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お隣にお邪魔してみた!
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阪梨家と東屋家が隣の家であることは説明させて貰ったが、具体的な距離を言うと、お互い自室から出て隣の玄関に着くまで約1分半ほどの距離だ。
アニメのTVサイズOPを歌い終わる頃には隣の敷地内へ確実に入れる。ちょっと急ぎ足ならサビが中途半端になってしまうことだろう。
それはともかく、そんな距離間であるからLINEで連絡を受けてから準備が整う前にチャイムはなってしまうし、「お邪魔しまーす」が言い終わった時、兎亜は既に次の行動を始めている。
だから、2階の自室から降りてきた僕が向かうのは、玄関じゃなくてリビングだ。予想通り兎亜は勝手に腰を降ろしてくつろぎ始めていた。
「不法侵入も見慣れてしまった」
「私、ちゃんとお邪魔しまーすって言ったよ!?」
「お邪魔しますって言っただけで他人の家に入って良くなると泥棒とか誰でも入りたい放題になるぞ」
「別にいいでしょ。礼人に連絡入れてるし、礼人のお母さんとお父さんも自分の家だと思ってくれていいって言ってたし」
「その理屈を通すならお邪魔しますって言うのはおかしいじゃないか」
「じゃあ……ただいま、礼人」
「じゃあってなんだ。まぁ……おかえり」
そんないつも通りの軽い雑談をしてから僕は準備に取り掛かる。
兎亜が放課後に我が家へ来るようになったのは、去年の夏休み前、兎亜が自分の家にいると落ち着かないと言ったことが始まりだ。これは東屋家が家庭的問題を抱えているわけではなく、むしろ兎亜の活動へ協力的過ぎたことの弊害によるものだった。
現在の東屋家は、兎亜のYouTubeやSNSの撮影用にカスタマイズされた部屋があったり、一家が過ごす場所も基本的にはどこを撮られても恥ずかしくないような装飾が施されていたりする。
それは普段の兎亜の活動において大いに役立っているのは間違いないのだが、その反面、兎亜からすると家全体が仕事場(一応本分は高校生だけどこう表現するしかない)のように感じてしまう瞬間があった。
それがインクリ科に通い始めて1年目の夏休み前に耐え切れなくなって、兎亜が東屋母に相談したところ、どこから聞きつけたのか阪梨母が「うちを使えばいいんじゃない?」と提案してしまったらしい。
実際、阪梨家は1分半で行けることから避難所としては最適だった。
そんなわけで、僕の知らないうちに阪梨家は兎亜のセカンドハウスになってしまい、仕事場の空気から離れたくなった時やネタが思い付かなくなって気分転換したい時に訪れるようになった。
そして、その放課後のタイミングで阪梨家にて兎亜を迎え入れるのは、提案者の阪梨母ではなく、帰宅部で基本的には家へ直帰している僕になる。だから、例え兎亜と一緒に帰らなかった日でもなんやかんやで兎亜と顔を合わせる日があった。
「これが新発売のやつ。僕は知らなかったけど、有名な店の商品を再現してるらしい」
「へぇ~ じゃあ、それにする!」
「あいよ」
そんな兎亜は我が家でやることはもちろん休憩なのだが、その中で必ずやっていることが1つある。
それは――カップラーメンを食べることだ。
いや、冗談で言っているわけではなく本当に。
お邪魔しますのすぐ後に新発売の話をするほど、兎亜はカップラーメンに目がない。カップラーメンくらい自分の家で食べればいいじゃないかと思われるかもしれないが、これも仕事場で食べると落ち着かないと言う。
だったら、毎日の食事はどんな気持ちで食べてるのかと聞くと、それは普通に美味しいらしい。
違いがさっぱりわからん。
そのカップラーメンを作るのは――僕の役割だ。
何故かと言われると、兎亜はカップラーメンを作るのが壊滅的に下手だから……さっきから常識的ではない話ばかりして申し訳ないし、僕も未だに信じられないのだが、実際に兎亜は誰でも簡単に作れるはずのカップラーメンを上手に作れない。
