぎ澄まし、足に掛かっている魔術に魔力を流すよう集中──すると、ミャムがクラスラーを引っ張る形となり立場が代わった。
 尚も加速を続けるミャムはバランスを崩さず、障害物も速度を落とさずにかわして森の中を駆け続ける。
(なっ、なな、何という順応性の持ち主!! やはり、ご主人様以上の才能をお持ちです!!)
 彼女の底知れぬ能力に驚愕し、クラスラーは足手まといになるまいと必死に食いつく。
 傍でそうなっているとは知らず、ミャムは心の中で思い付く全ての無事を祈り続けた。
(お父さん、ソフィー、みんな…無事でいて…!!)

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