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1年生2学期
10月15日(金)晴れ 花園華凛との共闘
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その日の朝、僕は登校してからすぐに1組の教室へ向かう。昨日、先輩方に聞いてみたけど、やっぱり岸本さんの自宅は知らないと言われたから僕が頼れる相手は花園さんしかいなかった。
僕が教室を覗いた時にはまだ花園さんは来ていなかった。明らかに浮いているけど、僕は1組の教室前の廊下で待つしかない。次々とやってくる1組の生徒に一瞬見られることを繰り返して数十回。
「おはよう、花園さん!」
ようやく花園さんの姿が見えたので、僕は教室に入る前に呼び止めてしまった。すると、花園さんはそんな僕を無視して教室へ入ってしまう。
「えっ!? ちょっ…………」
さすがに教室内まで追うの気が引けてしまい、僕は廊下に立ち尽くす。いや、冷静に考えてみれば顔は知ってるとはいえ、一対一ではほとんど喋ったことがない僕から学校に来て早々話しかけられたのだから、無視したくなる気持ちはわかる。
でも、このまま引き下がるわけにはいかない。花園さんが岸本さんの自宅を知っているとは限らないけど、今思い付く中で唯一の頼りなのだ。
「なにをやっているのですか」
そんなことを考えつつも次の行動に迷う僕の前に花園さんは戻って来ていた。今度こそ逃げられないように僕はすぐに口を開いた。
「さっきはごめん! 急に話しかけて。今日は聞きたいことが――」
「放課後。校門付近」
「は、はい?」
「そこで待ち合わせです。それでは」
そう言い残して花園さんはまた教室へ戻ってしまった。
◇
放課後。授業を終えてから急いで校門まで向かうと、花園さんは既に待ち構えていた。
「ごめん! 待たせちゃって」
「いいえ。では、参りましょうか」
「ま、参るってどこに……?」
「ミチちゃんの家です。まさかそれが目的じゃないとでも?」
「いや、合ってる! でも、どうして何も言ってないのにわかったの……?」
「産賀良助さんが華凛に話しかける用はそれしか思い付きませんでした。非常識にも朝に待ち伏せして華凛が教室に入る前にわざわざ呼び止めるような真似をするのは」
「ほ、本当にごめんなさい」
花園さんは淡々とした口調で特に表情も変えないけど、どう考えても僕を責めている言葉だった。焦っていたとはいえ、花園さんに少し迷惑をかけたのは申し訳ない。
「それじゃあ、もう少し待って貰っていい? 僕、荷物と自転車を取ってくるから――」
「早く追い付いてください」
「ええっ!?」
僕の言葉には聞く耳を持たずに花園さんは歩き始めてしまった。花園さんが完璧に帰り支度を整えた格好だったのはすぐに出発するためだったのか。このまま取りに戻ると本当に置いて行かれそうな気がしたので、僕は荷物と自転車を諦めて付いて行く。
以前に岸本さんは北中に通っていたと聞いていたから住んでいる場所は僕と真反対の方向になることはわかっていた。ただ、北中の方面は自転車で来られる範囲ではあるけど、住宅街の方には用がないので、住んでいそうなところは見当もつかなかった。というか、自分で探り当ててしまうと、別の意味で良くない気がする。
そんなことを含めて岸本さんのことについて花園さんと色々話しておきたかったけど、花園さんは早足で進んでいくので、僕はそれを追いかけるの精一杯だった。
学校から出ておおよそ20分後。花園さんはようやくとある家の前で足を止める。その表札には「岸本」の文字が入っていた。
「花園さん、ここが……」
「はい。ミチちゃんの家です」
「ありがとう。ところで、花園さんはもしかしてもう岸本さんと……」