いや、兎亜の名誉のために言っておくと、普段の彼女は全然不器用ではないし、活動内容的にスマホやパソコンの扱いは僕より上手い。
けれども、それより扱うのが簡単なはずのカップラーメンは、簡単過ぎるせいか雑な処理をしてしまうのだ。
まず、兎亜はカップラーメンの説明を読まない。
蓋をあけて出てきたスープの素やかやくは容赦なく最初に全部入れるし、袋が隠れていようものならよく確認せずそのままお湯を入れ始める。兎亜にとって袋は最初に開けて入れるという認識なのだ(後入れで油を溶かすタイプもあるのに)。
そして、お湯を入れたら説明を読んでいないから適当に待ち始める。
この適当は説明を読んでないから勝手に3分と決めて計るわけではなく、本当にテキトーな頃合いで開くのだ。その行動を初めて見た僕は「待ってる間に見ていたそのスマホは飾りなのか!?」と大きな声でツッコんでしまった。ツッコむとしたらもっと前だったのに。
しかもタチが悪いことに、兎亜は自分で作ったテキトーカップラーメンを「美味しい!」と言いながら普通に食べてしまう。兎亜はラーメンが好きなのではなく、カップラーメンのジャンク感が好きだから多少の味や食感の粗さは気にならないらしい。
だが、兎亜が美味しいと評して食べたカップラーメンの本来のスペックはそんなもんじゃない。自分好みの硬さにするために多少待つ時間を調整するならわかるが、兎亜の行動はとにかく食べたいことを優先しているだけだ。
メーカーさんが商品開発して一番美味しく食べられるように調整した条件を踏みにじっている。僕はそんな兎亜の食べ方はあまり乱雑で我慢ならなかった。
だから、僕は兎亜にその商品の本来のスペックでカップラーメンを食べて貰うため、メーカーさんの苦労を無駄にしないため、説明通りのカップラーメンを作るのだ――なんでこんな他人のカップラーメンを作ることに熱くなっているんだろう。
僕もカップラーメンは好きだが、別にこだわりは強くないし、兎亜ほど欲することはない。それに、結局やることは順番通りに入れて既定の時間待つだけだ。
「できたぞ」
「お~ ちょっと赤みがあるね。いただきまーす……うん、旨辛って感じで美味しい!」
その結果得られるのはテキトーに作った時と大差ない感想だった。でも、きっと兎亜にはメーカーさんが伝えたかった味が伝わっているはずだ。僕の自己満足と言われればそれまでだが。
「そいつは良かった」
「礼人は食べないの? 期間限定って書いてあるよ」
「いつも食べないから期間限定でも食べないよ。夕飯食べられなくなるし」
「もー、そう言われると私が食いしん坊みたいになっちゃう」
「食いしん坊とまでは言わないけど、運動部みたいな食生活ではあるな。実際、撮影とか編集とかで体力使ってるんだろうけど」
「まーね。あっ、そういえばカップ麺代はまだ大丈夫?」
兎亜に提供するカップラーメンは完全に阪梨家のおごりではなく、少しばかり兎亜からお代を頂いていた。そのお代を使ってカップラーメンを買いに行くのは僕か阪梨母のどちらかである。
なぜ兎亜本人が買いに行かないとかと言えば、買ってるところを誰かに見られるのが恥ずかしいからだ。
いや、なんで僕と一緒に帰るのを気にしないで、カップラーメン買う姿を見られる方を気にするんだ。どう考えても逆だろうよ。
「遠慮しないでね。私は一応ちょっと稼ぎがあるんだから」
「大丈夫。安くなっているタイミングで我が家の備蓄用と一緒に買ってるから、お金はあんまり気にしないでいいよ」
「そんなことないよ。私、結構来てるから払っている以上に食べてる気がするし」
兎亜は何の気なしに言う。恐らく自分が言っていることの重大さに気付いてない。
兎亜が阪梨家へ来るようになった当初は1週間に1回程度の頻度だったが、最近の兎亜はだいたい2日1回の頻度でうちへきている。
それが意味するのは……月の半分くらいはカップラーメンを食べているということだ。
普通に考えて食べ過ぎじゃないか?
