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1年生2学期
10月10日(日)晴れ 文化祭は…………
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文化祭2日目。昨日と同じく9時から開場されるけど、今日は15時には終わることになっており、その後はだいたい18時までを目安に全体の片付けを行う。準備には何週間もかけたけど、片付ける時は数時間で終わると思うと、ちょっとした寂しさを感じる。
お客さんの方は日曜日ということもあってか昨日よりも多くの人が見え、説明を求められる回数や冊子を持ち帰ってくれる人も明らかに増えた。
そんな今日のメインイベントは――
「やっほー 新刊貰いに来たよ、お兄ちゃん」
「あか兄さんお疲れっす。あたしもシンカン?貰いに来ました」
わかっていてノリノリで言う明莉とわかってないなりにノッておく原田さん。僕にとってはこの二人が来ることが一番大変そうな気がしていた。
「いや、僕に言うんじゃなくてあっちの展示で取っていって」
「わー!? もしかして、ウーブ君の妹さん!? 二人もいたんだー!」
主に先輩方の喰い付かれそうという意味で。早速ソフィア先輩が案内そっちのけで興味を示してきた。
「いえ、一人は妹の友達で……こっちが僕の妹の明莉です。もう一人はその友達の原田さんで……」
「産賀明莉です。兄がいつもお世話になっています」
「原田千由美です。えっと……友達の兄がいつもお世話に……」
「いやいや、ちゆりん。そこは別に続けなくてもいいでしょ」
「えー!? あたし、それだと仲間外れじゃない?」
行儀が良いかと思ったら急にコントのようなことをやり始める。大事を起こすことはないだろうけど、身内中の身内が先輩方に関わるとなると、僕は内心ソワソワしていた。
「いいな~ 若いって! あっ、二人ともお茶あるから飲みながらこっちでもうちょっとお話でもしない?」
「いいんですか? それじゃあ、お言葉に甘えて……お兄ちゃん、がんばって仕事するんだよ?」
「あか兄さん、失礼します。ちょうど女子の先輩方と話してみたかったんですよ~」
そのままソフィア先輩は二人をさらっていってしまった。こういう時に初対面ですぐに盛り上がれるのはこの三人のコミュ力の高さが窺える。
「産賀の妹、全然性格違うな」
「兄妹だとそんなもんでしょー あたしも話に混ざっていいかなー?」
「産賀、どうだ?」
「なんで僕に聞くんですか!? 別に構わな……やっぱりやめてください」
「別に変なこと話さないよー」
ソフィア先輩の言ったように謎のフレッシュさが明莉と原田さんにはあるのか、先輩方の興味を引いていた。結局、他の先輩方も話に混ざったことで、明莉と原田さんは文芸部内で妙な認知度を得てしまった。
◇
時刻は12時前。今日は外の飲食店で食べ物だけ確保して、部室内で昼食を取っていた。この時間は昨日よりも客足は少ないので、展示室は二人くらい案内がいれば十分足りる。
「そういえばウーブ君はミスコン見に行かなくていいの?」
そんな部室での食事中に、ソフィア先輩は何の気なしに聞いてくる。
「ど、どうしてですか?」
「あれ? ゆあゆあが出るんじゃないの?」
「出るみたいですけど、こっちがありますし……」
「遠慮しなくていいよー? 男子が好きそうな企画だしー ねぇ、シュート君?」
話に混ざった森本先輩は急に藤原先輩へキラーパスを出す。
「えっ……オレは……」
「えっ!? シュウも見に行くつもりなの!?」
「………………」
「ふーん……まぁ、好きにしたらいいんじゃない?」
「何も……言ってない……」
「何か言いたいことあるの?」
「それは……その……」
ソフィア先輩のターゲットが藤原先輩に移ったのは申し訳ないけど、とりあえず話は流れたようだ。
今回の件は結果的に僕が清水先輩へミスコンの存在を教えたから出るきっかけを作ってしまったわけで、その責任として本来なら見届けるべきなのかもしれない。
だけど、僕の中では何となく見に行くべきではないという気持ちがあった。さっきの言い訳通りじゃなく、言葉では説明できない漠然とした不安。それがすっきりしなければ僕にとって良くないような気がしていたのだ。
