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1年生夏休み

私は恵まれている

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小さい頃、清水夢愛という少女は恐らく普通の女の子だった。ただ、そう言えるのは私が清水夢愛本人であるからで、傍から見れば最初から変わった女の子だったのかもしれない。

 けれども、普通の女の子と思い込んでいた私は、至って普通の願い事をした。小さい頃の私はその願い事は望めば絶対手に入るものだと思っていたから。

 もっと一緒にいたい。

 ただそれだけだった。



 私の両親は私が物心が付いた頃には完全に仕事へ復帰していた。それは世間一般から見れば素晴らしいことで、少し年を重ねた後の私も特に母親がきちんと仕事へ復帰できたことは良いことだとよくわかった。
 そして、両親は私が生まれる前から、恐らく二人が夫婦になる前から仕事人間だった。この言葉は私から発せられるから悪い意味になるのであって、両親からすれば今現在もやっている仕事は熱心に打ち込めるもので、自分たちの才能や実力を遺憾なく発揮できる場であったのだろう。
 例え、家を空ける時間が多くなろうとも仕事に重きを置いた。だから、両親が仕事に復帰した後の私は保育園や近所の老夫婦の家に預けられることが多くなった。
 
 ただ、二人は私に愛情を注がなかったのかと言われればそうではない。指定された時間にはちゃんと迎えに来るし、玩具やゲームは渋ることなく買い与えてくれるし、休日が合えば遠出して動物園や水族館に行き、夕食には良いレストランに連れて行ってくれた。仕事の日には私の面倒を見られない分、それ以外の部分では普通の子どもなら絶対に喜ぶであろうものを全て与えてくれた。

 だから、私は自分が凄く恵まれていたと断言できる。実際、私が不自由を感じる部分はほとんどなかった。けれど、小さい頃の私は……わがままだった。

 私が欲しいのは最新の玩具やゲームではないし、遊びに行きたいのも大きな施設ではなかったし、大そうな場所で食事を共にしたいわけじゃなかった。遊ぶものが無くても家で一緒に過ごしたかった。遠出じゃなくて近所の公園で一緒に遊びたかった。そういう場所で二人が作った普通のご飯を食卓に並べたり、お弁当を出したりして一緒に食べたかった。

 それは結局のところ、仕事人間な両親に普段から構って欲しかったということだ。一回の大きな愛情じゃなく、毎日少しずつの愛情が欲しい。その思いを振り返ってみると、実にわがままだと言える。自分が不自由なく生活できているのは、仕事をしている両親のおかげで、しかも両親はその仕事にやりがいを感じていた。それを私の構って欲しいという感情だけで邪魔するのは間違っている。

 でも、小さい頃の私はその気持ちをわかって欲しい反面、口に出して言えることではなかったから行動に移すことにした。両親が思わず私のことを気にしてしまうようなことをする。それは幼稚な考えではあるが、その時は一番いい手段だと思った。

 おままごとをせず庭や砂場で穴を掘った。人形遊びより昆虫を捕まえに行った。可愛いキャラクターよりもお化けが好きだと言った。それは小さい頃の私にとって、普通の女の子らしからぬことだと周りを見て思ったからそうした。

 だけど、それは周りの同い年の子には普通じゃないように見えても預かってくれた保育園の先生や近所の老夫婦にはそう取られなかった。
「この子が好きなのはそういうものなんだ」
 そう思われたのだ。ある意味大人として多様性を認めてくれる考え方で、むしろ称賛されるべきことだ。人形遊びよりも昆虫と触れ合いたい女の子がいても何もおかしくはない。ただ、私にとっては都合が悪かった。

 それでも私は諦めずに普通じゃないことをして両親の気を引こうとした。もっと私が変わった子になれば両親は心配してくれるに違いない。そうすれば私に新しい玩具やゲームを買うだけじゃなくて、心配して、家にいてくれて、叱ったり、面倒を見たり、一緒に過ごしてくれるかもしれない。

 そんな考えはある日、唐突に打ち砕かれた。私は仕事から帰って来た両親にカマキリが飼いたいと言った。特別カマキリが好きなわけではなかったが、両親に直接言うことで何か反応が返って来ると思った。「昆虫なんて飼ってはいけません」とか「もっと女の子らしいことをしなさい」とか何でも良かった。
 でも、両親から返ってきたのは肯定の言葉だった。いや、それだけならいいのだ。それは保育園の先生や近所の老夫婦がしてくれたように私がどんなものが好きでも否定しないという考え方なのだから。その後、両親が続けた言葉はカマキリをどこかで買ってきてあげようというものだった。確かにどこかで探せばカマキリでも売っているところがあるとは思う。
 ただ、私がカマキリが飼いたいと言ってもう一つだけ期待していたのは「今度一緒に探しに行こう」という言葉だった。本当に見つけられないのだとしても家の庭でも公園でも一緒に行って探してくれたらと思った。売っている物を与えられてしまったら人形でもカマキリでも私にとっては変わらない。

 私は本当の気持ちが言えずにどんどんと成長していった。そして、成長すればするほど、両親にとって私は手のかからない子になっていく。どこにも預ける必要もなく、買い与えた物があれば家に一人留守番できるようになる。それに大きくなれば友達もできて、遊ぶ時間が増えれば尚更手はかからない。そう思われた。

 けれど、私は一度作り上げてしまった私を変えられなかった。普通な子でいると、私から離れてしまう。両親以外の周りの人に対しても同じように考えるようになってしまった。だから、成長しても私は変わったことやり続ける子になった。
 
 今となっては変わったことをやる自分を作ったことに後悔はない。実際、私が知らないことや触れたことがないものに積極的に近づいていけるのはそのおかげだし、そういう変わったことは刺激的で魅惑的だ。
 でも、それは今の私だから言えることであって、小さい頃の私には嚙み合っていない。変わったことをする私に友達はできなかった。当然だ。私の思い込みとは違って、みんなが求めるのは普通の女の子だったのだから。

『しみずさん、いっしょに帰っても……いい?』

 ただ一人を除いては。



 7月26日の月曜日。時刻は6時半。目が覚めた私がリビングに降りると、両親は身支度を整えて出かける前だった。夏休みに入った私と違って、両親は変わらず仕事だ。二人に挨拶を終えると私は一人で朝食を取る。それから30分後。家は私一人になった。別段珍しくない光景だ。

 そして、私も朝の支度を終えて、本来ならあてもなく散歩に出かけるところなのだが、今日は明確な行き先がある。方向音痴なところがあるからと再三教えられた場所をもう一度確認する。

 この日は私の燻った思いに決着が付く日だ。それは1ヶ月ほど続いた喧嘩と話し合いのことでもあり、あの日に声をかけてくれてからはっきりさせるべきことでもある。

 この問題は私か相手のどちらかが口に出せばとっくに解決していたはずなのに、お互いが恐れてしまったせいで、一度は動けなくなった。それがとあることをきっかけにお互いの思いを話さなければいけなくなって、結果的に時間はかかったが、円満に解決しようとしている。

 それを思うと、私が小さい頃にすべきだったことは遠回しな行動なんかじゃなく、両親に直接話せすことだった。それがわがままと怒られても、しょうがないことだと言われても、聞いて貰えれば何か別の結果に繋がったのかもしれない。

 だけど、今の私が作り上げられなければ、その相手に話しかけられることはなかったのだろう。

 やっぱり私は恵まれている。

 そう思えるくらいには今の私は晴れやかな気持ちになっていた。
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