絶対健康面で良くない結果が出ると思う。
まぁ、今のところは本人が美味しそうに食べてるから何も言えないが。
いや、間違えた。
兎亜がカップラーメンを食す数に気付いて思わずそちらを言及してしまったが、もしかしたらその原因も含めて、兎亜はインクリ科の活動に疲れ始めている可能性がある。
阪梨家に来るようになったきっかけが、東屋家だと否が応でも動画やSNSのことを考えなければならないところなのだから、我が家へ来る頻度が増えたのは非常に良くない兆候だ。
本人は自分の家のように思って来ているのかもしれないが、これは兎亜が無意識にSOSを出しているのかもしれない。
「それより兎亜。その……最近、体調とか疲れとか大丈夫か?」
「えっ。急にどうしたの……?」
「何かストレスを抱えたりしてないか? 嫌なことがあったりしないか?」
「うーん……思い当たることはないなぁ」
「本当に? 今なら僕しかいないからなんでも言ってもいいんだぞ?」
「なんでも? それなら……ちょいちょい」
兎亜は僕に近くへ寄るように手招きするので、僕はそれに従う。いったいどんな悩みを打ち明けられるのだろうか。インクリ科が抱えるストレスや不安は僕が想像する以上かもしれな――
「私はこうやって礼人に構って貰えるから楽しいよ」
「なっ!? なんだそれ!?」
「だって、なんでも言っていいって言ったから」
「なんでもって、疲れやストレスについての話で、本当になんでも言うやつが……」
「だから、礼人のおかげで疲れもストレスもなく過ごせてるよ。いつも私を迎えてくれて、カップラーメンまで作ってくれるんだから」
「……カップラーメンは自分で作れるようになってくれ」
「え~ 普通に作れるよ? でも、礼人の方が上手く作れるから仕方なく任せてるの」
「普通は上手いも下手もないんだけどな」
僕がそう言うと、兎亜は楽し気に笑った。
僕が途中で話を逸らしたのは、それ以上言われると恥ずかしくなってしまうからだ。ここで嘘を付く必要はないから、兎亜は本当にストレス等々は抱えていないのだろう。
だとしたら、なんで2日1回の頻度で来るようになったんだ。
滞在時間としてはお互いの家の夕飯まで(我が家はだいたい19時)だから2時間程度ではあるけど、それほど阪梨家の居心地がいいのだろうか。意外に我が家の方がアイデアが出やすいとかあるんだろうか。
「よーし、そろそろ帰ろうかな」
謎は深まるばかりだが、そうこう考えているうちに滞在時間は終わりを迎える。
今日のこの時間でやったことは兎亜がカップラーメンを食べて、2人でとりとめのない話をしているだけだった。
「あれ!? 雨降ってる!?」
「あっ……夕立か。気付かなった」
今日は考え事をしていたから余計に。でも、そうじゃなくても兎亜と過ごしている間はあまり周りのことが気にならなくなってしまう。
だからこそ、一緒に帰る際に注意しているのだけど。
「ちょっと外見た時、曇り出してるとは思ってたけど、降っちゃうかぁ」
「そこの傘適当に使っていいから」
「別にいいよ。1分くらいで着くんだから」
「1分でも雨で濡れたら風邪引くかもしれないだろうが。まったくしょうがない……」
僕は1本の傘を取り出して自分で開く。そして、兎亜を手招きした。
「ほら、入って」
「……ええっ!? な、なんで!?」
「傘返しに来るの面倒くさいんだろ。だったら、僕がそっちの玄関まで入れて行ってそのまま戻るから」
「で、でも……」
「往復でもすぐなんだから問題ないだろ」
「……一緒に帰るのは色々言うのに、それはOKなんだ……」
「ん? 何か言ったか?」
「な、なんでもない! じゃあ……し、失礼します」
遠慮がちに傘の下に入る兎亜。
