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蘇りし復讐者
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しおりを挟むガラスの割れる音──騒がしい物音──人々の悲鳴と怒声。
それらが入り混じった阿鼻叫喚の様子を駆け下りる毎にラムセルは強く感じていた。
一階まで到着し、すぐに店内を覗くと──そこは混乱に満ちていた。
「うわあぁぁぁぁ!!」
「いやだ、助けてーーーッ!!」
「オラ、テメェら! こんなとこで金出してるくれぇならちゃんと上納金払えってんだ!」
「最近ちゃんと納めねぇ奴が多すぎるからな…今度払う時は、その倍額だ!! 払えなかった奴は即座に死刑だ! いいなぁ!!」
予測していた通り、客は逃げ回り、テーブルや椅子、食器類などは壊され周りに散らばっている。また、頭や腕などに怪我をして倒れている者も数人いた。
騒ぎを起こしていたのは数人の男達。見る限り、胸部や胸ポケットに刀身の黒い剣を蛇が巻き付いている紋章が施されている革鎧や革のベストなどの軽装具をいずれも身に付けている。風貌はどう見ても、ならず者やゴロツキといったガラの悪い連中だ。
「この、離せ! はーなーせぇぇぇっ!!」
そして少し離れた場所には、抵抗して必死にもがくミャムが、男二人掛かりによって手足に縄を縛られている姿があった。
少し遅れて到着したギャバンも、ラムセルの隣でその様子を目の当たりにし、鬼の形相に早変わりする。
「テメェらぁっ!! 何してやがんだ、ゴラぁぁぁッ!!!」
ギャバンの怒声に気付いた男達が一斉に二人へ視線を向けた。その内、頭に包帯を巻いている一人が「あっ!」と、ラムセルを指差す。
「アニキ! アイツです!!」
と、アニキと呼ばれた男が周りいた男達を手で押し退け、二人の前に姿を現した。彼だけは鉄製の胸当てや籠手、具足といった厚めの装備をしている。胸部には同じ紋章もあり、どうやらこの集団のリーダーを思わせる。
男は獰猛な笑みを浮かべ、ラムセル達を凄んだ眼差しで睨む。
「あぁ? テメェかぁ? オレのかわいい部下を痛めつけてくれた奴ぁ」
「かわ、いい? ……え、お前そんな趣味してんの?」
「んだとコラァ!!」
「あの野郎…おいラムセル気をつけろ。奴はこのゴロツキ共のリーダーだ」
「リーダー?」
「ああ。あんなんでもオイカノスの私兵の中じゃそこそこ腕も立つらしい。それでオイカノスの野郎から、この町を仕切るよう言われてるって話しだ」
「………へぇ」
「へっへっ、そうだぜぃ。オイカノス様はオレの腕を買って、ここを任せてくださった、ってワケよ。それはそうと、テメェは死刑だ。オレを侮辱したからなぁ」
下卑た笑いを浮かべながら鞘を手に取って剣を抜き、舌舐めずり。周りにいる男達も手にしている得物を見せつけ、ラムセル達を威圧する。が──
「おいおい、俺を死刑だ? やめとけやめとけ。逆にお前らが怪我するだけだぞー? それはそうと、この店の物壊した分は全部弁償しとけよ」
リーダーの男が素早くラムセルに接近、間合いに入ったと同時に切っ先を彼の喉元へ突きつけた。
「ラムセル!?」
「ナメるなよ…オレが寸止めしなきゃ今頃あの世行きだったじゃねーか。イキがってんじゃねーよ!!」
「だから、それが怪我の元だって言ったんだよ。その耳は飾りか? それとも理解力が無ぇだけか?」
「…なるほどぉ……あくまでそうくるか。どうやらマジで状況が理解出来てねぇ大バカ野郎のようだな」
そう言いながら手を振って合図を送る。ミャムを捕らえている男の一人が、ナイフを彼女の喉に当てた。
ここにきて初めてミャムの顔が引き攣り、ギャバンの背筋に冷や汗が流れる。
「よせっ!! ミャムを放しやがれぃ!!」
「おっと、それ以上動くなよ。テメェ、ラムセルだったっけか? いいのかよ、何なら先にあの小娘から処刑したっていいんだぜ?」
「待てよ。その子はお前達に何もしてないだろ」
「この女は俺の顔に籠を投げやがったんだよ! ワケならそんで充分だ!!」
「何言ってんのよ! あの時アンタ達が無理矢理連れて行こうとしたからでしょうが!」
「るせぇ、黙れッ!!」
