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1年生1学期
6月28日(月)曇り 桜庭小織の気遣いその3
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平和な日常は一瞬にして崩れた……というナレーションは何か事件が起きる時の枕詞のようなものだけど、それが当事者になると、本当に一瞬で予想外の出来事だった。
「産賀くん、ちょっといいかなー?」
昼休み。昼食を取り終えた僕たちが教室で喋っていると、クラスの女子が……あれ? 何だかデジャブを感じる。この子は確か茶道部の子だ。
「清水先輩が用事あるから呼んで欲しいって言われたんだ。廊下で待ってるみたい」
「し、清水先輩が!?」
「産賀くんって桜庭先輩とも知り合いだったけど、本当にどういう関係なの?」
興味津々な茶道部の子には二度も面倒をかけたのだから説明する義務がある気がするけど、それどころじゃない感じがするから僕は適当に誤魔化して廊下に出た。
すると、窓際に待っていた清水先輩は僕を見るや否や慌てた様子で駆け寄る。
「た、大変だ、良助!」
「ど、どうしたんですか、急に」
「……小織と喧嘩した」
今まで見た事がない清水先輩の落ち込み具合に僕は言葉を失う。それでもわざわざ僕のところに来たのだから理由を聞かなければいけない。
「喧嘩って……いったいどうして」
「それが……普通に会話してたんだ。いつも通りに。でも……」
「でも?」
「……良助とまた会った話をしたら、そこから変な感じになって、気付いたら……喧嘩してた」
まさかとは思ったけど……話の中心にいたのは僕だった。そうでなければ僕のところに清水先輩が訪ねてくるわけがない。ただ、僕にとってそれがショッキングな事実であることには変わりなく、僕は暫く考える。その間は清水先輩は喋らず、僕を見つめるばかりで何も言わない。
「……清水先輩、桜庭先輩から僕について何か聞いたことはありますか?」
「良助について? いや……私が話すだけで詳しく聞かれることはなかったぞ」
「そうですか。なら単刀直入に言いますけど……桜庭先輩は僕が清水先輩とこんな風に話すのをよく思ってないんだと思います」
「は……? ど、どうして?」
「どうしてと聞かれると困りますけど、親友として心配だとか、そんな感じかと」
理由までははっきりしないけど、僕は桜庭先輩から2回釘を刺された。だから、僕としては清水先輩へ積極的に話かけようとは思わなかったし、面と向かって会おうとは思わなかった。
「だから……今こうしてるよりも桜庭先輩のところへ行って、謝ったらこの話は解決すると思います」
「謝るって……どうやって?」
「それは……僕と二度会わないようするとか」
「私は良助と意図的に会ったのはこの前のお金を返して貰った時のお礼と今日しかない。なのにそれで会わないって言わないといけないのか?」
「でも、清水先輩が仲直りしたいならそれが一番です。親友と仲違いしたままなんて……」
「小織は……私の親友でいいんだろうか」
「えっ?」
「……わからないんだ、私」
僕は……清水先輩がそんな悲しい顔をする人だなんて思っていなかった。僕と清水先輩は決して強い繋がりではないのだから、僕がそんな姿を見る機会なんて訪れなくても良かったのに、何故か起こってしまった。
「清水先輩が僕に拘る必要なんてないです」と言って、突き放してしまえば、この出来事は解決するんだろうか。少なくとも桜庭先輩は清水先輩のことを大切に思っている人だ。だからこそ、僕に釘を刺すようなことを言った。
でも、清水先輩は……自分ではわからないと言う。慌てたり、落ち込んだりして、仲直りをしたいと思っているはずなのに、桜庭先輩が親友なのか、わからないと言ったのだ。
「桜庭先輩のところへ行きましょう」
「えっ? い、行くって、まだ何も……」
「僕もわかりません。だから、直接話を聞かないと」
清水先輩から桜庭先輩のクラスを聞いて2年3組の教室の前まで来た僕は数人から視線を浴びる。清水先輩一人ならいいとしても、1年の僕が一緒にいるこの状況は注目されても仕方ないだろう。
さすがに教室まで入って桜庭先輩を呼び出すのはかなり勇気がいるが……喧嘩中の清水先輩に呼んで貰うわけにはいかない。
