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春疾風1

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 ファミレスの件から一週間。千歳は引っ越し業者が荷物を運び入れるのを邪魔にならないところで見ていた。たまに、どちらの部屋です?と聞かれるものに答えるだけで、どんどんと運び込まれていくこれらの荷物の先は、国重さんが買った新築分譲住宅だ。しかも角地。引越しに至るまで、目が回るほど早かった。


  ファミレスの件の夜。国重さんにビジネス文書を教えてもらいながら退職願を書いた。決められた様式に沿って書くだけなので、さほど時間は掛からなかった。そして、翌日。部長は誰よりも早く来て、コーヒーを楽しむので、千歳はその時間を狙って出勤し、書いたものを渡した。それを見た部長は鳩が豆鉄砲を食ったようで、暫く固まっていたが、固まりが溶けたあと、凄い勢いで千歳に詰め寄った。
  部内でのいじめか、部長の体臭問題か、それとも、年々薄くなってきている部長の頭髪問題なのか、はたまた自販機コーナーにおいてある一台が、展示してあるものとは違うものが出てくることなのか、ありとあらゆる事柄を出してきたけどどれも千歳には引っかかっていない。
  会社に悪いところはないと伝えると辞めないでくれ!と拝まれる。会社に来たくないのなら休職や、自宅での仕事も認めると言われた。それでも、千歳のなかではもう決めたことなのだ。自分の意思は変わらないと伝えると寂しそうに納得してくれた。

  部署内の皆が来る前に、と私物を入れるためにもってきた袋にそれらを入れ、郁美先輩のデスクマットの下に書いてきた手紙を入れた。これで、もうやることはない。
  帰りは、部長がエレベーター前まで見送ってくれた。到着するまでの間、部長がぽつりと零した。
 「育ちが良く、見目も清楚でクリスチャン大卒の子が、わが社では貴重なんだ。パチンコとかの会社だとね、世間のイメージは悪くてね。だから、伊藤くんの人柄や経歴はとてもありがたかったよ。まさに会社が求めている子だったから。何か困ったこととか出来たら遠慮なく頼ってくれて構わないから。」
そう言うと、部長の私用の連絡先がついた名刺を差し出してきたので、受け取れない理由がない千歳はその名刺を受け取った。
 「急なことなのに受理してくださってありがとうございます。社寮の荷物は全て運び出してあるので問題ないと思います。短い間でしたがお世話になりました。」
お辞儀をして、挨拶を終えるとちょうどエレベーターが到着した。


  出入り口の守衛にIDカードを渡し外に出る。会社から暫く歩くと、啓が車の傍で携帯灰皿片手に一服しながら待っていて、千歳の姿を見るとハッチバックをあけ、千歳から荷物をとりあげた。
 「もう少し時間がかかるかなっと思ってたけど、無事受理されたみたいだね。」
 乗っててとジェスチャーで指示されたので千歳は大人しく助手席へ乗り込む。
そこにバンッと閉まる音がして、国重さんが乗り込んできた。
 「最初は驚かれたけど、最後は受け取ってくれました。」
 「そう。僕がもし千年の上司でも引き止めてるよ。可愛くて、仕事が出来て、会社には宝物だもの。お疲れ様。それじゃ次は携帯端末を新しくしないとね。」
そう言うと車は発進した。雲ひとつないどこまでも青い空が広がっていた。