この距離ですぐ着くんだから別に遠慮することもないだろうに。
それに相合傘自体も兎亜が時々傘を忘れることがあるから、初めてではない。僕も初めのうちは恥ずかしがっていたが、そうせざるを得ない状況だと考えればあまり意識しなくなった。
「……私ね。礼人の家がめちゃくちゃ近くて良かったぁって思うことの方が多いんだけど……今日はもうちょっとだけ自分の家まで距離があった方がいいと思っちゃった」
「えっ? どうして?」
「だって……もっと距離があったらこんな風に毎回家まで送って貰えるのかなーって思って」
「別に毎回送った方がいいなら送るけど」
「ええっ!? ほ、本当に!? 今絶対言ったよね!?」
「な、なんだ、急に。むしろ1分くらいなら見送り楽な方だろ」
「じゃあ、今度から送って貰うからね! 約束だよ?」
兎亜が強く言ってくるので僕は少したじろぎながらも頷く。
すぐに着く距離なのにまだこんな話ができるのは、自分も含めてよく飽きないなと思う。
「礼人、また明日!」
東屋家の玄関で別れの挨拶を済ませると、ちょうどその時に雨が降り止む。
これならもう少し待っていれば良かったし、さすがに僕も過保護過ぎたかもしれない。
――と、こんな最近の放課後の話を始めたのは、だいぶ戻ってクラスメイトに付いた嘘について解説したいからだった。
まぁ、つまるところ、僕は東屋兎亜と行き帰りが一緒で、時々家に来ることもあるので、兎亜の最新情報を知らないわけがないという話だ。
残念ながらその事実を他の生徒(西沢はあらかた知っているが)に言うつもりはないが……どこの誰とも知らないあなたとは共有しておこう。
アニメのTVサイズOPを歌い終わる頃には隣の敷地内へ確実に入れる。ちょっと急ぎ足ならサビが中途半端になってしまうことだろう。
それはともかく、そんな距離間であるからLINEで連絡を受けてから準備が整う前にチャイムはなってしまうし、「お邪魔しまーす」が言い終わった時、兎亜は既に次の行動を始めている。
だから、2階の自室から降りてきた僕が向かうのは、玄関じゃなくてリビングだ。予想通り兎亜は勝手に腰を降ろしてくつろぎ始めていた。
「不法侵入も見慣れてしまった」
「私、ちゃんとお邪魔しまーすって言ったよ!?」
「お邪魔しますって言っただけで他人の家に入って良くなると泥棒とか誰でも入りたい放題になるぞ」
「別にいいでしょ。礼人に連絡入れてるし、礼人のお母さんとお父さんも自分の家だと思ってくれていいって言ってたし」
「その理屈を通すならお邪魔しますって言うのはおかしいじゃないか」
「じゃあ……ただいま、礼人」
「じゃあってなんだ。まぁ……おかえり」
そんないつも通りの軽い雑談をしてから僕は準備に取り掛かる。
兎亜が放課後に我が家へ来るようになったのは、去年の夏休み前、兎亜が自分の家にいると落ち着かないと言ったことが始まりだ。これは東屋家が家庭的問題を抱えているわけではなく、むしろ兎亜の活動へ協力的過ぎたことの弊害によるものだった。
現在の東屋家は、兎亜のYouTubeやSNSの撮影用にカスタマイズされた部屋があったり、一家が過ごす場所も基本的にはどこを撮られても恥ずかしくないような装飾が施されていたりする。
それは普段の兎亜の活動において大いに役立っているのは間違いないのだが、その反面、兎亜からすると家全体が仕事場(一応本分は高校生だけどこう表現するしかない)のように感じてしまう瞬間があった。
それがインクリ科に通い始めて1年目の夏休み前に耐え切れなくなって、兎亜が東屋母に相談したところ、どこから聞きつけたのか阪梨母が「うちを使えばいいんじゃない?」と提案してしまったらしい。
