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第1章 破滅のミルコ

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「お二人は迷宮のことについてどれくらいご存知ですか?」
 ギルドホールを出て歩きながらミルコは尋ねた。
「だいたいのことは」
 赤い目を細めてハックは答えた。
 ミルコは改めて二人を見る。
 ハックはこうしてみるとやはりかなり背が低い。ミルコも背が低いが、そのミルコと大して変わらない背丈だ。
 サンデルの山村の生まれのミルコは交易に山から降りてくる彼らをよく知っている。銀色の髪に赫眼シャフツと呼ばれる赤い眼は、初対面の人間は大概ぎょっとして、敬遠したくなる。
 ハックは右目だけが赤い。おそらく混血なのだろうと思う。
 相棒のスラッシュは黒い長髪を後ろで束ねており、かなり背が高い。もちろんハックと比較してその大きさが際立つのかもしれないが、それにしても普通の男よりは大きい部類だろう。右手を懐手にして顎髭を撫でるのが癖らしい。左手は常に刀の柄に添えられている。
 目鼻立ちに少し東国の雰囲気がある。ミルコは詳しくないが、その顔はどちらかというと東の遠国のキタン、もしくはそこよりさらに東の島国のものかもしれない、と思う。一重で切長の、どちらかというと美男子の類いであろう。
「俺もだいたいのことしか知らんが」よく通る声でスラッシュは言った。
 迷宮は十五年前、タリスマンの街に突然現れた。街の地下から迷宮が隆起し、街のほとんどが破壊された。その後、迷宮に恐れをなして住人たちは街を捨てた。
「迷宮探索のために作られた組織がギルドです。ギルドの役割は三つ。探索者を管理し、場合によってはマッチングを行うこと。私たちのように」
 今回のマッチングは異例中の異例なわけだけど、とミルコは心の中で言った。
「二つ目は、探索者に資金を貸付け、魔法晶石によってそれを回収することにより、資源を確保すること。私たちはギルドによって装備の提供や傷の手当てなどをしてもらいますが、その代金として魔法晶石を差し出さなくてはなりません。もちろん、お二人のように自前に装備があれば黒字にするのはそれほど時間がかからないですけどね。ただ、帰還札リターナーや通行証なんかを借りなくてはならないですから、迷宮に入るのにはそれなりにコストはやはり、かかります」
「帰還札?」
「一回だけ使用できる転送魔法がこめられた魔札です。帰還門ゲートを開けて入り口に戻ることができます。治療士の手に負えない大怪我を負った時や、魔法を使いすぎて消耗した時は、ゲートを開けて帰還します。一回帰ると使えなくなるので、返却してまた新しいのを借りないといけないですけど」
「それは便利だな」スラッシュが言った。「戦術に幅が持てそうだ」
「ただ、出現するまでに時間がかかるので、敵に追われている時や戦闘中には使えないんですけどね」
「なるほどね。甘くない」
「で、三つ目。それは、日々拡張される迷宮の調査です」
「拡張?」
「迷宮は少しずつ大きくなっているんですよ。第一階層ですら、全貌はまだ解明されていなくて、調査中なんです」
「大きくなっているって、誰が大きくしてるんだ?」ハックが言った。「工事してるのか?」
「迷宮に入るとわかりますよ」ミルコが言った。「後ですぐ見ることができると思います」
 三人は「帰還門ゲート」と書いてある大きな建物に来た。
「ここがさっき言った帰還門です。で、こちらの建物が迷宮の入り口です」
 ミルコは反対側の建物を指した。
 武装した男女が門の中に入っていくのが見える。ガヤガヤと話しながら行く者、無言で歩く者、さまざまな人種・種族・装備が入り乱れて、さながら華やかな市のようだ。
「こちらの建物が入獄門エントランスです。受付業務などはここでやっています。昔はただの受付と呼ばれていたんですが、いつの間にか、こんな風に呼ばれるようになりました」
