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1年生夏休み
7月27日(火)晴れ時々曇り 岸本路子との夏創作
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夏休み7日目。今日は学校に着くと、水原先輩が鍵を開けたという報告が来ていたので、そのまま部室へ直行する。部室内には水原先輩と岸本さん、それに藤原先輩が既に来ていた。
それから僕が席に座ると、各々自分の時間を過ごし始めた。本来なら部活の時間はこういう感じであるのが正しいのだけど、いつもお喋りしている雰囲気とはまるで違う。
「産賀、岸本」
しかし、意外にもその空気を遮ったのは黒板前の席で黙々と作業を続けていた水原先輩だった。
「なんですか、水原先輩」
「二人は文化祭に寄稿する作品はどういうのを書こうとしているんだ?」
そんなことを質問されるなんて思っても……いや、部長や副部長は把握しておきたいものか。森本先輩から話しかけてくる時は基本的に文芸部と関係ないことが多かったから逆に新鮮な感じだ。
そして、一ヶ月前の僕ならこの質問は大いに困っていたことだろう。だが、夏休みが始まってから一週間の僕は決して課題をして、ゲームや動画を消化するだけの日々を過ごしていたわけではない。その合間にちょっとずつテーマを固めていたのだ。
「僕はファンタジー系の作品を書こうと思ってます」
「ほう。魔法とか超能力とかそんな感じか」
「どちらかというと、主人公の視点で世界を見る感じの話にしようかと。戦闘とかは詳しく書ける気がしないので」
短くまとめるとなると、戦闘描写を入れるような展開まで持っていくのも結構難しいと思ったし、オチを付けるなら風呂敷を広げ過ぎない方がいい。色々な候補を考えた結果、そういう結論になった。
それを聞いた水原先輩は「なるほど」と言って、今度は岸本さんの方に目を向ける。岸本さんは緊張しながらもゆっくりと口を開いた。
「わたしは……学園モノです。男の子の主人公にして……あ、あの詳しく言わないといけませんか?」
「いや、それだけでいいよ。私が少し気になって聞いただけだから」
「そ、そうですか。ちなみに……水原さんは何を書いてるんですか?」
岸本さんは水原先輩へ聞き返す。その質問は僕も気になっていたところだ。水原先輩がどういう人なのかまだ全然わかっていないから執筆予定の作品で何か見えてくるかもしれない。
「私は異類婚姻譚だよ」
水原先輩はさらりと言った。
異類婚姻譚。それは人と人ならざる者が結婚ないし恋愛をする話のことで、雪女や狐女房の話が当てはまる。今風に言うと異種間恋愛になるのかもしれないけど、異類婚姻譚とわざわざ言う場合はちゃんと結婚して、その後に起こる騒動を描くことになるような気がする。その結末の多くは正体がバレて今生の別れになったり、嫁いだ人間が人里に戻るため人ならざる者が可哀想な目にあったりとバットエンド風味なものが多い。
……いや、マニアックなチョイスだ!? これだけで水原先輩の何かがわかるとは思ってないけど、何もわからない答えが出てくるとは思わなかった。
「水原先輩は異類婚姻譚だとどういう話が好きなんですか? もし良かったら今回のテーマも……」
「そうだな。やはり里見八犬伝が……」
そんな僕の考えとは違って、さっきのワードだけで岸本さんと水原先輩の心が繋がったようだ。岸本さんが一気に心を開けたのなら何よりだけど、このジャンルは付いていけそうにない。
僕は一旦、藤原先輩の方へ目を向けてみることにした。僕らの会話を物ともせず作業を続ける藤原先輩は……どんな作品を書いているんだろう。正直、水原先輩以上に気になるけど、この空気でも変わらない藤原先輩にそれを聞くのは難しい。
「恋愛で言えば、藤原は今年もラブコメっぽいやつ書いてるか?」
そんな空気はまるで読まずに水原先輩はぶっこむ。肩をびくつかせて反応した藤原先輩は手を止めて水原先輩の方を見る。
「え? 言ったら駄目だったか?」
「…………」
「どうせ冊子ができた時に何となくわかるから問題ないだろう」
「…………」
二人の会話が成立しているかはわからないけど、この場合は藤原先輩がちょっとだけ不憫だ。それにしても藤原先輩がラブコメか……いや、全然ある。いつかの一件のことも考えると藤原先輩の状況もそれ近いと言えるし。
「ところで、藤原。最近、ソフィアとはどうなんだ?」
そんなところで水原先輩はまたぶっこむ。先週とは別の意味で水原先輩が怖くなってきた。確かに僕も気になっていたけど、二人の時ならまだしも僕や岸本さんがいる中で聞くのはあまりにも大胆だ。
「……なにもない」
「なんだ。そうなのか」
今のやり取りで過去にも藤原先輩が水原先輩に聞かれていたのがわかった。いや、僕が知らなかっただけで部室内での藤原先輩とソフィア先輩のあれこれは共通認識なのかもしれない。
「産賀くん。藤原さんとソフィアさんがどうなんだって……何の話?」
「さ、さぁ……なんだろうね」
