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1年生3学期

3月14日(月)雨のち曇り ファースト・ホワイトデー

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 ホワイトデーの月曜日。ただ、バレンタインの時とは違って学校全体が甘ったるいということはなく、それよりもテストから開放されて自由になった雰囲気が漂っていた。
 明莉が言っていたように女子同士のお返しもやっている風には見えない。そもそもバレンタインで交換しているのだから返し合う必要もないのだろう。
 一方、男子の方はというと……これまたお返しを持って来ている感じではない。貰っていない場合もあるから仕方ないけど、少なくともバレンタイン当日に女子から何らかのチョコを貰っていた人は何人かいたはずだ。

「俺は持って来たよ。小袋で配れるバタークッキー」

 松永はそう言ってホワイトデーに合わせて販売されたであろうパッケージを取り出す。そう、イメージ的にはこんな感じでみんな持ってくるものだと思っていたのだ。
 しかし、思い返してみると、ホワイトデーをまるで意識していなかった中学の時には、松永のように持って来ている方が珍しかったような気もする。

「そういうりょーちゃんは何買って来たの?」

「買ってない……作ってきた」

「まさかの手作り!?」

 松永に驚かれて僕の体温は少し上がった。周りが持って来ている中で手作りするならまだマシだったけど、ほとんど持って来ていない中で手作りしてしまったのは相当張り切っている感じがして恥ずかしい。

「りょーちゃん、こんなところでポイントを稼いでくるとは……」

「ち、違う! 買いに行く時間が無かっただけなんだ! それに中身はげんこつドーナツだし! ほら、松永も小学校の家庭科で習っただろう?」

「あー 懐かしい……なんでげんこつドーナツ?」

「それ明莉も言われたけど、決め兼ねてるうちにこんなことに……」

「いやいや、悪いって言いたいわけじゃないよ。何なら手作りの方が凄いじゃん」

「そうかな……」

「まぁ、それはともかく渡しますか。大山ちゃーん!」

 僕が色々覚悟を決める前に、松永は僕の後ろの席にいる大山さんを呼ぶ。すると、他の女子たちと話していた大山さんが僕と松永の方へ目線を向ける。

「どうしたの松永?」

「こちらバレンタインのお返しでございます。何倍返しか忘れたけど、美味しいやつとは聞いてるんでご賞味ください」

「マジで? ありがとー あっ、このクッキー本当に美味しいやつじゃーん」

「それとりょーちゃんの分もあるよ」

「おお! うぶクンはどこのやつ?」

 テンションが上がっている大山さんに向けて僕は恐る恐る包みを差し出す。それを見た大山さんは不思議そうな顔をした。

「あれ? もしかして、これ……」

「つ、作ってきました。シュガーやココアをまぶしたげんこつドーナツです」

「ええっ!? うぶクン、こういうの作れるの!?」

「い、いや。生地作って油であげるだけだから難しくはないよ」

「難しいとかどうとかじゃなくて、手作りなのが凄いんだよ! えー!? 食べてみてもいい?」

 僕が頷くと大山さんはすぐに1個取り出して口に入れた。何気に家族以外に自分の作ったものを振舞うのはほとんどないことだから僕は息を吞んでしまう。

「……ヤバっ! 美味しい~ 優しい甘さってカンジ。あんまり食べたことないはずだケド、なんか懐かしい!」

「よ、良かった……」

「なになに? 不安だったの? 全然心配ないレベルで美味しいから!」

「いいなー 俺も食べたいぜ、りょーちゃん」

「そう言うと思って、余分に持ってきた」

「さすがうぶクン。ねぇねぇ、こっちの女子にも分けていい?」

 僕は「もちろん」と返しながら用意していた他の包みを取り出した。誰に渡すわけでもないけど、多めに持って来て正解だった。みんなが食べる度に美味しいと言ってくるので、それほどなかった自信も少し回復していく。

「うぶクン、本当にありがとね」

「いやいや。思った以上に好評そうで良かったよ」

「普通に美味しいし、手作りのやつが返ってくると思ってなかったから余計にね。毎年こういう風なの作ってるの?」

「ううん。実は明莉以外にお返しするのは初めてなんだ」

「へー 意外だなー うぶクンはそこそこチョコ貰ってそうなのに」

「そんなことはない。というか実際なかった……」

「ふふっ。じゃあ、貴重な手作りを貰ったってことで!」

 楽し気に笑う大山さんを見て、まだ恥ずかしさもあるけど、僕はようやく安心できた。一瞬持って来たのが間違いだったのかと思ったけど、喜んで貰えたのなら作ってきたかいがあったと言える。

 そして、僕はその勢いのまま、放課後に約束を取り付ける。こちらは本当に勢い任せにしないと、余計な感情が付きまとってしまう可能性があった。

「ありがとう、産賀くん。これは……焼き菓子?」

「えっと……げんこつドーナツです」

 受け取った岸本さんは「あー」と納得するけど、やっぱりホワイトデーに渡すチョイスとしては不思議に思われるのだろう。

「手作りなのであんまり味は保証できないけど、食べられるとは思うので……」

「て、手作り!? う、産賀くんがわざわざ……?」

「わざわざなんてそんな。むしろ横着した結果げんこつドーナツしか思い付かなかったんだ」

「そうなんだ……でも、手作りなのは凄いと思う。また家に帰ってから感想を……」

「ミチちゃん、こういう時はその場で食べてあげた方がいいと思います」

 岸本さんと一緒に呼んでいた花園さんはそう言いながら既に自分の包みを開けていた。それからその中の1個を岸本さんの口へ近付ける。

「ミチちゃん、あーん」

「えっ!? あ、あーん」

 僕は何を見せられているのだろうと思いつつ、岸本さんが咀嚼を終えるのを待つ。

「……美味しい」

「どれどれ……悪くない味です」

 二人の反応を見て僕は胸をなでおろした。

「ありがとう。すぐに感想が聞けて良かったよ」

「お礼を言うのはわたしの方だよ。あっ、かりんちゃん。わたし1個食べちゃったから……」

「それには及びません。ミチちゃんが1個多めに食べてください」

 花園さんはそう言いながら僕のことをしたり顔で見てくる。それに何の意味があるかはわからないけど、花園さんがそうしたかったのなら僕は何も言わない。

「産賀くん、このお返しはまた……」

「いや、これがバレンタインのお返しだからこれ以上は大丈夫だよ」

「そ、そうだよね。大事に食べさせて貰うね」

 僕の緊張が移ったのか、岸本さんは少々焦っている風に見えたけど、全体的にこちらも良い反応を貰えた。

 こうして、僕の初めてのホワイトデーは概ね成功した……というのはあくまで僕視点で思っていることなので言い切れないけど、悪くない出来だと自分では思っておこう。
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