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シェアハウス『福幸堂』
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ここは、滋賀県木浪湖町(きなみこまち)。琵琶湖を望む小さな過疎の町。
そんな田舎にあるシェアハウス『福幸堂』の朝は騒がしい。
「絢梨さん!今日の晩ご飯何?」
朝ご飯の用意をしている最中に、もう晩ご飯のことを聞いてくるのは、202号室の住人・上川志希。近所の大学に通う20歳の男子だ。
「ちょっと。今まさに朝ご飯を作っている人に対して晩ご飯のこと聞く?」
「だって。俺にとっては晩ご飯のメニューは重要やからさ。今日一日のモチベーションに関わる」
志希は大真面目な顔をして言う。20歳の男の子が、晩ご飯をモチベーションに1日を過ごすなんてちょっと寂しい気もするが、それだけ自分の料理が美味しいということだと思うと絢梨は少し笑顔になる。志希に早く食卓に座るように促して朝ご飯を並べていると、階段の方から怒声が聞こえてくる。
「おい!志希!!パンツは自分で洗えって何回言ったらわかるんだ!!」
声の主は『福幸堂』の住み込み店員・酒井奈子。
「なんでなーん?!別にええやん」
「いや良くないわ。ここに書いてることが読めないのか?!プライベートな物は自分で洗いましょう!」
「パンツ・・・・プライベートかな?」
パンツはどう考えてもプライベートだろ・・・絢梨はだし巻き卵を作りながら頭の中で突っ込んだ。奈子はそれ以上の追求を止め残りの洗濯物を干しに行った。そうこうしていると住人がもう一人起きてきた。
「おはようございます」
「あ。光さんおはようございます。すみません、朝から騒がしくて」
彼女はつい最近ここに住み始めた鈴野光さん。あまり詳しく聞いては無いけど、仕事はグラフィックデザイナーをしているらしい。それがしっくりくるほどにはかっこいい女性だ。フリーランスだから普段この時間に起きてくることは少ない。つまり・・・今朝の奈子と志希くんの痴話喧嘩がうるさかったということだ。
「全然いいの。私も一緒に朝ごはん、いただいていいですか?」
「もちろんです!」
洗濯物を干し終わった奈子も戻ってきて、4人で朝食を食べることとなった。今朝のお品書きは、
・ご飯
・たたききゅうり
・だし巻き卵
・大根おろし
・味噌汁
「このきゅうりめっちゃうまいー!なんぼでも食べてまうわー」
志希はそう言いながら本当にいくらでも食べる勢いでご飯をおかわりしている。
「やっぱり、旬の新鮮な食材はそれだけで美味しいよね」
「あ。今年も恵子さん家のきゅうりなの?」
「さすが奈子ちゃん。そうなの。昨日、通りがかったときに頂いたの。それを使って沢山たたききゅうり作ったから、後で恵子さんにおすそ分けしに行くつもりなの」
町中顔見知りに近いようなここでは、野菜のおすそ分けはよくあることで。恵子さんの家は木浪湖町の中でも大きな農家さんだ。さすがに『福幸堂』では畑はしていないのでこちらから野菜をおすそ分けすることはなくて、いつも貰ったものを調理してそれをお礼としてお返ししている。
「俺の分、残しといてな!全部あげんといてな!」
志希はまるで子供みたいに必死に訴えてくる。
「バカね。大丈夫よ。無くなったらまた作ればいいんだし」
「ほんと。食い意地張りすぎよ。太ってダンス出来なくなるぞ」
奈子ちゃんからのキツいカウンターパンチが炸裂する。志希くんは大学の芸術学部でダンスを専攻している。どうやら何かの選抜には残る程の腕前なんだとか。
「あ。それ言うのなし!ほんまに気にするから・・・」
やっぱりダンスは体型にシビアな世界らしくて、さっきまでの威勢はどこへやら、志希はシュンと静かになってしまった。そんな様子を見ていた光さんが口を開く。
「大丈夫よ。ここで出てくるご飯、美味しくて健康的なものばかり。素晴らしいからちょっと沢山食べたぐらいじゃ太らないわよ」
