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第一章 長い夜の終わり
龍種
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その後も次々と飛んでくるドラゴンを、ルナは埃でも振り払うかのようにして消し飛ばしていった。最初のように短剣を突き刺すこともあれば、弾丸を打ち込んで内側から爆発させたり、おびただしい数の術式から光線で貫いたり、指を鳴らすだけで全てを雲散霧消したりすることもあった。
最終的には、最も手早い方法――「Genifi」と念じる方法――に落ち着いたのだが。
もはや作業と化したドラゴン討伐と、さっきから顔を蒼くしている兵士たちを横目に、大隊長は今の状況を整理する。高性能な馬車のおかげで帰還にかかる時間はかなり短縮されるだろう。ドラゴンに関しても、現在負傷者は出ておらず、この先も出ないことが予想される。食糧も心配する必要はない。
おのずと、彼の興味はルナたちに向くのである。
「ルナ様の魔術は固有魔術なのでしょうか?」
生き物は皆、自身に固有の魔術を持って生まれてくると言われる。これらの魔術は、その術式が個人と紐づけられているため、発動までに寸秒とかからない。また、固有魔術は一般的にとても強力で、特異的である。
ルナが敵を倒すのにかける時間は、普通の魔術師が触媒――杖など――を構えるよりも短く、ほぼ認識できないほど。その上、最強と言っても過言ではない圧倒的な力を誇る。彼の眼には、固有魔術であるようにしか見えなかった。
もちろん、ルナもライザもミカエラも"固有魔術"などという概念は持っていないため、答えようがない。大隊長の言っていることが理解できないのである。
「それは知らない」
「然様ですか。いえ、ありがとうございます」
「は、はい! 私も質問して宜しいでしょうか!」
しおれた大隊長に代わり、一人の兵士が勢いよく手を挙げた。
「貴女の名前は?」
「エリスであります! あの魔法はライザ様とミカエラ様もお使いになられるのでしょうか」
「ん、無理」
自分が聞かれたわけでもないのに、誰よりも早くルナが呟く。ライザは軽くため息をつくと、補足説明を加えた。
「断言されるのは癪だけれど、ね。物を消すのはルナに与えられた権能で、私のではないわ。あのトカゲを倒すのは容易でも、存在そのものを消去する能力はない」
彼女が指を一振りすると、切り取られた地面が氷の刃となって、こちらに向かって来ていた一匹を切り刻んだ。ドラゴンは粉々になり風に吹かれていったが、それは確かに"消え"たのであって"消し"たのではない。
「ライザ様の権能は創ることですからね」
「いぇす。ライザがいないと私は困る」
遥かなる神代。魔法を司る二柱の神々はそれぞれ『創始者』を作り、自らの権能を分け与えた。そのため、無から有へのプロセスと有から無へのプロセスが分かれているのである。
「そういえば、ミカエラには雑多な権能ばかり預けてきたわね。この機会にちゃんとしたものを加えましょう」
「良いのですか?」
「ええ、前から考えていたことよ。ルナと相談して中身も決めてあるわ」
2人は、自分たちがもともと持っていた魔法に関する権能を、繰り返し眷属に分与してきた。といっても、完全な譲渡ではなく、自分の上位者権限を維持したまま魔法の処理を任せている状態だ。なぜ分与したかといえば、端的に言って「手に負えない」からである。ある魔法の権能を持つということは、その魔法に優れることであると同時に、世界中で行使されるその魔法を、自分一人で処理しなければならない、ということでもある。もちろんそれは無意識化で行われるが、当然魔法の演算領域を喰う。全魔法の処理を二人だけで行うなど、明らかに無理な話だった。
ミカエラは、ルナとライザがまだ生まれたばかりの頃、つまり彼女らがミカエラに対し無感情だった頃、体のいい雑用として生活魔法の処理を押し付けられた。それによってミカエラの家事スキルが育ったのだが、ルナもライザも、時を経るごとに申し訳なく思うようになった。あのころとは違って、彼女は妹、家族なのだから。
「本当は時空間魔法にしようとしたのだけど」
「それは勘弁してください」
「そう言うだろうと思ったわ。だからはい、これ」
