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第二章 地下迷宮のオルクス

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 オルクスは山窩ハロスなどの山岳民族と常に小競り合いを繰り返してきた。
 とはいえ、全面的に戦うようなことはほとんどない。オルクス自体が人里の近くに来るようなことはなく、オルクスの狩り場に人間が踏み込まない限り争いになることはない。
 オルクスは好戦的で、かつ好色である、と言われている。村に来て若い娘を誘拐したり、人間の食物を奪ったりした、というような記録はある。しかし、洞窟を山狩りするほどの全面的な争いになることはない。
「どうしても、納得がいかないんですよね」装備の中の魔法晶石の残量を確認しながらミルコは言った。
「なぜ迷宮なんでしょう」
「オルクスは現実的なところがあるからな」スラッシュが頷いた。「俺も、オルクスが迷宮にわざわざ侵入してくる動機がよくわからん」
「オルクスの傭兵は最近増えているからな」ハックは言った。小刀の刃を布で拭いている。角度によって青とも赤とも見える、魔法鋼マグタイト製の二本だ。「あいつらは昼間は役にたたねぇが、夜戦にはめっぽう強い」
「ハックはどう思います?」ミルコは尋ねた。
「俺が子供の頃、親父たちはよくオルクスとやり合っていたよ」ハックは言った。
「ミルコはサンデルだよな?」
「はい」ミルコは言った。
「俺の生まれはテリスなんだ」
「えっ」ミルコは驚いた。「近場じゃないですか」
 ハックは耳の後ろを掻いた。「まあ、な」
「じゃあこの辺は」
「故郷みたいなもんだな」ハックは言った。
「もしかして」ミルコは咳き込んで尋ねた。「迷宮ができる前のタリスマンを知ってるんですか」
「知ってるっていうか」ハックは複雑な顔をした。
「まあ、故郷だな」
 笑ってるのか悲しんでいるのかわからない。
 赤い目が細くなる。
「俺の話はいい」ハックは話を戻した。「オルクスが迷宮に侵入してきている理由は俺にはわかんねぇ。だけど、この辺のオルクスは、あちこちで言われてるような略奪やなんかをするような連中ではない、と俺は思う。どうにもしっくりこねぇ」
「何かがある、ということですね」ミルコは背嚢の蓋を閉め、紐をしっかりと縛った。「行きましょう。まずは確認しないと」
「ちょっと待て」ハックが片手を上げた。
「三人で行くのか?」
「六人で行くと警戒される可能性はありますね。三人の方が向こうは仕掛けてきやすいと思います」ミルコは言った。
「そこそこ手強い相手だったら不利ではあるよな」ハックは少し考え込んだ。
「大丈夫」スラッシュが刀の柄を叩いた。「斬る」
「出たよ…刀バカが」ハックが頭を抱えた。
「オルクスは魔法を使うのもいますからね。油断はできないです。ですが」ミルコは眼鏡を上げた。
「それについては、私に考えがあります」