実際、阪梨家は1分半で行けることから避難所としては最適だった。
そんなわけで、僕の知らないうちに阪梨家は兎亜のセカンドハウスになってしまい、仕事場の空気から離れたくなった時やネタが思い付かなくなって気分転換したい時に訪れるようになった。
そして、その放課後のタイミングで阪梨家にて兎亜を迎え入れるのは、提案者の阪梨母ではなく、帰宅部で基本的には家へ直帰している僕になる。だから、例え兎亜と一緒に帰らなかった日でもなんやかんやで兎亜と顔を合わせる日があった。
「これが新発売のやつ。僕は知らなかったけど、有名な店の商品を再現してるらしい」
「へぇ~ じゃあ、それにする!」
「あいよ」
そんな兎亜は我が家でやることはもちろん休憩なのだが、その中で必ずやっていることが1つある。
それは――カップラーメンを食べることだ。
いや、冗談で言っているわけではなく本当に。
お邪魔しますのすぐ後に新発売の話をするほど、兎亜はカップラーメンに目がない。カップラーメンくらい自分の家で食べればいいじゃないかと思われるかもしれないが、これも仕事場で食べると落ち着かないと言う。
だったら、毎日の食事はどんな気持ちで食べてるのかと聞くと、それは普通に美味しいらしい。
違いがさっぱりわからん。
そのカップラーメンを作るのは――僕の役割だ。
何故かと言われると、兎亜はカップラーメンを作るのが壊滅的に下手だから……さっきから常識的ではない話ばかりして申し訳ないし、僕も未だに信じられないのだが、実際に兎亜は誰でも簡単に作れるはずのカップラーメンを上手に作れない。
いや、兎亜の名誉のために言っておくと、普段の彼女は全然不器用ではないし、活動内容的にスマホやパソコンの扱いは僕より上手い。
けれども、それより扱うのが簡単なはずのカップラーメンは、簡単過ぎるせいか雑な処理をしてしまうのだ。
まず、兎亜はカップラーメンの説明を読まない。
蓋をあけて出てきたスープの素やかやくは容赦なく最初に全部入れるし、袋が隠れていようものならよく確認せずそのままお湯を入れ始める。兎亜にとって袋は最初に開けて入れるという認識なのだ(後入れで油を溶かすタイプもあるのに)。
そして、お湯を入れたら説明を読んでいないから適当に待ち始める。
この適当は説明を読んでないから勝手に3分と決めて計るわけではなく、本当にテキトーな頃合いで開くのだ。その行動を初めて見た僕は「待ってる間に見ていたそのスマホは飾りなのか!?」と大きな声でツッコんでしまった。ツッコむとしたらもっと前だったのに。
しかもタチが悪いことに、兎亜は自分で作ったテキトーカップラーメンを「美味しい!」と言いながら普通に食べてしまう。兎亜はラーメンが好きなのではなく、カップラーメンのジャンク感が好きだから多少の味や食感の粗さは気にならないらしい。
だが、兎亜が美味しいと評して食べたカップラーメンの本来のスペックはそんなもんじゃない。自分好みの硬さにするために多少待つ時間を調整するならわかるが、兎亜の行動はとにかく食べたいことを優先しているだけだ。
メーカーさんが商品開発して一番美味しく食べられるように調整した条件を踏みにじっている。僕はそんな兎亜の食べ方はあまり乱雑で我慢ならなかった。
だから、僕は兎亜にその商品の本来のスペックでカップラーメンを食べて貰うため、メーカーさんの苦労を無駄にしないため、説明通りのカップラーメンを作るのだ――なんでこんな他人のカップラーメンを作ることに熱くなっているんだろう。
僕もカップラーメンは好きだが、別にこだわりは強くないし、兎亜ほど欲することはない。それに、結局やることは順番通りに入れて既定の時間待つだけだ。