青ざめる彼女にライザは小さなクッキーを差し出した。能力を譲渡するときは、その場で軽く食べられる形にして渡すのが常識だ。
ミカエラがクッキーを飲み込むと、赤く輝くラインが体表を走り、そこに含まれていた情報が体へと流れ込んでいく。
彼女が譲られたのは亜空間制御魔法であった。時空間魔法の劣化版だが、場合によっては本家より優秀かつ便利な魔法であり、そして、少なくとも生活魔法よりは戦闘向きなものである。
プレゼントをもらえた喜びと、これから更に二人の役に立てるという幸福に酔いしれる彼女。だが、それに構っている暇は全くなかった。
「ライザ、なんか変」
「トカゲ?」
「全然減らない」
「そういえばそうね。それに、この辺りってこんな精霊バランスだったかしら。大隊長さん」
「いえ、精霊バランスなるものは分かりませんが、ドラゴンはこれほど多くなかったように記憶しております」
どこかに泉でもあるのか、いくら倒しても全く数が減らず、視界内に常に10体はいるような状況に、それを処理しているルナは我慢の限界であった。そもそも彼女は短気でプライドが高いのだ。"群れる弱者"は疑う余地のない地雷である。
「禁呪使いたい」
「少なくとも三人の同意が必要でしょ。ここには私しかいないし、それにどうやら状況が動くみたいよ」
ライザが発言すると同時、肌を刺すような咆哮が空気を切り裂いた。
「さて大隊長さん、全軍寄せて一ヶ所にまとめて。トカゲとはわけが違うわ」
「了解です。全軍密集隊形をとれ」
満を持して迎え撃とうとした彼らの前に現れたのは、さっきまでの敵など勝負にもならない、山のような生き物だった。
その大きさは極北亜竜の十倍ほど。四肢を地につけ、雄大な翼を広げて威嚇する龍に、獣王国の兵士たちは地面の冷たいことも忘れ、頭を抱えてうずくまった。顔色を失い、金縛りにあったようにそのまま身動きが取れなくなる。寒さによる震えは、別の物へと変わっていた。気絶などマシなほうで、死にかけている者も多い。
そんな中、ルナとライザは彼らの面倒をミカエラに任せると、巨大な龍へと真っ直ぐに歩いて行く。傍から見れば、宮殿と山小屋ほどのサイズ差があった。
だからこそ、次に起こった出来事に、兵士たちは天地が入れ替わるような感覚を覚えるのである。
「Gefaisci」
まるで山が割れるような音が鳴り響き、ルナの魔法に従って巨体が地面に倒れ伏した。介入しようとするライザを手で制すると、ルナは龍の頭に近寄り、その瞳を覗き込む。
「Du epon. Yla efiil?」
ルナが古い言葉――魔法に用いるのと同じ言語――で話しかけたのは、その龍を知っているからであった。自分たちと同時代の、ただし同等ではない、1つ低位階の存在。ミカエラと同じ『創始者』の眷属。もちろん、妹大好きの彼女にしてみれば、こんなのとミカエラが同列に扱われるなど、血が逆流する思いなのだが。
「Estam seploin, esht du epon」
返事がないことにイライラするが、地面に押し付けられていては喋れるはずがない。更に言えば、彼女の口にした挨拶は随分と侮蔑的なものだった。それを分かっていて、わざわざ返事をする理由はないのである。
ルナが頭を踏みつけるせいで龍が何もできず、全く以て話が進まないため、結局ライザが口を出すことになった。
「Luutta, ytaa D-Kiistn ravia estas kulin?」
ルナもライザも『創始者』たる龍王との仲は悪くなく、それどころかいわゆる"飲み友"でもあるから、むしろ仲が良いと言ったほうがいいかもしれない。彼が「自分の眷属として龍種を一体、極北に置かせてほしい」と言った時も、快く承諾した。その眷属、つまりいま彼女らの目の前にいる龍とも、特に問題が発生したりはしなかった。この地域に住む他のドラゴンをきっちりと治めていたし、彼女らに手を出すこともなかった。
現状、それが全くできていない。
単純に配下を管理できなくなったと思っていた2人だったが、話を聞くうち、事がそう簡単ではないと知る。
龍王の眷属は総じて特異な点があり、それは、活動するために必要なエネルギーを精霊から受け取っている、という点だ。故に、精霊の数が減れば活動が鈍る。不死なので死ぬことはないが、永い休眠に入る必要が発生するのである。