「岸本、大丈夫か? 今日はあんまり声が出てないみたいだが……」
一方、昼食を取り終えた水原先輩は、岸本さんを見てそう声をかける。それを聞いた僕も岸本さんを見ると、確かに昨日の帰り際と同じように疲れが残ったままのように見えた。
「……大丈夫です」
「そうか? 思ったより二日間は長いからな。疲れているなら遠慮なく休憩してくれ」
そういえば岸本さんは以前に人混みが得意ではないと言っていた。今日も特別混む時間帯はないけど、人数が増えたことで人酔いしてしまったのかもしれない。この時点ではそう考えていた。
そして、12時半になってから僕たちは他の先輩方と入れ替わる形で展示室に戻る。それと同時に昼食を取り終えたであろうお客さんがぽつぽつと入り始めた。残すところ2時間半だから最後まで気を抜かずにやっていこう……と思ったその時だ。
「……岸本さん?」
何人かお客さんが入って来たタイミングで、岸本さんは急に顔を伏せてしまった。しかもその後に体を震わせ始める。明らかに様子がおかしい。
一番近くにいた僕はそれに気付いて、岸本さんの傍へ駆け寄る。
「だ、大丈夫!? 森本先輩!」
「だ、駄目。わたし……み……」
「どうしたの岸本ちゃ――」
「ごめんなさい!」
そう言い残して岸本さんは展示室から走って出ていってしまった。突然の出来事に一瞬、展示室内の視線が出口に集まってざわつくけど、お客さんは何事もなかったのように見学に戻った。
一方、僕はまだ事態を上手く呑み込めず、その場に立ち尽くしてしまう。
「ウーブくん、追って!」
「えっ!?」
「いいから、岸本ちゃんを追うの!」
今までに聞いたことがなかった森本先輩の急かす声に押されて、僕も展示室を出て廊下を見渡す。岸本さんが進むとすればどちらになるか。僕は直感的に階段がある方を目指す。
岸本さんが何から逃げているのかわからないけど、普段の性格的には他の誰かに迷惑をかけたくはないはずだ。そうなると、この文化祭中でも人が来ない最適な場所がある。封鎖と言っても簡易的なテープが張ってあるだけの3階への階段だ。
悪いと思いつつもそれを外さないように潜って階段を上り、僕が右を振り向くと――
「産賀くん……」
岸本さんは廊下の突き当たりで腰を抜かしたように地べたに座り込んでいた。震えは治まっているけど、ふさぎ込んだ顔色はあまり良くないように見える。
だけど、そんな岸本さんと対面した僕は……何をすればいいかわからなかった。駆け寄って慰めるようにも岸本さんに何が起こったかわからないから下手なことは言えない。むしろ、何か聞くことで岸本さんが嫌な気持ちになる可能性がある。
そう、嫌な気持ちだ。岸本さんは展示室の中あるいはこの文化祭全体の中で、何か嫌な気持ちを思い出した。岸本さんの状態からそれだけは読み取れる。だけど、逆に言えばそれだけしか読み取れない。だったら、僕は……どうすればいいのか。
「……一人に」
「き、岸本さん?」
「今は一人にして…………」
僕が次にすべきことを迷っている間に、岸本さんは弱々しくそう呟く。
(ああ……僕は……)
なんて役立たずなんだ。岸本さんにそう言わせる前に何か行動を起こしていれば、今の気持ちを楽にしてあげられたかもしれないのに。肝心なところで何も言えない。
◇
「ウーブくん! 岸本ちゃんは!?」
「今は一人にして欲しいって……」
岸本さんが展示室を出てから10分後。戻って来た僕はすぐにソフィア先輩から質問されるけど、岸本さんから言われた言葉をそのまま返すことしかできなかった。一旦、お客さんがいなくなったので僕のところに先輩方が集まる。
「岸本は今はどこにいるんだ?」
「3階の右側の突き当たりに……」
「ウーブ君は何があったか見てなかったの?」
「全然わかりませんでした……」
「わからないって、そんな――」
「はーい、二人ともストップー ウーブくんまで追い込んじゃダメでしょー」
「そ、そうだな。すまん、産賀」
「ごめん、ウーブ君」
「あたしもさっきはいきなり怒鳴ってごめんねー ただ、ウーブくんが追いかけて岸本ちゃんがそう言ったならとりあえずは様子見しましょうかー」
普段通りの空気で森本先輩はそう言うけど、二人に目で合図をすると展示室を出ていった。
すると、藤原先輩が僕の近くに寄って来る。