「別にそんな大した顔じゃねーだろ、いちいちキレるなよ。彼女に謝れ。でもって…」
ラムセルは突き付けられている刃先を右手で摘んだ。
「さっさと壊したモン弁償して、とっとと消え失せな」
「こ、のぉ…ッ!! ん、ンンッ?!?!」
全く動かせない。どんなに動かそうとしてもビクともせず、男は得体の知れない焦燥にかられ、必死になっていく。
「どうしたよ、何やってんだ? 俺は、ただ摘んでるだけだぜ?」
さらに摘まれている部分から乾いた音を立て、そこにヒビが入った。
「グゥ……!! ヤロウ共! その女をーー」
「《閃光》!」
ラムセルの左手に光が高速で集まり、瞬く間に覆い尽くすほどの眩い光が辺りを覆った。
突然起こった現象にラムセル以外の全員は目を眩ませ、この絶好の機会に、ラムセルは刃先をへし折り、男の脇からミャムを抑えている一人に目掛けて投げ放つ。刃が肩口に突き刺さると、男は短く悲鳴を上げて倒れた。
それからラムセルは一気にミャムの元へ駆け付けると、残りの一人を蹴りとばして彼女を抱き上げる。
「マスター今だ!」
「…っ!! こんの、クソ野郎がぁぁッ!!」
目元を擦っていち早く視界を取り戻すと、すかさず目の前にいたリーダーの男に殴り掛かり、拳は吸い込まれるようにリーダーの顔面に直撃。渾身の一撃によって彼の体は浮き、近くにいた集団を見事に巻き込んで離れた盛大に吹き飛んで行った。
その様を一瞥すると、ギャバンはミャムの元へ駆け寄り、縄を解く。
「おーおー、豪快に吹っ飛んでいったな」
「こいつらには散々やられっぱなしだったからな、日頃の鬱憤も込めてぶっ飛ばしてやったぜぃ…ミャム、怪我は無いか?」
「うん、あたしは大丈夫。ソフィーは?」
「安心しろ無事だ。オレの部屋にいるよう言ってある」
「よかった…」
そう言ってホッと胸を撫で下ろすと、緊張の糸が切れたらしく全身が脱力し、意識を失った。
「おい!? しっかりしろ!」
「無理もねーさ。今日だけで二度も危ない目にあってんだ。マスター、先に二人で避難してくれ。俺は──」
ミャムをギャバンに預け、ラムセルは振り返った。
兵達全員がラムセル達に向かって殺気を剥き出し、今にも襲い掛かりそうな程だ。
ラムセルは足元に落ちていたモップを拾い上げ、不敵の笑みを浮かべると穂先を兵達へ向けた。
「さぁて、整頓前の大掃除だ! ゴミは残さずキッチリしないとな!」
「なめやがってぇ…!!」
「だが、そんなモップでオレ達とヤるってのかよ?」
「へへへ、やっぱ大馬鹿ヤローだぜ!」
兵達の盛大な嘲笑が場に湧き上がる。しかし──
「ほらマスター、なにボーっとしてんだ。どっか隠れてくれ」
「だが…」
「ここは俺に任せろ。なーに安心しなって。こんなのどうって事無ぇからさ」
ラムセルはまるで眼中に無い態度でギャバンに笑いかける。
そんな扱いをされ、嘲笑はまた憤りに変わった。直後、いつの間にか起き上がっていたリーダーが我慢の限界に手身近なテーブルを壊し、乾いた破裂音が響く。リーダーの荒々しい様子に、ラムセルは呆れ果てた様子で首を振った。
「あーあー、みっともねぇことしやがって…アンタ、リーダーなんだろ? そんな度量の無ぇとこ見せたら誰も付いてこねーぞー」
「──ッ!! こ、のぉぉッ!!」
「ラムセル、店のことは気にするな。近々改装しようか悩んでいたとこでよ。丁度いいから、要らん物もまとめて掃除してくれるとありがてぇ」
「あいよ。とりあえず、壊れちまった物は全部処分だな」
「いや待て。ある程度形が残っているもんは補修すっから残せ」
「おいおい、細け──」
「テメェら、オレ達を無視してんじゃねーーーッ!! 構うこたねぇ、ブッ殺せぇぇぇぇぇぇーーーッ!! 」
それを合図に兵達は雄叫びを上げて一斉に襲い掛かる。
ギャバンはミャムを担いだままカウンターから厨房へ避難し、裏口から店を出た。
そしてラムセルは余裕の表情と共に、左手をモップにかざす。
「《物質硬化》」
呪文を唱え、モップが淡い光に包まれる。
そして兵達の振り下ろされた剣を甲高い金属音を鳴り響かせながら受け止め、モップを横に振って弾き返す。
ただの棒切れで作られているはずのモップが複数の剣で斬りかかっても、へし折れるどころか傷一つ付けれず防がれた事に対し、兵達は驚きを隠せなかった。
