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突然のお客様
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『夕』で仕事をしているうちに、絢梨はだんだんと落ち着きを取り戻していった。いつもと様子が違うことは夕子さんにはバレていたが上手くかわして店を出た。
福幸堂に戻ったのは9時半を過ぎていた。玄関から入るとダイニングから聞きなれない声がして驚く。するとキッチンから絢梨を呼ぶ声がする。
「絢梨さん!そっち行かないで!一旦こっちに!」
声の主は奈子である。絢梨は不振に思いながらも身をかがめてキッチンに入る。
「何してるの?」
絢梨がそう聞くと、奈子は小声で話し始めた。
「15分くらい前、志希くんのお母さんが突然来たんです。」
「え?」
絢梨はカウンターから少し顔を出してダイニングの様子を伺う。すると凛とした大人の女性が志希と向かい合っている様子が確認できた。
「なんか志希くん、お母さんからの電話とかメールとか全部無視してたみたいで。」
そんな話初めて聞いた、と絢梨は驚く。
「だからこんな時間にいらっしゃったの?」
「うん。志希くんが確実に帰ってきている時間を狙ったみたいで。なんか・・・お父さんの具合が悪いらしくて。入院している病院にお見舞いに行くように言いに来たみたいです」
志希と母親の二人が一際大きな声で話し始めたので、奈子と絢梨にも話の内容が聞こえてきた。
『志希。あなたね。いつまでダンスなんてチャラけたことをしているつもりなの。まあ、大学生の間はいいにしても、就職に関しては安定した職場じゃないと、うちの人たち誰も納得しないからね』
『母さんはいっつもそればっかりや。なんなん安定した職場って。俺はな、親父とはもう縁切ったと思ってんねん。親父は・・・俺がほんまに本気でやってることを否定してばっかりや。子供のころからそうや。・・・・耐えられへんねん。』
『何言ってるの!』
『学費やって生活費やって貰ってへんやん。それはもう・・・。もう俺の人生やねん。放っといてくれよ!親父のことも知らんわ。・・・こんな非常識な時間に押しかけてきて何考えてんねん。もう帰ってくれよ』
志希はそう啖呵を切り母に背を向ける。母親は仕方なく立ち上がって帰ろうとするが足を止め再び志希に対して話しかける。
『・・・お父さんね。癌なのよ。もう、いつまで生きられるか分からないからね。それだけは言っておくわ』
そう言って母親がダイニングから出てきたため、奈子と絢梨は慌てて立ち上がる。
「あ・・・。今日は夜分遅くに失礼いたしました。非常識をお許しください」
母親に頭を下げられて絢梨は慌てて口を開く。
「そんな。頭を上げてください。私、ここのオーナーの伊崎です。」
「・・・あ、従業員の酒井です」
「いつも愚息が大変お世話になっております。至らない息子ですがどうぞよろしくお願いいたします。」
「至らないなんてそんな・・・。志希くんはとっても良い子ですよ。・・・お話、少し聞こえてしまったんですが・・・。私たちからも少しアプローチしてみますね・・・あまりお力にはなれないかもしれませんが」
絢梨がそう言うと母親は黙って頭を下げて福幸堂を後にした。ふとダイニングを見ると、志希が魂が抜けたようにぼんやりと座っていた。
福幸堂に戻ったのは9時半を過ぎていた。玄関から入るとダイニングから聞きなれない声がして驚く。するとキッチンから絢梨を呼ぶ声がする。
「絢梨さん!そっち行かないで!一旦こっちに!」
声の主は奈子である。絢梨は不振に思いながらも身をかがめてキッチンに入る。
「何してるの?」
絢梨がそう聞くと、奈子は小声で話し始めた。
「15分くらい前、志希くんのお母さんが突然来たんです。」
「え?」
絢梨はカウンターから少し顔を出してダイニングの様子を伺う。すると凛とした大人の女性が志希と向かい合っている様子が確認できた。
「なんか志希くん、お母さんからの電話とかメールとか全部無視してたみたいで。」
そんな話初めて聞いた、と絢梨は驚く。
「だからこんな時間にいらっしゃったの?」
「うん。志希くんが確実に帰ってきている時間を狙ったみたいで。なんか・・・お父さんの具合が悪いらしくて。入院している病院にお見舞いに行くように言いに来たみたいです」
志希と母親の二人が一際大きな声で話し始めたので、奈子と絢梨にも話の内容が聞こえてきた。
『志希。あなたね。いつまでダンスなんてチャラけたことをしているつもりなの。まあ、大学生の間はいいにしても、就職に関しては安定した職場じゃないと、うちの人たち誰も納得しないからね』
『母さんはいっつもそればっかりや。なんなん安定した職場って。俺はな、親父とはもう縁切ったと思ってんねん。親父は・・・俺がほんまに本気でやってることを否定してばっかりや。子供のころからそうや。・・・・耐えられへんねん。』
『何言ってるの!』
『学費やって生活費やって貰ってへんやん。それはもう・・・。もう俺の人生やねん。放っといてくれよ!親父のことも知らんわ。・・・こんな非常識な時間に押しかけてきて何考えてんねん。もう帰ってくれよ』
志希はそう啖呵を切り母に背を向ける。母親は仕方なく立ち上がって帰ろうとするが足を止め再び志希に対して話しかける。
『・・・お父さんね。癌なのよ。もう、いつまで生きられるか分からないからね。それだけは言っておくわ』
そう言って母親がダイニングから出てきたため、奈子と絢梨は慌てて立ち上がる。
「あ・・・。今日は夜分遅くに失礼いたしました。非常識をお許しください」
母親に頭を下げられて絢梨は慌てて口を開く。
「そんな。頭を上げてください。私、ここのオーナーの伊崎です。」
「・・・あ、従業員の酒井です」
「いつも愚息が大変お世話になっております。至らない息子ですがどうぞよろしくお願いいたします。」
「至らないなんてそんな・・・。志希くんはとっても良い子ですよ。・・・お話、少し聞こえてしまったんですが・・・。私たちからも少しアプローチしてみますね・・・あまりお力にはなれないかもしれませんが」
絢梨がそう言うと母親は黙って頭を下げて福幸堂を後にした。ふとダイニングを見ると、志希が魂が抜けたようにぼんやりと座っていた。
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