「……大丈夫?」
「はい。僕は何とも……」
「……産賀くんが出た後……受付してたけど……入って来たお客さんは…………4人組の女子……だっだった」
「それって……」
「……たぶん、岸本さんが……見ていた人だと……思う」
藤原先輩は「あくまで推測だけど」と付け足すけど、この展示室で新しい情報が入って来るのは外からお客さんくらいだ。つまり、展示室に戻ったタイミングで来たその4人組の女子の誰かが、あるいは全員が岸本さんにとって不都合な人物だった。顔を見られたくなくて、震えてしまうほどの相手。
でも、それをわかった上で僕がさっきの状況で何か言葉をかけてあげられたかといえば……無理だったろう。結局、立ち止まって悩むだけだ。森本先輩が期待したような成果は何も挙げられていない。
その後の時間はなるべく笑顔を作りながらお客さんの応対をしたけど、岸本さんのことに意識が持っていかれて、昨日ほどきちんと受け答えできていたかわからない。暫くして戻った森本先輩は特に何も言わず、そのまま接客に戻っていった。
岸本さんが戻って来たのは文化祭が閉会され、後片付けの時間になった時だった。展示室に入るなり、ソフィア先輩は岸本さんを抱きしめるけど、岸本さんは小さく呟くように謝るばかりで、何があったかは話してくれない。先輩方もそれ以上追求しようとしなかった。
「それでは片付け込みで2日間お疲れ様でしたー 打ち上げは後日考えますのでまた追って連絡しまーす。家に帰るまでが文化祭ということで、気を付けて帰ってくださーい」
森本先輩の呼びかけが終わってすぐに僕は辺りを見渡すけど、いつの間にか岸本さんは姿を消していた。そのまま先輩方に話す元気がないので、僕も挨拶だけして帰路についてしまう。
文化祭の総括をするつもりだったけど、こんな気持ちで終わるなんて、僕も先輩方も……そして、岸本さんも絶対に思っていなかった。昨日の時点で岸本さんの様子が少しおかしかったのに、僕は楽しさに浮かれて、何も気付いていなかった。
ここに書いて後悔しても仕方ないのはわかっているけど……本当にどうすれば良かったんだろう。
――ミスコン2位だった!
――正直、何を審査されたのか全然わからなかったが……
――忙しそうか?
――また会った時に話す
お客さんの方は日曜日ということもあってか昨日よりも多くの人が見え、説明を求められる回数や冊子を持ち帰ってくれる人も明らかに増えた。
そんな今日のメインイベントは――
「やっほー 新刊貰いに来たよ、お兄ちゃん」
「あか兄さんお疲れっす。あたしもシンカン?貰いに来ました」
わかっていてノリノリで言う明莉とわかってないなりにノッておく原田さん。僕にとってはこの二人が来ることが一番大変そうな気がしていた。
「いや、僕に言うんじゃなくてあっちの展示で取っていって」
「わー!? もしかして、ウーブ君の妹さん!? 二人もいたんだー!」
主に先輩方の喰い付かれそうという意味で。早速ソフィア先輩が案内そっちのけで興味を示してきた。
「いえ、一人は妹の友達で……こっちが僕の妹の明莉です。もう一人はその友達の原田さんで……」
「産賀明莉です。兄がいつもお世話になっています」
「原田千由美です。えっと……友達の兄がいつもお世話に……」
「いやいや、ちゆりん。そこは別に続けなくてもいいでしょ」
「えー!? あたし、それだと仲間外れじゃない?」
行儀が良いかと思ったら急にコントのようなことをやり始める。大事を起こすことはないだろうけど、身内中の身内が先輩方に関わるとなると、僕は内心ソワソワしていた。
「いいな~ 若いって! あっ、二人ともお茶あるから飲みながらこっちでもうちょっとお話でもしない?」
「いいんですか? それじゃあ、お言葉に甘えて……お兄ちゃん、がんばって仕事するんだよ?」
「あか兄さん、失礼します。ちょうど女子の先輩方と話してみたかったんですよ~」
そのままソフィア先輩は二人をさらっていってしまった。こういう時に初対面ですぐに盛り上がれるのはこの三人のコミュ力の高さが窺える。
「産賀の妹、全然性格違うな」
「兄妹だとそんなもんでしょー あたしも話に混ざっていいかなー?」
「産賀、どうだ?」
「なんで僕に聞くんですか!? 別に構わな……やっぱりやめてください」
