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1年生2学期

10月22日(金)曇り 花園華凛との和解

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 テスト3日目。この時点で7教科が終わって残りの3教科が次週の月曜日に持ち越しとなる。その中には岸本さんが苦手する数Ⅰも残っていた。

 そのことから今日は松永とは帰らず、僕は1組の教室へ向かう。すると、ちょうど教室岸本さんと花園さんが出てきた。

「あっ、産賀くん、お疲れ様」

「そっちもお疲れ様。それで来週に数Ⅰのテストあるけど、どうする?」

「それをちょうど言おうと思っていたの。産賀くんが良ければなのだけど……明日、一緒に勉強して貰ってもいい?」

「明日というと……どこかに集まって勉強する感じ?」

「うん。先週のカフェでもいいし、図書館でもいいかなと……も、もちろん、産賀くんが一人で勉強したければ全然断って貰っても……」

 岸本さんはそう言うけど、そんな風に頼られてしまったら僕も断れない。というか、普通に嬉しかった。今まで以上に積極的にそういうことを言ってくれることが。

「大丈夫。一緒に勉強した方がサボらないようにできるし……このまま途中まで帰りながら場所決めようか」

「ありがとう、産賀くん」

 そのまま明日の勉強会の計画を話しつつ、僕たちは下校していく。ただ、岸本さんとは帰る方向が真逆になるので、それほど一緒にいる時間はなかった。

「詳しい話はまた連絡するわ。産賀くん、かりんちゃん、また明日」

 手を振りながら帰って行く岸本さんを僕と花園さんは見送る。何だか文化祭前よりも元気になっている気がするけど、それほどポジティブな気持ちになっていることはいいことだと思う。

 しかし、僕の方はそんな呑気なことを思っている暇はなかった。

「えっと……」

「華凛は駅まで行くのでもう少し同じ道です」

「あっ、花園さんって登下校に電車使ってたんだ」

「はい。自宅は高校からは遠いので」

「そうなんだ。僕はこの通り自転車なんだ」

「はい」

「…………」

「…………」

 まずい。友達の友達と残されてしまうなんて状況を本当に味わうことになるとは思わなった。電車通学どころか好きな食べ物から聞かなければならないほど、僕は花園さんのことをよく知らない。先週は勢いで一緒に行動していたけど、その中心には岸本さんがいた。その岸本さんがいないと、どんなことを話せばいいかさっぱりわからない。

 でも、明日も一緒に勉強会をするのだからここで踏み止まってはいけない。少しでもいいから話題を振ろうと僕は今まで岸本さんから聞かされた花園さんの情報を思い出してみる。確かちょっと不思議な感じがして……それだけしか思い出せない。他の基本的なことや趣味趣向の話は全く聞いていなかった。

「産賀さん」

「は、はい!?」

 完全に考えに耽っていた僕は花園さんの呼びかけにオーバーな声をあげる。

「そんなに驚くものですか……?」

「ご、ごめん! 何かあった?」

「何かと言われれば困るのですが……言いたいことがあって声をかけました」

「そ、そうなんだ」

「…………」

「…………」

 駄目だ、これは僕が聞こうとする姿勢ができていないのが良くない。僕の中で何を聞かれてしまうのだろうという警戒心が出てしまっている。

「その……明日の勉強会について」

「う、うん。勉強会が何か?」

「華凛も……教えて貰えませんか?」

「な、何を……?」

「何を、と言われましても勉強会なのですから残りのテスト科目についてです。その……正直に言うと華凛はそれほど勉強が得意ではありません。ミチちゃんに教えるどころか自分の方が危ういくらいで……」

 そう言われてみると、月曜日に勉強していた時に花園さんは黙々とやっていた気がする。その空気から僕に圧をかけていたのだと思っていたけど、自分の勉強に集中していたんだ。

「もちろん産賀さんが嫌なら無理は言いませんが」

「全然そんなことないよ! 僕で良ければ……というか僕も全部の教科が得意なわけじゃないから教えられるとは限らないけど、できる範囲なら一緒に勉強しよう」

「……本当にいいのですか?」

「そのための勉強会でもあるからね」

「産賀さん……今まで失礼を言ってすみませんでした」

 花園さんはいきなり立ち止ってそう言う。あまりの唐突さに僕は驚いて何を返せばいいかわからない。

「……今のは別に勉強を教えて貰えるからという理由で謝ったわけではありません」

「そ、それはわかるけど、どうして今このタイミングで……」

「それは……他に言う機会がなかっただけで……」

 花園さんは顔を逸らしながら恥ずかしそうにする。今までそんなに表情が読めなかったけど、今この瞬間はそれがよくわかった。

「正直ついでに言っておきますが……華凛は産賀さんのことをずっと警戒していました。男子なのにミチちゃんの初めての友達になるなんて、どんな手段を使ってたぶらかしたのだと」

「そんな風に思われてたの!?」

「はい。なので、ミチちゃんの目を覚まさせるべく色々と話を聞かせて貰ったのですが……どうにも華凛が想像するような男子とは違うようで、実際に会ってみればなんてことのない普通の男子でした」

「な、なんてことのない」

「ですが、それでも油断はできないので一週間ほど前までは華凛の意志は変っていませんでしたが……今はもう認めざるを得ません。産賀さんはただのお人好しだと」

「それって褒められてる……?」

「表現を間違えました。ええっと……なんか良い人だと」

 思わず口を出してしまったけど、恐らく花園さんからすれば良い評価になったということなのだろう。

「それに……ミチちゃんが華凛に話しかける勇気を出したのは産賀さんのおかげだと聞きています。その点だけは警戒していた頃から感謝していましたが、そうでなければ今の華凛の生活はありません。華凛もミチちゃんを同じように今の生活が楽しいのです」

 花園さんはその出来事を思い出すように笑う。

「それも踏まえて今までの失礼を謝罪しました。それと……お礼も言わせて頂きます。色々とありがとうございます」

「そんな大したことはしてないよ。それで言うと……僕も花園さんをちょっと避けてたし……」

「は? どうしてですか?」

「だ、だって、警戒されてるとは知らなかったけど、僕に対して何か良く思ってない感じだったから……」

「今のは華凛の心象を減点する言葉です。お礼を取り消させてください」

「ええっ!?」

「……と言いたいところですが、お互いに思うところはあったということで収めておきます」

 僕は今しがた岸本さんが抱いた花園さんの不思議な部分を体験している気がする。全くこちらの会話の主導権を握らせてくれない。でも、この感じは不思議と嫌じゃなかった。その理由の一つは今の花園さんの表情がはっきりとわかるようになったからだ。

「それじゃあ、僕も避けていた件についてはごめん……ということで」

「はい。あっ……」

 花園さんが足を止めると、駅舎がもう近くまで見えていた。話が盛り上がっていたおかげか僕も花園さんも全然気付いていなかった。

「……それでは産賀さん、華凛はここで失礼します」

「わかった。また明日もよろしく、花園さん」

「はい。さようなら、産賀さん」

 微笑みかける花園さんを見送ってから僕は自転車にまたがって走り出す。

 こんな流れになると思っていなかったけど、花園さんと和解(?)できたのは本当に良かった。僕も警戒していたせいで踏み込む勇気がなかなか出なかったからこれは花園さんに助けて貰った形になる。これからは花園さんに対しても遠慮なく……と言いたいところだけど、それとは別に花園さんとの会話は一筋縄ではいかないような気がした。
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