「いいえ。会っていません。火曜日に休むというメッセージを貰って、次の日も休んでいましたが、その日に華凛が送ったメッセージは読まれませんでした」
僕が火曜日の放課後に送ったメッセージも既読が付かなかったから恐らく岸本さんはその辺りからLINEさえ見なくなってしまったのだろう。それがどういう状況によって見なくなったのか、確かめなくちゃいけない。
そう思って花園さんに次の言葉をかけようとしたけど、花園さんは一歩後ろに下がる。
「それでは……」
「えっ!? 帰るの!?」
「華凛は別に会いに来たわけじゃありません。産賀良助さんを案内しただけです」
「わ、わざわざ案内してくれたのはありがたいけど、せっかく来たんだから会ってあげた方がいいんじゃ……」
「会ってどうすればいいのですか」
「何かひと言でも声を……」
「それで何かが解決するのですか」
そう言った花園さんは今日初めて違う表情を見せた。凄く悲しそうな表情を。
「華凛は土曜日の文化祭でミチちゃんと一緒にいました。その最中です。ほんの少しだけミチちゃんの様子がおかしいと感じました。けれど、華凛は大したことではないだろうと勝手に決め付けて、そのまま別れてしまいました。それきりです。ミチちゃんを見たのは」
「花園さん……」
「産賀良助さん。貴方が今日、華凛を訪ねて来たということは何か考えがあってのことだと思います。けれど、華凛はまだ見つかっていません。こんな時に友人にかけるべき言葉が。だから、本当は案内などしたくなかった。ただ、それで案内しなければミチちゃんは悲しんだり、苦しんだりしたままです」
花園さんは少し震えながらそう言う。花園さんの僕に対する印象が複雑であるのは何となくわかっていたけど、今日に限って言えば自分の準備ができていないのにこの場所に来るのが嫌だった。だから、少し突き放すような態度を取っていたのだろう。
でも、今の花園さんは僕のことを買い被り過ぎている。
「花園さん、実を言うと僕は何か考えがあって来たわけじゃないんだ」
「……は?」
「確かに岸本さんは何か思っているところはあるんだろうし、本当ならその問題を解決したいけど、それ以上に岸本さんからの返事がないのが心配で来た。いつもみたいに喋りたいから来た。単純にそれだけなんだ」
「で、ですが、それでは……」
「意味がないかもしれないけど……それでもいいと思う。岸本さんがどんな状況であっても僕や花園さんが岸本さんへ向ける気持ちはそう簡単に変わらないはずだから。普通に心配ならその気持ちを出せばいいはずだよ」
僕は自分の言葉のように言うけれど、その多くは清水先輩に相談した時に気付いたり、貰ったりした言葉だった。岸本さんが普通ではない状況だとわかっているならそっとしておくのも間違いではない。時間が解決してくれる悩みや不安もある。
でも、そんな遠慮や気遣いよりも行動に移した方がいい時もある。それができるのはたぶん僕か花園さんだけだ。
「……それに花園さんがいないと、僕が自力で岸本さんの家を特定したみたいになっちゃうから」
「……確かにそうですね。個人情報を調べ上げるとはとんだ不審者です。朝からですが」
「うっ……否定できない」
僕がダメージを負っている間に、花園さんはインターフォンに手を伸ばす。その横顔は先ほどよりも落ち着いて見えた。
花園さんは呼吸を整えるとチャイムを鳴らした。1回目では返事がなかったので、一度僕の方を見た後に2回目を押すと、くぐもった声で「はい」という声が聞こえる。花園さんは前のめりになって話し始めた。
「ミチちゃん。花園華凛です」
『えっ…………ええっ!? か、かりんちゃん!? なんで……』
「4日間も休んで連絡も止まっていたので心配で来ました」
『そっか……ごめんなさい。心配かけて』
「いいえ。声は元気そうで何よりです。ついで産賀良助さんもいます」
『そうなんだ…………えええええっ!? 産賀くんまで!?』