「別に変なこと話さないよー」
ソフィア先輩の言ったように謎のフレッシュさが明莉と原田さんにはあるのか、先輩方の興味を引いていた。結局、他の先輩方も話に混ざったことで、明莉と原田さんは文芸部内で妙な認知度を得てしまった。
◇
時刻は12時前。今日は外の飲食店で食べ物だけ確保して、部室内で昼食を取っていた。この時間は昨日よりも客足は少ないので、展示室は二人くらい案内がいれば十分足りる。
「そういえばウーブ君はミスコン見に行かなくていいの?」
そんな部室での食事中に、ソフィア先輩は何の気なしに聞いてくる。
「ど、どうしてですか?」
「あれ? ゆあゆあが出るんじゃないの?」
「出るみたいですけど、こっちがありますし……」
「遠慮しなくていいよー? 男子が好きそうな企画だしー ねぇ、シュート君?」
話に混ざった森本先輩は急に藤原先輩へキラーパスを出す。
「えっ……オレは……」
「えっ!? シュウも見に行くつもりなの!?」
「………………」
「ふーん……まぁ、好きにしたらいいんじゃない?」
「何も……言ってない……」
「何か言いたいことあるの?」
「それは……その……」
ソフィア先輩のターゲットが藤原先輩に移ったのは申し訳ないけど、とりあえず話は流れたようだ。
今回の件は結果的に僕が清水先輩へミスコンの存在を教えたから出るきっかけを作ってしまったわけで、その責任として本来なら見届けるべきなのかもしれない。
だけど、僕の中では何となく見に行くべきではないという気持ちがあった。さっきの言い訳通りじゃなく、言葉では説明できない漠然とした不安。それがすっきりしなければ僕にとって良くないような気がしていたのだ。
「岸本、大丈夫か? 今日はあんまり声が出てないみたいだが……」
一方、昼食を取り終えた水原先輩は、岸本さんを見てそう声をかける。それを聞いた僕も岸本さんを見ると、確かに昨日の帰り際と同じように疲れが残ったままのように見えた。
「……大丈夫です」
「そうか? 思ったより二日間は長いからな。疲れているなら遠慮なく休憩してくれ」
そういえば岸本さんは以前に人混みが得意ではないと言っていた。今日も特別混む時間帯はないけど、人数が増えたことで人酔いしてしまったのかもしれない。この時点ではそう考えていた。
そして、12時半になってから僕たちは他の先輩方と入れ替わる形で展示室に戻る。それと同時に昼食を取り終えたであろうお客さんがぽつぽつと入り始めた。残すところ2時間半だから最後まで気を抜かずにやっていこう……と思ったその時だ。
「……岸本さん?」
何人かお客さんが入って来たタイミングで、岸本さんは急に顔を伏せてしまった。しかもその後に体を震わせ始める。明らかに様子がおかしい。
一番近くにいた僕はそれに気付いて、岸本さんの傍へ駆け寄る。
「だ、大丈夫!? 森本先輩!」
「だ、駄目。わたし……み……」
「どうしたの岸本ちゃ――」
「ごめんなさい!」
そう言い残して岸本さんは展示室から走って出ていってしまった。突然の出来事に一瞬、展示室内の視線が出口に集まってざわつくけど、お客さんは何事もなかったのように見学に戻った。
一方、僕はまだ事態を上手く呑み込めず、その場に立ち尽くしてしまう。
「ウーブくん、追って!」
「えっ!?」
「いいから、岸本ちゃんを追うの!」
今までに聞いたことがなかった森本先輩の急かす声に押されて、僕も展示室を出て廊下を見渡す。岸本さんが進むとすればどちらになるか。僕は直感的に階段がある方を目指す。
岸本さんが何から逃げているのかわからないけど、普段の性格的には他の誰かに迷惑をかけたくはないはずだ。そうなると、この文化祭中でも人が来ない最適な場所がある。封鎖と言っても簡易的なテープが張ってあるだけの3階への階段だ。
悪いと思いつつもそれを外さないように潜って階段を上り、僕が右を振り向くと――
「産賀くん……」
岸本さんは廊下の突き当たりで腰を抜かしたように地べたに座り込んでいた。震えは治まっているけど、ふさぎ込んだ顔色はあまり良くないように見える。
だけど、そんな岸本さんと対面した僕は……何をすればいいかわからなかった。駆け寄って慰めるようにも岸本さんに何が起こったかわからないから下手なことは言えない。むしろ、何か聞くことで岸本さんが嫌な気持ちになる可能性がある。