この龍種の話によれば、ここ数百年に渡って精霊がこの地から消えつつあるため、配下である極北亜竜を自ら生み出し、それに魔力を回収させることでエネルギーを得ている、とのことだった。今回、とてつもなく多量の魔力を持つ者が現れたため、なりふり構わず手に入れようとした、という訳だ。
「Cesjuuliatka opounneta as métna?」
「Mia estiam hertiis」
相手の感知が頭に上らないほど必死ということであった。
ひとしきり話を聞いた後、ルナとライザが勘違いの詫びに魔力を分け与え、龍も彼女らを攻撃した代償に自身の血を献した。「絶対に役に立つから」と言って。
龍が飛び去って行くのを見送ってから軍の元へ戻ると、彼女らは大歓声で迎えられた。兵士たちにしてみれば、絶体絶命、出口無しの状況から自分たちを救い出してくれたのである。最後は雑談に興じていた2人にはさっぱり分からなかったが。
空気が落ち着いたのを見計らって、大隊長が再び指示を飛ばした。
「行軍再開」
―――――
先ほどと同じ馬車の中、ルナとライザは今聞いたことをミカエラに話した。
「そんなことになっていたのですか」
「ええ」
「あれも結構大変っぽい」
「違います。私も連れて行っていただければお役に立てたのに、と反省していたところです」
ミカエラの答えにルナとライザは首をかしげる。彼女らの記憶が正しければ、ミカエラは一度もあの城を出たことがないはずだ。いつの間に龍王の眷属と知り合ったのか、さっぱり予想がつかない。
「眷属同士の交流は意外と多いんです」
「さっきのはなんていう名前なのかしら」
「それは」
「それは?」
ミカエラは耳を手で隠し、俯きながら小さく口を動かした。
「せ、静氷の理龍、です」
場が水を打ったように静まり返る。
ミカエラは顔を赤くして言った。
「私だってこの名前言いたくないですよ。恥ずかしいです」
「そういえば龍王の配下は名前が微妙だったわね」
「ノーネーミングセンス」
「......もういいですよ」
聞くのも恥ずかしいです、とミカエラは話を戻す。
彼女の話によれば、交流会は1000年に一度くらいのペースで開かれているのだという。『創始者』の眷属のほとんどが出席する、とても大規模なものだ。思念通話でしか参加したことがないが、それでも凄く面白かったとミカエラは自慢げに言う。
彼女があまりに楽しそうに話すため、龍王の残念なセンスの話も忘れ、来年の交流会は会場に行かせてあげようと思ったルナとライザであった。
最終的には、最も手早い方法――「Genifi」と念じる方法――に落ち着いたのだが。
もはや作業と化したドラゴン討伐と、さっきから顔を蒼くしている兵士たちを横目に、大隊長は今の状況を整理する。高性能な馬車のおかげで帰還にかかる時間はかなり短縮されるだろう。ドラゴンに関しても、現在負傷者は出ておらず、この先も出ないことが予想される。食糧も心配する必要はない。
おのずと、彼の興味はルナたちに向くのである。
「ルナ様の魔術は固有魔術なのでしょうか?」
生き物は皆、自身に固有の魔術を持って生まれてくると言われる。これらの魔術は、その術式が個人と紐づけられているため、発動までに寸秒とかからない。また、固有魔術は一般的にとても強力で、特異的である。
ルナが敵を倒すのにかける時間は、普通の魔術師が触媒――杖など――を構えるよりも短く、ほぼ認識できないほど。その上、最強と言っても過言ではない圧倒的な力を誇る。彼の眼には、固有魔術であるようにしか見えなかった。
もちろん、ルナもライザもミカエラも"固有魔術"などという概念は持っていないため、答えようがない。大隊長の言っていることが理解できないのである。
「それは知らない」
「然様ですか。いえ、ありがとうございます」
「は、はい! 私も質問して宜しいでしょうか!」
しおれた大隊長に代わり、一人の兵士が勢いよく手を挙げた。
「貴女の名前は?」
「エリスであります! あの魔法はライザ様とミカエラ様もお使いになられるのでしょうか」
「ん、無理」
自分が聞かれたわけでもないのに、誰よりも早くルナが呟く。ライザは軽くため息をつくと、補足説明を加えた。
「断言されるのは癪だけれど、ね。物を消すのはルナに与えられた権能で、私のではないわ。あのトカゲを倒すのは容易でも、存在そのものを消去する能力はない」