「あれ? ウーブ君……と五大美人さん」
そんな時、僕らの様子を窺いに来たのはソフィア先輩だった。
「ソフィア先輩! もしかしてクラスは3組だったりしますか!?」
「えっ!? そ、そうだけど……」
「お願いします! 桜庭先輩を呼んできてくれませんか」
「桜庭さんって……ウーブ君、まさかそういう感じ? でも、他の女の子を連れて……」
「ああ、違います! そういう感じじゃなくて、すごく真面目な話で用事が……」
「うーん……よくわからないけど、呼んでくればいいんだよね? OK!」
ソフィア先輩が何とか引き受けてくれて一安心するけど、よく考えたら桜庭先輩は出てきてくれるんだろうか。僕の行動がかえって事態を悪化させることになったらどうしようもない。
しかし、予想に反してあっさりと桜庭先輩は教室から出てきて、僕と清水先輩を見た。
「場所を変えましょう」
それに頷いて、僕と清水先輩は桜庭先輩へ付いていく。
それから中庭まで出て、適当なスペースで桜庭先輩は立ち止まった。周りには生徒がそれぞれ昼休みを満喫していて、ちょっと騒がしいけど、逆にここなら何を話していても大丈夫と思ったんだろうか。
「それで、産賀くんと……夢愛は私に何の用事かしら?」
桜庭先輩はいつも通り柔和な表情のままだけど、内心は何を思っているかわからない。喧嘩した相手とその原因を目の前にして、しかもその二人が一緒にやって来たのだ。
「清水先輩から聞きました。お二人が喧嘩したこと」
それでも喋れそうにない清水先輩に代わって僕は聞く。
「そう。それを産賀くんが聞いて、私を呼び出して、どうするつもり?」
「それは…………すみませんでした!」
残念ながらここに来るまでの短い時間で具体的な解決策が思い付くわけがなく、その発端が僕にあるのだとしたら、頭を下げて謝ることしかできなかった。もちろん、清水先輩がそれを望んで僕のところ来たわけないだろうけど、二人の喧嘩を終わらせるならこれが一番の手だ。
「今後は清水先輩に近づかないようにするので、この件は――」
「産賀くん、ストップ。頭を上げて」
言われた通りにすると、桜庭先輩は……逆に僕へ向かって頭を下げていた。
「さ、桜庭先輩!?」
「謝るのは私の方よ。ごめんなさい。私の幼稚な考えに巻き込んでしまって」
「いや、そんな……頭を上げてください」
「産賀くんが悪くないのはわかってたの。だけど、言っておかずにはいられなくて……これまでも不快な思いをさせたと思うわ」
どういう状況だ。喧嘩の原因は僕のはずなのに、桜庭先輩に謝られている。
「不快とかそんなことはありません。桜庭先輩が考えあって言っているとは思ってたので、謝らなくても大丈夫です」
「……優しいのね。だったら、私本位で悪いけど、この件は終わらせて貰うわ」
これで僕の気がかりが一つ減った……わけではない。僕との話を終えた桜庭先輩の視線は清水先輩の方へ向いていた。
「それで、夢愛はどうしたい?」
「私は……」
「私に謝って欲しい?」
「違う! 謝るのは私の方で……」
「夢愛が何を謝るの?」
「それは……」
二人の会話は言い合いではなく、桜庭先輩が清水先輩を追い詰めている感じだった。でも、どちらか引き下がるわけではない。恐らくこれは……お互いの考えていることがどうにも噛み合っていないせいで起こった喧嘩だ。
「産賀くんを連れて来て、どうしたかったの?」
「…………」
「そうよね、夢愛は……ううん。産賀くん」
口を出そうかどうか迷っていたところで桜庭先輩から呼ばれる。その表情はどこか諦めを含んだ感じがした。
「私と夢愛の件は……今日だけじゃ解決できないわ。これ以上巻き込むのは申し訳ないからもう戻って貰っても大丈夫よ」
「えっ……はい」
どれだけ気になってもこの場に残りますだなんて言えない空気だ。喧嘩の発端は僕だったのかもしれないけど、その中に含まれる大きな問題は僕が関わっていいものじゃないのかもしれない。
そうして、二人を残して教室へ帰ろうとした時だ。桜庭先輩は僕の方へ少し寄って小さな声で言う。
「また夢愛が産賀くんのところを訪ねてきたら……その時はよろしくお願いするわ」
僕はゆっくりと頷いた。
その後の授業が何となく頭に入らなかったのは言うまでもない。だけど、二人で解決する必要があることなら、僕は必要以上に関わってはいけないのだ。