 二階に向かう二股の道は、三叉から十字路になってしまっていた。
「やっぱりこの穴は塞げなかったんですねえ」
 ミルコは岩蟲ロックワームの開けた穴が通路になっているのを確認した。
 勤勉なる迷宮小人たちはこの穴を塞ぐことを諦め、舗装してしまったようだった。このようにして地図は毎週、少しずつ変化していく。
 本来ならば奥を探索してみたいところだが、今回の探索の本意ではない。ここの探索はまたの機会にしよう、とミルコは頷くと、手元の地図を修正するだけにとどめ、三人は右の道へ向かった。
 流石に一週間も経てば岩蟲の体液も乾いてしまい、踊り場は今まで通りの静かな雰囲気を取り戻していた。
 ハックが階段の方を伺った。
 右手でOKのサインを作る。
 三人は慎重に階段を降りた。
「ここまで遭遇エンカウントもありません。ちょっと静かすぎますね」
 小声でミルコは言った。
 ハックは頷いた。
 その時、空気を切り裂く音がした。
 ハックが咄嗟に身をかがめる。
 矢だ。
「きやがった」ハックが叫んだ。
 ミルコは魔法晶石を握った。
 二階の降り口の通路の向こうから、オルクスの弓兵が二人、矢を放ってきた。
 さらに通路の陰に隠れていたオルクス兵が三人、剣を構えてこちらに向かってくる。
足止めスタック」ミルコが素早く唱えた。
 向かってくるオルクスの足元の石床が盛り上がり、オルクス兵が一人つまずいて倒れる。
 二人になったオルクス兵のひとりにハックが飛び蹴りを喰らわせると、小刀でオルクスの首に斬りつけた。
 左ではスラッシュが飛び上がり、空中で刀を抜くともう片方のオルクス兵の体を、革鎧ごと袈裟斬りにした。
 血飛沫をあげてオルクスが二人倒れる。
 弓兵が矢を番えて放つ前に、今度は護符を握ってミルコが唱えた。
加護プロテクション
 スラッシュに向けて放たれた矢はスラッシュの前に出現した光の盾に当たり逸れた。
 ハックが素早く相手の懐に飛び込むと、小刀で弓兵の一人を切りつける。
 その時、弓兵の後ろからフードを被ったオルクスが現れ、印を結んだ。
魔導士メイジです!気をつけて!」ミルコが叫ぶ。
 その時、ヒュッという音がして矢が飛び、印を結んでいた魔導士の肩をあっさりと撃ち抜いた。
 魔導士が肩をおさえてうずくまる。
「遅いぜ!」ハックが振り向いた。
 いつの間にか、パーティーの後ろに女魔導士とボルモルの弓兵が駆けつけていた。
「すいません!」ボルモルの青年、フーガが弓に次の矢を番えた。
「ごめんごめん、見惚れてたわ」その傍にいた女魔導士が、杖を握り、左手で印を結び呪文を唱える。
火矢ファイアボルト
 杖の先から火が放たれ、もう一人の弓兵の弓を直撃した。
 激しい爆発音とともに弓兵が後ろへ吹っ飛ぶ。
「すげぇ火力パワーだな」ハックが呆れた。
「いうたやん」メイリィ・ウォンカが得意げに言った。「うち火力だけは自信あるねん」
 ハックは小刀でオルクス兵の剣戟を受け流しつつ、足で壁を蹴って跳んだ。
 綺麗な三角跳びだ。
「すご…」メイリィが呟いた。
 ハックは空中でオルクス兵の兜を蹴ると、左からスラッシュが刀でオルクス兵の首を綺麗に跳ね飛ばした。
 恐るべきチームワークだ。
 地面に倒れていたオルクス兵が逃げようとしているところを、フーガの矢が背中を貫き、オルクス兵は倒れた。
 オルクス兵たちは完全に沈黙した。
「やっぱりお願いしておいてよかったですね」ミルコが二人に言った。
「命の恩人の頼みですからね」フーガは弓をしまいながら言った。
「せやせや。リハビリとしてはちょうどええ案件やし」メイリィ・ウォンカは肩を回した。怪我はすっかり癒えたように見える。
 ミルコはあらかじめ「自由契約探索者同盟ストレイドッグユニオン」の二人を雇い、後ろからこっそり追ってきてもらっていたのだった。
「さて」スラッシュが刀を構え魔導士に近づく。「お前、魔導士ということは大陸共通語コモンができるな」
「魔導書を読めるいうことはコモンが使えるいうことやからな」メイリィが頷いた。
 オルクスの魔導士は撃たれた肩を押さえ、顔をしかめた。
 ミルコは魔導士の革鎧に触れて唱えた。
加重インクリース・ウェイト
 魔導士の体が床に押しつけられる。
「何をしたんだ」ハックが言った。
「鎧を重くしました」ミルコは言った。
「そんなことができるのか」スラッシュが感心する。「便利だな」
「さあ、逃げられないですよ」ミルコは諭すように言った。「いくつか質問に答えてください」
 観念したようにオルクスはうなだれ、「殺スガイイ」と訛りの強いジギタニア語で言った。
「殺さないわ」ミルコが言った。
「私たちはあなたたちがどうやって迷宮に入ったかが知りたいの」
 オルクス魔導士は黙って顔を背けた。
「こいつ、自分の立場わかってへんのとちゃう?」死体を漁っていたメイリィが戻ってきて言った。
「話スコトハナイ」魔導士は憎々しげに言った。
「オマエタチナド、我ラノ長ノ手ニカカレバ苦シンデ死ヌ」
「長?」スラッシュが微笑んだ。「そいつ、刀はできるのか?」
「カタナ?」魔導士はニヤニヤと笑った。余裕の笑みだ。
「ソンナモノハイラナイ」
「おい!」黙っていたハックが叫んだ。「あれはなんだ」
 霞のような、もやのようなものが灯りに照らされて通路奥に浮かんだ。
「まさか」ミルコが震えた。
「下がってください!」
 霞のように見えたのは羽虫の群れだった。
 群れはまっすぐにこちらに向かってくる。
 ミルコはその群れに見覚えがあった。
「下がってください!」ミルコは叫んだ。
石蝿ストーンフライです!」
 
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