彼女が指を一振りすると、切り取られた地面が氷の刃となって、こちらに向かって来ていた一匹を切り刻んだ。ドラゴンは粉々になり風に吹かれていったが、それは確かに"消え"たのであって"消し"たのではない。
「ライザ様の権能は創ることですからね」
「いぇす。ライザがいないと私は困る」
遥かなる神代。魔法を司る二柱の神々はそれぞれ『創始者』を作り、自らの権能を分け与えた。そのため、無から有へのプロセスと有から無へのプロセスが分かれているのである。
「そういえば、ミカエラには雑多な権能ばかり預けてきたわね。この機会にちゃんとしたものを加えましょう」
「良いのですか?」
「ええ、前から考えていたことよ。ルナと相談して中身も決めてあるわ」
2人は、自分たちがもともと持っていた魔法に関する権能を、繰り返し眷属に分与してきた。といっても、完全な譲渡ではなく、自分の上位者権限を維持したまま魔法の処理を任せている状態だ。なぜ分与したかといえば、端的に言って「手に負えない」からである。ある魔法の権能を持つということは、その魔法に優れることであると同時に、世界中で行使されるその魔法を、自分一人で処理しなければならない、ということでもある。もちろんそれは無意識化で行われるが、当然魔法の演算領域を喰う。全魔法の処理を二人だけで行うなど、明らかに無理な話だった。
ミカエラは、ルナとライザがまだ生まれたばかりの頃、つまり彼女らがミカエラに対し無感情だった頃、体のいい雑用として生活魔法の処理を押し付けられた。それによってミカエラの家事スキルが育ったのだが、ルナもライザも、時を経るごとに申し訳なく思うようになった。あのころとは違って、彼女は妹、家族なのだから。
「本当は時空間魔法にしようとしたのだけど」
「それは勘弁してください」
「そう言うだろうと思ったわ。だからはい、これ」
青ざめる彼女にライザは小さなクッキーを差し出した。能力を譲渡するときは、その場で軽く食べられる形にして渡すのが常識だ。
ミカエラがクッキーを飲み込むと、赤く輝くラインが体表を走り、そこに含まれていた情報が体へと流れ込んでいく。
彼女が譲られたのは亜空間制御魔法であった。時空間魔法の劣化版だが、場合によっては本家より優秀かつ便利な魔法であり、そして、少なくとも生活魔法よりは戦闘向きなものである。
プレゼントをもらえた喜びと、これから更に二人の役に立てるという幸福に酔いしれる彼女。だが、それに構っている暇は全くなかった。
「ライザ、なんか変」
「トカゲ?」
「全然減らない」
「そういえばそうね。それに、この辺りってこんな精霊バランスだったかしら。大隊長さん」
「いえ、精霊バランスなるものは分かりませんが、ドラゴンはこれほど多くなかったように記憶しております」
どこかに泉でもあるのか、いくら倒しても全く数が減らず、視界内に常に10体はいるような状況に、それを処理しているルナは我慢の限界であった。そもそも彼女は短気でプライドが高いのだ。"群れる弱者"は疑う余地のない地雷である。
「禁呪使いたい」
「少なくとも三人の同意が必要でしょ。ここには私しかいないし、それにどうやら状況が動くみたいよ」
ライザが発言すると同時、肌を刺すような咆哮が空気を切り裂いた。
「さて大隊長さん、全軍寄せて一ヶ所にまとめて。トカゲとはわけが違うわ」
「了解です。全軍密集隊形をとれ」
満を持して迎え撃とうとした彼らの前に現れたのは、さっきまでの敵など勝負にもならない、山のような生き物だった。
その大きさは極北亜竜の十倍ほど。四肢を地につけ、雄大な翼を広げて威嚇する龍に、獣王国の兵士たちは地面の冷たいことも忘れ、頭を抱えてうずくまった。顔色を失い、金縛りにあったようにそのまま身動きが取れなくなる。寒さによる震えは、別の物へと変わっていた。気絶などマシなほうで、死にかけている者も多い。
そんな中、ルナとライザは彼らの面倒をミカエラに任せると、巨大な龍へと真っ直ぐに歩いて行く。傍から見れば、宮殿と山小屋ほどのサイズ差があった。
だからこそ、次に起こった出来事に、兵士たちは天地が入れ替わるような感覚を覚えるのである。
「Gefaisci」
まるで山が割れるような音が鳴り響き、ルナの魔法に従って巨体が地面に倒れ伏した。介入しようとするライザを手で制すると、ルナは龍の頭に近寄り、その瞳を覗き込む。
「Du epon. Yla efiil?」