僕もまだ確信があるわけじゃないから岸本さんの疑問を何となく誤魔化す。こうして、和やかなようで一瞬ピリッとする空気もありながら部活の時間は過ぎていった。
今日のことで水原先輩は……わりと遠慮しない人だと思った。
それから僕が席に座ると、各々自分の時間を過ごし始めた。本来なら部活の時間はこういう感じであるのが正しいのだけど、いつもお喋りしている雰囲気とはまるで違う。
「産賀、岸本」
しかし、意外にもその空気を遮ったのは黒板前の席で黙々と作業を続けていた水原先輩だった。
「なんですか、水原先輩」
「二人は文化祭に寄稿する作品はどういうのを書こうとしているんだ?」
そんなことを質問されるなんて思っても……いや、部長や副部長は把握しておきたいものか。森本先輩から話しかけてくる時は基本的に文芸部と関係ないことが多かったから逆に新鮮な感じだ。
そして、一ヶ月前の僕ならこの質問は大いに困っていたことだろう。だが、夏休みが始まってから一週間の僕は決して課題をして、ゲームや動画を消化するだけの日々を過ごしていたわけではない。その合間にちょっとずつテーマを固めていたのだ。
「僕はファンタジー系の作品を書こうと思ってます」
「ほう。魔法とか超能力とかそんな感じか」
「どちらかというと、主人公の視点で世界を見る感じの話にしようかと。戦闘とかは詳しく書ける気がしないので」
短くまとめるとなると、戦闘描写を入れるような展開まで持っていくのも結構難しいと思ったし、オチを付けるなら風呂敷を広げ過ぎない方がいい。色々な候補を考えた結果、そういう結論になった。
それを聞いた水原先輩は「なるほど」と言って、今度は岸本さんの方に目を向ける。岸本さんは緊張しながらもゆっくりと口を開いた。
「わたしは……学園モノです。男の子の主人公にして……あ、あの詳しく言わないといけませんか?」
「いや、それだけでいいよ。私が少し気になって聞いただけだから」
「そ、そうですか。ちなみに……水原さんは何を書いてるんですか?」
岸本さんは水原先輩へ聞き返す。その質問は僕も気になっていたところだ。水原先輩がどういう人なのかまだ全然わかっていないから執筆予定の作品で何か見えてくるかもしれない。
「私は異類婚姻譚だよ」
水原先輩はさらりと言った。
異類婚姻譚。それは人と人ならざる者が結婚ないし恋愛をする話のことで、雪女や狐女房の話が当てはまる。今風に言うと異種間恋愛になるのかもしれないけど、異類婚姻譚とわざわざ言う場合はちゃんと結婚して、その後に起こる騒動を描くことになるような気がする。その結末の多くは正体がバレて今生の別れになったり、嫁いだ人間が人里に戻るため人ならざる者が可哀想な目にあったりとバットエンド風味なものが多い。
……いや、マニアックなチョイスだ!? これだけで水原先輩の何かがわかるとは思ってないけど、何もわからない答えが出てくるとは思わなかった。
「水原先輩は異類婚姻譚だとどういう話が好きなんですか? もし良かったら今回のテーマも……」
「そうだな。やはり里見八犬伝が……」
そんな僕の考えとは違って、さっきのワードだけで岸本さんと水原先輩の心が繋がったようだ。岸本さんが一気に心を開けたのなら何よりだけど、このジャンルは付いていけそうにない。
僕は一旦、藤原先輩の方へ目を向けてみることにした。僕らの会話を物ともせず作業を続ける藤原先輩は……どんな作品を書いているんだろう。正直、水原先輩以上に気になるけど、この空気でも変わらない藤原先輩にそれを聞くのは難しい。
「恋愛で言えば、藤原は今年もラブコメっぽいやつ書いてるか?」
そんな空気はまるで読まずに水原先輩はぶっこむ。肩をびくつかせて反応した藤原先輩は手を止めて水原先輩の方を見る。
「え? 言ったら駄目だったか?」
「…………」
「どうせ冊子ができた時に何となくわかるから問題ないだろう」
「…………」
二人の会話が成立しているかはわからないけど、この場合は藤原先輩がちょっとだけ不憫だ。それにしても藤原先輩がラブコメか……いや、全然ある。いつかの一件のことも考えると藤原先輩の状況もそれ近いと言えるし。
「ところで、藤原。最近、ソフィアとはどうなんだ?」
そんなところで水原先輩はまたぶっこむ。先週とは別の意味で水原先輩が怖くなってきた。確かに僕も気になっていたけど、二人の時ならまだしも僕や岸本さんがいる中で聞くのはあまりにも大胆だ。
「……なにもない」
「なんだ。そうなのか」
今のやり取りで過去にも藤原先輩が水原先輩に聞かれていたのがわかった。いや、僕が知らなかっただけで部室内での藤原先輩とソフィア先輩のあれこれは共通認識なのかもしれない。
「産賀くん。藤原さんとソフィアさんがどうなんだって……何の話?」
「さ、さぁ……なんだろうね」
僕もまだ確信があるわけじゃないから岸本さんの疑問を何となく誤魔化す。こうして、和やかなようで一瞬ピリッとする空気もありながら部活の時間は過ぎていった。
今日のことで水原先輩は……わりと遠慮しない人だと思った。
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