そこで一旦、岸本さん側の声が途切れる。花園さんの言った通り、声だけは元気そうな感じだ。それから1分と経たないうちに、玄関が開かれる。
「ほ、本当に来てる……」
顔を覗かせた岸本さんは寝間着に見える服装といつもは付けてない眼鏡を付けていた。連絡を入れてないから当然だけど、誰か来るなんて思っていなかったのだろう。
「あの……二人とも……」
「ミチちゃん……!」
花園さんは感極まってそのまま岸本さんへ抱きついた。それを受け止めた岸本さんは途端に慌て始める。
「ちょ、ちょっとかりんちゃん!? 産賀くんが見てるから!」
「良かった……何事もなくて」
「う、うん。本当にごめんなさい。だけど、わたし無視するつもりはなくて……体調を崩してたの、火曜日辺りから。それでスマホを見る暇なくて……」
「いいえ。そうとは知らず、何度もメッセージを送ってしまって」
完全に二人の会話になってしまって、僕が口を挟む暇がないけど、体調不良だったのは本当のことだったようだ。それを聞いて僕も少しだけ安心する。
抱きついた花園さんをなだめつつ、岸本さんは僕へ視線を向ける。
「産賀くんも付いて来てくれてありがとう。わたしがちゃんと返事してればこんな苦労をかけずに済んだのに……」
「いや、気にしないで。僕も連絡を入れて返事がなかったから――」
「ミチちゃん、違います。先ほどついでと言ったのは嘘です。今日ここに来ようと言ったのは産賀良助さんの方なんです」
「えっ……?」
話の矛先を急に向けられるて、僕は内心岸本さん以上に驚く。このままついでということで話を済ませても良かったけど、僕は元々話す予定だったことを喋りだす。
「その……本当に心配だったから。押しかけるのはどうかと思ったけど、どういう状況か確認したかったんだ」
「そうなんだ……ありがとう」
「もちろん、部活の先輩方も心配してた。ただ、岸本さんが無理をする必要はないから、また来たい時に来ればいいって言ってた」
「…………」
「それと……文化祭の冊子の感想楽しみにしてる。僕も岸本さんの作品を読んだから落ち着いたら直接話すなり、LINEで連絡するなり、何でもいいからまた聞かせて欲しい」
いざ喋りだすとどうにもまとまりのない感じになってしまったけど、直接会って伝えるべきことは何とか伝えられた。そう、これでいいんだ。僕や花園さんはあの日のことや今週休んだことなんて忘れて、またいつも通りに戻ってくれればいい。
「それじゃあ、長居しても悪いから僕は帰るよ。お大事に岸本さん」
「……華凛も帰ります。ミチちゃん、また――」
「待って!」
花園さんの言葉を遮った岸本さんは……一度顔を伏せる。僕と花園さんはそれを何も言わずに見守った。きっと岸本さんは今、重大な決断をしている。
そして、少し間を開けてから顔を上げた岸本さんは言う。
「わたしの……体調不良は嘘じゃないの。けれど、そうなってしまったのは……文化祭であったことのせい。だけど、わたしは誤魔化そうとしてる。それなのに…………どうしてみんな優しくしてくれるの? 迷惑や心配をかけたわたしに……」
「それは……」
「先ほどの産賀良助さんの言葉を借りるなら、ミチちゃんはミチちゃんだからです」
「わたしが……?」
「たとえどんな姿を見せても今までのミチちゃんを知っていれば簡単に幻滅したり、嫌になったりはしません。少なくとも華凛は……いえ、産賀良助さんもミチちゃんの良いところをたくさん知っています。そんなミチちゃんが一番いいように過ごせるなら、何も言わなくてもいいんです」
花園さんは「そうですよね?」と言うように僕の方を見てくる。何だか台詞を取られた気分になりながらも僕は頷いた。
すると、岸本さんはもう一度顔を伏せたけど、今度はすぐに顔を上げる。
「……かりんちゃん、産賀くん……明日、わたしに時間を預けてくれない?」