  そのあとショップで携帯端末を新しくしたあと、不動産屋さんを伴っての家巡りのオンパレードだった。
  一軒目。マンション。内覧するも国重さんが気に入らず却下。
  二軒目。分譲住宅。カーポートが一台しかないという理由で却下。
  三軒目。分譲住宅。角地。カーポートが一台。公道に面しているという理由で却下。
  四軒目。分譲住宅。自由設計。自分たち好みに出来るのはとても魅力だが、出来上がるまで待てないという理由で却下。
  五軒目。マンション。ルーフバルコニー付き。ただし間取りが気に入らないという理由で却下。
  六軒目。マンション。四部屋だけど、それぞれの部屋が狭いという理由で却下。
  七軒目。マンション。水周り、換気扇、コンセントの位置を見ていた国重さん。案内してくれているスタッフさんをちょいちょいと呼ぶと二人でなにやらコソコソと話しているよう。そのうち段々とスタッフさんが汗をかき始めてマンションを出ることに。千歳が国重さんにどうしたのかと聞くと、専門用語ばかりの説明についていけず、分かったことは、却下だったんだな。ということ。
  八軒目。マンション。とても気に入ったんだけど、国重さんのなかではどうしても四部屋は欲しいということで、部屋数が足りず却下。
  九軒目。分譲住宅。広さ、間取り、水周り、換気周り、国重さんが気に入るもカーポートから玄関が遠いことと。カーポートからキッチンに行ける出入り口が欲しいということで、却下。
  十軒目。ここに案内されてから啓の食いつきがまるきり違う。公道から一本入った袋小路の道。カーポートは二台分。そして、カーポートの後ろはキッチンで、出入り可。買い物の荷下ろしに最高。玄関には大きくたっぷりなシューズクローク。大きい洗面室に広い浴室。廊下を通って光がたくさん入るリビングダイニングキッチン。そして、その隣には襖で仕切られた和室。
  二階部分は三つの部屋にトイレ。角部屋ではバルコニーがついていて、主寝室のバルコニーの端には螺旋階段がついていた。そこを上ると一階のリビングより小さいがルーフバルコニーがあって、半分は芝生、半分は茶色のタイルが敷いてあった。
  角地で隣の距離がたっぷりとある。分譲住宅だが、まだ売り出して間もないため、そこまで住人が埋まっていないというのもいい。色々みてきた千歳は、ここがいいなと思う家だった。
  二人のあとを不安そうについてくるスタッフに国重さんは声をかけた。


  契約し二日目。そして現在の千歳である。あのときのスタッフさんの顔を千歳は一生忘れられないなと思っていた。
  あの時、国重さんに声をかけられたスタッフは不安で、次はもうないという表情だったのが、一転して花が飛びまくっているような表情になったのだ。
  帰りの車内で、即断即決してよかったのか国重さんに聞いてみたところ返ってきたのは
「あれ以上見ても、どこも同じだと思うし、これ以上の家は見つからないと僕のカンが言っているから。」
カンで決めるとは...。聞けば、昔から思い立ったら即購入というらしく、今までそのカンを信じてやってきているとのこと。そして、そのカンが外れたことがないということだった。 
  帰宅して、新しい家のガス、電気、水を通して貰うための連絡と、引越し業者の手配をしてと、思い返すだけでも本当に忙しい一週間だった。さらに引越しシーズンを終えていたからすぐやってもらえるというのもタイミングが良かったと思う。まあ、引越し業者がなくてもレンタカーのトラックを借りれば出来るし...と国重さんが言っていた事に、マジデスカ...と思う千歳だったが。


  全ての荷物を運んで貰った業者さんに、少しのお礼と飲み物を渡して、二人で見送る。
 「さて、片付けますか。」
その言葉で2人は片付けに精を出した。
  千歳はまずは、荷物の少ない洗面室と浴室からやっつけることにした。洗面室内の備え付けのリネン庫に元国重さんの家のリネン庫にあったものをしまっていく。浴室には、国重さんのシャンプー類と千歳のシャンプー類が並んだ。これで、今夜のお風呂はばっちりである。
  さて、次は..と考えていると二階から千歳を呼ぶ声が聞こえるので行ってみたら、千歳の荷物をあけている国重さんがいた。そして、その手には千歳の服と内緒にしていたものが...。

