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16.予兆
しおりを挟む──ルリっっ!起きろ!目を覚ましてくれ!!ルリっ!!返事してくれ!
カルセド…?どうしたの…そんなに焦って…
カルセドのボヤけた輪郭が浮かび上がる。
まだ…眠い…もうちょっとだけ…カル…
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ん…あれ、私…」
瑠璃は目が覚めると、いつの間にかベッドで眠っていた。泥で汚れていたはずの服は新しい部屋着に変わっていた。
私、確か、さっきまで森にいて…りんご食べてそれから…それから、あれ、どうしたんだっけ…
とりあえず身体を起こすと、手に何か違和感があった。見ると、カルセドが自分の手を握り締めて眠っていた。
「えぇ!!カルセド?!」
瑠璃は驚いて叫んだ。
「ルリっ…!!」
おもむろに頭を上げたカルセドは、目を覚ましたルリを見るや否や、すかさず抱き締める。
「きゃあっっ!!!」
「ルリっ、良かった無事でっ」
「無事ってどういう…」
「まぁ、とりあえず医者を呼んでくる。話はそれからだ」
「う、うん。分かった…」
自分の状況が全く飲み込めない瑠璃はひとまず、カルセドの言葉に従った。
─────────────────────
カルセドは医者の診察が終わると、瑠璃があの時、走り去ってからの経緯を語った。聞けば、瑠璃は原因不明の毒に侵され、1ヶ月以上も昏睡していたらしい。
「そうだったんだ…迷惑かけて、ごめん…なさい…」
瑠璃はシーツを握り締め、頭を下げた。
自分はなんて馬鹿なことしてしまったんだろ…
「良い、ルリの無事が一番大事だ…」
カルセドは瑠璃を優しく抱き寄せた。
「ルリ、倒れる直前、何か覚えてるか?」
「えっと……森で木が何本もあって、りんご…がたくさん落ちてたから、食べてた…お腹空き過ぎて…って、もしかして私が寝込んでたのって、あれが原因?毒りんご?」
「…そうか、それは本当なんだな?」
「うん、そうだけど…それがどうかしたの?」
瑠璃が嘘をついている様子はない。
カルセドは神妙な顔つきになるが、瑠璃の目を真っ直ぐに見た。
「ルリ、よく聞いてくれ。お前の身体は今、魔毒に侵されている」
「え、でも、私、今、何ともないよ?」
「今はこれで大部分の魔毒を吸収したからだ」
カルセドが取り出したのは、濃紺の鉱石"ラピスラズリ"だった。
「それからルリが見たもの、食べたもの全て魔の森から漏れ出た魔毒による幻覚だ」
「まどく?幻覚??」
困惑する瑠璃にカルセドはゆっくり丁寧に説明した。
「魔毒は北の地平線の先にある魔の森"バーグ"かきたものだ。そこに棲む魔物や魔獣が出す澱んだ空気と言うべきか。魔毒は周辺の生態系を侵食する。草木は枯れ、その部分から植物が生えてくることは二度とない。動物は幻覚に侵され、やがて飢餓に陥り息絶える。北の庭園も魔毒にやられ、草の一本も生えてこない。この塔から見える北の庭園一帯を見れば一目瞭然だ」
「えっ、そんなはずは、」
思わず北にある窓に駆け寄る。
「嘘…何もない……嘘でしょ…」
瑠璃は身を小さく震わせた。
他の場所には街や緑が見えるのに、北の庭園部分だけまるで何かに抉り取られたかのように寂れた黄土色の土煙に染まっている……
「北の庭園は魔の森の道へと繋がる場所の一つだった。庭園が荒廃してしまった今、魔毒による被害はもうないと思っていたが…済まない、俺が甘かった。もう少し発見が遅れていれば、お前は死んでいたかもしれない。これは、ルリに北の庭園のことを伝えていなかった俺に責任がある。本当に済まなかった」
カルセドは深々と頭を下げた。
「うん…謝らないで。突っ走った私も悪いからお互い様だよ。北の庭園のことは驚いたけど、でも…今の説明で納得した。頭上げてよ、カルセド。それと、私を助けてくれて、ありがとね」
「ルリ…」
瑠璃はカルセドの手を取り、ニッコリ笑う。
「魔毒?は治せるの?」
「あぁ、もちろん治せる」
カルセドは瑠璃の目を見て、握られた両手を握り返した。
─・─・─・─・─・─・─・─・─・─
オニキスの国境近くの森にある小さな医院に魔毒を研究する変わり者がいた。元々は王宮の天才医術師であり、カルセドが冒険者時代にともに旅した仲間でもあった。魔毒の詳細は、まだ世にあまり知られておらず、それ研究する彼は周囲から奇怪な眼差しで見られていたが、カルセドだけは彼に絶対的な信頼を置いていた。数年前、彼の魔毒の研究に没頭したいという意思を尊重し、研究拠点を人の少ない場所へと移したのだ。ただ、もし自分に魔毒のことで何かあれば協力するという約束も以前していた。