予想外の投げかけに僕と花園さんは思わず顔を合わせてしまうけど、迷わず岸本さんの方を向いて頷く。
「ちゃんと話しておきたいの……文化祭の日のことを」
僕が教室を覗いた時にはまだ花園さんは来ていなかった。明らかに浮いているけど、僕は1組の教室前の廊下で待つしかない。次々とやってくる1組の生徒に一瞬見られることを繰り返して数十回。
「おはよう、花園さん!」
ようやく花園さんの姿が見えたので、僕は教室に入る前に呼び止めてしまった。すると、花園さんはそんな僕を無視して教室へ入ってしまう。
「えっ!? ちょっ…………」
さすがに教室内まで追うの気が引けてしまい、僕は廊下に立ち尽くす。いや、冷静に考えてみれば顔は知ってるとはいえ、一対一ではほとんど喋ったことがない僕から学校に来て早々話しかけられたのだから、無視したくなる気持ちはわかる。
でも、このまま引き下がるわけにはいかない。花園さんが岸本さんの自宅を知っているとは限らないけど、今思い付く中で唯一の頼りなのだ。
「なにをやっているのですか」
そんなことを考えつつも次の行動に迷う僕の前に花園さんは戻って来ていた。今度こそ逃げられないように僕はすぐに口を開いた。
「さっきはごめん! 急に話しかけて。今日は聞きたいことが――」
「放課後。校門付近」
「は、はい?」
「そこで待ち合わせです。それでは」
そう言い残して花園さんはまた教室へ戻ってしまった。
◇
放課後。授業を終えてから急いで校門まで向かうと、花園さんは既に待ち構えていた。
「ごめん! 待たせちゃって」
「いいえ。では、参りましょうか」
「ま、参るってどこに……?」
「ミチちゃんの家です。まさかそれが目的じゃないとでも?」
「いや、合ってる! でも、どうして何も言ってないのにわかったの……?」
「産賀良助さんが華凛に話しかける用はそれしか思い付きませんでした。非常識にも朝に待ち伏せして華凛が教室に入る前にわざわざ呼び止めるような真似をするのは」
「ほ、本当にごめんなさい」
花園さんは淡々とした口調で特に表情も変えないけど、どう考えても僕を責めている言葉だった。焦っていたとはいえ、花園さんに少し迷惑をかけたのは申し訳ない。
「それじゃあ、もう少し待って貰っていい? 僕、荷物と自転車を取ってくるから――」
「早く追い付いてください」
「ええっ!?」
僕の言葉には聞く耳を持たずに花園さんは歩き始めてしまった。花園さんが完璧に帰り支度を整えた格好だったのはすぐに出発するためだったのか。このまま取りに戻ると本当に置いて行かれそうな気がしたので、僕は荷物と自転車を諦めて付いて行く。
以前に岸本さんは北中に通っていたと聞いていたから住んでいる場所は僕と真反対の方向になることはわかっていた。ただ、北中の方面は自転車で来られる範囲ではあるけど、住宅街の方には用がないので、住んでいそうなところは見当もつかなかった。というか、自分で探り当ててしまうと、別の意味で良くない気がする。
そんなことを含めて岸本さんのことについて花園さんと色々話しておきたかったけど、花園さんは早足で進んでいくので、僕はそれを追いかけるの精一杯だった。
学校から出ておおよそ20分後。花園さんはようやくとある家の前で足を止める。その表札には「岸本」の文字が入っていた。
「花園さん、ここが……」
「はい。ミチちゃんの家です」
「ありがとう。ところで、花園さんはもしかしてもう岸本さんと……」
「いいえ。会っていません。火曜日に休むというメッセージを貰って、次の日も休んでいましたが、その日に華凛が送ったメッセージは読まれませんでした」
僕が火曜日の放課後に送ったメッセージも既読が付かなかったから恐らく岸本さんはその辺りからLINEさえ見なくなってしまったのだろう。それがどういう状況によって見なくなったのか、確かめなくちゃいけない。