そう、嫌な気持ちだ。岸本さんは展示室の中あるいはこの文化祭全体の中で、何か嫌な気持ちを思い出した。岸本さんの状態からそれだけは読み取れる。だけど、逆に言えばそれだけしか読み取れない。だったら、僕は……どうすればいいのか。
「……一人に」
「き、岸本さん?」
「今は一人にして…………」
僕が次にすべきことを迷っている間に、岸本さんは弱々しくそう呟く。
(ああ……僕は……)
なんて役立たずなんだ。岸本さんにそう言わせる前に何か行動を起こしていれば、今の気持ちを楽にしてあげられたかもしれないのに。肝心なところで何も言えない。
◇
「ウーブくん! 岸本ちゃんは!?」
「今は一人にして欲しいって……」
岸本さんが展示室を出てから10分後。戻って来た僕はすぐにソフィア先輩から質問されるけど、岸本さんから言われた言葉をそのまま返すことしかできなかった。一旦、お客さんがいなくなったので僕のところに先輩方が集まる。
「岸本は今はどこにいるんだ?」
「3階の右側の突き当たりに……」
「ウーブ君は何があったか見てなかったの?」
「全然わかりませんでした……」
「わからないって、そんな――」
「はーい、二人ともストップー ウーブくんまで追い込んじゃダメでしょー」
「そ、そうだな。すまん、産賀」
「ごめん、ウーブ君」
「あたしもさっきはいきなり怒鳴ってごめんねー ただ、ウーブくんが追いかけて岸本ちゃんがそう言ったならとりあえずは様子見しましょうかー」
普段通りの空気で森本先輩はそう言うけど、二人に目で合図をすると展示室を出ていった。
すると、藤原先輩が僕の近くに寄って来る。
「……大丈夫?」
「はい。僕は何とも……」
「……産賀くんが出た後……受付してたけど……入って来たお客さんは…………4人組の女子……だっだった」
「それって……」
「……たぶん、岸本さんが……見ていた人だと……思う」
藤原先輩は「あくまで推測だけど」と付け足すけど、この展示室で新しい情報が入って来るのは外からお客さんくらいだ。つまり、展示室に戻ったタイミングで来たその4人組の女子の誰かが、あるいは全員が岸本さんにとって不都合な人物だった。顔を見られたくなくて、震えてしまうほどの相手。
でも、それをわかった上で僕がさっきの状況で何か言葉をかけてあげられたかといえば……無理だったろう。結局、立ち止まって悩むだけだ。森本先輩が期待したような成果は何も挙げられていない。
その後の時間はなるべく笑顔を作りながらお客さんの応対をしたけど、岸本さんのことに意識が持っていかれて、昨日ほどきちんと受け答えできていたかわからない。暫くして戻った森本先輩は特に何も言わず、そのまま接客に戻っていった。
岸本さんが戻って来たのは文化祭が閉会され、後片付けの時間になった時だった。展示室に入るなり、ソフィア先輩は岸本さんを抱きしめるけど、岸本さんは小さく呟くように謝るばかりで、何があったかは話してくれない。先輩方もそれ以上追求しようとしなかった。
「それでは片付け込みで2日間お疲れ様でしたー 打ち上げは後日考えますのでまた追って連絡しまーす。家に帰るまでが文化祭ということで、気を付けて帰ってくださーい」
森本先輩の呼びかけが終わってすぐに僕は辺りを見渡すけど、いつの間にか岸本さんは姿を消していた。そのまま先輩方に話す元気がないので、僕も挨拶だけして帰路についてしまう。
文化祭の総括をするつもりだったけど、こんな気持ちで終わるなんて、僕も先輩方も……そして、岸本さんも絶対に思っていなかった。昨日の時点で岸本さんの様子が少しおかしかったのに、僕は楽しさに浮かれて、何も気付いていなかった。
ここに書いて後悔しても仕方ないのはわかっているけど……本当にどうすれば良かったんだろう。
――ミスコン2位だった!
――正直、何を審査されたのか全然わからなかったが……
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なろう→https://ncode.syosetu.com/novelview/infotop/ncode/n5319hy/
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