「そんな腕じゃ、鋼並みの強度を持ったこのモップに傷ひとつ付けられないぜ。そりゃよっ!」
上段の構えからひとっ飛びで正面にいる相手目掛けて振り下ろす。
それを防ごうと刀身を差し出して防御をするも、いとも容易く砕かれ、柄が脳天に直撃すると、男はその場に倒れ気絶した。あっさり一人目を倒すと、すぐさま近くにいる二人も顎や鳩尾などの急所に狙いを定めて攻撃を繰り出し、兵達を次々に無力化していく。そんな一方的な状況に兵達はたじろぐばかりだ。
「ひ、怯むな! もっと数で襲えッ!!」
「おいおい、まだ分かってねぇのか? 俺とお前さん達じゃ、力の差が歴然としているだろ。これ以上は痛い目見るだけだぜ。それとも…懲りずにやられたいか?」
ラムセルはモップを槍のように構えると、全身を屈めてリーダーに穂先を向ける。
鋭い眼光で相手を捕らえ、その只ならぬ気迫にリーダーは思わず後ずさった。
もはや構えも崩れ、手が震えてしまっているが、それでもこの場を退かないのは意地か面子か。いずれにしても、ラムセルはその様子を憐れとしか思えなかった。
やがてリーダーは気合いを振り絞ってラムセルに斬りかかる。
しかし隙だらけの動きに避けるどころか、硬くなってもしなやかさを保っている穂先を振り上げてリーダーの手を打ち、剣を勢いよく弾く。続けざまに今度は相手の脳天に目掛けて振り下ろす。その一撃はリーダーの頭頂部を強打して床に叩きつけられ、寝そべったままピクリとも動かなくなり、呆気なく昏倒したリーダーを見た兵達は目を丸くして唖然としていた。
「……んだよ、呆気ねーな。じゃ、そのまま外に掃き出すとすっか」
と、モップ本来の使い方でリーダーを押し、兵達をかき分けて店の出入り口へ向かうと外へ掃き出した。
外にはさっきまで居た客の他に、騒ぎを聞きつけた野次馬が集まっている。ラムセルと気絶しているリーダーを無言で交互に見比べ、まるで「どうなったんだ?」と訴えているようだ。
ラムセルはその人達に笑顔を向けた。
「安心してくれ、もうそろそろ終わるからよ……で? まだやろうってのか?」
まだ店の中にいた兵達に踵を返して脅すと、全員が怯えた表情で首を横に振った。
「なら、外で寝っ転がってるコイツ連れてとっとと失せろ。あ、武器と身ぐるみは全部置いていけよ。いいな、全部置いてけよ?」
笑顔なれど、威圧感たっぷりでそう告げると兵達はみな武器や防具、ポーチなどさえも外しては床に投げ捨て、ほぼ裸同然となって次々に情けない悲鳴を上げながら全速力で店を出て行く。
その一連の流れを見ていた住民達は外から店内から歓声を上げ、ラムセルを拍手で讃えた。
皆とても晴れやかな笑顔だ。日頃溜まっていた鬱憤を晴らせた、という意味もあるだろう。
その祝福の最中ラムセルは店の中へ戻ると、カウンターからギャバンがミャムを担いだままやって来た。
「ありがとよ」
「礼はいいから、早く安心させて休ませてやんな」
「ああ、そうさせてもらうぜ」
と、やや駆け足気味に階段を上って行った。
ラムセルがふと何かに気づき、壁側に目を向ける。
そこに一人だけ壁に寄りかかったまま座り、震え縮こまっている男がいた。皮鎧を身につけており、足下には剣が落ちている。オイカノスの兵だ。
恐る恐る顔を上げた彼は、ラムセルを一瞥するとさらに震えだしては情けない声を上げ、先程より全身を丸めて怯えて背を向けてしまった。
「そんな怯えんなよ。どうした、腰抜かしたか?」
「た、タスケテ! 殺さないで!!」
「殺しはしないさ。けど、この後どうなるかは、アンタ次第だな」
と、周りの人達の歓声が止み、視線だけその男に一斉に注がれた。
漂う気配は、決して穏やかではない。
すすり泣く声だけが店内に響き、やがて男は観念したようにゆっくりと振り向き、俯きながら正座をする。
「おれは……おれは、本当は、こんな事したくなかった…! けど、オイカノスに逆らえなかった! 従わなかったら殺される……アイツはそういう奴だ……これまで逆らった奴は、みんな殺されてきたんだよ。仮に逃げられても、必ず追い詰めて…。だから仕方なくって」
「なるほど…だから仕方なく、か。けど、それはお前さんの都合になるよな?」