「できたぞ」
「お~ ちょっと赤みがあるね。いただきまーす……うん、旨辛って感じで美味しい!」
その結果得られるのはテキトーに作った時と大差ない感想だった。でも、きっと兎亜にはメーカーさんが伝えたかった味が伝わっているはずだ。僕の自己満足と言われればそれまでだが。
「そいつは良かった」
「礼人は食べないの? 期間限定って書いてあるよ」
「いつも食べないから期間限定でも食べないよ。夕飯食べられなくなるし」
「もー、そう言われると私が食いしん坊みたいになっちゃう」
「食いしん坊とまでは言わないけど、運動部みたいな食生活ではあるな。実際、撮影とか編集とかで体力使ってるんだろうけど」
「まーね。あっ、そういえばカップ麺代はまだ大丈夫?」
兎亜に提供するカップラーメンは完全に阪梨家のおごりではなく、少しばかり兎亜からお代を頂いていた。そのお代を使ってカップラーメンを買いに行くのは僕か阪梨母のどちらかである。
なぜ兎亜本人が買いに行かないとかと言えば、買ってるところを誰かに見られるのが恥ずかしいからだ。
いや、なんで僕と一緒に帰るのを気にしないで、カップラーメン買う姿を見られる方を気にするんだ。どう考えても逆だろうよ。
「遠慮しないでね。私は一応ちょっと稼ぎがあるんだから」
「大丈夫。安くなっているタイミングで我が家の備蓄用と一緒に買ってるから、お金はあんまり気にしないでいいよ」
「そんなことないよ。私、結構来てるから払っている以上に食べてる気がするし」
兎亜は何の気なしに言う。恐らく自分が言っていることの重大さに気付いてない。
兎亜が阪梨家へ来るようになった当初は1週間に1回程度の頻度だったが、最近の兎亜はだいたい2日1回の頻度でうちへきている。
それが意味するのは……月の半分くらいはカップラーメンを食べているということだ。
普通に考えて食べ過ぎじゃないか?
絶対健康面で良くない結果が出ると思う。
まぁ、今のところは本人が美味しそうに食べてるから何も言えないが。
いや、間違えた。
兎亜がカップラーメンを食す数に気付いて思わずそちらを言及してしまったが、もしかしたらその原因も含めて、兎亜はインクリ科の活動に疲れ始めている可能性がある。
阪梨家に来るようになったきっかけが、東屋家だと否が応でも動画やSNSのことを考えなければならないところなのだから、我が家へ来る頻度が増えたのは非常に良くない兆候だ。
本人は自分の家のように思って来ているのかもしれないが、これは兎亜が無意識にSOSを出しているのかもしれない。
「それより兎亜。その……最近、体調とか疲れとか大丈夫か?」
「えっ。急にどうしたの……?」
「何かストレスを抱えたりしてないか? 嫌なことがあったりしないか?」
「うーん……思い当たることはないなぁ」
「本当に? 今なら僕しかいないからなんでも言ってもいいんだぞ?」
「なんでも? それなら……ちょいちょい」
兎亜は僕に近くへ寄るように手招きするので、僕はそれに従う。いったいどんな悩みを打ち明けられるのだろうか。インクリ科が抱えるストレスや不安は僕が想像する以上かもしれな――
「私はこうやって礼人に構って貰えるから楽しいよ」
「なっ!? なんだそれ!?」
「だって、なんでも言っていいって言ったから」
「なんでもって、疲れやストレスについての話で、本当になんでも言うやつが……」
「だから、礼人のおかげで疲れもストレスもなく過ごせてるよ。いつも私を迎えてくれて、カップラーメンまで作ってくれるんだから」
「……カップラーメンは自分で作れるようになってくれ」
「え~ 普通に作れるよ? でも、礼人の方が上手く作れるから仕方なく任せてるの」
