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1年生2学期

11月2日(火)曇りのち晴れ 岸本路子との親交その10/清水夢愛の夢探しその6

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 11月初めての文芸部。今日は火曜日なので勉強会の日だなと思いながら部室の前まで着くと、なぜか岸本さんが扉の前に立っていた。いつぶりかは忘れたけど、何回か見た光景である。

「岸本さん、何かあったの?」

「え、えっと……」

 岸本さんは視線を部室の方に向けながら困っている風だったので、僕はとりあえず一歩前に出て扉を少し開ける。すると、中には見覚えのある姿と声が聞こえてきた。

「どうして閉められてしまったんだ……おっ、良助」

「清水先輩!?」

 勢いよく扉を開けて確認してもその人物は本当に清水先輩だった。いや、疑う必要はないんだろうけど、本来はいるはずのない場所にいたからちょっとだけ疑ってしまった。

「ゆあゆあが小説を書いてみたいって相談してきたからソフィアが連れてきたの! 入部じゃなくて見学的な感じだけど」

「まー ちょうどそれっぽいことやってるし、別に部員だけしか受けられないルールはないからー」

 ソフィア先輩と森本先輩がそう説明してくれる。土曜日にしていた話は思ったよりも早く進んでいたようだ。まさか文芸部に来るとは思っていなかったけど。

「産賀くん……あの先輩とは知り合い?」

「うん。文化祭の時に来てたけど……ごめん、覚えてないよね」

「わたしこそごめんなさい。つい知らない人がいたからびっくりして」

 そう言いながら岸本さんは少し僕の後ろに隠れ気味になっていた。岸本さんの性格だと、よく知らない先輩が急に居座っていたら人見知りをしても無理はない。

「これで揃ったのか? どこに座ったらいい?」

 対する清水先輩はゲストで来たとは思えないくらい馴染んでいた。それが余計に岸本さんを驚かせたのだろう。

「とりあえず、ゆあゆあは自己紹介からした方がいいんじゃない? ほら、ソフィアたちは知ってるけど、岸本ちゃんはさっぱりだから」

「おお、そうか。私は清水夢愛だ。清らかな水に夢を愛すると書いてしみずゆあ。今日は活動の見学兼参加をさせてもらう」

「1年の岸本路子です……」

「へー 文芸部には良助の他にも1年生がいたんだな」

 他の1年生がいることは文芸部が話題に出れば何かしら話していると思うけど、清水先輩は普通に忘れていた。この感じだと清水先輩も文化祭の時は意識してなかったからお互いに初対面のようなものである。



 岸本さんが少し落ち着いた頃。今日も最初におすすめ本の紹介から始まり、それが終わると本題の勉強会へ移行していく。今日のテーマは比喩表現だ。

「『使いやすい表現だが、使い過ぎるとクドくなってしまうから意外に難しい。それに加えて読者がきちんと共感できるような例え方でなければならない』とこの解説には書いてありまーす。一方で『読者を絞ることを想定して独特な比喩表現を使うことも考えられる』という表記もありまーす」

 そう言われて自分が使った比喩表現を思い返してみると、あまり挑戦的なものは使っていないように思う。柔らかいなら綿菓子、堅いなら石……みたいに割と誰もが思い付きそうなものが多い。それはわかりやすさで言えば正解なんだろうけど、面白味には欠けるのかもしれない。

「まるで化学の脇本先生みたいだーって言ったら2年組には伝わりそうですねー」

「わかる~ 脇本先生ってなんかこう……独特だよね!」

 しかし、一歩間違えればこのようにただの内輪ネタになってしまうので、いい塩梅とセンスが求められる。真に独特な比喩表現を使いこなすのはかなり難しいことなのだろう。

「なぁ、良助」

 そんなことを考えていると、僕の隣に陣取っていた清水先輩が小声で話しかけてくる。

「私ってそんなに怖い顔に見えるか?」

「えっ? 何の話ですか?」

「ほら、さっきもう一人の1年生に怖がられてたから」

「そんなことはないと思いますけど……」

 僕はそう言いつつ今日は少し間を空けて座っている岸本さんの方の様子を窺う。岸本さんは別に顔で判断したわけじゃなく、単に知らない人だから距離を置いているはずだ。

「今まで言動で驚かれることはあったが、顔を合わせるだけで驚かれるのは初めてだ」

「それを気にしてたんですね」

「いや、それよりも悪いことをしたと思ってな。私が来たせいで彼女の居心地が良くないのは忍びないというか……」

「それなら僕が後でそう伝えておきます。岸本さんならわかってくれると思うので」

「それは助かる。頼んだぞ、良助」

「……ところで今日の話ちゃんと聞いてました?」

「……何の話だっけ?」

 清水先輩はさっぱりだという顔を見せる。今日来た意味が無くなってしまっているけど、清水先輩にとってはそっちの方が重要だったのだろう。



 勉強会を終えて清水先輩は他の先輩方と少し話をしてから部室を後にした。そのタイミングで僕は岸本さんに声をかける。

「岸本さん、今日はその……驚かせてごめん」

「えっ……? どうして産賀くんが謝るの?」

「いや、実は今回のことは僕もちょっとだけ噛んでるというか……最初に小説を書きたいって相談されたのは僕だったんだ。そこでソフィア先輩に任せるって言ったから今日突然来ることになったんだと思う」

「そうだったんだ。産賀くんは……清水さんと昔から知り合いなの?」

「ううん。高校になってから知り合ったんだ。それでその清水先輩なんだけど、驚かせて悪かったって岸本さんに伝えて欲しいって」

「そんな……わたしの方が失礼な態度を取っていたのに……」

「そんなことないよ。岸本さんは普段はいない清水先輩がいたから驚いただけだよね?」

「うん。でも、やっぱり取るべき対応を間違えたわ。すぐに先輩方に事情を聞けば良かったのに……」

 どうやら岸本さんは岸本さんで今日のことを気にしていた。そうであるなら……

「岸本さん。また来るかわからないけど、今度清水先輩と会う時は僕がちゃんと紹介するよ。あの人、自由奔放な感じだけど普通にいい人だし、ちゃんと話すと色々面白い人なんだ。もちろん、岸本さんのことも僕から伝えられる部分は清水先輩に言うから」

「それは……うん。お願いするわ。わたしも今日の態度をちゃんと謝っておきたい」

 僕の提案に岸本さんは前向きな反応をくれる。二人が自分の知り合いだからといって、その二人が仲良くする必要はないけど、お互いに悪いと思ったままになるのは僕も忍びない。余計ないお節介になるかもしれないけど、できることをやってみようと思う。
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