「・・・ですよね!」
志希はまた元気を取り戻し隣の奈子を煽っている(笑)。
朝食が終わると、志希は大学へ光さんはここへ来てからずっと仕事場にしているカフェにそれぞれ出かけていき、『福幸堂』の中には私と奈子ちゃんだけになった。お昼前から軒先で販売するお弁当の仕込みをしていると奈子ちゃんがふいに聞いてきた。
「郁香さん、大丈夫かな」
郁香ちゃんは『福幸堂』のもう一人の住人で。実はとある事情があって、2週間前から3階の自室に籠りっぱなし。私は毎日食事を届けているから生存確認はできてるんだけど、奈子ちゃん含め他の住人たちはずっと会っていなくて心配みたい。
「うん・・・・。まあ、ご飯に少しは手が付いてるし、気持ちの整理が出来ればいずれ出てくると思うよ」
「・・・でも、まさか結婚詐欺にあうなんて・・・。ドラマみたいな話だね」
結婚詐欺・・・。そう、郁香ちゃんは悪質な結婚詐欺にひっかかり、そのショックで引き籠ってしまったのだ。相手は郁香ちゃんよりも3歳年上(という設定)の男で他にも何人もの女性を騙していたみたい。郁香ちゃんはその男にかなりの金額を渡してしまってたみたいで。仕事は派遣でOLさんをしてたんだけど、無断欠勤が1週間続いた先週末に契約解除されてしまったらしい。それもさらに郁香ちゃんの引き籠りに拍車をかけてて・・・。ご飯を持って行ったときに一度、もう無理だよと泣いている声が聞こえたけど、部屋には鍵がかかってるしオーナーといえど勝手に入るのは気が引けるから様子を見てるんだけど・・・。
「絢梨さん。今週もまたずっと出てこないようなら、一度マスターキー使ってでも突入すべきたよ」
奈子ちゃんにそう言われて我に返った。
「うん・・・。そうね・・・。今週末ね・・・」
そう答えたものの、心の中ではどうしたものかと悩んでいた。何を言っても絢梨には25歳にもなって恋愛経験が一度も無かった。私では力になれる気がしない・・・と考えながら作ったお弁当はいつもより若干味が濃かった。
「あ!もうこんな時間!お弁当のお客さんが来る前に掃除機かけないと!」
そう言って慌てて出て行った奈子を見送りながら、絢梨はため息をついた。
そんな田舎にあるシェアハウス『福幸堂』の朝は騒がしい。
「絢梨さん!今日の晩ご飯何?」
朝ご飯の用意をしている最中に、もう晩ご飯のことを聞いてくるのは、202号室の住人・上川志希。近所の大学に通う20歳の男子だ。
「ちょっと。今まさに朝ご飯を作っている人に対して晩ご飯のこと聞く?」
「だって。俺にとっては晩ご飯のメニューは重要やからさ。今日一日のモチベーションに関わる」
志希は大真面目な顔をして言う。20歳の男の子が、晩ご飯をモチベーションに1日を過ごすなんてちょっと寂しい気もするが、それだけ自分の料理が美味しいということだと思うと絢梨は少し笑顔になる。志希に早く食卓に座るように促して朝ご飯を並べていると、階段の方から怒声が聞こえてくる。
「おい!志希!!パンツは自分で洗えって何回言ったらわかるんだ!!」
声の主は『福幸堂』の住み込み店員・酒井奈子。
「なんでなーん?!別にええやん」
「いや良くないわ。ここに書いてることが読めないのか?!プライベートな物は自分で洗いましょう!」
「パンツ・・・・プライベートかな?」
パンツはどう考えてもプライベートだろ・・・絢梨はだし巻き卵を作りながら頭の中で突っ込んだ。奈子はそれ以上の追求を止め残りの洗濯物を干しに行った。そうこうしていると住人がもう一人起きてきた。
「おはようございます」
「あ。光さんおはようございます。すみません、朝から騒がしくて」
彼女はつい最近ここに住み始めた鈴野光さん。あまり詳しく聞いては無いけど、仕事はグラフィックデザイナーをしているらしい。それがしっくりくるほどにはかっこいい女性だ。フリーランスだから普段この時間に起きてくることは少ない。つまり・・・今朝の奈子と志希くんの痴話喧嘩がうるさかったということだ。