「普通は上手いも下手もないんだけどな」
僕がそう言うと、兎亜は楽し気に笑った。
僕が途中で話を逸らしたのは、それ以上言われると恥ずかしくなってしまうからだ。ここで嘘を付く必要はないから、兎亜は本当にストレス等々は抱えていないのだろう。
だとしたら、なんで2日1回の頻度で来るようになったんだ。
滞在時間としてはお互いの家の夕飯まで(我が家はだいたい19時)だから2時間程度ではあるけど、それほど阪梨家の居心地がいいのだろうか。意外に我が家の方がアイデアが出やすいとかあるんだろうか。
「よーし、そろそろ帰ろうかな」
謎は深まるばかりだが、そうこう考えているうちに滞在時間は終わりを迎える。
今日のこの時間でやったことは兎亜がカップラーメンを食べて、2人でとりとめのない話をしているだけだった。
「あれ!? 雨降ってる!?」
「あっ……夕立か。気付かなった」
今日は考え事をしていたから余計に。でも、そうじゃなくても兎亜と過ごしている間はあまり周りのことが気にならなくなってしまう。
だからこそ、一緒に帰る際に注意しているのだけど。
「ちょっと外見た時、曇り出してるとは思ってたけど、降っちゃうかぁ」
「そこの傘適当に使っていいから」
「別にいいよ。1分くらいで着くんだから」
「1分でも雨で濡れたら風邪引くかもしれないだろうが。まったくしょうがない……」
僕は1本の傘を取り出して自分で開く。そして、兎亜を手招きした。
「ほら、入って」
「……ええっ!? な、なんで!?」
「傘返しに来るの面倒くさいんだろ。だったら、僕がそっちの玄関まで入れて行ってそのまま戻るから」
「で、でも……」
「往復でもすぐなんだから問題ないだろ」
「……一緒に帰るのは色々言うのに、それはOKなんだ……」
「ん? 何か言ったか?」
「な、なんでもない! じゃあ……し、失礼します」
遠慮がちに傘の下に入る兎亜。
この距離ですぐ着くんだから別に遠慮することもないだろうに。
それに相合傘自体も兎亜が時々傘を忘れることがあるから、初めてではない。僕も初めのうちは恥ずかしがっていたが、そうせざるを得ない状況だと考えればあまり意識しなくなった。
「……私ね。礼人の家がめちゃくちゃ近くて良かったぁって思うことの方が多いんだけど……今日はもうちょっとだけ自分の家まで距離があった方がいいと思っちゃった」
「えっ? どうして?」
「だって……もっと距離があったらこんな風に毎回家まで送って貰えるのかなーって思って」
「別に毎回送った方がいいなら送るけど」
「ええっ!? ほ、本当に!? 今絶対言ったよね!?」
「な、なんだ、急に。むしろ1分くらいなら見送り楽な方だろ」
「じゃあ、今度から送って貰うからね! 約束だよ?」
兎亜が強く言ってくるので僕は少したじろぎながらも頷く。
すぐに着く距離なのにまだこんな話ができるのは、自分も含めてよく飽きないなと思う。
「礼人、また明日!」
東屋家の玄関で別れの挨拶を済ませると、ちょうどその時に雨が降り止む。
これならもう少し待っていれば良かったし、さすがに僕も過保護過ぎたかもしれない。
――と、こんな最近の放課後の話を始めたのは、だいぶ戻ってクラスメイトに付いた嘘について解説したいからだった。
まぁ、つまるところ、僕は東屋兎亜と行き帰りが一緒で、時々家に来ることもあるので、兎亜の最新情報を知らないわけがないという話だ。
残念ながらその事実を他の生徒(西沢はあらかた知っているが)に言うつもりはないが……どこの誰とも知らないあなたとは共有しておこう。
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