瑠璃が昏睡した翌日、極秘に、この医術師の元へカルセドは瑠璃を抱えながら速馬で向かった。
診察した医術師は言う。
『1つだけ方法がございます。ラピスラズリなら解毒できるでしょう』
ラピスラズリは特に高価なものではない。対魔法または対魔術の鉱石はいくらでもあるが、これまで対魔毒の鉱石は存在しないとされてきた。それ故に、なんの変哲もないラピスラズリに、対魔毒のその上、強力な解毒作用があることは、いくら信頼しているとはいえ初めは信じられなかった。だが、その信頼している彼が言うのだから、きっと真実なのだろう。
カルセドは結局、彼の言葉を信じた。
『ラピスラズリだけで身体に回った大部分を解毒できます。ただし、完全に解毒させるならば、王族の御身体にラピスラズリを通さなければなりません。ラピスラズリを体内に取り入れた王族は一時的に魔力を増幅した状態になります。その状態の体液を魔毒に侵された者の身体に与えると魔毒は相殺されます。効果的な方法としては、粘膜接触つまりは性交あるいは口唇接触が一番確実と思われます』
─・─・─・─・─・─・─・─・─・─
「つまり、私があなたとキスすれば治るってことね」
「あぁ、それしか方法がない。数日は必要になるらしい。まぁ、お前は俺との口付けなど嫌だろうがな」
瑠璃は少し考えた末、結論を出した。
「ううん、別に…嫌じゃ…ない。それに、あなたとのキスが私の命を助けてくれる唯一の方法なんでしょ?」
「それはそうだが」
「だったら、お願い!…します…」
瑠璃は恥ずかしそうに俯いた。
カルセドはそんな瑠璃を抱き寄せて顔を近づける。
顎を持ち上げ、唇同士を重ねようとした
「えぇっ!?いきなり、今?!」
瑠璃はカルセドの硬い胸板を反射的に押し返す。
「早く治さなければ、全身に毒が回る。今日はまだしていない」
「えっっ?!今日はって何んんっふっんっ」
カルセドは瑠璃の顎を持ち上げ、半ば強引に自分の唇を押し付けた。
「あと少しだっ…んん」
唇自体は動かさず、ただ角度だけ変え、瑠璃の口の中に少しずつ唾液を流し込む。すると強張っていた瑠璃の身体がみるみると脱力を始めた。カルセドはそんな瑠璃の背中を支えて、しばらく自らの唾液を流し込んだ。
長い口付けが終わると、瑠璃は顔を真っ赤にしながら、毛布に潜り込んだ。まともにカルセドの顔を見られるはずがなかった。無垢な少女が、こんな大人のキスをされて平常心でいられる訳がないのだ。
カルセドは口を拭うと、
「少しは楽になったか?」
確かに身体が目覚めて直ぐよりも軽く柔らかくなった気がする。
「う…うん、さっきより体が良くなったかも」
それよりもカルセドとの濃厚なキスで、今にも身が焦げそうだ。
「今、お腹空いてるか?」
「うん」
「何か消化に良いものを持ってくる。少し待っていてくれ」
「うん、ありがとね、カルセド」
カルセドは瑠璃の頭を柔らかく撫でると、そのまま部屋を出て行った。瑠璃はカルセドがいなくなった途端、毛布の中でギュッと身を縮こませた。
(あんなキス、したことないっ…それに、なんであんなに優しいのよ…)
─────────────────────
カルセドは、扉の外で待機していた専属メイドのアナに瑠璃の食事を用意するよう伝えた。
それから隣の執務室に向かうと、ある報告書に目を通す。それは、帝国エクサリが我が国へ進軍を始めている旨だった。
以前から、帝国エクサリが、近々、ここオニキスに進軍する可能性があるという情報はあった。
その理由はただ1つ。
エクサリの最も絶大な戦力である勇者ガクトの存在だ。
ガクト含むたった数人の一行で、次々と他国の軍隊や兵器、戦車までも壊滅させ、滅亡に追いやってきた。大国であるメガールやギガンスでさえも苦戦を強いられ、自国への進軍を食い止められなかった。バーグを突破したエクサリに最早、恐れるものなどない。恐らく、北の庭園に魔毒が漂っていたのもエクサリの仕業に違いない。もうこれ以上、エクサリの好き勝手にさせるわけにはいかないのだ。何としても、エクサリの非道な行為を辞めさせる必要がある。でなければ、エクサリの唯一にして非道の独裁国家となり、永遠に平和は訪れないであろう。
だが、その前に、瑠璃を安全な場所に移すことが最優先事項だ。それはすなわち、元の世界に帰すということ。カルセドにとって瑠璃は、もう既にかけがえのない存在となっていた。
──何よりもまず瑠璃の命を守りたい。
カルセドは両手で報告書を力強く握り締めた。そして、執務室を出ると王宮の方を真っ直ぐ見据え、足早に向かった。
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