「地獄へようこそ、ってわけか」ハックが苦笑いをした。「センス悪ぃな」
「昔は帰還魔法が使える魔法使いは一握りでしたからね。十五年間でずいぶんシステマチックにはなりました。生還率も上がっていて、分さえわきまえれば全滅はほとんどしないんですよ」
「ほとんど、ね」
「あ、すいません…ほとんど、です」
「馬鹿野郎」スラッシュがハックを小突いた。
「すまねぇ。そんなつもりで言ったんじゃないんだ」ハックは謝った。「例外もあるんだろ?」
「はい。一番は特異点ですね。迷宮の深部で出るような強力な敵や罠に会ってしまうことはあります。その場合は即座に離脱しないといけないのですが、そうもいかないケースもあります」
「一ついいか」スラッシュが口を挟んだ。「なんで迷宮の深い浅いで敵に差が出るんだ?」
「確かに。魔物に強い弱いがあるのはわかるが、それが迷宮の階層で差があるのは、ちょっと変だよな」ハックは頷いた。「狼にしても熊にしても、山のどこを歩いていても遭遇はする。ここにはネズミしかいませんよ、なんて森は普通ない。縄張りでもあれば別だが」
 そうか、この人はやはり山の民なのだな、と改めて銀髪を見てミルコは思った。
「そうですね。そこはよくわかってないんです。一般的には階層が深いほど魔法晶石の影響を受けやすい、強力な魔力を持った魔物が現れる、という説があります」
「なるほどね」
「迷宮は下の階層ほど強力な魔法遺物や魔法晶石が発掘されるので、多分そうなんでしょうけど」
「にしても、低い階層ほど弱い敵しか出ないってのは、まるでこっちを鍛えてくれてるみたいだよな」スラッシュは首を傾げた。
「都合が良すぎる。迷宮が大きな一つの鍛錬場みたいなもんだからな」
「そうだな」ハックは赤い方の目を細めた。
「案外そうなのかもよ?俺たちは、『迷宮王』の手のひらの上で踊らされてるだけなのかもしれない」
「まさか」ミルコは首を振った。「伝説ですよ、そんなの」
「でもいるんだろ?迷宮王」
「いる、って言ってる人もいますけどね。誰も確認したことはないですし」
「ミルコは信じないのか、迷宮王」ハックは意外そうに言った。
「みんな迷宮王に会うことが最終目標じゃないのか」
「そんな人いませんよ…」
 ミルコは否定した。「みんな迷宮に入って、それなりにお金を稼いだり、実績を作ったりして、後は引退したいと思ってるんだと思いますよ。迷宮王なんて…いるのかどうか。まあ、そういう話もありますってだけです」
 ミルコは入獄門の行列に並んだ。
「でも会った奴もいるんだろ?迷宮王」
 スラッシュがハックの肩に手を置いた。「その辺にしとけ」
 ハックは口をつぐんだ。
 不思議だ。それまで捉え所がないように見えていたハックが、迷宮王の話をするときだけ少年のような頑固さを見せる。単に憧れや興味というのを超えて、切実な願いのようなものを感じた。
 まるで、どうしても迷宮王に会わなくてはいけないような。
「この迷宮の最深部がなぜ九十九階だと言われているか知っていますか」ミルコは言った。
 ハックもスラッシュも首を振った。
「この迷宮は十二階ごとに雰囲気が変わる、と言われています。一番最初にそれが観測されたのは十三階層、それ以降、二十五、三十七、四十九、六十一、七十三、八十五と変化して、王立探査隊は九十七階まで到達しました。そこまでは、記録に残っているそうです」
「つまり迷宮探査は、九十七階までしか行っていない」
「そうなんです」ミルコは言った。「じゃあなんで迷宮は九十九階まで、とされているのか」
「なぜだ」
「書いてあったんです」ミルコは言った。「九十七階の入り口に、大きな文字で」

 この地、後二つの階段にて終わる。

 九十七階の入り口に大きな壁があり、そこにそう書かれていたのだという。

「探索者たちはこう言っています」ミルコは言った。
「それを書いたのが、迷宮王だと」






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