(清水先輩は……)
また僕のところを訪ねてくるのだろうか。この日が清水先輩と話す最後の日になってしまうんじゃないか。喧嘩の結末以上に……僕は気になってしまった。
「産賀くん、ちょっといいかなー?」
昼休み。昼食を取り終えた僕たちが教室で喋っていると、クラスの女子が……あれ? 何だかデジャブを感じる。この子は確か茶道部の子だ。
「清水先輩が用事あるから呼んで欲しいって言われたんだ。廊下で待ってるみたい」
「し、清水先輩が!?」
「産賀くんって桜庭先輩とも知り合いだったけど、本当にどういう関係なの?」
興味津々な茶道部の子には二度も面倒をかけたのだから説明する義務がある気がするけど、それどころじゃない感じがするから僕は適当に誤魔化して廊下に出た。
すると、窓際に待っていた清水先輩は僕を見るや否や慌てた様子で駆け寄る。
「た、大変だ、良助!」
「ど、どうしたんですか、急に」
「……小織と喧嘩した」
今まで見た事がない清水先輩の落ち込み具合に僕は言葉を失う。それでもわざわざ僕のところに来たのだから理由を聞かなければいけない。
「喧嘩って……いったいどうして」
「それが……普通に会話してたんだ。いつも通りに。でも……」
「でも?」
「……良助とまた会った話をしたら、そこから変な感じになって、気付いたら……喧嘩してた」
まさかとは思ったけど……話の中心にいたのは僕だった。そうでなければ僕のところに清水先輩が訪ねてくるわけがない。ただ、僕にとってそれがショッキングな事実であることには変わりなく、僕は暫く考える。その間は清水先輩は喋らず、僕を見つめるばかりで何も言わない。
「……清水先輩、桜庭先輩から僕について何か聞いたことはありますか?」
「良助について? いや……私が話すだけで詳しく聞かれることはなかったぞ」
「そうですか。なら単刀直入に言いますけど……桜庭先輩は僕が清水先輩とこんな風に話すのをよく思ってないんだと思います」
「は……? ど、どうして?」
「どうしてと聞かれると困りますけど、親友として心配だとか、そんな感じかと」
理由までははっきりしないけど、僕は桜庭先輩から2回釘を刺された。だから、僕としては清水先輩へ積極的に話かけようとは思わなかったし、面と向かって会おうとは思わなかった。
「だから……今こうしてるよりも桜庭先輩のところへ行って、謝ったらこの話は解決すると思います」
「謝るって……どうやって?」
「それは……僕と二度会わないようするとか」
「私は良助と意図的に会ったのはこの前のお金を返して貰った時のお礼と今日しかない。なのにそれで会わないって言わないといけないのか?」
「でも、清水先輩が仲直りしたいならそれが一番です。親友と仲違いしたままなんて……」
「小織は……私の親友でいいんだろうか」
「えっ?」
「……わからないんだ、私」
僕は……清水先輩がそんな悲しい顔をする人だなんて思っていなかった。僕と清水先輩は決して強い繋がりではないのだから、僕がそんな姿を見る機会なんて訪れなくても良かったのに、何故か起こってしまった。
「清水先輩が僕に拘る必要なんてないです」と言って、突き放してしまえば、この出来事は解決するんだろうか。少なくとも桜庭先輩は清水先輩のことを大切に思っている人だ。だからこそ、僕に釘を刺すようなことを言った。
でも、清水先輩は……自分ではわからないと言う。慌てたり、落ち込んだりして、仲直りをしたいと思っているはずなのに、桜庭先輩が親友なのか、わからないと言ったのだ。
「桜庭先輩のところへ行きましょう」
「えっ? い、行くって、まだ何も……」
「僕もわかりません。だから、直接話を聞かないと」
清水先輩から桜庭先輩のクラスを聞いて2年3組の教室の前まで来た僕は数人から視線を浴びる。清水先輩一人ならいいとしても、1年の僕が一緒にいるこの状況は注目されても仕方ないだろう。
さすがに教室まで入って桜庭先輩を呼び出すのはかなり勇気がいるが……喧嘩中の清水先輩に呼んで貰うわけにはいかない。
「あれ? ウーブ君……と五大美人さん」
そんな時、僕らの様子を窺いに来たのはソフィア先輩だった。
「ソフィア先輩! もしかしてクラスは3組だったりしますか!?」
「えっ!? そ、そうだけど……」
「お願いします! 桜庭先輩を呼んできてくれませんか」