そう思って花園さんに次の言葉をかけようとしたけど、花園さんは一歩後ろに下がる。
「それでは……」
「えっ!? 帰るの!?」
「華凛は別に会いに来たわけじゃありません。産賀良助さんを案内しただけです」
「わ、わざわざ案内してくれたのはありがたいけど、せっかく来たんだから会ってあげた方がいいんじゃ……」
「会ってどうすればいいのですか」
「何かひと言でも声を……」
「それで何かが解決するのですか」
そう言った花園さんは今日初めて違う表情を見せた。凄く悲しそうな表情を。
「華凛は土曜日の文化祭でミチちゃんと一緒にいました。その最中です。ほんの少しだけミチちゃんの様子がおかしいと感じました。けれど、華凛は大したことではないだろうと勝手に決め付けて、そのまま別れてしまいました。それきりです。ミチちゃんを見たのは」
「花園さん……」
「産賀良助さん。貴方が今日、華凛を訪ねて来たということは何か考えがあってのことだと思います。けれど、華凛はまだ見つかっていません。こんな時に友人にかけるべき言葉が。だから、本当は案内などしたくなかった。ただ、それで案内しなければミチちゃんは悲しんだり、苦しんだりしたままです」
花園さんは少し震えながらそう言う。花園さんの僕に対する印象が複雑であるのは何となくわかっていたけど、今日に限って言えば自分の準備ができていないのにこの場所に来るのが嫌だった。だから、少し突き放すような態度を取っていたのだろう。
でも、今の花園さんは僕のことを買い被り過ぎている。
「花園さん、実を言うと僕は何か考えがあって来たわけじゃないんだ」
「……は?」
「確かに岸本さんは何か思っているところはあるんだろうし、本当ならその問題を解決したいけど、それ以上に岸本さんからの返事がないのが心配で来た。いつもみたいに喋りたいから来た。単純にそれだけなんだ」
「で、ですが、それでは……」
「意味がないかもしれないけど……それでもいいと思う。岸本さんがどんな状況であっても僕や花園さんが岸本さんへ向ける気持ちはそう簡単に変わらないはずだから。普通に心配ならその気持ちを出せばいいはずだよ」
僕は自分の言葉のように言うけれど、その多くは清水先輩に相談した時に気付いたり、貰ったりした言葉だった。岸本さんが普通ではない状況だとわかっているならそっとしておくのも間違いではない。時間が解決してくれる悩みや不安もある。
でも、そんな遠慮や気遣いよりも行動に移した方がいい時もある。それができるのはたぶん僕か花園さんだけだ。
「……それに花園さんがいないと、僕が自力で岸本さんの家を特定したみたいになっちゃうから」
「……確かにそうですね。個人情報を調べ上げるとはとんだ不審者です。朝からですが」
「うっ……否定できない」
僕がダメージを負っている間に、花園さんはインターフォンに手を伸ばす。その横顔は先ほどよりも落ち着いて見えた。
花園さんは呼吸を整えるとチャイムを鳴らした。1回目では返事がなかったので、一度僕の方を見た後に2回目を押すと、くぐもった声で「はい」という声が聞こえる。花園さんは前のめりになって話し始めた。
「ミチちゃん。花園華凛です」
『えっ…………ええっ!? か、かりんちゃん!? なんで……』
「4日間も休んで連絡も止まっていたので心配で来ました」
『そっか……ごめんなさい。心配かけて』
「いいえ。声は元気そうで何よりです。ついで産賀良助さんもいます」
『そうなんだ…………えええええっ!? 産賀くんまで!?』
そこで一旦、岸本さん側の声が途切れる。花園さんの言った通り、声だけは元気そうな感じだ。それから1分と経たないうちに、玄関が開かれる。
「ほ、本当に来てる……」
顔を覗かせた岸本さんは寝間着に見える服装といつもは付けてない眼鏡を付けていた。連絡を入れてないから当然だけど、誰か来るなんて思っていなかったのだろう。