ルナが古い言葉――魔法に用いるのと同じ言語――で話しかけたのは、その龍を知っているからであった。自分たちと同時代の、ただし同等ではない、1つ低位階の存在。ミカエラと同じ『創始者』の眷属。もちろん、妹大好きの彼女にしてみれば、こんなのとミカエラが同列に扱われるなど、血が逆流する思いなのだが。
「Estam seploin, esht du epon」
返事がないことにイライラするが、地面に押し付けられていては喋れるはずがない。更に言えば、彼女の口にした挨拶は随分と侮蔑的なものだった。それを分かっていて、わざわざ返事をする理由はないのである。
ルナが頭を踏みつけるせいで龍が何もできず、全く以て話が進まないため、結局ライザが口を出すことになった。
「Luutta, ytaa D-Kiistn ravia estas kulin?」
ルナもライザも『創始者』たる龍王との仲は悪くなく、それどころかいわゆる"飲み友"でもあるから、むしろ仲が良いと言ったほうがいいかもしれない。彼が「自分の眷属として龍種を一体、極北に置かせてほしい」と言った時も、快く承諾した。その眷属、つまりいま彼女らの目の前にいる龍とも、特に問題が発生したりはしなかった。この地域に住む他のドラゴンをきっちりと治めていたし、彼女らに手を出すこともなかった。
現状、それが全くできていない。
単純に配下を管理できなくなったと思っていた2人だったが、話を聞くうち、事がそう簡単ではないと知る。
龍王の眷属は総じて特異な点があり、それは、活動するために必要なエネルギーを精霊から受け取っている、という点だ。故に、精霊の数が減れば活動が鈍る。不死なので死ぬことはないが、永い休眠に入る必要が発生するのである。
この龍種の話によれば、ここ数百年に渡って精霊がこの地から消えつつあるため、配下である極北亜竜を自ら生み出し、それに魔力を回収させることでエネルギーを得ている、とのことだった。今回、とてつもなく多量の魔力を持つ者が現れたため、なりふり構わず手に入れようとした、という訳だ。
「Cesjuuliatka opounneta as métna?」
「Mia estiam hertiis」
相手の感知が頭に上らないほど必死ということであった。
ひとしきり話を聞いた後、ルナとライザが勘違いの詫びに魔力を分け与え、龍も彼女らを攻撃した代償に自身の血を献した。「絶対に役に立つから」と言って。
龍が飛び去って行くのを見送ってから軍の元へ戻ると、彼女らは大歓声で迎えられた。兵士たちにしてみれば、絶体絶命、出口無しの状況から自分たちを救い出してくれたのである。最後は雑談に興じていた2人にはさっぱり分からなかったが。
空気が落ち着いたのを見計らって、大隊長が再び指示を飛ばした。
「行軍再開」
―――――
先ほどと同じ馬車の中、ルナとライザは今聞いたことをミカエラに話した。
「そんなことになっていたのですか」
「ええ」
「あれも結構大変っぽい」
「違います。私も連れて行っていただければお役に立てたのに、と反省していたところです」
ミカエラの答えにルナとライザは首をかしげる。彼女らの記憶が正しければ、ミカエラは一度もあの城を出たことがないはずだ。いつの間に龍王の眷属と知り合ったのか、さっぱり予想がつかない。
「眷属同士の交流は意外と多いんです」
「さっきのはなんていう名前なのかしら」
「それは」
「それは?」
ミカエラは耳を手で隠し、俯きながら小さく口を動かした。
「せ、静氷の理龍、です」
場が水を打ったように静まり返る。
ミカエラは顔を赤くして言った。
「私だってこの名前言いたくないですよ。恥ずかしいです」
「そういえば龍王の配下は名前が微妙だったわね」
「ノーネーミングセンス」
「......もういいですよ」
聞くのも恥ずかしいです、とミカエラは話を戻す。
彼女の話によれば、交流会は1000年に一度くらいのペースで開かれているのだという。『創始者』の眷属のほとんどが出席する、とても大規模なものだ。思念通話でしか参加したことがないが、それでも凄く面白かったとミカエラは自慢げに言う。
彼女があまりに楽しそうに話すため、龍王の残念なセンスの話も忘れ、来年の交流会は会場に行かせてあげようと思ったルナとライザであった。
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