「桜庭さんって……ウーブ君、まさかそういう感じ? でも、他の女の子を連れて……」
「ああ、違います! そういう感じじゃなくて、すごく真面目な話で用事が……」
「うーん……よくわからないけど、呼んでくればいいんだよね? OK!」
ソフィア先輩が何とか引き受けてくれて一安心するけど、よく考えたら桜庭先輩は出てきてくれるんだろうか。僕の行動がかえって事態を悪化させることになったらどうしようもない。
しかし、予想に反してあっさりと桜庭先輩は教室から出てきて、僕と清水先輩を見た。
「場所を変えましょう」
それに頷いて、僕と清水先輩は桜庭先輩へ付いていく。
それから中庭まで出て、適当なスペースで桜庭先輩は立ち止まった。周りには生徒がそれぞれ昼休みを満喫していて、ちょっと騒がしいけど、逆にここなら何を話していても大丈夫と思ったんだろうか。
「それで、産賀くんと……夢愛は私に何の用事かしら?」
桜庭先輩はいつも通り柔和な表情のままだけど、内心は何を思っているかわからない。喧嘩した相手とその原因を目の前にして、しかもその二人が一緒にやって来たのだ。
「清水先輩から聞きました。お二人が喧嘩したこと」
それでも喋れそうにない清水先輩に代わって僕は聞く。
「そう。それを産賀くんが聞いて、私を呼び出して、どうするつもり?」
「それは…………すみませんでした!」
残念ながらここに来るまでの短い時間で具体的な解決策が思い付くわけがなく、その発端が僕にあるのだとしたら、頭を下げて謝ることしかできなかった。もちろん、清水先輩がそれを望んで僕のところ来たわけないだろうけど、二人の喧嘩を終わらせるならこれが一番の手だ。
「今後は清水先輩に近づかないようにするので、この件は――」
「産賀くん、ストップ。頭を上げて」
言われた通りにすると、桜庭先輩は……逆に僕へ向かって頭を下げていた。
「さ、桜庭先輩!?」
「謝るのは私の方よ。ごめんなさい。私の幼稚な考えに巻き込んでしまって」
「いや、そんな……頭を上げてください」
「産賀くんが悪くないのはわかってたの。だけど、言っておかずにはいられなくて……これまでも不快な思いをさせたと思うわ」
どういう状況だ。喧嘩の原因は僕のはずなのに、桜庭先輩に謝られている。
「不快とかそんなことはありません。桜庭先輩が考えあって言っているとは思ってたので、謝らなくても大丈夫です」
「……優しいのね。だったら、私本位で悪いけど、この件は終わらせて貰うわ」
これで僕の気がかりが一つ減った……わけではない。僕との話を終えた桜庭先輩の視線は清水先輩の方へ向いていた。
「それで、夢愛はどうしたい?」
「私は……」
「私に謝って欲しい?」
「違う! 謝るのは私の方で……」
「夢愛が何を謝るの?」
「それは……」
二人の会話は言い合いではなく、桜庭先輩が清水先輩を追い詰めている感じだった。でも、どちらか引き下がるわけではない。恐らくこれは……お互いの考えていることがどうにも噛み合っていないせいで起こった喧嘩だ。
「産賀くんを連れて来て、どうしたかったの?」
「…………」
「そうよね、夢愛は……ううん。産賀くん」
口を出そうかどうか迷っていたところで桜庭先輩から呼ばれる。その表情はどこか諦めを含んだ感じがした。
「私と夢愛の件は……今日だけじゃ解決できないわ。これ以上巻き込むのは申し訳ないからもう戻って貰っても大丈夫よ」
「えっ……はい」
どれだけ気になってもこの場に残りますだなんて言えない空気だ。喧嘩の発端は僕だったのかもしれないけど、その中に含まれる大きな問題は僕が関わっていいものじゃないのかもしれない。
そうして、二人を残して教室へ帰ろうとした時だ。桜庭先輩は僕の方へ少し寄って小さな声で言う。
「また夢愛が産賀くんのところを訪ねてきたら……その時はよろしくお願いするわ」
僕はゆっくりと頷いた。
その後の授業が何となく頭に入らなかったのは言うまでもない。だけど、二人で解決する必要があることなら、僕は必要以上に関わってはいけないのだ。
(清水先輩は……)
また僕のところを訪ねてくるのだろうか。この日が清水先輩と話す最後の日になってしまうんじゃないか。喧嘩の結末以上に……僕は気になってしまった。
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