「あの……二人とも……」
「ミチちゃん……!」
花園さんは感極まってそのまま岸本さんへ抱きついた。それを受け止めた岸本さんは途端に慌て始める。
「ちょ、ちょっとかりんちゃん!? 産賀くんが見てるから!」
「良かった……何事もなくて」
「う、うん。本当にごめんなさい。だけど、わたし無視するつもりはなくて……体調を崩してたの、火曜日辺りから。それでスマホを見る暇なくて……」
「いいえ。そうとは知らず、何度もメッセージを送ってしまって」
完全に二人の会話になってしまって、僕が口を挟む暇がないけど、体調不良だったのは本当のことだったようだ。それを聞いて僕も少しだけ安心する。
抱きついた花園さんをなだめつつ、岸本さんは僕へ視線を向ける。
「産賀くんも付いて来てくれてありがとう。わたしがちゃんと返事してればこんな苦労をかけずに済んだのに……」
「いや、気にしないで。僕も連絡を入れて返事がなかったから――」
「ミチちゃん、違います。先ほどついでと言ったのは嘘です。今日ここに来ようと言ったのは産賀良助さんの方なんです」
「えっ……?」
話の矛先を急に向けられるて、僕は内心岸本さん以上に驚く。このままついでということで話を済ませても良かったけど、僕は元々話す予定だったことを喋りだす。
「その……本当に心配だったから。押しかけるのはどうかと思ったけど、どういう状況か確認したかったんだ」
「そうなんだ……ありがとう」
「もちろん、部活の先輩方も心配してた。ただ、岸本さんが無理をする必要はないから、また来たい時に来ればいいって言ってた」
「…………」
「それと……文化祭の冊子の感想楽しみにしてる。僕も岸本さんの作品を読んだから落ち着いたら直接話すなり、LINEで連絡するなり、何でもいいからまた聞かせて欲しい」
いざ喋りだすとどうにもまとまりのない感じになってしまったけど、直接会って伝えるべきことは何とか伝えられた。そう、これでいいんだ。僕や花園さんはあの日のことや今週休んだことなんて忘れて、またいつも通りに戻ってくれればいい。
「それじゃあ、長居しても悪いから僕は帰るよ。お大事に岸本さん」
「……華凛も帰ります。ミチちゃん、また――」
「待って!」
花園さんの言葉を遮った岸本さんは……一度顔を伏せる。僕と花園さんはそれを何も言わずに見守った。きっと岸本さんは今、重大な決断をしている。
そして、少し間を開けてから顔を上げた岸本さんは言う。
「わたしの……体調不良は嘘じゃないの。けれど、そうなってしまったのは……文化祭であったことのせい。だけど、わたしは誤魔化そうとしてる。それなのに…………どうしてみんな優しくしてくれるの? 迷惑や心配をかけたわたしに……」
「それは……」
「先ほどの産賀良助さんの言葉を借りるなら、ミチちゃんはミチちゃんだからです」
「わたしが……?」
「たとえどんな姿を見せても今までのミチちゃんを知っていれば簡単に幻滅したり、嫌になったりはしません。少なくとも華凛は……いえ、産賀良助さんもミチちゃんの良いところをたくさん知っています。そんなミチちゃんが一番いいように過ごせるなら、何も言わなくてもいいんです」
花園さんは「そうですよね?」と言うように僕の方を見てくる。何だか台詞を取られた気分になりながらも僕は頷いた。
すると、岸本さんはもう一度顔を伏せたけど、今度はすぐに顔を上げる。
「……かりんちゃん、産賀くん……明日、わたしに時間を預けてくれない?」
予想外の投げかけに僕と花園さんは思わず顔を合わせてしまうけど、迷わず岸本さんの方を向いて頷く。
「ちゃんと話しておきたいの……文化祭の日のことを」
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