「全然いいの。私も一緒に朝ごはん、いただいていいですか?」
「もちろんです!」
洗濯物を干し終わった奈子も戻ってきて、4人で朝食を食べることとなった。今朝のお品書きは、
・ご飯
・たたききゅうり
・だし巻き卵
・大根おろし
・味噌汁
「このきゅうりめっちゃうまいー!なんぼでも食べてまうわー」
志希はそう言いながら本当にいくらでも食べる勢いでご飯をおかわりしている。
「やっぱり、旬の新鮮な食材はそれだけで美味しいよね」
「あ。今年も恵子さん家のきゅうりなの?」
「さすが奈子ちゃん。そうなの。昨日、通りがかったときに頂いたの。それを使って沢山たたききゅうり作ったから、後で恵子さんにおすそ分けしに行くつもりなの」
町中顔見知りに近いようなここでは、野菜のおすそ分けはよくあることで。恵子さんの家は木浪湖町の中でも大きな農家さんだ。さすがに『福幸堂』では畑はしていないのでこちらから野菜をおすそ分けすることはなくて、いつも貰ったものを調理してそれをお礼としてお返ししている。
「俺の分、残しといてな!全部あげんといてな!」
志希はまるで子供みたいに必死に訴えてくる。
「バカね。大丈夫よ。無くなったらまた作ればいいんだし」
「ほんと。食い意地張りすぎよ。太ってダンス出来なくなるぞ」
奈子ちゃんからのキツいカウンターパンチが炸裂する。志希くんは大学の芸術学部でダンスを専攻している。どうやら何かの選抜には残る程の腕前なんだとか。
「あ。それ言うのなし!ほんまに気にするから・・・」
やっぱりダンスは体型にシビアな世界らしくて、さっきまでの威勢はどこへやら、志希はシュンと静かになってしまった。そんな様子を見ていた光さんが口を開く。
「大丈夫よ。ここで出てくるご飯、美味しくて健康的なものばかり。素晴らしいからちょっと沢山食べたぐらいじゃ太らないわよ」
「・・・ですよね!」
志希はまた元気を取り戻し隣の奈子を煽っている(笑)。
朝食が終わると、志希は大学へ光さんはここへ来てからずっと仕事場にしているカフェにそれぞれ出かけていき、『福幸堂』の中には私と奈子ちゃんだけになった。お昼前から軒先で販売するお弁当の仕込みをしていると奈子ちゃんがふいに聞いてきた。
「郁香さん、大丈夫かな」
郁香ちゃんは『福幸堂』のもう一人の住人で。実はとある事情があって、2週間前から3階の自室に籠りっぱなし。私は毎日食事を届けているから生存確認はできてるんだけど、奈子ちゃん含め他の住人たちはずっと会っていなくて心配みたい。
「うん・・・・。まあ、ご飯に少しは手が付いてるし、気持ちの整理が出来ればいずれ出てくると思うよ」
「・・・でも、まさか結婚詐欺にあうなんて・・・。ドラマみたいな話だね」
結婚詐欺・・・。そう、郁香ちゃんは悪質な結婚詐欺にひっかかり、そのショックで引き籠ってしまったのだ。相手は郁香ちゃんよりも3歳年上(という設定)の男で他にも何人もの女性を騙していたみたい。郁香ちゃんはその男にかなりの金額を渡してしまってたみたいで。仕事は派遣でOLさんをしてたんだけど、無断欠勤が1週間続いた先週末に契約解除されてしまったらしい。それもさらに郁香ちゃんの引き籠りに拍車をかけてて・・・。ご飯を持って行ったときに一度、もう無理だよと泣いている声が聞こえたけど、部屋には鍵がかかってるしオーナーといえど勝手に入るのは気が引けるから様子を見てるんだけど・・・。
「絢梨さん。今週もまたずっと出てこないようなら、一度マスターキー使ってでも突入すべきたよ」
奈子ちゃんにそう言われて我に返った。
「うん・・・。そうね・・・。今週末ね・・・」
そう答えたものの、心の中ではどうしたものかと悩んでいた。何を言っても絢梨には25歳にもなって恋愛経験が一度も無かった。私では力になれる気がしない・・・と考えながら作ったお弁当はいつもより若干味が濃かった。
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