 「二人の服をウォークインクローゼットにしまおうとして、千歳の服のダンボールを開けていたら、服と服の間に入ってたんだけど、これは?」
にこにこ顔の国重さんと真っ青の千歳。楽しそうにパッケージを見る国重さんに千歳は内緒にしていた趣味を話した。
 「えっとですね、実は、ゲームが好きでして...」
 主寝室の入り口でもじもじと自分の趣味を話す。
 「うん、まあ、これだけ大量にあると好きというのは分かるよ。
 梱包材を使わないで服をクッションにしていることを聞きたいんだよね。」
 「えっと...。ひーちゃんにゲームのことを言うのは恥ずかしくて、内緒にしようと思ってました...。」
 語尾にいくにつれ千歳の声がだんだんと小さくなっていく。
 「僕に内緒ねぇ...。
 千歳、僕の内緒も教えてあげるよ。実は僕もゲームが好きなんだ。こう見えてネトゲもするし、オフラインもする。最近は時間がなくてやれてないんだけどね。だから、ハード機器、リビングのテレビにセッティングしようよ。」
 国重さんの唐突な告白に驚くも大きいテレビでやれるのは嬉しい。趣味のことで何か言われるんじゃないかとビクビクだったけど、国重さんもゲーム好きで良かったとルンルン気分で階下に戻ろうとした背中に言葉が。
 「千歳ってエロゲーもするんだね。」
とっても嬉しそうな顔で言い放った。
エロゲーのソフトは全部下着類が入っていたダンボールに入れていたはず!!と見れば、主寝室入り口に千歳の下着類が入っていたダンボールがすでに折りたたまれていた...。
 「いやぁぁぁぁぁぁぁ! なんで開けたんですか!箱にちゃんと開けないで下さいって貼り紙しといたのにぃぃぃぃぃぃ!」
 主寝室のドアで"orz"の様に蹲る千歳に国重さんが寄ってきて肩をたたく。
 「貼り紙をされたら、開けてください。と言っているものだよ。別に貼ってなくても僕は千歳の下着なら見たいし、片付けたい。」
 「そんな芸人解釈いりません。寧ろここでそういうの発揮させないでください!!」
 恥ずかしくて未だに蹲っている千歳に国重さん啓が慰める。
 「別に恥ずかしくないでしょ。女の人だったムラムラすることぐらいあるんだし。逆に彼女がエロくて嬉しいけどね。」
 頭を抱える腕の隙間からちらっと国重さんを伺う。おちゃらけて言っている風ではなくて、真面目に言っているので、国重さんに諭されるまま立ち上がった。
 「今度、そういうプレイしようね。」
とても素敵ボイスで囁かれた千歳は脱兎の如く1階へ逃げた。

  それから暫く片付けていたら、二階から啓が降りてきてふたり一緒にリビングの片付けに取り掛かった。
テレビにハード機器をとりつけている間、国重さんのニマニマとした悪い笑みが怖かったけど。

  二人分なので大した量もなく、陽が落ちるころには片付けが終わった。
  なんとなく二人でソファーに座って、新しい部屋を眺める。国重さんのものと千歳のものがまだ馴染めてないように見える。物なのに、はじめまして と対話しているように感じる。きっとそのうち、その光景も見れたものになっていくのだろう、と考えていると国重さんが夕飯の提案をしてきた。
 「これから作るのも大変というか、面倒だから食べに行こう。」
 二人は軽く着替えて車に乗り込んだ。
  千歳は近くのファミレスにでも行くのかなと思っていたらそこを通り過ぎてしまった。ん?と思った千歳は国重さんに聞くと、引越しのお祝いとだけ。
  それからほどなくして着いたのは国重さんおすすめのレストランだ。何回か連れてきてもらったことがあって、定期的にここのレストランのパスタとピザが食べたくなる。


  おいしい夕飯で、お腹が満たされると幸せになる。それが好きな人と一緒だと倍で幸せになる。このまま新しい家に帰るのはさびしいなと千歳が思っていると、国重さんがちょっと寄り道と行って、高速に乗る。寄り道という距離ではない距離を走り、連れてこられたのは、千歳が初めて国重さんにバレンタインのチョコを渡したところだった。
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