ラムセルが男の肩を叩き、すぐさま髪を掴んで無理矢理顔を上げさせた。
男は年若く、涙と鼻水と恐怖で表情は歪んで嗚咽を漏らしている。
「それで? 逆らうの怖くて大人しく尻尾巻いて従って、命令だからってこの町の人達には何をしてもいいってか? そのせいでどれだけ……」
「この声って……あら? ラムセルさん、ちょっとごめんなさいね」
と、年配の女性が突然後ろから間に割り込み、首に下げてあった眼鏡をかける。
すると「まぁ!」と驚き、ラムセルに向き直った。
「ラムセルさん。この子はね、以前他の兵士達に売り物の野菜をめちゃくちゃにされた後、こっそり謝りに来てその野菜を買ってくれたの」
「そーいや…おめぇ夜中俺んとこにも来て、壊しちまったもんの修理の足しに、って謝って金を置いてった若僧じゃねーか」
「あたしのところにもよ。あの時は本当にありがとう! 奪われた薬をあなたが持って来てくれたおかげで、母の病気も無事に治ったわ!」
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「ラムセルさん、この子だけは他の連中と違うわ。助けてもらった私達に免じて、許してあげてちょうだい」
「…………そっか。だったら俺もこれ以上何もしないさ。この人達に感謝するんだぜ」
ラムセルは掴んでいた手を放す。
男は頭を床に付け、泣きながら「ごめんなざぃ! ありがどぅございまずぅぅッ!」を繰り返し喚いた。そんな男の背中と肩を、彼に助けられたと言った人達が優しくさする。
そこへ、ギャバンが怪訝な顔をしながらラムセルに歩み寄った。
「あん? いったいどうした?」
「オイカノスの手下の一人が、人情の暖かさに泣きじゃくってるとこだよ」
「何じゃそりゃ……おいテメェ、泣き終わったら店の掃除手伝いやがれ。そしたら許してやる」
「……ぜひ、償わせてください!!」
「バッキャロー! オレは『手伝え』って言ったんだ、償いなんざいらねぇ!」
「ヒィッ!?」
「あーっとマスター、その前にこいつに聞きたい事があるんだ…と、その前にまずは自己紹介するか。俺はラムセル。お前さんの名前は?」
「コン、ラッド…コンラッド・ヤーデン」
「んじゃ、コンラッド。オイカノスの事について分かってる事、全部教えてくれ。内情を知ってるのはお前さんだけだからな」
そう言われたコンラッドは青ざめた表情になり、しばし俯きながら黙り込んだ。
やがて意を決したように一度頷き、目元を拭った。
「…わかったよ。でもおれ下っ端だから、あまり詳しくは分かってないけど……とにかく、オイカノスは残忍さ。さっきも言ったけど、従わない奴や逆らう奴は何であれ容赦無く殺す奴だ。もちろんさっきの事だって、アイツの耳に入ったらどんな事になるか……おれの友人は、奴に逆らって殺されたんだ。見せしめで、奴のお抱え騎士共が…あいつを生きたまま、ズタズタに引き裂いて……バラバラにしやがったぁぁ…」
コンラッドの証言に思い当たった人達が顔を伏せ、涙ぐみ、顔を手で覆う。ギャバンもそうらしく、拳を震わせながら険しい表情で床を見つめている。
「…惨いことしやがる」
「それだけじゃない、これまで暗殺や決闘に挑んだ奴を返り討ちにした後、頭蓋骨を引き抜いては集めてた……最初は半信半疑だったけど、ある日ゴミ処理を任された際に、たまたま普段開いてない部屋の扉が開いてて中を見たら………壁に…しかも、血生臭、うぅッ…」
コンラッドが口に手をあて、込み上げてくる吐き気を無理矢理抑えつけた。一瞬で顔が青ざめている。とても凄惨な様子だった事がラムセルには伺えた。
そして周りにもそれが伝わったらしく、コンラッドと同じ仕草をする者、顔を背けたり、外に出て行く者までいた。
「……ヒデェことしゃがる。あんのクソ野郎、人間じゃねぇ!」
「まったくだ」
「そんなの見ちまったら、おっかなくてどうしようもできねぇ! おれはまだ死にたくねぇよ! だったら嫌でも従うしかないだろ!? アンタみたいに強かったら闘えるかもしれないよ。けど、おれみたいな弱い奴が生きるには、従うしか…! 奴隷のようにされても、無理難題言われても、イヤイヤ我慢して……そうするしか…そうするしかないんだよぉぉぉ!!」
