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本編

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「ルーカス大丈夫?痛いところは?辛いところは?」


テオドールの何度目かのこのセリフにルーカスは溜息をつきたくなった。大丈夫だと言っているのに一向に傍から離れようとしないテオドールにルーカスは困り果てていた。


「あの.......大丈夫です。テオドール兄様·····もうそろそろ離れて下さい。」

「·····それは嫌だ。」


そう言うとテオドールは自分の膝の上に乗せているルーカスをさらにギュッと抱きしめた。

どうしようかと悩んでいるとドアをノックする音が聞こえた。ルーカスがどうぞと言うとドアが開きハンナとルーカスが連れてきた少年が入ってきた。


「テオドール様、ルーカス様失礼します。この方の着替えと手当が済みました。」


先程までボロボロの服を着ており肌や髪の毛も薄汚れていた少年は見違えるほど綺麗になっていた。顔立ちはキリッとしているがどこかまだ幼さを残している。


「あの·····こんなに良くして下さりありがとうございました。」


そう言って少年は深々と礼をする。ルーカスは慌ててそれを止める。


「頭を下げないで?それにそんな喋り方じゃなくても·····」

「いや·····身分的に俺は·····」

「そうだよ。ルーカス。この少年が言う通りマナーやルールははっきりしなくちゃいけないよ。」


テオドールの少し厳しい言葉にルーカスは黙ってしまった。貴族らしい生活をろくに送ったことのないルーカスにとって身分という存在はあまりにも馴染みのないものだった。


「ルーカスがギルバード殿下に敬語を使うようにこの少年もルーカスには敬語を使わなくちゃいけないんだ。それはわかる?」

「·····はい。」


ルーカスは自分を助けてくれた少年に窮屈な思いをさせたくはなかった。しかし、ルーカスのその思いやりは平民である少年を困らせてしまうものだった。それに気づいたルーカスは、それ以上少年には何も言わなかった。


「さて、まずはルーカスを助けてくれてありがとう。でも·····わかってるよね?お礼だけで済むわけがないって。」


テオドールのその言葉で部屋の空気が変わった。部屋は静まり返りピリピリとした空気が流れていた。

ルーカスはその部屋の雰囲気に圧倒された。オリビアによって抑圧されながら過ごしてきたルーカスにとって誰かが怒っているという状況は地獄みたいなものだった。

自分が怒られている訳では無いのにまるでその怒りが自分に向けられているように感じ無意識に身体が震えてしまう。

刺激を与えないように、怒られないようにするためにできるだけ息を凝らしていたクセが抜けないのかルーカスの呼吸は浅くなっていた。


そんなルーカスの異変に気づいたのかテオドールはルーカスの背中を優しく撫でた。


「大丈夫·····大丈夫だよ。いきなり怒って怖かったよね?ルーカスに怒ってる訳じゃないから·····」
 
「はぁっ·····っ·····はぁ·····」


ルーカスは息苦しさを自覚しなんとか息を整えようとするが逆に慌ててしまい余計に息苦しさを感じた。

ルーカスはどうすればいいかわからず、思わずテオドールの袖をぎゅっと引っ張った。

テオドールはルーカスの背中を擦りながらゆっくり呼吸をするよう促した。


「ほら、しっかり吐いて·····うん、上手。ほら吸って?」


ルーカスはテオドールの言葉に合わせながら息をした。しばらくしてようやく状態が落ち着いた。


「ルーカス·····ごめんね。身体は大丈夫?」

「いえ!俺が弱いのがいけないので·····身体は大丈夫です。」


ルーカスがそう言うとテオドールは少し困ったような顔をした。そしてルーカスの頭をポンポンと撫でた。


「さて·····ルーカスは席を外す?私はまだこの少年と話があるんだけど。」

「いえ、俺もここにいます。この人は俺が連れてきた人ですし·····。」

「·····わかった。」


テオドールはルーカスを膝からおろし隣に座らせた。そして改めて少年を見た。


「じゃあ、続きを話そっか。」


テオドールがそう言うと少年は2人の前に跪いた。


「誘拐へ加担しルーカス様を傷つけてしまい·····大変申し訳ごさいませんでした。」

「今回、誘拐の本来の目的はギルバード殿下だとと報告を受けたよ。王族の誘拐だなんて·····色々と失敗して未遂だったけど·····これ処刑ものだよ?」

「·····はい。全て承知の上です。」

「じゃあこのまま騎士へつきだそうか?」

「構いません。俺はそれだけの罪を犯しています。」


少年が捕まってしまうと思ったルーカスは重い沈黙が続く中で思い切って口を開いた。


「でっ、でも·····彼は俺を助けてくれました。」

「·····そうだとしても犯人たちの組織に組みしてるならこれは見逃せないよ。」


テオドールの言葉は正しかった。例え誘拐する相手を間違え王族の誘拐が未遂で終わったとしても、国に楯突いたと見なされ彼らという不穏分子は取り除かれるだろう。

しかし、少年は組織に組みしていても自分の手を犯罪で染めた訳では無い。むしろ、誘拐された子供たちを逃がしていたのだ。

ルーカスはそうテオドールに訴えるが、テオドールはいい顔をしなかった。


「ルーカス様、俺の事を庇って下さりありがとうございます。でも·····テオドール様の言う通りです。俺はあの組織にいました。例え、誘拐された子供を逃がしていたとしても誘拐した事実を·····黙認していたのです。」

「·····でも·····」


顔も名前も知らない人物のためにそこまで行動に移せるだろうか。


(俺ならきっと出来ない·····。そんな勇気なんて持ってない·····。)


ルーカスはこんなにも優しく勇気のある少年を放っておけなかった。ルーカスは少し考えたあとあることを思いついた。


「テオドール兄様·····彼はあの組織の人間じゃありません。通りすがりの人です。」


ルーカスの突然の発言にその場にいた人々は驚いた。


「ルッ、ルーカス?何を言ってるの?」

「たまたま近くを通った彼に俺が助けを求めたんです。」


たまたま近くを通った少年が勇気を振り絞って自分を助けてくれたとルーカスは主張した。

組織に組みしていても犯罪を犯していなければルーカスにとってそれはグレーゾーンだった。そう思ったルーカスは黒でないのであれば白にしてしまえばいいと考えた。


「·····はぁ、ここまでルーカスが食い下がるのは珍しいね。わかった。この件は一旦ここまで。」

「·····ということは?」

「お父様に1度相談するよ。」


その言葉を聞いてルーカスは安心した。このまま少年が騎士へ突き出されていたらもう会えない可能性もあった。


「テオドール兄様、ありがとうございます。」

「ありがとう·····か。ねぇ、どうしてルーカスがそこまで彼を庇うの?」

「それは·····」


まるで自分みたいだったから·····と言おうと思った。しかし、そう感じているのは自分だけかもしれない。そう考えると自分みたいだからとは口に出すことが出来なかった。


「勇気を出して俺を助けてくれたんです。そんな人が·····犯人扱いされるのを黙ってみているのは出来ないです。」


言えないかわりにルーカスはそう答えた。しかし、これもルーカスの本音である。


「·····そっか。ルーカスは優しいね。」


テオドールはそう言うとルーカスの頭を撫でた。そして窓から屋敷の外をチラっと見て何かを確認した。


「さて、お父様も帰ってきたみたいだし私はこれから少し話してくるよ。」

「わかりました。」


テオドールが部屋から出ていくのをルーカスはただ見つめていた。

そして、どうか少年にとっていい結果がでますようにと心の中で祈ったのであった。
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