慟哭が終わり、コンラッドはまた頭を抱えて泣きだした。彼もまた苦しんでいたのだ。
ラムセルは目を瞑り、無言でいた。
しばらくしてラムセルはコンラッドの頭を両手で掴み、自分と向き合うように持ち上げる。また涙でぐしゃぐしゃになった彼の顔を真剣な顔つきで真っすぐ見つめた。
「いいか落ち着け。しっかりこっち見ろ。で、俺の話をよく聞け」
「……」
「よく話してくれたな。お前さんがとても苦しかった事もよーく伝わった。だからあとは安心して俺に任せろ」
「……………………は?」
「だから、俺に任せろって言ったんだよ。俺がオイカノスをブチのめしてやる」
その発言に、周りにいた全員が耳を疑った。
先程まで外にいた人達も驚きの余り、ドアから窓からと身を乗り出す。
「な、何バカな事言ってんだよ! さっきおれの話しを聞いてなかったのか?! オイカノスはさっきの奴らなんかよりはるかに強い! いくらあんたでも殺される!!」
「殺されるかよ」
「いや殺される!! アンタがさっきやったバケモノみたいな力でも──!」
瞬間、コンラッドの眉間にラムセルの人差し指が当てられた。
動きが全く見えていなかったコンラッドの身体は強張り、震えている。
辺りに緊張が走った。
「今、俺のこと『バケモノ』って言ったか?」
「ッ!!!」
「お、おいラムセル!?」
「そうだ。俺はバケモノさ。それに「目には目を、歯に歯を』って言葉があるだろ? だったら『バケモノにはバケモノ』さ」
そう言って片目をお茶目に瞑ってみせると、人差し指を軽く押し、コンラッドは腰が抜けてしまったのか崩れて座り込んでしまった。
「だから、任せろ」
もはや誰も言葉にできなかった。
口を半開きにしたままラムセルを見つめており、動けずにいる。
「…………おい。本当に、信じていいんだな?」
「あぁ」
即答だ。彼は迷いもせず、真っ直ぐな眼差しでギャバンに向かって応えた。
その様子にギャバンは大きく深呼吸をし、そして両頬を思いっきり叩く。
「いぉーっし!! なら、オレも力を貸してやる!! 久し振りに、鍛冶屋ギャバンの腕をオメェに奮ってやる!!」
「鍛冶屋、ギャバン?」
「おうよ。もう何年もハンマーを握っちゃいねぇが、余所モンのアンタがそこまで言っちゃあ、その心意気に応えてやらねぇと漢がすたる!! 一からってのは時間掛かるが、出来てるやつを鍛え直す程度ならすぐだ。店の片付けが終わったらすぐ取り掛かる!」
「マスター…」
「それと、マスターってのは止めろ『おやっさん』と呼べ」
「何だそりゃ?」
「その面でマスターって呼ばれんのがむず痒いんだよ」
「へいへい」
「お、おいおい!! 何言ってんだよ、冗談だろ?!……あんたも正気かよ!!?」
「おうさ。もちろんだとも、ガッハッハッ!! さぁ、まずはどっから手ェ付けるかぁ」
そう言ってギャバンは腰に手をあてながら荒れた店内を見渡し、ラムセルも適当に足元にあった食器や家具の残骸をモップでかき集め、角に押しやる。
これまで呆けっぱなしだった人々も一人、また一人と各々が片付けの手伝いを始め、ギャバンの部屋で休んでいたはずのミャム達も「下の様子が気になった」と言って加わりだした。
そしていつの間にか、未だ動けずにいるのはコンラッドだけとなり、この状況に困惑して、口をあんぐりと開けたまま見つめる。
(何でだよ、こんな片付けしてるんなら今からでもまだ遠くに少しでも逃げれるのに……! い、イカれてる………でも)
何故かその光景が眩しかった。
さっきまで漂っていた陰鬱な雰囲気はどこにも感じさせてなどいない。
活力を奮わせ、拭えていないはずの恐怖心と闘っている。そんな風にコンラッドは思えた。自分が持っていない力、強さ、失いかけていたもの。コンラッドの心に、僅かな燻りが生まれていた。
「お、おれも…!」
そう呟き、着ていた革鎧を急いで外し、残骸山の側に置くと、袖をまくって手伝いを始めた。彼の表情は堅いものになり、つい先程までの雰囲気は無い。
こうして一致団結して始まった掃除は、酷い散らかりようであったにも関わらず綺麗に済み、朝日がまだ顔を覗かせる前に終わった。
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